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遠い場所、届かない

作者: 小雨川蛙

 昔。

 頂きを見たことがある。


 高い場所だった。

 記憶が擦り切れてなければ今でもまだ届かないほどに。


 けれど、あなたは居た。

 頂きに立っていたあなたが。


「私には才能がないんですよ」


 あなたは苦笑いをして言った。


「誰も認めてくれませんでした」


 あなたは受容していた。

 自らの扱いを。


「だから辞めました。傷つくだけですし」


 あなたは既に変わっていた。

 失望するほどに。

 穏やかなほどに。


 いくら聞いても頂への道を教えてくれなかった。


「やめてくださいよ。私をいじめるのは」


 あなたは恥じて言った。


「やめてください。不快です」


 重ねて問えばあなたは怒った。

 静かに。


 だから私は諦めた。

 諦める他なかった。



「先生」


 私の弟子が問う。


「あなたは先導者です。私達を導いてくださります。しかし、時に怖くはならないですか? 前を進むことを。道がない場所をただ一人歩くことを」


 弟子の言葉に私は答える。


「大丈夫。なんとなくわかるもんさ。目指すべき場所が」


 私の答えに弟子が感嘆の声を漏らす。

 きっと、弟子には私が偉大な賢者に見えていることだろう。


 しかし、事実は違う。

 私はかつて見た頂きを必死に思い出しながら、自分の持つ技術でどうにか一歩ずつ進んでいるだけだ。


 あなたと比べれば亀よりも遅い歩みで。



 才ある者を私は妬む。

 当代一とさえ評される私でも比較にならないほどの才を持っていたあなたを妬み続ける。


 才なきことに私は安堵する。

 あなたほどの才がないために程度の低い世界で私は『異物』と見做されずに済んだから。


 世界には受け入れることが出来る『速度』というものがある。


 あなたは早すぎた。

 だから、あなたは『異物』となった。


 そして。

 辛うじてあなたを理解できる私のような微かな才を持つ者たちはあなたを妬み続ける。

 きっと永遠に。


 そして。

 私達は生涯忘れない。

 あなたが確かに頂きにいた事を。

 永遠に。



 才なき私は今日も歩む。

 かつて見た頂きへ向かって。


 きっと、生涯届かないことを理解しながら。

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