マリアージュ その2
能力者と呼ばれる人種がいる。
その人種の数は世界で約二万人弱。
総人口60億と言われる中ではほんの微々たる数だ。
しかし、その少数の人間はある方面で恐れられていた。
その方面とは。いわゆる闇の世界とか裏の世界とか言われるバイオレンスや非合法の世界。
裏の世界に伝わる話によれば。
曰く、能力者は己が世界を通し、すべてを見通す。
曰く、能力者は万物を己が剣にて操る。
曰く、能力者は法則を作り世界を作る。
その能力故に彼らは恐れられる。
黒い人影達に先ほどとは比べ物にならないぐらいの戦慄が走っていた。
荒事に慣れている人間達で構成されているのだろう、その戦慄の度合いは正確だ。
彼女、能力者マリアージュの危険性をよく知っているからだ。
それともう一つ、アサルトライフルの弾を能力で防いだという事実。
「全員散開!! 誰でもいい目的地へとたどり着け!!」
それを見た男の判断は早かった、能力者の危険性を考え一所に集まると全滅すると判断し全員を散開させた。
声を聞いた途端、人影達は軍人の様な──いや実際軍隊にいたような動き──規律の整った動きで散開を始める。
しかしマリアージュにとって人影達の動き、その目的は許せるものではなかった。
「それは許可出来ません・・・貴方達のような血の匂いのされる方達は、祓わせて頂きます」
彼女はすっと手を水平に上げると、道に寄り添う川の方に向かって振り払った。
ゴウッと突如巻き起こる轟風。
それは人すら一瞬にして空へと軽がる吹き飛ばす轟風。
塵の様に吹き飛ばされた黒い人影達は、水飛沫を上げながら次々に川に落とされる。
その光景を見たマリアージュは何かを思い付いたかのように、ニッコリ笑って手を振り上げる。
視線の先には人影が落ちた川の上流。
「潰れなさい」
瞬間、川の上流側の水面が一気に潰され水深が一気に浅くなる。
その結果は、すべてを押し流すかの様な猛烈な濁流。
どのような能力なのか、どのように行っているのかは解らない、その水の流れは少ないながらも勢いはさながら鉄砲水の様に荒れ狂い、川の中に落ちた人影を飲み込み下流――天の浮橋の入り口側――へと押し流していった。
流れていく黒い人影達をマリアージュが見送っていると、再び連続で響く発砲音。
再び現れるひしゃげた弾丸、笑顔のマリアージュの表情は一向に崩れない。
「あらあら、一人残りましたか?」
「戯言を、ワザと残した癖によく言う・・・その褐色の肌、不可視の攻撃・・・貴様、『西方天』だな?」
「いえいえ、そんな大層な者じゃありませんよ」
再び二連射して距離をとる男。マスクには憎々しげに歪めた唇が写る。
「そんな大層な者ではありません・・・私はただのマリアージュ、『神の花嫁』です」
「っっっっく、なお悪い。ブランケット家の『花嫁』!! 『コンプレッサー』のマリアージュ・ブランケットか!!」
男は自分の言った事実に恐怖する。
その名にどんな意味があるのか一向に解らない、だが先ほどまでの戦う意思がこもった瞳には力なく、構えたアサルトライフルを乱射した。
しかし、銃弾は一つとしてマリアージュに届かない。
銃弾は全てひしゃげて宙に浮いたままになっている。
「M4A1カービン、装備を見る限り海兵隊の方でしょうか? …しかし、懲りませんね以前デルタフォースの方がいらっしゃった時も同様にお帰り願ったのですけど?」
「だっだまれ!! 貴様達のような化け物が人に楯突くなぞっ!!」
「貴方こそ黙りなさい、何人たりともこの地において血を流そうとする者は罪人でしかありません」
「おっおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
マリアージュの目に剣呑さが混じる、笑顔の質は変えずに宿る光は殺気混じりへと変わる
その光を見た男は腰のポーチから手榴弾を取り出し素早くピンを抜くと、雄たけびのような声と共に後ろを向き走り出し、そして…
手榴弾を投げつけた。