マリアージュ その3
どの世界でもブラックリストと言う物はある。
解りやすいところで行けば、借りた金を返さないとか複数の金融会社からお金を借りるなどと言う金融業界のブラックリストや、特定のクレームばっかりしてくる商売におけるブラックリスト。
いわゆる警戒対象を集めた一覧表を言う。
まあ、どんな世界でもブラックリストと言う物はある…それが闇に染まった裏の世界でもだ。
この裏の世界においてのブラックリスト、それは通称「55トライアングル」と呼ばれるリストである。
他の追随を許さない強さ、突出した頭脳、行き過ぎた残酷さなど裏の世界にすら恐れられた人間を書き連ねたモノだ。
では何故「55トライアングル」と呼ばれたか。
最初は裏世界のあるギルドの人間が始めた事だった。
裏の世界は表の世界同様にいやそれ以上に生存競争が激しい、組織同士のいざこざや縄張り争いなど一つ間違えれば即死につながる。
話を戻そう。
そのギルドは情報収集に長け、その収集能力の高さと精度で生き残っていた
ある時、ギルドの一人が面白半分に紙に三角形を描き、それを55のマスに分け「裏の世界の危険人物表を作ろう」と言い出したのだ。
そんな中、冗談交じりに製作者の一人が提案する。
「どうせやるなら、ありえないような事件ばかりでやろうぜ。」と。
無駄に高い情報収集と冗談半分で作った最初の表・・・それが最初のブラックリストになったのだ。
だが、作っているうちで製作者達は恐ろしい事を知ってしまう。
断片的に集めた情報が思わぬ風に組み合わされ始めたのだ。
一瞬にして光の塔の中に消えた研究所、それに関与した白銀の人影。
老舗の暗殺協会を一人で潰した少女の話。
身体を紙のように圧縮されて死んだマフィアのボス。
表に出せないイリーガルの実験施設を一晩で焼き尽くした青年。
某国の特殊部隊を忙殺した噂。
など・・・全ての事件の真相が色々な面から浮き彫りになりつつあった。
きっとそれは彼らの情報収集の高さと偶然からの産物だったのだろう、しかし世界はそれを許さなかったいや世界ではなく誰かの意思だったのだろう、それが完成し裏世界に流通する前に…その組織は消えた。
残ったのは詳細が書かれていない未完成の表のみだったと言う。
今となっては消されたか、危険を感じ自ら消えたのかは解らない。
ただ、その組織に残された通信記録にとある声が残っていた。
『手』と。
山と山の間。
反り返った絶壁の間、俗に言う峡谷。
その峡谷の間にある、川と並走する山道を男は走っていた。
(勝てん…あれは、神の花嫁…遥か昔に、東欧で音に聞こえた情報組織ブランケットが家の再興をかけ、フラムベルク家と結びつき作り上げた人間の形をした化け物。)
息を切らし、足を縺れさせながら命がけで走っていた。
男のその動きは訓練されたそれではなく、全てを忘れ恐怖に負けた人の走り。
ベースなんて考えれない、息が止まったっていい、今心臓が止まっても・・・この場から逃げなければ死。
そう思わせる走りだった。
(人智を超えた能力を持つ神に釣り合える女。それ故にマリアージュ[フランス語で結婚や結びつき食べ合わせの意味]と名付けられた女。)
横を流れる川の流れより早く男は逃げた。
一刻も早く逃げろと男の心が身体の限界を超えて走れと命令する。
(以前聞いた話55トライアングルの話と実際に見たあいつの導士としての能力が今結びついた・・・間違いない奴が『西方天』であり、敵対する組織のヒットマンをことごとく文字通り潰し殺した『コンプレッサー』!!)
走る、走る、走る。
一目散に脱兎の如く。
だが、恐怖に負けてしまった男は振り返る。
すぐ後ろに居るのではないか、迫ってきているのではないかと恐れ振り返る。
きっと、それがいけなかったのだろう。
男は躓き、転んだ。
声も出さずに地面を滑る、峡谷の出口まで後数メートルと言う場所で男は倒れた。
ゆっくりと立ち上がり、何に転んだか解らず周りを見渡し、自分が何に躓いて転んだかを理解して・・・恐怖を深めた。
それは濡れていた人の身体。
男にとって、それはとても見知った身体・・・自分の部下達の濡れそぼった身体だった。
「うん、連絡どおりだ…君が最後の五人目かな? 別働隊の能力者の混成部隊…恐らくそちらが本命なのだろうけど、潰させてもらったよ」
唐突に声が峡谷に響いた。
それは透き通ったと言うには少し掠れた男の声だった。
男には音が反響する峡谷とマスク越しで場所が特定できない。
だが・・・どこかしら視線を感じ、その方へ目をやる。
峡谷の出口の傍の岩陰、そこに白い男の顔が浮いていた。
「ヒッ。」
一瞬生首かと見間違うが、それは違う。
顔の下に伸びる白いネクタイ、黒一色のスーツを来ているだけだった。
目を凝らせばよく解る、闇に佇む黒い男。
漆黒で染められた細身のスーツ、身長170cmほどの細身の身体。
しかし何と言っても特徴的なのは、脱色ではない完全な白色の肌と髪、真っ赤に染まった瞳。
世間では白子、アルビノと言われる色素欠乏症の容貌だ。
男は度重なる衝撃に心を砕かれたのか、それともその真っ赤な瞳に囚われてたのか動けないでいる。
「さて、君で最後だ・・・覚悟してもらおうかな?」
少々この暗闇に似合わない陽気な口調でアルビノの青年は笑顔で近づいてくる。
その笑顔はどこかで見た笑顔・・・男は漫然に理解した。
『コンプレッサー』と同じ笑顔。
理解した途端、口から声が出た。
「ヒッヒヒ」
一際笑顔を深くして、青年は立ち止まった。
「ん? 漠然と理解したかな? したみたいだね。いや、したと言う事にしておこうかな? 僕も少々忙しいし、この後人と予定があってね君達には消えてもらおうと思っているんだ・・・ああ、気にしないでくれよ? 君達に命令を出した相手はもう解ってるし君と同じ運命だ・・・安らかに眠ってくれたまえ、部下諸共一蓮托生さ」
アルビノの青年の周囲に揺らぎが見えた。
男の身体は動かない、一生懸命身体は動いているのに逃げようと身体は動いているのに動かない。
目だけを動かしピクリとも動かない足を見る。
男の背筋が凍りつく、彼の足を細い手が土から生えて足首を掴んでいた。
腕を見る、ゴツゴツとし毛の生えた手が腕を掴んでいた。
肩を見る、指輪を沢山した爪の長く長い指をした手が肩を掴んでいた。
身体を、
指を、
肘を、
腿を、
腰を、
首を、
手が掴んでいた。
「うっうわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「おやすみ、名も知れない君」