人気インフルエンサーで美人な同級生に、女子に人気な双子の弟と間違われて告られた非モテの俺だが、まさかな...?
突然だけど俺の学校にはマンガのヒロインみたいなやつがいる。
天川美月
何でも人気インフルエンサーなんだそうだ。
俺はアイドルだとかタレントだとかには疎いからよく分からないが、
雑誌やテレビにもよく出ているそうだ。
そう言った話を頻繁に聞く。
まあ、当たり前なんだけど美人だ。
それもとびっきりの。
ただでさえクラスの女子泣かせのルックスなのに
成績優秀で誰にでも分け隔てなく接してくれる。
そりゃもう男子という男子は『ワンチャンあるかも~』なんてはしゃいでいるが、
残念ながらそれはないようだ
なんでかって?それは俺 ―いや正確には俺ではないが― が
天川さんに告白されたからだ。
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それは数日前のこと。
俺は放課後、一階の自動販売機に向かうために階段を降りていた。
なにやらこそこそする声が聞こえる気もしたが、俺には関係ないことだ、
そう思って一階の床へと足を着けた時だった。
「篠塚さん!わ、私と付き合ってほしいです…!!」
ああ、そうそう
篠塚ってのは俺の苗字だ。
俺は慌てて周りに他の人がいないことを確認する。
「お、俺…?」
俺の目の前で顔を真っ赤にした天川さんは
こっぱずかしそうに俺の足元に目線を落としながらもじもじとしている。
「あの…多分…間違いだと思うんですが……」
「…ま、間違いじゃないです…!
私、天川美月はあなた、篠塚琢磨さんのことがす、好きですっ!」
あら残念。
だって俺は篠塚悠馬だから。
琢磨ってのは俺の双子の弟。
非モテ陰キャボッチの俺とは対極に居る人間、
いわゆる"勝ち組"ってやつだ。
実際、こんな完璧な天川さんを惚れさせるくらいだもんな。
- - - - - -
ここで一応俺の紹介をしておく
俺、篠塚悠馬はここ、星ヶ崎高校の二年生だ。
星ヶ崎高校は県内トップの進学校で勉学に限らず生徒のレベルが高い。
だから部活動や行事に熱心に取り組むさまは俺には眩しすぎる。
なんてったって俺は陰キャだからだ。
学校で授業以外に普段やることといえば
マンガにアニメにゲームに音楽…。
一切口を開かない日だってザラにある。
これを聞くと皆、『可哀そう』だとか『もったいない』だとか言ってくるのだが、
俺に言わせれば『他人がうっせえ、口出すな』ってところだ。
別に俺はこれで十分に楽しいし、常に俺を裏切ってくる現実よりも
理想であふれている画面の中の世界の方が惹かれるし、楽だ。
俺の過去に何があったのは追々知ってもらうこととして、俺の双子の弟、琢磨についても話しておこう。
琢磨はきっと俺たちの母の腹の中で俺から
"光"の部分をすべて抜き取ったんだろう。
いや、俺が譲ってやったのかもしれない。
虚しくなるからそう解釈するようにしている。
つまりだ、陰キャでボッチな俺とは気持ちのいいほど対照的なもんで、
イケメンで金髪でスポーツ万能で気が利く、その上面白い。
この学校、いや、この県の代表JKが天川さんならDK代表は琢磨なんだと、
クラスの人たちが言っているのを何度か聞いたことがある。
実際俺も悔しいがそう思う。
琢磨に彼女が居なかった時を俺は知らないからな。
つまりどういうことか、分かるか?
俺はよく利用されるんだ、
琢磨への架け橋として、な。
中学に上がり、俺と琢磨の"差"が目に見えて明確になってきた頃から俺に琢磨目的で近づいて来る女子が増えた。
ある時はかなり仲良くなって二人きりで遊びにも行った女子に
いきなり琢磨の連絡先や好みなどを聞かれ、疑問も持たずに教えると
翌日からは他人扱いされた。
またある時は出会ってすぐなのに家に来たいと言われた。
まんまと連れ帰った俺を玄関に置き去りにして
その女子は琢磨の部屋へと凸って行った。
そんなことは高校に入ってからも続いた。
そんなに好きなら直接言えばいいじゃないかと思いつつ、
普段女子と話しさえも出来ない俺は少し嬉しかった、
頼ってもらえるのが。
だが、最近は違う。
俺は少し前に出会ってしまったんだ、
二次元という新しい世界に!
うん、二次元というのはいい。うん。
俺みたいなモサ男がするりするりと美少女と仲良くなり、
あれよあれよという間に恋人になったりする。
そんな都合のいい展開は現実には起こらないと分かっていても、
妄想なら無料だ。
しかもこの学校には天川さんをはじめとして可愛い生徒が多いように感じる。
妄想のネタには困らないんだ。
だから最近は女子に琢磨への橋渡しをお願いされても断っていた。
女子と関わるたびに惨めさが押し寄せてくるから。
それでも本当のところは可愛い子だけでも手を貸してやりたかったんだが、
そうもいかない。
だってマンガの中で謎に好かれる陰キャってのは
人の見た目で態度を変えないからだ。
俺は二次元の影響で”なぜか美少女と関係を持つ隠キャ”に憧れてそのムーブをするようになった。
可能性が0よりかは少しでも上がってくれたほうがいいから。
それに、俺の協力で琢磨がいい思いをするのはムカつく、
そうも思うようになっていた。
次第に俺へ協力を仰ぐ女子は減っていき、俺はどんどんと"青春"から離れていき、
やがて教室の陰になりきった。
- - - - - -
だからこそだ。
今の状況は完全に困る。
天川さんに準備室的な部屋へ連れ込まれ、
必死にお願いされる。
きっと内容はこうだろう。
「お願いです!今のは皆には内緒にしてください!」
はいビンゴだ。
付き合えば公になるのにどうして秘密にする必要があるんだろうか。
天川さんが告白するというのはつまりその二人が付き合うってことだ。
こんな完璧美人に迫られて放っておく男子がこの世に居るはずないんだから。
そしてきっと天川さんはこう続く。
「…あっ!そうだ!あなた琢磨さんと双子なんですよね!」
そうですが?
協力してくれと言うんだろう?
「私に協力してください!!」
うん。知ってた。
もちろん答えは…
「い…いいですけど…」
いいんです(笑)。
何というかを脳内で練り上げる前に発せられてたよね、言葉が。
これまでと違って天川さんは他の女子とは別格だ。
この完璧美人が琢磨と付き合うってのは納得いかないが、
天川さんをその気にさせた時点で結果は決まっているようなもんだ。
だったら少しでも接点を持っておいた方が何かそのうち役得なことがあるかもしれないだろう?
そうして俺と天川さんの協力関係が始まったわけだ。
ちなみに言うと、協力と言っても天川さんは俺に何をしてくれるわけでもない。
ただ近くに居て話すだけ、たったそれだけで対等な協力関係になれるってんだから
人生イージーモードだよな。
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ここまで聞くとマジでマンガの中じゃん?って思うよね。
俺も思ったよ。
美人で優しい人気インフルエンサーの同級生と秘密の協力関係…
これはなにか始まっちゃうのかもしれないってね。
だけども俺はのちにこれが完全にマンガの中だと自覚するような
陰キャ贔屓な展開に吞まれていくらしい。
だがそんなことはこの時の俺には知ったこっちゃない。
ただの協力関係…そこから俺の霞んだ青春がどんな方向に向かっていくのか。
それは今は誰にも分からない。
~4月23日、学校~
二年生に進級してからまだ数週間。
新学期早々に天川さんとあんなことがあってから、
俺は日々を悶々と過ごしていた。
あれ以来天川さんからのアプローチがない。
だからと言って琢磨と付き合ってる様子もない。
琢磨は相変わらず他の女子に囲まれている。
疲れないのかね、あんなに毎日毎日。
…あっ、嫉妬ではない。決して嫉妬では…。
俺はこういう時、どうすればいいのか知っている。
ガラッ
俺は勢いよく隣の教室の扉を開ける。
「天川さん、ちょっといいかな」
教室がざわつく。
それもそうだろう。
教室移動以外では一歩も立ち歩かない俺がついに思い腰を上げたんだから。
そう、俺は悪い方で目立っている。
同学年ならだれもが知る琢磨、の失敗作なんて思われているんだろうな。
「な、なにかしら」
天川さんはキョトンとしている。
もしこれが俺の意図を汲み取った上での演技だとしたら、
天はこの人に三つ目ないし四つ目の"物"を与えたことになるな。
「いいからちょと来てくれ」
「えっ、あっ、ちょ待って」
俺はそう言うとすぐに教室を後にした。
後ろからは少し駆け足で天川さんが付いてきている。
これが俺の極意。
幾度もの琢磨への架け橋役をやって来た俺だからこそ習得できた技だ。
まず一つ目は強引に、だ。
天川さんから俺を呼ぶと違和感があるし、親しげに話しかけても当の琢磨や周りに変な勘違いをされないとも限らない。
周りから俺は身の程知らずな愚か者とでも思われておけばいい。
これまでに天川さんに想いを伝えてはあえなく散っていった星屑たちはこの学校にもいくらでも漂っているからな。
…天川と星屑の対比…我ながらうまいこと言ったな…
なんてニヤついてみたり。
ともかく、そうしたら天川さんもいくらでも言い訳ができるからな。
そして二つ目に触れない、だ。
俺に触られて気分が悪くなる人は意外にもいるようで、天川さんも顔には出さないだろうが
嫌かもしれない。しかもそれを言えないような性格だ。俺は依頼されてる側だからな、
常に依頼者を立ててやらないといけないんだ。
その結果、周りからなんと言われようと心の中では
『俺と天川さんは協力関係なんですぅ~知らないくせに勝手に騒ぐなパリピが!
それとも何~羨ましいの~?ん~どうなのぉ??』
だ(笑)。
天川さんからアプローチがなかった以上は俺から働きかけるべきだ。
もしここで煙たがられようもんならこの関係はそれっきりだ。
・・・・・
ここは同じ階の空き教室。
今は昼休みで人はいない。
「こ、これはどういうことですか?篠塚…いえ、悠馬さん」
うっひょーん!
名前で呼ばれちゃった!
なんて思ったりはしない。
双子なんだしだいたい名前で呼ばれるから。
「琢磨のことだけど、いいのかなって」
「…!!あれ、真剣に考えてくれてたの??」
「…はあ、そりゃ今までに何回もこういうことはしてきましたから」
「そうなのね……」
この学校は進学校だ。
高校二年の夏からは皆本格的に受験モードに入る。
だからそれまでに恋愛や青春をしようと思っているようで、
新学年、新クラスになった今は皆そわそわしている。
琢磨の恋人事情に関しては詳しくは知らないが、
春休みによく家に来ていた女子とは何かあったようで
お互いに気まずくしている。
きっと琢磨も恋人を作りたいと思っていることだろうから今がチャンスなんだと
天川さんに伝えた。
「そんなに分析して…」
「あ、ごめんなさい
キモかったですよね」
「ああいや!そういうことじゃないの!
なんだかちゃんと考えてくれて、嬉しいって言うのかな?」
俺はこんなんじゃ惚れたりしないぞ。
これまでに何度勘違いして、そのたびに打ちのめされて来たか
並の学生には知る由もない。
いくら天川さんが美人だからって俺が惚れちゃダメだ。
美人なんだからこそ俺に好意を抱くはずはない、
これは協力関係、対等な関係なのだ。
そう、必死に自分に言い聞かせる。
「まあ、さっきも言いましたけど慣れてるんで…」
なんかイキったみたいになってしまったか…?
「ふふっ」
気にしてないみたいでよかった。
なにを安心してるんだ俺…。
心では分かっていてもやっぱりこんな美人を前には理性が保てないんだ、
そう、改めて思い知らされた。
「琢磨とはどこまで?」
「どこ?どこって…まだどこにも遊びには行ってないですよ?」
マジで言ってる?
…真顔だ。
これマジで言ってるやつだ。
美人優しい頭いい、んでギャップ天然…。
もはやすがすがしいな。
「どこまで関係が進んでいるんですか、ってことです
すみません僕が分かりにくくて」
人と話すときは基本的には一人称は僕にしている。
この控えめな口調で俺ってのは違和感あるからな。
「ああ!そうゆうこと!」
手をポンと叩く天川さんは可愛い。
大人っぽい美人な一面もあれば子供っぽくて天然美少女な一面もある…
天は彼女に一体どれほどの"物"を与えなさったのですか…。
「んー、まだ少し話したくらいかなぁ?」
顎に指を置いて少し考えるような素振りを見せる天川さんも可愛い。
俺が頭の中で思う分にはだーれも迷惑しない。
協力の対価をこの可愛さ癒しパワーでもらっておかねば…。
「でしたら、連絡先を交換するところからですかね」
「うんっ!それがいいね!」
ここで極意その三だ。
並大抵のやつならここであわよくば俺も天川さんと連絡先を…
と思ってしまうことだろう。
俺も初めは思っていたけどさ、逆だったらどうよ。
俺が超絶イケメンでモッテモテ、
学年一の美少女を射止めようとその友人のモブ女に近づいたが、ついでにとか言って
そのモブ女の連絡先までゲットしてしまった
なんてなったらどうなる?
また同じようなことがあるかもしれないしもう関わらないでおこうってなる、少なくとも俺は。
俺みたいなモブの連絡先に需要なんてないんだし、変に気を使わせてしまうだけだろう。
俺は人畜無害、ノット過干渉なやつで居たいんだ。
だがな…
「じゃあ、これ
琢磨の連絡先のQRコードだから」
「え?あ…ありがとう」
だがな…ここで問題が発生するわけなんだ。
ここで俺が連絡先を交換しないとまた俺が呼び出す羽目になる。
そうすれば何としてでも協力とかこつけて天川さんに会いたい人になってしまう。
それはなかなかにまずい…。
…ん?てかさ…
「どうかしましたか?」
「あいや、何でもないです」
よくよく考えたら、いや少し考えただけでも分かったことだ。
天川さんレベルなら普通に一発KOだよな。
じゃあ俺がこうして会うことももう終わりなのか…。
寂しい…名残惜しい…だけどここで出しゃばったら
俺の理想の陰キャ像から離れてしまう。
常に無関心を装い、過度に干渉しない、そういう時に決まってマンガのヒロインは
『なんでこいつだけ私に惚れないの~!!』となるんだ。
まあさ、現実はそう甘くないかもしれない。
だけどガチモサ陰キャの俺にはそうする他いい案が思いつかないんだよ。
「それじゃ、頑張ってください」
「あっ…」
ガラガラ…
何か言いたげな天川さんを一人準備室に残して俺は退出する。
天川さんは律儀な人だ。
去年に同じクラスだったから知っている。
きっと『あなたとも連絡先を~』とか『ありがとう!!』
とか社交辞令でも言うつもりだったんだろう。
変に恩に着せるのはよくない。
協力 ―といっても大したことはしなかったが― の対価は天川さんの可愛い一面を見たことで十分にもらえた。
いつもだったらここで琢磨に相手の印象を聞いたり、外堀を埋めたりするんだけど…。
きっと天川さんにはそんな小細工は必要ないだろう。
極意その四は時間をとらない、だ。
人気で多忙な天川さんの1分は俺のくだらない日々の10時間にも相当するだろうからな。
会話以外の俺の脳内のあれこれは、実はものすんごいスピードで処理されているんだ。
一緒に教室に入ってから俺が出るまで、実際には1分強。
これなら告白された、くらいで済む時間だろう。
天川さんも事情を説明しやすい。
ガタッ
俺は自分の教室の窓際一番後ろという俺のために考えられた場所で
ボッチ飯を開始する。
ブルブル…
手が震えている…。
なんやかんやかっこつけたこと言って、俺も緊張してたんだな。
恥ずかしっ。これじゃ、マンガの中の引き立て役の勘違いオタクじゃないかっての。
カチャ
ぽそっ…
「美味しい…」
なぜだかその日の弁当は美味しく感じた。
・・・・・
その晩、俺は家で柄にもなくテレビを観ていた。
よくあるような大御所の芸人が若手俳優やタレント相手にトークするような、
俺には面白さがいまいち理解できない番組である。
じゃあなんでそんな退屈なものを見ていたのか、まあ、単純に、
天川さんが出演していたからなんだろうな。
今日クラスの浮かれた男子たちが話しているのを聞いて、
そんなものを見るなんてくだらない、とかその時は侮蔑していたのだが…。
「おっ、悠馬がテレビとは珍しいな」
風呂上がりの琢磨が話しかけてくる。
もう高校生なんだし、今更双子で仲良くなんて…と俺は少し距離を置こうとしているにも関わらず
琢磨はいつも何も考えていないように話しかけてくる。
自分がちっぽけに感じる。
これが俺と琢磨の"一般的な青春度"を分かつ所以なのだろうとも思ったりする。
それにしても…
どうして風呂上がりのイケメンはこんなにも絵になるんだ。
そりゃああの天川さんが惚れるのも納得だ。
男の俺でも少し胸がざわついてしまったんだから。
「いやまあ、気分」
「ふーん
あれ!これ天川さんじゃない?」
琢磨がテレビに顔を寄せる。
天川さんを見つけた琢磨は、まるで四葉のクローバーでも見つけた子どものように
声のトーンが上がった。
「ふ、ふーん、天川さん…ね」
「そうだよ!悠馬お前知らないのか?
あの天川さんだよ!こうしてタレントとしても活躍してるのに
SNSのフォロワーは100万人超え!その上優しくてスポーツも出来るんだよなぁ」
そう語る琢磨の目は輝いている。
それは自分の好きなものを必死でプレゼンする姿と何の変わりもなかった。
ぼそっ
「なんだよ…とっくに両想いじゃねぇかよ……」
「ん?なんか言ったか?」
「あいや、何でも
琢磨は天川さんと付き合いたいとか思わないのか?」
「あー、どうだろうな
俺あんま天川さんのこと知らないし」
そういうところなんだよ。
こいつがモテるのは。
一般人なら可愛い子が自分を好いてくれてるなら二つ返事でカップル成立だ。
まあ、俺の場合は違うんだがな。
勘違いからの後悔という最悪のワンセットを何回繰り返してきたことか…。
今の俺は女子の好意というものを純粋に信じたりはしない。
「今って琢磨彼女は?」
「んー、ちょっとな…
少し前に別れたからな」
「天川さんとか狙わないの?」
「…まあ、そりゃ付き合えるなら…
でも天川さんは人気者だからな」
ほら。
自分でも自分はモテてるって自覚してるはずなのに、こうも謙虚だろ?
しかも他の誰も見ていないような家でもだ。
本当に裏表がないのかよ、こいつは。
こいつと兄弟な時点で俺に恋人ができる未来は見えないような気がする。
まあそのうち科学技術が進歩して、二次元婚が普通になる時代もそう遠くないうちにやって来ることだろう。
頑張れ研究者。
だがおかしいな。
さっきの口ぶりからすればまだ天川さんからメッセージはもらっていないのか。
まさか…!これまた恋愛マンガあるあるの超絶モテる美少女は
意外にも恋を知らなかったり、奥手だったりするやつ…!
……一瞬また天川さんに会う口実が出来るかもしれないと喜んでしまった自分が居た。
別に思う分にはいいんだ。だがそれゆえに行動がエスカレートしてしまうことが問題なんだ。
気をつけないと。
俺の理想は無関心な陰キャ。
だけどやる時にはやるべきことをやって、頼りになるような…。
俺もまだまだ邁進せねば。
~4月24日、学校~
朝、俺は自分のクラス、二年二組へと向かう廊下で
生徒たちの様子に少し違和感を覚えた。
皆どうも落ち着きがないというか、何というか。
まあ、俺には関係のないことだ。
ガラッ
「おい聞いたか悠馬!」
こいつは小林、コバと呼んでいる。
ボッチな俺の唯一の友達とも言える。
だったら念願のボッチ脱却か、と思うが残念ながらそうもいかない。
こいつはゴリゴリの野球部で"陽"の人間だからだ。
基本は騒がしい、よく言うと賑やかな人たちに混ざってワイワイやっているんだ。
一応コバとは幼馴染ってやつなんだろうか。
だからか、こうしてたまには話してかけてくれる。
「おおコバ、どうした?」
琢磨以外で唯一俺がタメで話す同級生だ。
「お前の弟、琢磨だったか?が星宮さんと付き合い始めたらしいぞ!」
「へー…って星宮?」
天川さんじゃないのか?
星宮さん…名前を聞いたことはあるが…。
ほとんど他人と関わらない俺に他クラスの女子の顔やその女子の人となりを知る機会などない。
「それがどうしたんだ?」
「どうしたって言われたらそこまでなんだけどな…?
一応お前の弟なんだし、星宮さんってめっちゃ可愛いだろ?
女子はちょっとピリピリしてるし、逆に弟君狙いの女子たちがフリーになったとかで
男子はどんちゃん騒ぎだぞ」
「…なるほど?」
「まあ、お前もこの機会に恋人作れってことだよ
あのイケメン女たらし野郎の兄貴なんだからお前も元はいいはずだろ?へへっ」
「わざわざそんなこと言いに来たのかよ…」
「まあな、あんな弟君と比べて落ち込んでねえかなって思ったんだよ。
友達が気を落としてるかもってなったら誰でも心配するだろ?
あっ、俺呼ばれちまった じゃあな!彼女出来たら紹介しろよ!」
友達…。
本当に俺が友達でもいいんだ…。
その言葉を直接言ってもらえるとなんだか安心するな。
それにしても琢磨のやつ…知らなかったとしても天川さんという神の最高傑作に好かれながらも
他の女と付き合うなんて信じられないわ。
天川さんはどう動くのかな…?
また俺から行った方がいいのか…?
でもしつこいやつだとか思われないかな。
昨日の反応からして『本当にお願い協力して!!』って感じではなかったんだよな。
『あっ、本当に協力してくれるんだ』くらいだった。
うーん……出しゃばるべきか、自重するべきか…。
・・・・・
ガラッ
天川さん?
勢いよく俺の教室のドアを開けた天川さんはきょろきょろと誰かを探す素振りを見せてから、
教室の隅の俺を見つけ、ずかずかと入って来た。
ちなみに今は昼休みだ。
「ちょっと来てください!」
ああ…。
これはだめだ…(笑)。
昨日の俺の手間はなんだったんだ。
これじゃあ変な誤解をされかねない。
ここは俺が一役買ってやるか。
「前言ってたやつ、やっと持ってきたのか?
もしちゃんと準備できてなかったらお前のあの秘密バラすからな」
天川さんが来たってだけでザワついていた教室に
さらに変な空気が流れる。
マズった。
これじゃあ天川さんに何か秘密があることになってしまう。
キョトンとする天川さんを前に続ける。
「お前の秘密…はまだ握れてないが…
お前の妹がどうなるか分かってんのか!」
論理の破綻も甚だしいところだが…。
その内容が過激すぎてクラスのやつらはそんなこと気にしてないようだ。
よしっ!俺は心の中でガッツポーズをする。
なんでかって?俺の憧れてた美少女に絡まれる陰キャムーブができたからだ!
自分が嫌われてもいいから美少女第一で。
クラスのやつらには軽蔑されるが、それを美少女が庇ってくれる、
『オタク君はそんなんじゃないよ!』ってな。
そんでもって『でも…私のために自分を犠牲に嘘ついてくれたのは嬉しい…//』ってなって!
そうしているうちに距離が縮まって……だっ!
……はあ。
「ちょ、ちょっと
何言ってるのよ」
いざ現実にやってみるとクラスメイトの視線には流石に少し堪えるものがあるな。
「それじゃあ、行こうか」
またまた俺は天川さんを置き去りに教室を出る。
クラスの人たちが必死になって天川さんを止めようとする。
天川さんは律儀なことに丁寧に説明してからこちらへ来たようだが、
どんなふうに弁明したのかは聞こえなかった。
・・・・・
ここはまたあの空き教室。
教室の外には人が集っているようだ。
あれで隠れているつもりなのだろうか。
「ちょっと、悠馬さん
一体どういうことですか」
残念ながらこの状況、そして俺の思惑を分かってくれていないようだ。
それもそうだろう、日本人ってのは机の上のお勉強は世界規模でみてもかなり出来る方だが
その場その場の臨機応変な対応ってやつがどうも苦手らしい。
俺は昔から好きだけどな、人を騙したり一手先まで読んだムーブしたりカマかけたりする、
ずる賢いようなことは。
「俺と連絡先交換しろよ」
「え…それはいいですけど…
さっきはなんであんなこと…」
いやだからそれをここで種明かししたら意味ないじゃんかよ(笑)。
可愛いからいいんだけど、天然っていきすぎるとウザったいから気をつけろよ?
「なんでもなにも、忘れたとは言わせないぞ」
俺はちょっと声を大きくしてそう言う。
教室のドア付近でガタガタ聞こえた。
すぐに静まったが…。
だからバレてるんだっての(笑)。
うーん。
こういう時にすぐにこっちの思惑を理解してくれる頭の柔らかい人ってのはすごく惹かれるなぁ。
それを天川さんの前で考えるのも失礼な話なんだけど。
俺は今まで女子って結局内面云々よりも顔だよね派だったけど確かに、
こういう鈍感な人は一緒に居てストレスがかかるかもしれない。
これは俺の好みの話なのかもしれないけど、話通じないときに
『え~も~どういうことよ~!!(バシバシ)』
よりは
『え…っと、分かんなくてごめん…』
の方がいいな。
なんの話だよ(笑)。
「これ、俺のQRだから」
そういって渡した紙には実はQRコードなんてプリントされてなくて、
もし何か相談があるなら電話して、と書いておいた。
俺の、普段出番がなさ過ぎて退屈しているであろう番号とともに。
「じゃあ、俺は行くから」
また声を大きくして言う。
教室のドア前で隠れて盗み聞いてたやつらが慌てて退散していくのが分かる。
俺はそいつらが完全に逃げ切るまで時間を与えてやる。
俺に気づかれたことで逆ギレ?して変にいじめられたりしても困る。
ちょいちょい
天川さんが俺のブレザーの袖を引っ張る。
「ありがとっ」
そう小さい声で俺にささやく。
上目遣いが反則だと、マンガの主人公が言っているのがよーく分かった。
やっぱり内面よりも顔なのかもしれない。
そんなことを思いながら俺はそこで固まってしまった。
そんな俺を見た天川さんはふふっと笑いを残して出て行く。
さっき、内面よりも顔だとか言ってしまったが謝らなければいけない。
天川さんは顔も内面もだったんだ。
いよいよ天川さんが俺たちと同じ人間かどうか怪しくなってきたな。
いやすでに同じ世界に住む存在ではないんだが。
俺たちの世界から異世界に行って"俺TUEEE"する主人公が居るように、
天川さんは実は異世界から"私KAWAIIIII"するために来た、
人生二周目的意味での別世界の存在なのかもしれない。
そう本気で思い始めてきた。
教室に戻った俺を待ち受けていたのは
まるで"野蛮"そのものでも見るかのような視線。
もはや問い詰められはしない。
ただただ俺の存在感が増した、同時に喪失した。
元々教室の陰の部分だった俺はその黒さがさらに増し、
ゆっくりと教室全体を包み込んでから静かに床のタイルに潜り込んだ。
クラスメートたちはタイルの隙間の俺の存在などいないも同然に振舞い、
何も考えずに床を踏み歩いた。
「まあ、知ってたよ」
俺の半径3メートルには人が一切いない。
まあ、下手に近づいたらレ〇プでもされるかもしれないからな。
正しい判断だと思うぞ。
それにしてもこれからはどうしようか…。
まさか昨日あんな話をした翌日に琢磨がねえ…。
なんて考えていると、
「おい、どうしちゃったんだよ」
コバが話しかけてきた。
まるで誰にも理解されない獣に手を差し伸べる主人公みたいだ。
空想物のマンガでは意外とあるあるだよな。
「どうって?」
一応闇堕ちしたままでいく。
コバが俺を気にかけてくれたのは正直嬉しかったが
他の"陽"のやつらとグルってる可能性も低くはない。
「とぼけんなよ!さっきのやつだよ!天川さんの!」
コバは何に怒っているんだろう。
俺が天川さんに何か手を出してるっぽいことか?
じゃあなんでさっき殴ってでも俺を止めようとしなかったんだよ。
「ああ、あれ」
「そうだ!お前はあんなことするやつじゃないだろ!」
昼休みの教室、そこにいる全員が俺たちの一言一言に注目している。
それにしてもコバ…
「何かあったなら俺が話聞くから!
…気が向いたらでいいから相談してくれよ」
そう言うと少し寂しそうな顔を俺に見せてから
戻っていった。
きっとこれ以上は自分も俺側に回ってしまうと判断したんだろう。
だけど今のこの状況で俺に寄り添ってくれたのは正直嬉しい。
元々クラスでは居場所なんてなかったんだ。
これで多少でも天川さんが嫌な思いしなくて済むならこんな扱いバッチコイだ。
・・・・・
その日の放課後は騒がしかった。
家に琢磨の新彼女、星宮さんが来たからだ。
名前は星宮ことり、と言うらしい。
ちっちゃくて茶髪のツインテール。
外見的には主人公を見下してくるツンデレ魔術師とかによくいそうだ。
=====
「ただいま~」
「おっじゃましまーっす!」
なんかうるさいのが来た…。
俺は慌てて録画していた天川さんが出てる番組を観ていたテレビを消す。
「あれ~?これが悠馬っち?なんかモサーいww」
モサ男で悪かったな。
それにしても…可愛い。
初対面で開口一番に悪口を言われたにも関わらず、俺は目を奪われてしまっていた。
琢磨はこんな美少女が彼女…!
高二にもなればきっとエッチの一回や二回…。
う、羨ましい!それは素直に羨ましい!
「悪いな悠馬、ちょっと騒がしくなるかもしれない」
「ああ別に俺は気にしないから」
別にいいんだ。
こんな美少女がプライベートで同じ空間に居るってだけで十分に興奮案件なのだから。
これを役得と言わずしてなんと言うんだ。
ただもし部屋にいる俺に聞こえるくらいのエッチを始めたらマジで俺、抑え効かんかもだからな?
そしたら強引にでも寝〇るか3ピー(自主規制)に持ってくからな?
気をつけろよ?
パチッ
この一瞬で俺の脳内をすべて理解したんだろうか。
琢磨はニカッと片目を閉じて決め顔をする。
クソ!このすまし顔でいったい何人の女子を陥落させてきたんだろうか。
眩しい、俺でさえ眩しく見えるぞよ。
ピクピク
俺もウインクしてみた。
インカメにした俺のスマホには目にゴミが入った浮浪者が映し出される。
ボサっと伸びた前髪に深く刻み込まれたクマ、おまけに血色の悪い肌色。
まあ、確かに俺は美に意識を使ってないからしょうがないんだけどな。
琢磨はよく保湿液?とかハンドクリームとかを使って自分を磨いている。
俺も磨けば琢磨みたいな顔になるんだろうか。
…いや、なったところでこの性格じゃあな。
でも、顔目当てで近づく女の子とエッチできたらそれはそれでいいのか…?
「いつまでその顔してんだよ悠馬っちww」
悠馬っちってなんだよ(笑)。
それにしても星宮さんはこういう人か。
会ったばかりだけどすぐに分かった。
少し人を馬鹿にするような面もあるけど人懐っこくて親しみやすい。
こういうタイプは意外にも一途で、一度好きになったら時には重すぎる愛を見せることもある。
俺の今までのマンガやアニメの知識からするとそうなる。
「んじゃ俺は…」
俺は腰を上げて自分の部屋へと戻る。
「悠馬っちもこっちでゲームしようよ!」
きっとこういうこと言うとは薄々思ってたよ。
ただこれは社交辞令の可能性もある。
ここで俺がじゃあ…と入っていったら、
『本当に来るのかよ空気読めやモブが』
って思われそう(笑)。
「いや、俺はお邪魔だからな」
そう言って部屋に戻り、イヤホンを付けた俺はアニメを観始める。
万が一喘ぎ声でも聞こえてこようもんなら、
兄弟の彼女で抜くなんて言うAVみたいなシチュエーションになってしまうからだ。
まあ、琢磨ならそういうことはちゃんとTPOを考えるとは思うんだけど。
ただゲームを二人で楽しむ声が聞こえるだけで俺は惨め死してしまいそうだから、
二次元という楽園に俺は逃げるんだ。
・・・・・
数時間が経った頃だろうか
「めっちゃ歌うやんw」
星宮さんが部屋のドアを少し開け顔を覗かせた。
本当に事故らなくてよかったと心の底から安心した(笑)。
「歌…?」
「うん、丸聞こえww」
おっと、しまった。いつもの癖でアニメのOP EDを大熱唱してしまっていたようだ。
「それ、現実チーレムだよね?」
「え?」
『ダンジョンだらけの狂った現実で俺は最強スキルでチーレムする』
今期の人気 ?―万人受けはしないが― アニメだ。
「知ってるのか?」
「うん!もちろん!私アニメ大好きだし」
そう言うとズカズカと部屋に入ってきて、俺のベッドに腰を掛ける。
おいおい。
「そうなのか
ところで琢磨は?」
「ああ、たっくん?なんか塾に行くとか言ってたけど」
じゃあなんで残った?
心の底から疑問だ。
なんで星宮さんは一人で残ったし、琢磨も彼女を一人、年頃の男と二人きりの家に置いて来た?
ちょっと非モテには理解できない行動だ。
冴えない実家暮らしニートが弟の連れて来た婚約者と…なんてシナリオ、
AVでは二番煎じ通り越してお茶成分が出なくなるまで湯を通された茶パックだろ。
俺何言ってんだ?(笑)。
「AVとかでよくありそうなシチュだねw」
言うなよ(笑)。
ふっ
咄嗟に笑ってもうたわ。
「笑った?」
「まあな、ちょうど俺も同じこと考えてたからな」
言ってもうた。まあ、逆に警戒されなくていいかもしれない。
てか、俺って言ってるやん俺。
ふと素が出てしまう。これがコミュ力モンスターってやつか。
それにしてももしかして星宮さんって…
「もしかして私たちって意外と気合う?」
そう、そう思った。
琢磨はマンガやアニメはもちろんきっとAVやR指定の同人誌なんてものは観ないだろうからな。
「ねえ!ちょっとこのマンガ、呼んでいい?」
「ああ…別にいいけど」
そう言うと俺の本棚から適当なマンガを抜き出してから
星宮さんはベットにダイブした。
「おい」
「あっ、ごめん…
マンガ折れちゃうよね…」
「いや違うが?」
俺に襲われるぞって意味だボケ。
まあ、それを分かっててからかっているだけな気もするが。
……
「このマンガ3周目だけどやっぱりこのヒロインの子が一途で可愛いよね~」
俺は悶々としてるってのにこいつは…。
でも、それだけ俺を信用してくれてるってことなのかもしれない。
だったら俺も対等に接してみるか。
もう学校での俺の居場所はないし、そもそもこの趣味を共有できる人が
今まで一人も居なかったから、理解者が現れたのはそれが美少女だからとか関係なく嬉しい。
「だけどそれ途中に出てくる負けヒロインがうざいんだよな」
「えー!嘘!分かる?こいつちょっとしつこいよね~
お前はもう振られてるんだからさっさと身を引けってんだよ」
「でもそのおかげで主人公とヒロインの距離が近づいたってのもあるからね」
「そうなんだよねーまあ負けヒロインの役目ってそれだしね~」
「俺は先生も結構気に入ってるんだよな」
「ああ分かる!ほとんど出てこないんだけどね~
アレだしね~」
そう言う星宮さんはニヤニヤしながら自分のグレートウォールに
さもたわわな果実でも実っているかのように手を上下させる。
「まあそれもあったりなかったり」
「本当か~」
ちょいちょい
距離感…。
そんなんだと俺勘違いして襲ってまうよ?
まあチキンに出来るわけもなく。
あと残念ながら俺は巨乳は好かんのじゃ。
「んま、なんにしても悠馬っちもよく読んでるじゃんw」
「そりゃあね…陰キャ男子ですから」
「えーww恋愛とか興味ないかと思った」
「現実に諦めをつけて次元を一つ落として模擬恋愛ってやつですよ
非モテは皆やってます」
非モテの皆さん勝手な偏見申し訳ない(笑)。
なんか…楽しい。
普段相手が俺をどう思うかとかばっかり考えてあまり会話は続けないようにしているが…。
今は口から自然と言葉がスルスルと…。
「…です。楽しいです…すごく」
星宮さんはマンガを置いて俺の方を見る。
俺は咄嗟に目を逸らしてしまった。
女子耐性0の俺に星宮さんのまっすぐな目は眩しすぎる。
「私も!!」
…!よかった。
とにかくよかった。
勝手に俺だけ楽しんでいるだけだったら本当に人間不信にでもなるとこだった。
いやでも、社交辞令の可能性も…!琢磨に関する何か ―情報なりパンツなり― を盗み出すために
適当に会話している可能性も…。
「いやマジで!悠馬っちが居てくれてよかったよ
私クラスではちょっと浮いててさ、『星宮さんはサブカルなんか好きなはずない』って
勝手に思われちゃっててさ…」
星宮さんは少し悲しそうに話す。
浮いてると言っても俺とは真反対の浮遊だな。
「別に誰が何を好きでもいいと思うんですけどね」
「そう!本当にそうなの!」
じゃあどうしてそれを言わないのか…。
なんとなく分かる。
可愛くて人懐っこくてクラスでもきっと人気のある星宮さん、
他の女子からはあまりよく思われていないんだろう。
そいつらは常に星宮さんの弱みを探してる。
『サブカル好き』別に悪いことでもなんでもないが、
結局物は言いようだから、いかにもそれが悪いことのように広められかねない。
俺の知るマンガ内での女子たちはそんな感じだ。
何もかもがマンガの中のようにいくとは思っていないが、女子の嫉妬心ってのは男子のそれよりも深く暗いものだと認識している。
それが原因で彼氏 ―今は琢磨― と別れることになってしまうのも懸念しているのかもな。
なんとなく、男子って女子はもっと女子っぽいものを好きでいてほしいとか言う謎願望があるからな。
「悠馬っちならたっくんの兄弟だし
こうして会えるから!なろうよ!友達!趣味友ってやつ?」
「…お願いします!」
二人目~!あれ?涙が。
どっちの涙でしょうか。誰か教えてください。
「あっ、もうこんな時間じゃん
私帰るね」
「琢磨はいいんですか?」
「たっくんはまだかかるみたいだし門限あるから」
「そうですか…」
……?じゃあ本当になんで残ってた?
まあ、どうせ俺がサブカルオタだってこと琢磨から聞いていたのか。
「それじゃあ気を付けてください」
「えっ?送ってくれないの?」
「え?」
やっぱり送るべきだったのか?
でもまだ9時前だし…。
いやでも星宮さんは小柄で…。
でもこの人は琢磨の彼女なわけで…
「…っぷはははw冗談だよ冗談ww」
あ゛?クソッ。
美少女だからってなんでも許してやると思うなよ?
まあ、許すけど。
これは友達だからってことだぞ。
ガチャッ
本当に騒がしい人だったな。
でも…友達…嬉しい。
俺は部屋へ戻ってアニメの続きを観ようとベットに乗る。
「…あったかい」
さっきまでここで制服美少女JKが…。
とりまこのシーツは切り刻んで、半分はオークションでもう半分は俺が
観賞用、匂い嗅ぐ用、食用…なんて(笑)。
もし俺がマンガの主人公なら、きっと星宮さんや天川さんとこのままの関係ってことはないだろう。
付き合いたいなんて身の程知らずなことは言わない。
だけど、せっかく普段からマンガの謎にモテる陰キャムーブしてんだから
ちょっとはなんか距離縮まったりラッキーエロとかあってくれてもいいんじゃないか?
荷物持ってるおばあちゃん助けたぞ?迷子の子どもを親まで連れてったぞ?
それを実は見てたどっかの美少女が『悠馬君、誰も見ていないところでかっこいい…//(トゥンク)』
ってなってもいいんじゃないか?いや、頼むからなってくれ!!
…なったら苦労しないよ。
琢磨のおかげでいい思い出来てんだから高望みしすぎないようにしないとな。
プルルルル
ん?電話か。俺に電話するのなんて半年に一回、
おばあちゃんが野菜を送ってくるときだろう。
それ以外では世論調査がどうだとか、支持率がなんだとかって自動音声が無機質に。
あれに真面目に答える人は果たしてどれだけいるのだろうか。
無視無視。
ルルルルル
プチッ
…
プルルルルルル
しつこいな。
だいたいこれって3コールくらいで切れるだろ。
俺はいつものごとく、念のため番号をネット検索する。
まあ、出てこないか。
ん?留守電…。
どうせ『選挙権がない方は~』とかだろ。
『悠馬さ~ん?天川です~これ、留守電出来てますか?
出来てたらかけ直してくださーい。
…よしっ。うまくできた。はあ、ちょっと緊張しちゃった…
んっふっふ~♪……』
天川さん…切れてないですよ(苦笑)。
にしても『緊張しちゃった』とか可愛すぎかよ。
鼻歌も入っちゃってるし。
じゃないじゃない。せっかく頼ってくれたんだ。
陰キャの見せどころ(?)じゃないか!
ああ、緊張する…。
ふう、落ち着け。
特に気にしてない風を装うんだ。
そうだ、それで『私は緊張したのに悠馬さんは緊張してないなんて!好き!』
よし、完璧だ。
…
誰かツッコんで?
プル
ピッ
速っ。
しかも切られたし。
プルル
あ、またかかって来た。
「はい篠塚ですが」
「あ、悠馬さん?」
「はい」
「あ~よかった~
ちょっと留守電とかしたことなかったから」
「それはすみません」
「なんで謝るのよ(笑)」
「それと…昼はごめんなさい
いきなりあんなこと」
「……」
「…天川さん?」
「ああ、ごめん
いいのよ、きっと私のためにやってくれたんでしょ?」
「そんなことは…」
「そうなの?まあ、ありがとう」
「それより琢磨のことですよね」
「うん…そうだね」
「さっきまでうちに来てましたよ、星宮さん」
「本当に!?」
「ちょうどさっき帰りましたけど」
「どうだった!!」
「どうって…なんか琢磨が惚れるのも分かったような気がします
って、これは別に天川さんがどうとかではなくてですね」
「?…ぷっ」
「ぷ?」
「あ~ごめん ちょっとおかしかった(笑)」
…?一体どこが面白ポイントだっただろうか。
「確認なんですけど天川さんはまだ琢磨のことが好きで付き合いたいって思ってるんですよね」
「それは…まあ」
微妙な反応だな。
部外者の俺には話したくないってか?
「まあ、あんまり大したこと言えなくて申し訳ないんですが、
積極的にアプローチしていかないと厳しいかもですよ 星宮さんは」
「…そう」
そうって。
「まあ、そういうことですから、僕にはこれ以上は分からないです」
「……」
ついにシカトかい。
「ではあまり長くてもつまんないと思うんで切りますね」
「うん……えっ」
プツッ
なんか言おうとしてたか?
でもかかっては来ないし、大した用でもなかったんだろう。
うーん、女子と電話なんて初めてだったけどなんか謙遜謙遜で
『どうせ俺なんか』精神でいこうとしすぎて
そっけない感じになっちゃたかな。
これで本当に天川さんとも終わりかな。
あっ、おばあちゃんは女子にカウントしてないからね?
ガチャ
「ただいま~」
「へい~」
今更になっちゃうが俺たちには今は母しかいない。
父は病気で俺らがまだ小さいときに死んじゃったそうだ。
母のこの顔の整い具合をみるにきっと父は大不細工だったんだろう。
そして俺が父の遺伝子を多く注がれてしまったと。
そういえば父の写真は見たことがない。
母に辛い思いしてほしくないし、自分からは父の話は出さないように心掛けている。
「琢磨は?」
「塾じゃない?」
「そう?ご飯は?」
「俺はもう食べたよ」
「そう」
母は女手一つで男子高校生二人を育てなければなんだから、
疲労とストレスがかなり溜まっていることだろう。
だから母には優しくしようと心掛けている。
「ごめんね 悠馬だけ塾に行かせられなくて」
「いやいいんだ 母さんもお疲れ」
「いつもありがとうね悠馬」
「母さん夕食は?何か作ろうか?」
「あんたの料理まずいんだからいらないわ(笑)」
「そうだった(笑)」
「母さんあんまり無理しすぎないでね?」
「…悠馬ももうそんなこと言える年になったのね
お母さん泣いちゃうわ」
「おう…」
反応に困るが…。
俺の母はこんな人だ。
きっと俺のしょうもないボケ癖とかは母からの譲受だろう。
琢磨のやつ、いらないところだけ俺に押し付けたんか?
…
お分かりいただけただろうか。
俺が唯一琢磨に勝っている部分があるのだ。
"勉強"!!
何気に一番大事じゃん。よかったね悠馬って思った?
琢磨も同じ高校来れてんのよ。
つまりゆーて差はないってわけ。
琢磨が勝る点に関しては圧倒的に俺に差をつけてくるくせにだ。
まあ、唯一って言ったがもちろん
マンガ、アニメの知識とかゲームは俺の方が得意だよ?
だけどそれって果たして"勝ち"なのか?
自信を持って言えない時点でそうじゃないんだろう。
はあ、言ってて悲しくなるよな。
ゴロン
俺はシャワーを浴びてからベットに潜り込み寝る支度をする。
支度をするだけで寝はしない。
まだ11時だぞ?
11時なんて俺に言わせてみりゃまだ夕方だわ。
ということでアニメを観ようかとも思ったが、
布団の中に星宮さんが呼んでたマンガがあった。
なんとなく今夜はそれを読むことにした。
『コンビニで絡まれてる女の子を助けたら同じクラスの美少女で、なぜか俺にくっついてくる件』
まあ、書き尽くされたような内容だがな。
作画がめっちゃ綺麗で丁寧で読んでて飽きないマンガなんだよな。
……
1時間が経ったというのに結局一冊読みきれなかった。
俺は色々と考えことをしていたからだ。
今日はイベントが起きすぎた。
天川さん関連に星宮さんまで、普段特に変化のない日々を過ごす俺にとってはそれはもう最後に残ったコーンスープ缶を思い起こさせる具合だ。
なんにせよ反省点がポンポンと浮かんでくる。
一番は、教室に天川さんが来た時だ。
正直あれはやりすぎた。
別に委員会だとか、先生からの伝言だとか、琢磨のことだとか、言い訳はいくらでもあったはずだ。
あんな過激なことに走ってしまったのは俺が普段から人と関わらなさすぎてきた弊害なんだろう。
それになんで俺は天川さんに電話番号教えたんだ?
メールの方がお互い楽なんだったんじゃないのか?
…
なんてことを考えているとドアが叩かれた。
コンコン
「悠馬?起きてる?」
「あー」
「ちょっといい?」
そう母がドア越しに伝える。
年頃の男子の部屋に勝手に入って来ないってのは非常にありがたい。
何がとは言わないが、事故る危険性が大幅減少するからだ。何がとは言わないが。
ガチャ
「どした?」
「琢磨がまだ帰らないんだけど何か知らない?」
「えー?塾じゃない?」
今はちょうど世間的には明日になった頃。
っていうのも俺の中では眠るまでは今日なのだ。
それにしても琢磨がどこに居るか知らないかって?
ああ、知らないさ。
どうせ星宮さんとお泊まりデートでもしてんだろとか思ってないさ。
「まあ、高校生だしね」
高校生だし、あんな可愛い彼女が出来たらそりゃお盛んにもなるよね。って意味だ。
きっと母はそれを理解している。
だけど気まずさ防止のために気付いてない風を装ってくれている。
こういうことだよ。
俺が惹かれる女子ってのは。
頭柔らかくて適度に空気読んでさ、瞬時に思惑を汲み取ってくれる。
一緒にいて疲れないどころか気持ちいいまである。
「ちょっと探して来てくれない?」
「こんな時間に?」
こんな時間に?の日本語訳は行きたくない、だ。
「塾から琢磨が来てないって留守電が入ってたのよ」
琢磨は塾をサボるような性格ではないだろうし、
そもそもこんなに遅くなる時に母に何の連絡もよこさないことなんて今までになかった。
「まあ、じゃあ行ってくるわ
なんか夕食買って来ようか?」
「じゃあお願いするわ
気をつけてね」
「へいへい」
保護者が未成年をこんな深夜に外に行かせるなんてのは褒められたことではない。
だがまあ今は緊急事態(?)なのだ。
良くも悪くも俺のなり的にハタチですって言っても全く違和感はないだろう。
ガチャリ
さて、生ぬるい。
いやーな、べっとりとまとわりつく風が俺を絡めながら通り過ぎる。
まだ四月なんじゃなかったのか?
いよいよ日本から春がなくなる日もそう遠くはないようだ。
琢磨を探しに行くとは言ったものの普通に考えてみてくれ、見つかるわけないだろう。
この町をなめんなよ?母はここが、”ご都合主義”全開のマンガの中だとでも思っているんだろうか。
俺はイヤホンをつけて適当なアニソンメドレーを聴きながらノリノリで夜の町へと繰り出す。
♪〜♪〜
音楽ってやっぱいいよな。
しかもただでさえいい音楽に、アニメの名シーンが重なってさらに思い出補正がかかると、もうよ。
体の底から『神曲すぎる!!』ってなる。
そんな風に体を揺らしながら深夜の町を歩く。
さてと、どこへ行こうか。
琢磨の塾は知ってはいるが、流石に閉まっているだろう。
何なら、俺の住む町は夜になればほとんどの店がシャッターを下ろす。
明かりがあるのは情熱価格を掲げる黄色い看板のジャングルか、それこそラブホくらいじゃないか?
ゆうても路地裏に輩がうろつくような治安の悪い町ではないだろうし、別に琢磨が行く場所に特別心当たりもない。
適当に回ってから俺はコンビニに寄って母に遅めの夕飯を買って行くことにした。
何やら騒がしい声が閑散とした町にこだまするが…。
まさかな。
そんなマンガみたいな展開、現実ではそうは起こらない。
…はずだ。
ギャハハハ
輩だ。深夜のコンビニに屯するヤンキーなんて初めて見た。
うるさいな。近所迷惑というものを少しは考えろよ、
なーんて思いながら入り口へ向かう途中、俺はあることに気づいた。
男二人に囲まれて、女の子がしゃがみ込んでいるじゃないか。
それに男はズボンを下まで降ろして腰をヘコヘコとさせている。
ってこれ…。
撮影…ではなさそう。
だったらまずいよな?
どうする…。
ガバッ
俺は後ろから男を女の子から引っ剥がして
そのギンギンに上を向いたブツを蹴り抜く。
男の断末魔の叫びとともに何かが飛び散った気がした。
汚い。
続いて呆気に取られているもう一人の方を見る。
萎えかかったソレを必死に両手で押さえている。
俺は謎に冷静だった。
男の無防備な顔面、人間の弱点である鼻に殴りを入れた。
悶絶する二人の輩を横目に俺は女の子の方に視線を下げる。
「……星宮…さん?」
こんなマンガみたいな展開、本当にあっていいんだろうか。
輩が女の子を襲っていたことも、それを意外にもあっさり撃退できちゃうのも、実はそれが顔見知りの美少女だったことも。
「あんたには見られたくなかった…」
思えばマンガで女の子が絡まれているシーンって都合がよすぎやしないか?
絡まれ始めのところで丁度よく、まるでスタンバっていたかのように救世主が現れる。
そして、対した強制力のない脅し文句を二、三言放つとこれまた台本があるかのように輩は逃げて行く。
運よく撃退出来たって面で言えば今回もマンガのように都合がよかったがタイミングはな…。
俺は胸元が開けた星宮さんに目を向ける…。
って…!!見え…。
「ちょっと!」
「すまん…」
マジで来たわ、ラッキーエロ…!
ムクッ
輩たちが立ち上がろうとする。
のんびりとエロハプニングにニヤついて居られるような状況じゃなかった。
「星宮さん走って!」
「うん!…!あっ…腰が…」
腰が抜けた様子だ。
これは…いいんだよな?
友達だもんな、そう、友達。
「ちょっと我慢して」
よいしょっ
俺は星宮さんを抱えて走り出す。
軽い。女の子を担いだことなんてもちろんないが、それでもきっとこれは軽い。
星宮さん、スタイルいいもんな。
「あり…がと…」
照れくさそうに目を逸らしながらつぶやく。
う…。可愛い。ダメだダメだこいつは琢磨の彼女。
俺はただの友達。
「大丈夫…?」
俺は帰宅部だから体力がない。
その上星宮さんを担いだ状況。
輩どもが追ってこないとも限らない。
とりあえず駅近くの警察署に向かう。
お世話になる気はないがこの静まり返った深夜の町ではある意味一番安全な気がした。
ここでホテルに連れ込んでそわそわした様子の男女二人がそのまま一晩…
なんてことをする勇気はなかった。
はっ…はっ…
着いた…。
俺達は警察署の裏にある寂れた公園のベンチに座り込む。
ラブホほどじゃないが十分何か起きそうなシチュだ。
「あ、あの…ありがとう…」
相当ショックだったのだろう。
夕方に会った時の元気さがない。
それより…
「そ、その…よければこれ」
そう言って俺はパーカーを星宮さんに渡す。
ふう、薄い半袖一枚は流石に冷えるな。
バッ
自分の胸元の状況に気づいた星宮さんは顔を一瞬にして赤らめ、
急いで俺のパーカーを羽織った。
「なんか悠馬っちの匂いする…ふふ」
?匂うってことか?
服は琢磨と一緒に洗濯しているんだから。
じゃあなんでちょっと嬉しそうなんだろう。
それは聞けなかった。
思っていたのと違う答えが返ってくるのを恐れて。
「嫌だったらいいから」
「嫌じゃないよ
それによかった 悠馬が来てくれて」
それにはどういう意図があるんだ。
俺である必要は特段ない気もするんだが。
…きっと星宮さんのことだから深い意味はないんだろうな。
……
時間だけが静かに流れていく。
何があったのか、そう切り出せばいいだけなのに
その一言は出なかった。
いや、出さなかった。
話したくないことを無理に話させる必要はない。
だけど星宮さんからはこのまま帰りたくはないということが伝わって来た。
だから俺は待つことにしたんだ。
このまま帰ってもあれやこれやと考えてしまい
眠れないだろうからな。
……
「その…」
遂に星宮さんが口を開く。
「…見た…?」
顔をこちらに向けずにそう言う。
フードを被ってしまったので顔は見えないが、きっとすごく恥ずかしがっている。
たったの四字でそれが伝わって来た。
どう言うべきなんだろうか。
正直に言うとね、見えた。見ちゃったよ。
だけどここは傷つけないために…。
「ごめん」
違うよな。俺らは友達なんだもんな。
…いいんだよな…?俺らって友達でも。
友達になら胸を見られてもいいかってのはまた別の話だが、
今は下手に嘘をつかない方がいい、
そう思った。
「…そう」
また黙ってしまった。
ニブイチを外してしまったのだろうか。
「話…聞いてくれる…?」
「ああ」
さっきのことがショックだったのは分かるけど、それ以前に何かあったんだな。きっと。
じゃないとあんな時間にコンビニなんか行かないだろ。
門限あるって言ってたし。
「たっくんが…」
「琢磨…」
「他の女の子と…居た…」
その声はわずかにだが震えていて、いつ泣きだしてもおかしくない様子だった。
それにしてもなんだって?
琢磨が二股?付き合い始めた翌日にか?
勘違い説を推したいが、今は星宮さんを否定するような言動は避けておきたい。
「それは辛かったな」
やっすい同情だ。
冷静な人間なら『何も知らないくせに』となるところだろうが
傷心した今の星宮さんには効いたようだ。
「なんで…なんでよ…!!」
少し口調を荒げてそう放つと同時に俺の膝に顔をうずめる。
おちょっ。こんないきなり。
ビックリしたしドキドキもしているが今一番辛いのは星宮さんなんだろう。
拒絶はしない。だけど頭を撫でるなんていうイケメンなことはできない。
それから星宮さんは堰を切ったような勢いで文句を言った。
琢磨もそう、相手の女もそう、事情も聞かずに疑ってしまう自分もそう。
皆悪いんだと。
いや、俺は琢磨ただ一人が悪いと思うけどな。
だけどこの様子だと星宮さんはまだ琢磨のことを諦めきれていないんだろうか。
下手に刺激はしない方がいい。
俺は静かに星宮さんの言うことすべてを肯定する。
「星宮さん…?」
泣き疲れて寝落ち、ねえ。
今夜はマンガみたいな展開が多すぎるな(笑)。
どうすればいいだろうか。
ここで朝まで明かすか?
だが警察署の前だし、職質を受ける可能性もある。
だからってお持ち帰りするわけにはいかないし。
起こすか。
トゥルルルルン
ビックリした。
寝静まった町の寂しい公園にけたたましいほどのコール音が鳴る。
同時に星宮さんのポケットからスマホが滑り出てくる。
「母…」
警察署の近くということもあって焦った俺はつい電話に出てしまった。
「ことり?ことりなの!?どこ行ってるの!もうこんな時間でしょ!ねえ、大丈夫なの!」
ことり…そういえばそんな可愛らしい名前だったな。
星宮さんのお母さんかあ。
俺、絶対悪者扱いだよな。
話が通じる人ならありがたいんだが…。
「あのー、すみませんいきなり」
「え、は?男?ちょっと!ことりと何してんのよ!」
まあ、そうなるわな。
実際男に乱暴されてたわけだし、
間違ってはいない反応か…。
「聞いてください 僕は違うんです」
「そんなの信じれるわけないでしょ!ことりは!ことりはそこに居るの!?」
まあ、こんなくっさいセリフ、信じるわけないよな。
お母さんは相当心配してるようけど…。
もうちょっと俺の話も聞けよ。
それにもう高二だぞ?
過保護すぎんじゃないのか?
俺が他所の家庭にどうこう言うもんじゃないだろうけどさ、ちょっと縛りすぎな気もする。
門限もそうだし。
あるある、いや、いるいるだよな。子を思うが故に自由を奪いすぎちゃう親って。
そのほとんどは悪気はないんだろうが。
まあもう2時だし、普段から言いつけを素直に守る星宮さんなのだろう。
泣き疲れて眠っている星宮さんを起こしたくはないが
この際仕方なさそうだ。
「ちょっと、星宮さん、お母さんから電話ですよ」
「…んん~…ん…」
起きない…。
もうまもなく2時だもんな。
星宮さんはこんな環境でノンレム睡眠に突入したのだろうか。
母からのこの電話は初めてではないと思う。
きっとこれまで星宮さんは母親からの電話を無視していたんだろう。
親の、子を心配しすぎる気持ちは時に思春期の子の反骨精神を刺激することもあるということだ。
改めて自分は母に恵まれていると思った。
「起きないです すみません
近くなら送りますけど…」
何やらぶつぶつ言い合いをする声が聞こえる。
母と父だろうか。
「分かったわ 流星公園まで来て頂戴」
そうきつい口調で告げた後、手を出したら法的措置をなんたかとかいう捨て台詞?を残して
電話は一方的に切られてしまった。
流星公園…遠いな。
もうこんな時間だ。
電車はないしタクシーなんて金がもったいない。
……歩くか。
地図アプリでは徒歩で1時間ちょいと出ている。
星宮さんをおぶっているからもう少しかかるだろう。
そのあと家に帰る頃には…はあ。
まあ、徹夜なんてよくあることだし、アニメでオールするよりも
圧倒的に有意義だからいいとしておこう。
・・・・・
アプリによればあと1時間か…。
思ってたよりも腰に来るな。
「…ん……あれ?悠馬っち…?」
「あ、起きたか」
「ん…ここどこ?」
「ここは…どこだろうね」
俺も知らん。
もう何十分も変わり映えのない住宅街を歩いているからな。
ここが何市かとかはどうだっていいんだ。
「流星公園に向かってるんだ
お前の親に呼ばれてな」
「パパとママ…?」
「ああそうだ 歩けるか?」
「うん……ごめんやっぱり無理そうかも」
「そう」
いや歩けよ。
って思ったけどまあいいだろう。
俺だってさっきから発展途上の星宮さんの胸が背中に当たって
いい思いしてるからな。
多少の一時的な肉体の疲労で今後一生経験できないかもしれない感触を合法的に堪能できるってんだから
断る非モテはおらんことだろう。
「どうして流星公園?」
「なんかお前の親が俺を信用できないんだとよ
住所は教えたくないということらしいな。」
ってかさ、じゃあ来いよな。
そんなに娘が心配ならさ。
もしかすると星宮さんの親事情には闇が巣食っているのかもしれない。
そう思った。
他所がうっせえって言われるかもな(笑)。
「大変だな お前も」
「…?そう?まあ、よく男子から変な目で見られることはあるけど」
いやいや、そういう自慢いいんで。
分かってて言ってんなこいつ。
「色々だよ 色々」
「そうなのかもね でもこれからは悠馬っちが居るからね」
まあ確かに俺なら別の友達に乗り換えるなんてことはしないからな。
……はいはい分かってますよ、できないからな。
「まあ、星宮さんが嫌じゃないならいつでも来ていいですから」
「ありがとっ」
そう言うと星宮さんは俺の肩にそのちっちゃい頭を預ける。
耳に星宮さんの息がかかる。
星宮さんの髪が俺に触れ、なんだか甘い匂いが流れてくる。
「じゃあ、私また寝るから
タクシーよろしく」
「おい 大丈夫なら歩けよ」
「にゃははっ 大丈夫じゃないかも~」
大丈夫そうでよかった。
でもこういうタイプは意外と自分に厳しすぎたりするからな。
せっかく頼ってくれてるなら俺はそれに応えるだけだな。
・・・・・
さらに30分が経った。
アプリではこの辺のはずなんだけど…。
「おーい!こっちこっち」
ガタイのいい人がこっちに手を振りながらそう声を上げる。
早朝の住宅街なわけだからボリュームは最小限だが…。
はて、この人は本当に星宮さんの父親か?
こんな時間だし、ウォーキング中のおじいちゃんじゃないのなら
きっとそうなのだろうが。
確証が取れるまでは身柄は渡せない。
「すまないな こんなところまで」
そのガタイのいい男はゆっくりとこちらに近づいて来る。
近づくにつれ大きくなっていくように感じる。
俺はつい後ずさりしてしまう。
「…?なるほど!」
そう言うとその男は何かをポケットから取り出し俺に投げた。
免許証か…。確かに星宮となっている。
顔も…目の前と同じでゴツイな(笑)。
「いやー本当にすまない
僕が仕事から帰るとなんだか大変なことになっていてな ははっ」
すっごい優しそう。
それに大変なことってのはきっと…奥さん、星宮さんの母親のことだろうな。
この人も苦労しているのか。
「君は?」
「ああ、篠塚悠馬と言います」
「篠塚…?ことりが昨日付き合ったとか騒いでた子かい?」
「いやーそれが…」
俺は事の経緯を話す。
「なのでその話はタブーってことで星宮さんが自分から話し始めた時に
じっくり聞いてあげてください」
「了解した 本当にすまなかったな
うちのことりと嫁さんがさ ははは」
すっごい謝るな。
義理堅い人なんだろう。
勝手な偏見申し訳ないが、消防士やってそう(笑)。
「それじゃあ」
そう言って星宮さんを星宮さんの父親に引き継ぐ。
「…!悠馬君は優しいんだな」
「何がですか?」
「ことりが安心してるからだよ
普通は浮気された元恋人の兄弟の背でこんなに無防備にしないだろう?」
「…そんなもんですか?」
星宮さんなら全然しそうだと思ってしまった。
「そんなものなんだよ
それじゃあ、今は悠馬君がことりの彼氏ってことかな?」
ブフッ
ん?俺より先に反応した人が…。
俺の背中に。
寝たふりしてたんだな。
いつから聞いてたんだよ。
変なこと言ってなくてよかった。
「はっはっはっは!ことり~?顔が赤いぞ~?」
「ちょ!もうパパうるさい!
悠馬っちも!もう歩けるから!」
「おお、そうか?」
「ほらことり、悠馬君に言うことあるだろ?」
「も、もう分かってるわよ!」
ボソリ
「ん…あ、りがと…」
面と向かって言うのはやっぱりコミュ力怪物の星宮さんでも緊張するもんなのか。
なんか自信出たな。
俺が何かで緊張した時も、あの星宮さんでもしょうもないことで緊張するんだって思えば気が楽になりそうだ。
「はああ~あ」
大あくびしてもうた。
ちっくしょう。制服さえ持ってればこのままどっかの公園で寝ていくのに…。
「それじゃあ俺は帰りますんで」
「悠馬君、家はどこだい?」
「こっから1時間くらいですかね」
「ああ、それは遠いね
本当は僕が送ってあげたいんだけどすぐ仕事に行かなくてはいけなくてね」
「大丈夫ですよ お構いなく」
「悪いね せめてこれで帰ってくれ」
そう言うと星宮さんの父親は財布から一万円札を取り出し、俺に渡す。
「いやいやこんなにもらえないですよ」
まあ、これは言わなきゃいけない。
内心『マジ?ほしいほしいほしい……!』だ(笑)。
「私からもお願い 今日は私のせいで巻き込んじゃったから」
「星宮さん…そういうことならありがたく…」
この二人の気が変わってしまう前に早めにもらう方向に話をすすめよう。
それにしてもあの毒親候補の母親はどこ行ったんだよ。
これで寝てたら俺マジで許さんからな。
「ばいばい悠馬っち ありがとっ」
そう言って決め顔をする星宮さんはとても寝起きとは思えなかった。
つい見惚れてしまう俺と、決め顔した後に少し恥ずかしそうにする星宮さんを見て、
星宮さんの父親はにっこりしている。
そういうんじゃないですから!
ただの友達ですから。
そんな二人を残して俺は大通りの方へと足を向ける。
角を曲がり星宮さん親子が見えなくなった途端俺はこれまでの疲れなんかを完全に忘れて
おっきいおっきいガッツポーズをしてからスキップで家路へと就いた。
大通りとは全然違う方向の。
せっかく一万円なんて大金もらったんだ。
タクシーなんかに使っちゃうなんてもったいなさすぎる!
そう、俺は卑しい人間なのだ。
~4月25日、学校~
始業前、クラスでの琢磨の様子は普段と変わらない。
取り巻きの女子や金魚のフンなおこぼれ狙いの"陽"の者に囲まれている。
ってか今更考えると双子が同じクラスってだいぶレアだよな。
まあ、見た目から何から俺と琢磨では一切違うからクラスメートも教師陣も困らないとは思うんだけど。
それにしても琢磨の振舞いからしてやっぱり昨晩星宮さんが見たのは人違いだったんじゃないだろうか。
それともモテすぎて二股三股なんてよくあることだよって感じなのだろうか。
もしそうなら星宮さんほどの彼女を裏切るなんて。
信じられないけど、流石というかなんというか、普通に呆れる。
星宮さんと仲良くなれた ―よね?― 以上はもし琢磨が浮気してんならそれは許せない。
実際琢磨はかなり怪しい。
昨日俺が家に着いたのは早朝5時前だったが琢磨は結局帰っておらず、
どこかから直接学校に来たようだった。
これで相手が天川さんならかなり複雑な心境だな。
なんてことを考えてると教室の外が少し騒がしくなる。
「篠塚さんはいるかしら」
今日も完璧に決まってる天川さんがドアの前でお調子者の男子に問いかける。
「おい琢磨!呼ばれてんぞ!」
そのお調子者は天川さんと話せたことがそんなに嬉しかったのか、
ニマニマが止まらない様子で、琢磨が来るまでの間何とか世間話を続けようとしているが
完全に聞き流されている(笑)。本人は気づいてないようだがな。
「なんだい?天川さん」
ああ、琢磨の声色が変わった。
これは落としにいくときのトーンだ。
あーんなすまし顔決めちゃってさ。
そんな琢磨を見ていると天川さんと目が合った。
なんとなく伝わる。
きっと篠塚さんというのは俺のことだったのだろう。
なのに急に意中の琢磨が来てテンパってる、といったところだろう。
天川さんほどの人気者が慌ててる様子を見れば、事情を知っている俺ならすぐに分かった。
焦るも何もせっかく琢磨から近づいて来てくれたんだし、遊びにでも行けばいいのに。
キーンコーン
クラスの皆がチャイムに舌打ちをした。
確かに俺も空気読めないなこのチャイム、とは思ったが(笑)。
結局天川さんは自分のクラス、1組に戻ってしまい
琢磨も自分の席へとついた。
琢磨が嬉しそうにしているのは後ろから顔の一部を見ただけで、
いや、そわそわしたその肩や頭の動きからだけで分かる。
これにはやっぱり俺らって双子なんだなと思い知らされる。
・・・・・
昼、スマホに留守電が入っていた。
番号を検索にかけようとして気づく。
天川さんじゃないか。
イヤホンのブルートゥースがしっかりと接続されていることを確認してから
再生する。
『緊急作戦会議ですっ!!』
いや。
何これ。
可愛すぎんだろ。
『ですっ』だってよ。
これ、とりま保存して待ち受けにしよ。
待ち受け留守電は草(笑)。
ってか作戦会議ったって、いつにどこでだよ。
杞憂だった。
教室の入り口にちらちら中の様子を伺う天川さんを見つけたからだ。
昼休み、琢磨はサッカー部の昼錬?だとかで教室にはいない。
それを確かめた天川さんは、少し前かがみになって小走りで俺の席にやって来る。
トテトテトテ
隠れて小走るだけで絵になる女、それが天川美月である。
「行くよ悠馬さん!」
そう言うと俺の手を引き教室の外へと向かう。
じゃあこれまでのひそひそは一体何だったのだろうか。
それにしてもこれ…。
憧れてた"ヒロインに振り回される非モテオタ"じゃないか!
楽しまねばっ!
「ああ~ちょ、天川さん!?」
「いいからいいから!」
「えっ、ちょっと~」
いい感じの出来だ。
これは俺の一生の思い出になりそうだ。
それと俺の棺には天川さんの留守電と、それから星宮さんが寝転がったシーツを入れてくれ。
なんてお願いを聞いてくれる息子は果たして俺に出来るんだろうか。
・・・・・
ここはいつも?の空き部屋。
そういえば最近ここの部屋の正体が判明した。
地学準備室、だそうだ。
地学の授業も部活もないこの学校にどうして地学の準備をする部屋があるのだろうか。
疑問でしかないが、今はそんなことはどうでもいいだろう。
「ちょっと悠馬さん どうしましょう!」
テンションは高いがきちんと声量は抑えている。
「さっきの琢磨のやつですか?」
「そうよ!そうなのよ!」
すごく嬉しそうだ。
モデルやタレントもやっている天川さんは俳優なんかとも会う機会があることだろう。
そんな俳優と比べてもそんなに琢磨は女子から見たら輝いているのか。
その眩しい光の裏には真っ暗な闇があることをどうか忘れないでほしい(ワイやで)。
「どんな話をしたんですか?」
「遊びに行こうって誘われちゃったわ!
きゃーどうしましょう!」
それにしてもどうして俺なんだろうかね。
やっぱり琢磨の双子の兄だから?
でも緊急会議開いてまで俺にこの場で伝える必要はあるのか?
まあ、今はそんなこと聞いてる時間はないし。
チャンスがそのうち来るだろう。
もし来なければ別に俺でなくてもよかったということだ。
「それでなんて返したんですか?」
「一旦保留だよそりゃ~!」
「なんでですか?琢磨と遊びに行けるんですよ?」
「なんでって一回悠馬さんに相談しようと思ったからだけど…」
うん。なんで?
"なんで"のキャッチボールや。
俺に相談することでそんなに有力なアドバイスなり情報が…
情報……持ってるわ。
これは言っていいやつなのか?
それに天川さんは琢磨が星宮と付き合ってることを知ってるわけだ。
そのうえで彼女持ちの男を誘惑するというのは悪女のすることだぞ。
それに協力するのか…?
まあ、誘う琢磨が一番のクズなんだが…。
「それで、俺に相談してみてどうでした?」
「まだこれからでしょ?
星宮さんのことよ…」
気にしていたのね。
流石にだよね。安心しました。
「ああ、どうだろうね
昨日あの二人喧嘩してたし、別れたんじゃないかな」
魔が差してしまった。
完全な嘘ではないが…。これでは星宮さんに不利になってしまうかもしれない。
それは理解していた。していたんだが、天川さんに頼られたからには
俺は使えるってことをアピールしたくなった。天川さんに感謝されたくなった。
星宮VS天川の”美”同士の戦い、それも生々しい男の取り合いという、
そういう争いを見てみたかった。
恋愛に絡んだ女子の戦いは妬み、嫉み、騙しあい、裏切りあい、なんとかして
相手を地の底に突き落としてやるんだという女の強いプライドと信念がぶつかり合う
非常に興味深い物 ―外野にとっては― だと、マンガの知識はそう言っている。
「そうなの…」
心の中では拳を握りしめているんだろうな。
そういうところが面白い。
天川さんだってきっと…本当は分かってる。いけないことだって分かってるのに(←)。
でも実際天川さんと星宮さん、俺がどっちかを選ぶことはできない。
今回は少し星宮さんに不利になるように言ってしまったがよかったのだろうか。
そもそも星宮さんは琢磨にまだ気が残っているのだろうか。
知らん。知る由もない。
教室にあるCO2濃度を測る機械以上に需要がない俺がどうして
学年を代表するような美女二人やその周りのことを知るのだろうか、いや知らない(反語)。
……
この沈黙。
天川さんは何を考えているのだろうか。
もう用は済んだのだろうか。
いまいち煮え切らない様子だが。
キーンコーン
よし。いいぞ予鈴チャイム。
お前は空気読めるんだな。
やっぱ本鈴とは違うな。
それにまだ授業まで5分あるという安心感。
昔からお前のことが好きだったぞ。
ナイスタイミングさんきゅな。
「…悠馬さんありがとう
また何かあったら電話するねっ」
いまいちスッキリしていないようだったが。
そもそも俺と話せばスッキリするかもという考えがきっと間違っていたのだ。
・・・・・
放課後、俺の教室にやって来た星宮さんは琢磨には目もくれず
隅っこの席の俺に一直線にやって来た。
「一緒に帰ろ!」
どうしてそうなるんだろうか。
確かに仲良くはなれたかもしれないけど星宮さんにはもっと他に…。
でもこの星宮さんの目は…。
俺を気遣ってとか今朝の恩返しとかそういう儀礼的なものではない。
ただ本当に俺と帰りたいだけ?
まあ、趣味友が居ないって言ってたし気持ちは分かる。
俺は趣味友どころか…だけど。
「ま、まあ
でも方向全然違うんじゃ…
俺、自転車だし」
「何言ってんの?悠馬っちの家いくんだよ」
周りで話を聞いていたやつらがざわつく。
琢磨に告げ口?しに行くやつもいた。
それを見たからか、星宮さんは俺の手を引いて足早に教室を出た。
琢磨の方には目もくれず。
これで俺のクラスでの"格"は下がるところまで下がりきることだろう。
きっと明日の朝までにはあることないことでっち上げだ。
まあ、いまさらどうでもいいが。
お前らが何と言おうが天川さんとは協力関係で、星宮さんは趣味友なんだから。
天川さんの方に関してはいつ終わってもおかしくない脆い関係だがな。
・・・・・
俺は自転車の後ろに星宮さんを乗せて家まで20分ほど、ふらつきながらもやっとの思いで家にたどり着いた。
青春マンガかよ。
家に着くなり星宮さんは俺の部屋に直行し
これまた迷わず棚から適当なマンガを取り出して
ベッドに寝そべった。
なんか、俺も普通の青春してるみたいだな。
その相手が実の弟の元?彼女で美少女なことはひとまず置いといて。
……
俺は椅子に座ってアニメを、
星宮さんはベッドでマンガを読む。
心地のいい沈黙が続く。
不思議と気まずさはない。
こうしているうちにも琢磨は天川さんと遊んでいるのだろうか。
もし琢磨と星宮さんがまだ付き合っているなら、
これは俺が人の彼女にちょっかい出してるみたいにならないか?
勘違いだって言おうとも傍から見りゃ琢磨と同じだな、やってること。
まあ、まさか琢磨も俺に彼女を取られるなんて思ってないだろう。
うん。その通り。取れる気しないから。
だからって他の女に手を出すのは違うよな?
…何が真実で、琢磨が何を考えているかが分からない。
「嫌だったら答えなくていいんだけどさ」
「うん」
俺は観ていたアニメの1クールがちょうど終わったタイミングで星宮さんにそう話しかけた。
自然にタメ口で話せるようになっている。
「星宮さんって琢磨のことまだ…」
「……」
やっぱり言いたくないのかな。
それとも自分の中でまだ、二つの気持ちがぶつかり合っているのかもしれない。
曖昧なままってのは星宮さんにとっても琢磨にとっても、そして天川さんにとっても気持ちのいいことではないだろう。
だからって俺が無理に聞き出したりするのは違う。
「ごめん無理にとは…」
「好きだよ まだたっくんのこと」
そう言う星宮さんの言葉には濁りがなかった。
自分の中で葛藤していた迷いを拭いきれたようだ。
「そうか…」
まだ気があるとは少し驚いた。
初めて会った時の印象通りやっぱり一途な人なんだな。まだ琢磨に思いを寄せていると知っていたら天川さんにあんなことは言わなかったんだが…。
天川さんには星宮さんが不利になってしまうことを言ってしまった。だったら星宮さんにもこのことは言っておくべきだろう。
「今日遊びに行くって
琢磨と天川さん」
星宮さんがマンガをふと手から滑らせ、
そのマンガはころりころりとベットで跳ねてから鈍い音を立てて床に着地した。
それはそうだろうな。
これで浮気が確定したんだから。
「ちょっとそれ…どういうこと」
「もうこの際だから包み隠さず言っちゃうけどさ
天川さん、好きらしいよ 琢磨のこと」
ああ、俺はせっかく天川さんに頼ってもらえたのに
秘密をこうも簡単に…。
これもやっぱり相手が星宮さんだからだった。
琢磨に裏切られたのにまだ一途な星宮さんが可哀想に思える。
星宮さんにも頼ってほしい。
俺は力になれるんだと証明したい。
俺はダメなやつだ…。
どっちつかずの仲介役みたいなことして。
…だが、もっと最悪なやつがいるだろ。
「ちょっと探しに行ってくる」
そう言い放った星宮さんの声からは不安と怒りと悲しみと…そういった暗いの感情がいくつも感じられた。
「ちょっと待ちなよ
どこにいるかも分からないのに危ないって
昨日あんなこともあったんだし…」
星宮さんは感情的になると周りが見えなくなってしまうのかもしれない。
もうじき日も暮れる。
昨日のことがあったばかりだし、夜の町に星宮さんを行かせるのは不安だ。
俺は星宮さんの腕を掴む。
「ちょっとやめてよ」
振り解こうとするが俺は手を離さない。
怖かったのだ。
なんだかこのまま星宮さんとの関係が終わってしまう気がして。
「じゃあ俺も行く」
「…勝手にすれば」
怒っているのか。
そりゃそうだよな。
こんなに可愛い星宮さんだからこそ振られる経験なんてなかったんだろう。
それに振られるだけならまだマシだったのかもしれない。
シンプルに裏切りだからな。二股は。
・・・・・
スタスタスタ
「…さっきはごめん きつく言っちゃって」
早足で歩く星宮さんが謝る。
「別に気にしてない…
星宮さんの方が辛いだろうから」
「…そうね」
これで浮気現場を押さえたとして一体どうするつもりなんだろうか。
天川さんを殴り飛ばすんだろうか。
琢磨に蹴りでも入れるんだろうか。
そうしたところで何も解決しないってのは俺でさえ分かるんだからきっと星宮さんも理解しているはずだ。
プルルルル
電話…。
俺に電話をかけてくるのなんて…。
嫌な予感しかしないんだが。
ジャージのポケットからスマホを取り出し、番号を見た俺は酸っぱいものを食べた時のような顔をしていたと思う。
「はい」
「あっ、悠馬さん〜?」
「そうですが」
「ねえねえちょっと聞いてほしいんだけど!!
さっきね!さっき琢磨さんとね!…」
だからなんでそれを俺に報告するんだろうか。
感謝か何かのつもりなんだろうか。
今の状況では特大迷惑でしかない。
テンション高めで嬉しそうに戦績を伝えてくる天川さんとは裏腹に
俺の隣では星宮さんが犬の交尾でも見ているかのような、そんな不機嫌を通り越したような顔をしていた。
「ちょっと、誰よそれ」
俺は咄嗟にミュートにしてから気まずそうに言う。
「あ、天川さん…です…」
“天川”そのワードを聞いた星宮さんは俺からスマホを奪い取って、鬼の形相で怒鳴り声を上げる。
「あんたねえ!!私のたっくんに何手出してんのよ!」
電話越しの天川さんはまだ状況が飲み込めていないようだった。
ごめん星宮さん。ごめん天川さん。
面白いです。女の修羅場というものは。
「えっ…と…あなたは…」
「星宮ですぅ!星宮ことり!たっくんの彼女ですが!?そう言うあなたは何者ですか!たっくんとどういう関係ですか!」
言いたいだけ言わせたいところだが。
人目が。
「ちょっと星宮さん 一旦こっちに…」
そう言って周りの野次に頭を下げながらその場を離れる。
星宮さんの熱は冷めることを知らないようだ。
これでは警察が駆けつけるのも時間の問題だ。
「ごめん…」
俺は星宮さんからスマホを取り戻してから
天川さんにこう言い残して電話を切った。
「まあ後でかけ直します
絶対に出てください」
星宮さんはまだ取り乱している。
ここで怒って物にあたっても何も解決しない。
「星宮さん、一旦落ち着いて」
「はあ!?あんたは黙って…」
「一旦落ち着けって!」
俺はつい声を荒げてしまった。
少し驚いたような星宮さんは、まるで肉食動物に睨まれたウサギのような表情をしている。
気の強い星宮さんと、普段静かな陰キャの俺。
とは言っても所詮は男子と女子だ。
身長差も力の差もある。
星宮さんが恐怖するのも無理はなかった。
「ごめん…冷静になろう
二人とも」
「……」
星宮さんが今何を考えているのかは分からない。
ただこれ以上人の目には弱った星宮さんを晒したくない。そう思った。
・・・・・
俺らはまた警察署裏の小さな公園に来ていた。
家には琢磨が帰っているかもしれないし、
この付近で他に落ち着ける場所を俺は知らない。
……
気まずい沈黙が流れる。
二人とも何を言うのが正解かなんて分からない。
「その…落ち着いたか?」
「…ごめん さっきは取り乱しちゃった…
ありがとう」
「ああ…」
会話が途切れる。
天川さんのあの様子だとうまくいったんだろう。
星宮さんにとっては残酷なことだ。
「まだ、諦められないんだろ 琢磨のこと」
「うん…」
「じゃあ向き合うしかないんじゃないか?」
「…そうね
あんなポッと出の女に取られてたまるか」
火をつけてしまったようだ。
頼むから琢磨以外が傷付かない方法で円満に解決してほしいんだが。
そんな結果に向かうルートはもうとっくに通行止めされているかもしれない。
「ちょっとスマホ貸して」
「ダメだよこんなとこでまた言い合いになったら」
「…そうね 今日は帰るわ」
そう言い、帰ろうとした星宮さんが足を止めて振り返る。
「これは?」
「連絡先よ交換しましょ
友達なんだし」
ああ。感動で涙が零れ落ちそうだ。
友達…。連絡先…。
嬉しい。
「う、うん」
俺と連絡先を交換するなりすぐに星宮さんは駅の方へと歩いて行った。
その堂々とした足取りからは覚悟や決意のようなものを感じた。
それから少しぼーっとしてから俺も歩いて家に向かう。
天川さんに電話しないとな…。
プル
「はい!」
早。
「篠塚悠馬ですけど
天川さ…」
「はい天川です!」
食い気味…。
「さっきはすみません 少し立て込んでて」
「こちらこそごめんなさい いきなり電話なんかしちゃって…迷惑でしたか?」
「ああいやそんなことはないですよ
それで何か用でしたか?」
「そう!聞いてほしいんだけど!
今日琢磨さんと…連絡先交換しちゃったの!!」
…は?
「れ、連絡先..?」
「そう!」
「今日は遊びに行ったんじゃなかったんですか?」
「だってまだ星宮さんがどうなのか分からないじゃない」
天川さん…。
悪女じゃなくてよかった。
…ん?本当に悪女じゃないか…?
まあ、なにはともあれ星宮さんの思ってるほど関係が進んでなかったってことは
伝えておかないとな。
それと…。
「あのさ天川さん…」
「うん?どうした?」
「星宮さん、まだ好きみたい 琢磨のこと」
「……」
「ごめん 別に天川さんが悪いわけじゃないんだ
僕が変なこと言っちゃたから…。」
「ううん 悠馬さんは悪くないよ」
声のトーンが明らかに下がったのが分かる。
まあ、天川さんの性格ならどんなに思っていなくてもそう言いそうだなとは思った。
「僕がこんなこと言うのも変な話なんだけどさ」
「うん」
「一度ちゃんと話し合ってほしい…かも なんて…ははっ」
「星宮さんと?」
「それもだけど琢磨と、三人で」
「……」
本当になんで俺がこんな提案してるんだ。
そう思われていそう。
だが悪いが今は星宮さんを応援したい気持ちはある。
「分かったわ
場所や招集は悠馬さんにお願いするわ」
「ありがとう…うん?」
「それじゃあ」
「あっちょっ」
プツッ
まあ、俺は仲介屋だからしょうがないのか。
俺から言い出したんだし。
星宮さんも言ったら来てくれそうだけど…。
琢磨に言うのはなんだか気まずいな。
それになんて言って誘えばいいんだよ。
はあ…。大修羅場の予感しかしない…。
…ちょっと…楽しみ…?
〜4月27日、篠塚家〜
日曜日の午後。
今日は俺と琢磨の家で恐怖の会合の日。
出撃メンバーは天川さん、星宮さん、そして琢磨。
俺は参加する必要ないだろう。
だが気になる。気になる気になる気になる…。
もし出てけって言われても絶対録音してやるからな。
ガチャ
最初に来たのは天川さん。
天川さんは琢磨と仲良さげに話し始める。
ちなみに私服は最高。
会合を日曜日に設定したのは別に私服が見たかったからってんじゃないぞ。
平日は皆部活とかあるだろうしな。
母に迷惑かけたくもないしな。
もう一度言うが決して私服を見たかったわけじゃ…。
彼女はことの深刻さ、そしてこれから巻き起こる愛憎劇の一切を予想出来ていないとでもいうのだろうか。
対する琢磨は昨日からソワソワが治らない。
天川さんと星宮さん、そのワードにピンとくるものがあったのだろう。
おそらく今も必死に何か言い訳を考えているに違いない。
そんなことは露知らず、天川さんはここぞとばかりに積極的に話しかける。
こうも場を読めない人だったのか。
それとも緊張を和らげようとしているだけなのか。
ガチャッ
星宮さんもやって来る。
同時に俺は部屋に入り、スマホの録音アプリを起動する。
足音からして三人が一堂に会したのだろう。
ピタッと時間が止まったように感じる。
誰一人として口を開かない。
……
「あのな、ことり?」
遂に琢磨が言葉を発した。
星宮さんに弁解するということはそういうことだ。
そこは素直にどっちにも謝ればいいんだよ。
恋愛無経験者はそう語る。
「なによ…」
ムスッとしているのが口調からヒシヒシと伝わってくる。
これはきっと罪を認めたうえで謝り、その上で金輪際天川さんと関わらないと
誓わない限りはいつもの星宮さんの調子に戻ることはないだろう。
そう達観した口調で語る俺は、恋愛は本の中でしかしたことありません。
「いや…」
おい琢磨それはねえぜ。
せめて謝るはしろよ。
それかどっちもが納得する言い訳でも考えてきたのか?
「ごめん二人とも…!
だけど俺は二人のことどっちも好きだ!」
草。
「は、はあ!何言ってんの!?
元々は私がたっくんの彼女だったんでしょ!
この女は何なのよ 人の彼氏を誘惑して!」
その気持ちはよーく分かるぞ、星宮さん。
一方の天川さんは黙りこくったままでいる。
声しか聞こえないのがもどかしい。
俺はドアの隙間から何とか覗こうとするも見えない。
いまさらドアを開けることはできないし…。
「おいことり…あんまり天川さんを責めるなよ」
「はあ!?なんであんたがそいつの味方してんのよ!」
「それはことりが…」
「なに?私が悪いっての?」
「そういうわけじゃないんだけどな…?」
「じゃあどういうわけよ!さっさとその女と離れなさいよ!」
ガジャーン
星宮さんは一体何をどこに向かって投げたのだろうか。
何かが割れた音がしたんだが。
「もう帰る!」
「あ…」
「…止めてくれないの……」
可哀そうすぎるよ星宮さん。
ダッダッダ
必要以上に足音を鳴らしながら星宮さんは玄関の方へと向かう。
俺が止めた方がいいんだろうか。
ダダダダダダダ
なんだ?
足音が急にこっちに…。
バンッ
俺のドアを星宮さんが突き破る。
ドアに耳を当てて聞き耳を立てていた俺を弾き飛ばして。
「どわぁぁっ!」
バタン
ガチャッ
俺の部屋に入りすぐにカギを締めた星宮さんはドアに体重を預けて立ったままでいる。
「星宮さんどっか座ってて」
黙って頷く。
ガチャッ
「おい琢磨、天川さん連れて出てろ」
「悠馬!お前聞いてたの…」
「いいから出ろよ
天川さんも悪いが琢磨とどっか行っててくれ」
琢磨の"俺そんなに悪いか"って表情と
天川さんの"私は被害者です"面に腹が立った。
渋々家を出て行った二人を確認してから
部屋に戻る。
「ごめん星宮さん…
俺が止めるべきだったかも…」
星宮さんは俺のベットで布団に包まって出てこない。
これは当分はそっとしておいてあげた方がよさそうだ。
こういう時に変に気を使われるとウザったい。
それがイケメンか美少女になら話は別なんだがな。
だから俺は椅子に座ってアニメを観始めた。
……
六話ほどが終わり、ちょうどEDが変わったころ。
スッ
星宮さんが後ろからスマホの画面を覗いて来た。
そのまま何も言わずに俺のしているイヤホンの片方を俺の耳から外し、自分につけた。
そうして自然に俺の股のうちにすっぽりと収まる。
ヤバい。めっちゃいい匂いする。
俺の何かが当たってしまいそうだ。
「あの…星宮さん…?」
聞こえていない。
振りだろうが。
時々鼻をすするのをみるにきっとさっきまで泣いていたんだろう。
俺をそんなにも頼ってくれているなんて嬉しい。
……
結局そのアニメ12話すべて観きってしまった。
もう9時過ぎ…。
「普段あんまり見ないジャンルだったけど意外とありだねっ!」
そう弾むような語気の星宮さんは振り返り、ニカッと俺に笑ってみせる。
それはもうとっくにいつもの強気美少女な星宮さんだった。
目の下が赤くなっているのは隠せていないけど。
「門限は大丈夫か?」
「あっ本当だ!」
「よかったら自転車で送るけど…」
「…いや!いいや」
「でもこっから駅までは歩きじゃなかなかかかるし…」
「チッチッチ!今日はここに泊まるの!」
デデーン
にゃ……?
「いやでもこの家には琢磨が…」
「だからこの部屋から出ない!
どう?完璧でしょ!」
なぜか誇らしげだが…。
そんなにいいアイデアでもないと思うぞ(笑)。
っま、可愛いしいいか!
この男は深く考えるのをやめた模様。
こんなマンガみたいなイベントなんて一生経験できないしな!
カチャ
ドアを少し開けて、琢磨がまだ帰っていないのを確認する。
「まだ琢磨帰ってきてないみたいだけど
今のうちにトイレとか」
「じゃあお風呂借りよっかな」
「お風呂…!?はリスキーすぎない?」
って、なにしてるんだ星宮さん。
「なんか私が着れそうな服ある?」
「まあ、あるけど…」
聞く前にタンスの中身出し尽くしてしまっているじゃないか。
これが少し前のマンガの中だったらエッチな本が…!
ってなるところだが。
今は時代は情報社会。
俺の場合、全てはスマホで完結するのさっ。
「じゃあ、ちゃちゃっとシャワー浴びてくるから何かあったら声かけて!」
チッ、シャワーかだけかよ。
なんて舌打ちはしてないぞ?
残り湯飲みたかったなんて考えてないんだからな。
一応いつ琢磨が帰ってきてもいいように風呂場のドアに寄りかかって座る。
マンガアプリで適当なマンガを読んでみる。
たまたまというかなんというか。
はじめてドキドキお泊り編じゃないか。
改めて今の状況を客観視できた気がして
興奮の波がやって来たり来なかったり。
シャーー
シャワーの音で白米3杯いけるとか意味分からんわって思ってたこと、謝ります。
星宮さんのお星様キラリンを見ちゃったこともあって無駄にリアルな妄想ができる。
この調子じゃ白米どころか炊く前の米でも余裕でいけそうですわ。
ガチャ
あれま。控えめに言って最悪。
「ただいまぁ~」
母だ。マジで助かった。
琢磨だったらぶっ刺してたかもしれない。
「悠馬そんなところで何してんの?」
「いや~これは…」
どっちみちシャワーの音してるし隠せないのか。
「まあ、友達がさ
帰りたくないんだって…はは~…」
「ふ~ん」
ニヤついている。
察しが良すぎるというか。
それともこれが女の勘ってやつなのか。
「まあ、どっちでもいいけど
避妊はちゃんとしなさいよね」
クソっ!筒抜けじゃねえか(笑)。
なんでシャワー音だけで分かるんだよ。
星宮さん、靴は普通のスニーカーだったろ。
でもまあ、こういう母はすごくいいと思う。
面倒くさすぎず、まったくの無関心ってわけでもない。
それこそ友達のような感覚で付き合える。
「ご飯は?」
「まだだけどさ
そういえば悠馬あんた昨日お母さんのご飯買ってくるとか言って帰ってこなかったわね?」
「あ…マジでごめん」
「ううっ…私、ずっと待ってたのに…」
「だからごめんって(笑)」
「じゃあ、お金返して?」
ああ、怖い笑顔だ。
雲一つない微笑みだからこそ、暗雲が立ち込めっているのだ。
「チッ バレたか」
「へへ~ん この私にちょろまかしが通じるとでも思ったか!」
いい母だ。マジで母に恵まれていると実感する。
「疲れてるだろ?ご飯は俺が作るから母さんは休んでて」
「だからあんたの料理…
そうね お願いしよっかな」
だろ?いい母だろ?まじで俺の数少ない自慢だぜ。
ガラッ
あ。特大爆弾忘れてた。
「あっ こんばんわお母さん」
何という対応力…。
それにしても…お風呂上がりの星宮さん…可愛いすぎんだろっ!
本当に同じシャンプー使ったか?
髪さらさらすぎんだろ!いい匂いしすぎだろ!肌白すぎんだろ!
つやつやすぎんだろ!!なんか星宮さんの周りだけ妙に明るい…!
…こほん。ちょっと童貞出すぎました。
「あら!もしかして…」
俺は母に全力で目で訴え、首を小刻みに左右に震わせる。
「もしかしてあなたが悠馬のお友達かしら?」
「はい 星宮ことりといいます 夜遅くにいきなりすみません」
「あら~ことりちゃん?可愛い名前ね~
それに大歓迎よ 悠馬がお友連れてくることなんて今までになかったから
よほほほ…」
おいおい。星宮さんにまでそのノリするな。
「はははは 悠馬君のお母さんは面白いですね!」
ボソッ
「羨ましいです…」
一瞬表情を曇らせてうつむきながら放ったその言葉は俺と母に確実に届いていた。
母が星宮さんに歩み寄って聖母のようなセリフを言う。
「何かあったらいつでも頼ってくれていいからね」
そういって星宮さんの手を取る。
どうだ星宮!俺の自慢の母だ!堪能するがいい!
…って…星宮さんは母親に問題ありげなんだったよな。
冗談でも不謹慎だったか。
「ありがとうございます…
そういえばさっき会話聞いちゃったんですけど、私が作りましょうか?夜ご飯」
「え~すご~い!ことりちゃんお料理できるの~!」
「ま、まあ…//」
照れてる。可愛い。
親に素直に褒められる機会なんかも少なかったのかな。
…いや、父親は優しそうだったからな。
母か。
「俺もなんか手伝うよ」
「いいわよ 悠馬っち料理下手なんでしょ?ニシッ」
聞かれてたのか。
恥ずい。
「いいからお母さんとゆっくりしてて」
「分かった 気をつけろよ ゆっくりでいいからな」
「うん!」
何だこの新婚感。
いくら一方的にそう思っているだけの"ごっこ"だとしても楽しい。
楽しすぎる。幸せすぎる。
「それで?ことりちゃんとはどういう関係なの?」
母の隣に座るなりひそひそと話しかけて来た。
感じ悪いだろって言いたかったが確かに使えておく必要はある。
いま星宮さんは後ろを向いてるし。
「大きい声出すなよ?」
「もっちろん」
「星宮さんは…さっき…琢磨に振られた」
うっきうきで朗報を待ち望んでいた母の目から光が消えていく。厳密には振られてはいないんだろうが。
この言葉が今の状況を一番端的に表せると思った。
「詳しい事情はこんど話すから、今は星宮さんにも琢磨にもこの話はしないでほしい」
「……分かった 今度ゆっくり教えて頂戴」
「うん…」
「手は出してないでしょうね」
「俺に出せるとでも?」
「ふっ まあそうね」
おい。いまこの人自分の息子の童貞さ(?)を鼻で笑ったぞ。
「大事にしなさい」
「だからただの友達だって」
「ただの友達があんたにどれくらいいるっての?」
「あ…」
「すごいいい子そうだし お母さんも気に入っちゃたから
またいつでもおいでって言っておくのよ」
「はーいはい」
「それにすっごく可愛いしね~」
「ああ、もう分かったから…!」
ニコニコ
ニマニマすんな(笑)。
カチャカチャ
「出来た〜!!」
「おお!早いな!」
食卓にはたった数十分で作ったとは思えない
惣菜の数々。
片親で母も遅くまで仕事があることが多い我が家ではこんなに豪勢な手料理を食べられる機会は少ない。
「あらまっ ことりちゃん凄いわー!
余り物だけでこんなもの作れちゃうなんてね!」
「まっまあ?普通ですってこんなの」
そんなこと言いながら顔が緩んでいるのは母はもちろん本人が一番気づいていることだろう。
「それじゃあいただきます~」
パクっ
ん…!!美味い…!
これこそが給食が美味しく感じられるアレなのか。
特別でなくともみんなと食べる普段と違った味付けの料理は特段に美味しく感じるものなのだ。
もちろん隠し味に美少女パウダーが入っているからってのが一番なんだが。
……
食事中の星宮さんは緊張するでもなく、さっきのことに落ち込むでもなく、ただただ楽しそうに母と世間話をしていた。
コミュ力モンスター同士がエンカウントするとこうなるらしい。
エンカウントって(笑)。
さっきまで観ていたアニメの影響かもしれない。
「ご馳走様!
美味かったよ星宮さん」
「そう?それはよかった」
俺から美味しかったと言う言葉を聞けて心をホッと撫で下ろす様子の星宮さん。
そういえば一口食べた後に美味さ関係なくそう言ってやるのが暗黙の了解ってやつだったな。
だけど違うんだ。本当に美味しかったんだ。
そんな経験したことないルールなんて忘れてしまうくらいにな。
俺は少し想像をする。
さっき堂々の二股宣言を本人たちの前でやりやがった琢磨だが、星宮さんのこの性格なら
『私、二番目でもいいから!琢磨のそばに居させて!』ってなってもおかしくはない。
そうなった時に他の女と遊んで帰って来るかも分からない琢磨のために家で一人、ご飯を作って待つ一途な星宮さんを想像すると胸が痛い。
「母さん 琢磨からなんか連絡来てる?」
「ああ、なんか10時半までには帰るって さっき」
流石の琢磨でもまだ天川さんをホテル連れ込みは出来なかったか。
これで家に天川さん連れて来たら笑うけどな。
…おい?フラグじゃないぞ?
本当にやるなよ?
カチャカチャ
俺と星宮さんは皿洗いをしながら適当なアニメの話をする。
こういう友達、欲しかった…。
「ありがとう星宮さん」
「なにが?」
「俺、こうして好きなアニメの話できる友達出来てめっちゃ楽しい」
「…私もっ!」
あれま可愛い。
ってか、お風呂上がりエプロン星宮さんの破壊力やばすぎんか?
このまま抱きしめてもいいか?
…
はいすみません。
ガッチャッ
妙にゆっくりと扉が開く。
まずい。
「星宮さん戻って!」
「うんっ いい感じによろしく」
「任せろ」
俺は少し時間を稼ごうと玄関へと足を運び、その足を止める。
「天川…さん…?」
「しー!悠馬静かに!」
いやいや、誰に隠そうとしているのだろうか。
静かにしててもバレるだろ。
「やっぱり琢磨さん こんなことよくないよ…
星宮さんにも悪いし」
「いやいやいいんだって
ことりはどーせ笑って許してくれるって」
ピキィ
自分の頭が割れる音がした。
これを星宮さんが聞いていなくて本当によかったと思う。
「あら?おかえり琢磨」
琢磨はしまった!みたいな顔してるけど。
そんなにバレたくないんならもうちょっと策を考えとけよ策を。
「あら?そちらはお友達?」
ここで母が”も”って言ってたら詰んでた。
何を今更、必死に隠そうとする琢磨をどけて天川さんが挨拶する。
「琢磨さんと悠馬さんのお母さん 夜分遅くに申し訳ありません 私、琢磨さんとお付き合いさせて頂いております天川といいます」
誰もいないはずの俺の部屋から物音がしたのにはこの二人は気づいていないようだ。
瞬時に全てを汲み取った母にはそれはもう数えるのに両手が必要になるほどの感情が同時にやって来たことだろう。
だが、母のなかでそれらの感情の頂にたどり着いたのは『面白そうじゃない(ニマァ)』だった。
「ほらほら天川さん 上がって上がって」
ただの歓迎とは違った笑みを含みながら母が手招きをする。
とんでもない関係だ。
こうなった経緯を通りすがりの人に説明しようとすればホワイトボードが必要になるだろう。
それも会議室とかにあるようなでっかいやつ。
「失礼します」
天川さんが丁寧にローファーを揃えてからリビングに向かう。
星宮さんの靴は隠していなかったが、幸運なことにスニーカーだったので何の違和感も抱かせなかった。
琢磨は靴の数なんか気にしてる場合じゃないほど緊張していた。
婚約でもしたんか。
「わあ〜」
天川さんは適当に社交辞令な褒め言葉を言う。
残念ながらうちの母にはそんなものは通用しない。
俺もだが、その言葉を仕方なく言っているのかどうかなんてすぐに分かる。
それにこの状況を見て面白いと感じてしまうなんて、やっぱり俺はこの母の息子なんだなと思う。
琢磨の純粋さと言うか鈍感さと言うか、そこのバカさはきっと父親譲りなのだろう。
今のところ俺の父は大不細工の純粋バカということになるが…。
「じゃあおやすみ」
「あれ?悠馬さんもう寝ちゃうの?」
別に俺が寝ようがお前らには何の関係もないだろう?
むしろ寝てくれた方が色々都合がいいんだろ?
「うん 俺はお邪魔みたいだしね」
とか言っときながらちゃんとソファーの隙間に録音状態のスマホを差し込んでから部屋へと戻る。
万一にも星宮さんがいることがバレたらもうそれこそ説明がつかないしみーんな気まずくなってしまう。
一応ドア開けるのは最小限にとどめて、一反木綿顔負けの細さでするりと部屋に入り込む。
「ちょっと!どういうことよ!」
星宮さんが内緒話のボリュームのなかで最大の声量で訊いてくる。
意外にも星宮さんは冷静そうだ。
「俺だって分かんねえよ
琢磨が何考えてんのか それに天川さんの方がもっと分かんねぇよ」
確かに天川さんが琢磨のことを好きだったのは知っていたがこんなにも大胆だったか?
あの緊張した琢磨が強引に引っ張って来た可能性もなくはないが…。
第一天川さんはある意味で芸能人だろ?
ほら、よくあるじゃない。
熱愛がどうだとか。
俺はバカバカしいと思うけど。
誰が誰を好きだって別にいいじゃないかと思うけど。
…でも美男美女リア充が叩かれるをみると少しだけ、本当に少しだけ気持ちいい。本当に少しだけ…だよ?
「スマホで録音してるから!
後で聞こうぜ!」
「あんたナイス!」
正直その録音の内容によっては星宮さんを絶望させてしまうことになるかもしれない。
先に俺が倍速で確認しておこう。
二人はリビングで母とワイワイやっている。
俺が言えたことではないが、もう10時半回ってるんだぞ。母を休ましてあげろよ。
「悠馬っちスマホないんでしょ?」
「ああ、今リビングで」
「じゃあ私ので観よ」
いつの間にかアニメを観る流れになっているらしい。
まあ、アニメかマンガに逃げないと部屋に美少女と二人っきりという場面は乗り越えられない気がしたからナイスって感じ。
「はいっ」
星宮さんがイヤホンを片方差し出す。
俺は今初めてワイヤレスイヤホンというものを憎んだのかもしれない。
平成恋愛ドラマにありがちな駅のベンチでイヤホン共有して聴くやつあるじゃん。あれ、線があるからこそ肩が触れて『あっ…//照』ってなるんやろがぃ!
まあ、実際に星宮さんとそうなったらアニメどころではないのかもしれない。
…さっきは…?
「ほら、早く」
「あ、ああ」
これが星宮さんがいつも使ってるイヤホン…。
俺が付けちゃってもいいのか?
キュッ
甘い。このイヤホンは甘いです。
俺はたった今、耳で味覚を感じ取れるようになりました。
「何観る〜?」
星宮さんはあんまり気にしていないようだ。
まあ、さっき逆ver.もやったしね。
「いいよ 星宮さんの観たいやつで」
「え〜じゃあこれかな〜」
悩みながらも星宮さんが選んだのは現代ラブコメ的なやつ。
もっとこの状況を忘れられるような俺TUEEE系とかがよかった…。
「いいね!」
もちろんそんなことは口に出せない。
俺が何でもいいって言ったんだから。
『隣のクラスの美少女となぜか同居することになりました』…ね。
なーんでこんな今の俺たちにマッチするようなの選んだんだろうか。
答えは単純。星宮さんは俺をそういう目で見ていないから。
以上。
…俺は…。
俺は見てるよ?
ちなみに言うと。
ベットに乗り、壁に寄りかかりながら並んでアニメを観る。
流石にさっきの恋人座り(?)はやりすぎだと反省したんだろう。
俺も助かる。
あの時は星宮さんが傷心していたし、俺が興奮している場合じゃないって自制出来たが、
今度は大暴発する自信しかない。
……
当たり前だけど無言だ。
時折りクスっと笑ったり誰かのセリフに文句を言うことはあっても、別にそれで話が弾むわけではない。
でもまあそれでもいい。
俺は今、自分の好きなことを友達と共有できている。
これだけで十分に楽しいからだ。
それに、イヤホンをしているときに気づかず声が大きくなってしまう現象もこれなら気にしなくていい。
……
俺は時折り星宮さんが画面よりも下を見ていることに気づいてた。
まあ、複雑だよな。
今まさに同じ空間で浮気?されてるってんだから。
だが、さっき星宮さんが意外にも落ち着いていたのは
よくよく考えればこちらも人のことは言えない状況だからだろうな。
アニメの前半を見終わって、ちょうど日付が変わる頃。星宮さんが口を開く。
「ごめん…トイレ行きたい…」
どーうしてさっきシャワー浴びるときに行かなかったんだろうか。
それとも女子のトイレ事情は男子のそれとは違うってのか?
ちなみにキモいこと言うけど、星宮さんのなら全然飲めたりするよ?俺。
それと琢磨たちはまだ居るんだろうか。
このままお泊まりするのだろうか。
カチャ
琢磨は…いない。
天川さんも。
天川さんは流石に帰ったのか。
もう明日になったし、そんで琢磨は寝たのかな?
「ゆーうまっ」
リビングのソファーにはカマを構えて花に寄る虫を待ち構えているかのごとく俺を待つ母がいた。
ニンマリとしながら。
「母さん…」
この人は一体どこまで他人のことを見通しているのだろう。
我が母ながら少し怖くなる。
職場でうまくやっていけてるのかな(ある意味で(苦笑))。
「琢磨は?」
「今お風呂 ふ・た・り・で♪」
すっごく楽しそうな母が見られてよかった。
いやよくない。
確かに俺も当事者でなければ今の母と同じように振る舞うだろうが。
「二人で風呂入ってんの?」
「うん♪」
少し呆れた。
かなり呆れた。
ものすごく呆れた。
琢磨にも、天川さんにも。
ただのヤリ〇ンとビ〇チじゃねぇか。
「それで悠馬ぁ〜?」
「なんだよ」
「どうだった 初めては」
俺の耳元で楽しそうにささやく。
「してねえよ
第一俺と星宮さんはそんなんじゃないから」
「えーでも一緒の部屋で寝るってのは準備OKいつでもカモーンってことよ〜?」
「知らねえよ
星宮さんはそんな尻軽じゃないだろ」
「いや〜誰でも好きな人とはくっ付きたくなっちゃうんだよ〜?」
俺の部屋から何かが落ちるような音が聞こえた気がした。
「そういうもんなのか?
だとしても相手は俺じゃないだろ」
「まあ、もしこれ行ける!ってなったらちゃんと優しくするのよ」
「はいはい」
俺は部屋に戻る。
「星宮さん今のうちにトイレ…」
何で布団潜ってるんだ?
「星宮さん大丈夫?具合でも…」
「うるさい!
見ないで!」
えー?自慰ー?
なわけー(笑)。
「まあ、琢磨がお風呂上がる前に行っちゃってね」
どうやら俺に居て欲しくないみたいだから
俺はソファーの隙間のスマホを回収しに戻る。
「あんた…アレ、行けるわよ」
なぜかキリっとキメ顔をした母が言うが。
俺はそんな一か八かの一回きりの快楽でこの関係を終わらせたくはない。
「はいはい
母さん疲れてるんでしょ
早く寝なよ」
「いや〜今日は面白いことが起こりすぎてて元気全回復しちゃったわ
あ〜私を一人にしないで~」
母さんまで変な男連れてきたりすんなよ…。
意外としかねないから恐ろしい…(笑)。
ズボッ
俺はソファーの隙間に手を突っ込んでスマホを…。
「あれ?母さん俺のスマホの録画止めた?」
「…?いや?」
「そうだよな…」
そんなことするメリットはないよな。
ただの容量切れか…?
キャハハハ
お風呂場から陽キャたちの鳴き声が聞こえる…。
「ひゃははは 美月の弱点はどこだ~?」
「え~もう琢磨さんやめてよ~」
「やめないぞ~
ここか!」
「ひゃうんっ!//」
「ふはははは ひゃうんだってよ!
どうした?感じちゃったのか??」
「も、も~!琢磨さん!言わせないでよ~!//」
おおーーん。
俺は上半身のあらゆる筋肉を活動停止させて放心状態になる。
なんやこいつら。
トイレ帰りの星宮さんがやって来る。
ああまたあれだ。犬の交尾見る顔だ。
…
「「二次元に逃げよう!」」
うーーん!
はっぴぃ↓↓アイスクリィィーーム↑↑!!
流石星宮さんっすよ。
よくわかっていらっしゃる。
俺と星宮さんは顔を合わせて、頷いてから
ズドズドと部屋へ向かった。
ドカッポ
流れるようにベットに並んで座った俺らはこれまた流れるようにアニメを観始める。
一話4分とかのポンポン進むギャグ系アニメ。
うん。現実逃避にはもってこいだね。
……
一旦飽きるくらいは観るだろうか。
俺の部屋のドアが叩かれる。
コンコン
ズボッ
驚異的な反射神経で星宮さんは俺の布団の中に隠れる。
同時に俺は部屋の明かりを消して布団に入り、寝転がる。
「どうぞ~?」
カチャ
「ああ、琢磨か どうした?」
「その…なんていうのかな…」
「あ?」
「そのだな…これから天川さんとちょっとな…その…分かるだろ?」
「いい感じってことか?」
「そう!それだよそれ!
だからちょっとうるさくなっちまうかもしんねえ
勘弁な!」
バタン
なんだアイツ。
このヤリ〇ンが。
それにしても天川さんとこれから…。
隣の部屋で…。
ゴクリ…。
琢磨…動画撮ってくんねえっすか?(笑)。
モゾッ
そうだ……。
星宮さん…。
キチいよな。
窮地を脱し、安心して明かりをつけようとしたのも束の間。
ガチャ
ノックもなしに再度ドアが開けられる。
「あ、天川さん…?どうしたんですか?」
「ふふふ 琢磨さんから聞いたかしら?」
「…?はあ」
「それはよかった ふふっ」
あ?それだけ?
自慢ですか?
それにしても天川さん…。
わずかに廊下から漏れ出す光をバックに暗い部屋に、
露出度の高めな寝間着姿…。
ゴクリ。
こんなこと琢磨は…。
クソ…。
う、羨ましい…!!
ちょこん
「ひゃうっ!」
えー?
本当にですかー?
今、触りましたよ?
星宮さんが、僕の"僕"をちょこんって。
布団の中から必死に笑いをこらえる息遣いがわずかにだが聞こえる。
「どうかしましたか?悠馬さん」
「ああ、いや、何でもないですよ」
「そうですか?
私の声でヌキヌキしないでくださいね?ふふっ」
そんなこと言う人だったのかよ。
でも…。でも…。
僕の"僕"が"俺"になろうとしている。
ちょこちょこ
「おひょ!!」
「おひょ?(笑)」
「な、なんでもないです」
「そうですか?今日の悠馬さんは変ですね」
「はいはい変ですよ」
「まあ、それでは失礼しますね
特別に声聞くくらいは許してあげますよ」
バタン
天川さん、いつもとテンション違ったな。
それに去り際に何やら含みのあるような笑みを浮かべていた気がするが…。
それよりだ。
「ちょっと星宮さん…!!」
「ぷはっ!あっつ~」
「こっちの方が暑いわ
なんか変な汗かいてきちゃっただろ」
「えーwwだって悠馬っちの悠馬っちがピクピクしてたから~?」
く、クソ!
だからって触んなよ。
俺の"俺"がその気になっちゃうやろがい。
「なんかもう、吹っ切れたかも…」
星宮さんの口調が変わる。
「琢磨のことか?」
「うん
冷静になってみるとバカみたい」
「…まあ確かに?」
「私ね、誰かと付き合ったのは琢磨が初めてだったんだ」
「それは意外だな」
「でしょ それでね
それまでは二次元での恋愛しかしたことなかったからさ
普通の恋愛?ってのがよくわかんなくてね」
「でも琢磨のことは…」
「別に琢磨に惚れたから付き合ったってわけじゃなくてさ
周りがね 似合うから付き合えば~ってさ
いつの間にか色々進んでて」
ああ、周りの女子もなんやかんやいって琢磨と近づきたかっただけなんだろうな。
「それで形だけ?一応恋人にはなったんだけどさ
なんていうの?別に友達と変わらないっていうかさ
琢磨は変わらず女子と話すしさ
『可愛い彼女がいる』って肩書のために私を側に置いたんだなって感じたよ
でもね、それがすごい悔しかった
今までそんな気持ちは経験したことなかったし
だからさ、これまでもちょっとムキになっちゃったりした」
「そうか…」
「でもさっ!こんなに近くに居たのにね~」
「何が?」
「もっと中まで見てくれてる人」
「それって…」
「悠馬でしょ」
チュッ
ほ、星宮さん…。
今俺の頬に…。
それに悠馬って。
……これって脈ありってことですか?
「星宮さん…」
「んも~私のこともことりって呼んでよ」
「こ…こ、こと…り…」
「はいよくできました~」
「お、おう?」
「それじゃあ、これからも友達としてよろしくね?
悠馬は私のこと裏切らないでねっ」
「あっ」
友達…ね。
そうだよね。
「なんてね~
嘘だよ~っだ」
チュッ
今度は口…!!
つまりこれって…。
「恋人として、これからよろしくねっ
ゆーうまっ♪」
「ほし…ことり…」
俺の返事とかはないんだ…(笑)。
まあ、一万回聞かれても一万回同じように答えるだろうけどもさ。
それにしてもことりは凄いな。
まったく緊張もせずにこうも告白できちゃうのか…。
相手が俺だからってだけか…?
「あっ!ちょ!電気は…つけないで…//」
ちゃんと恥じらってたんかい(笑)。
可愛いなおい。
こんな子が俺の初彼女でいいのかよ。
以降誰とも付き合えなくなっちゃうぞ?
こんな子と一回付き合っちゃったら…。
「悠馬っ 寝よっ」
「う、うん…」
こ、ことりが…
こんなに可愛くて細くて白くて気も利いて家事も出来る…
そんな俺の初彼女が俺の腕の中でこんなに安心しきった寝顔?を…。
ああ、エッチだ。これはもうエッチだ。
~4月28日、篠塚家~
チュンチュン
スズメがご機嫌に鳴いてはいるが、
残念ながらこの朝チュンは隣の部屋に向けられたものなのだろう。
だがしかーし!昨日も言った通り、あのシチュエーション!
あれこそがもうエッチそのものなのだっ!
「あ、おはよー ゆーまー」
これで寝起きですか?
化粧品メーカー涙目ですな。
「お、おはよう」
「学校はー?」
「学校はあるよ?」
寝ぼけ気味のことり…。いい。
すごくいい。
このまま抱き締めておはようのキッス、
とでも行きたいところだが、そんなんで嫌われんのはいやややや。
「琢磨たちはもう行ったみたいだからご飯食べて二時限に間に合うように行こ」
「そうね 朝ごはん作るよ」
「お、おう…頼んだ…」
トゥットゥルー♪
ことりが朝からエプロン着て俺のために朝食作ってる…。
エロい。
めちゃめちゃにエロい。
あと、まゆCやめい(笑)。
「はい!トゥットゥルー!」
「急にブームか?(笑)」
「なんかそんな夢見たような?」
「もう昨日とは違う世界線にいるのかもな なんてな」
「確実にそうでしょ~
だって私が悠馬と付き合っちゃったんだから」
「ことり…」
「こんなに可愛くて出来る女な私と、モサくて変態な悠馬が恋人同士なんて
普通の世界線じゃああり得ないことだわ(キリッ)」
「おい」
「wwww
ほら、冷めないうちに食べて~」
「おう、せんきゅーね」
なんかいいな。
こういうの。
うん。
いい。
ずっと続いてほしい…。
なんて。
ことりを縛る気はないんだけどね。
「それじゃ出発までちょっとアニメでも観るか?」
「いや、いい
食器洗いとついでにキッチンの掃除もしちゃおっかなってね
お母さん大変そうだったし」
ことりぃぃ。
アニメに誘った自分が恥ずかしくて堪らないです。
「手伝います!(敬礼)」
「じゃあ音楽でもかけて~」
「イエス!マム!」
......
ピッカーン
本当にものの30分足らずでキッチンピッカピカ。
俺の心はドッキドキ。
俺の"僕"はピックピク。
↑うん、なんで?(笑)。
「じゃあ学校行きますか!」
「そやね」
「れっつご~」
・・・・・
ぜえ…はあ…
帰宅部の俺には、朝からチャリの後ろに女の子乗せて走るってのは
重労働すぎますよ。
でもご褒美でもあったりなかったりなんですわ。
たまにことりのダブル雛鳥がちょこちょこと…ね。
キーンコーン
うーん。ぴったり。
完璧だね。
ザワザワ
休み時間に教室が騒がしい…。
のはいつものことか。
ガラッ
「琢磨さん!」
天川さんだ。
たった10分しかない休み時間の度に来てんのか?
俺の教室に来た天川さんは琢磨の机に一直線に向かってから、
そのイチャイチャ度を見せつけているかのようだ。
学校を代表するような二人に嫉妬するほど無謀な人はいない。
チラッ
天川さんと目が合ってしまった。
「あら!悠馬さん!昨日の動画は楽しんでいただけたかしら?」
手をパチンと叩き、
なにやら嫌なほどまっすぐな微笑みとともに天川さんが歩み寄って来る。
動画?
なんかしたっけ…?
「あれ?悠馬さんピンと来ていないんですか?
少しスマホをお借りしても?」
「ああ」
クラスの全員に見られている手前、俺に拒否権なぞあろうことか。
「これは…!!
悠馬さん…信じてたのに…」
なんかくっさい、言い方やな。
あらかじめ考えてきていたかのようだ。
「どうしたんだ!」
琢磨が天川さんの肩に手を回し、
グイっと自分の方へと寄せる。
「これは…!!」
琢磨が他のやつらにも俺のスマホの画面を見せつける。
俺のフォルダなんてつまんないスクショばっかだったと思うんだが…。
「おい!悠馬!なんだよこれは…!」
…。
あーあ。
俺は今度は盗撮犯ですか。
俺のスマホには天川さんの太ももやら胸元やらが盗撮チックに
撮られていた短い動画が…。
はあ。
昨日の謎の録画停止と部屋を出るときの笑みはこういうことかよ。
やっぱり天川さんは腹黒かよ。
それにだ!
俺は盗撮するならもっとうまくやるだろ!
それに太もも撮って何が面白い!
やるならトイレかお風呂か…。
(どこで熱くなってんだよ(笑))
「それにこれは…」
天川さんが別の何かに気づいたようだ。
これは作り口調ではなさそうだ。
そこには俺が嫌がることにの胸を強引に揉みしだいている図。
……ことりのやつ…。
いたずらでやったんだな?
だいたいことりには揉みしだくほどの胸は…
グザッ
ぬっ?
どこかから刺された気がした(笑)。
それにしても俺はことりの…。
昨晩本当にちょいえっちな展開が…。
そこで俺が起きていたらもっと進んで…
クソぉっ!
俺はエアー乳揉みをしながらそんなことを考える。
「おまえ!ことりにまで手ぇ出したのかよ!」
琢磨が今更なーんか言っとるわ。
性欲もりもりイケメンは引っ込んでろ(ちょい嫉妬的な)。
その日は俺のクラスでの地位がもはやチョークの粉にでも成り下がりきってから、
窓の外へとパラパラと飛んで行った程度で終わった。
感覚バグってるな。
・・・・・
「ゆーうまっ」
放課後、ことりがいつものハイテンションでやって来た。
教室がザワる。
一部の女子たちがことりを止めに行く。
「星宮さん 大丈夫?」
「失敗作の方の篠塚に何か弱みとか握られてるんでしょ?」
「何か悩みごとがあったら…」
「そうなのよ~私悠馬の言いなりなのよ~」
ふざけた口調でそんなことを言ってから俺の方にかけてくる。
「帰ろっ」
クラスの人たちは今どんな感情なんだろう。
知らん。
優越感。
俺はというと。(倒置)
その日は放課後は駅までことりを送っていったくらい。
次の29日は祝日だったからことりと初デートに行った。
が、俺がチキンだったからか、ことりにその気がなかったからかは知らんが
特筆すべきような進展は起こらず…。
映画、ゲーセン、家でアニメ…。
なんとも俺ららしいというかなんというか。
~4月30日、学校~
まさかまさかの転校生が来るようだ。
「今日は新しい学友が…」
ザワッ
先生が話し終わる前にやんちゃ組が騒ぎ始める。
先生…どんまい。
それにしてもさ。
そんな転校生が美人で~何てこと
ここがマンガの中でもない限り…
ガラッ
「よっす~皆よろしく~~」
あ~~れま。
すっごい美人だね。
よかったね諸君。
「僕、月島彗星って言いま~す
これからよろしく~」
ん?きみのその上半身に付いてるおっきな彗星が名前の由来ですか?
ショート、巨乳、僕っ娘…。
全部俺は好かん要素やな。
収拾がつかなくなって先生がトボトボと出ていくと、
いや、出ていくのを待たずして月島さんは人々に囲まれる。
まるでアリの巣の前に落とされた砂糖片のようだ。
少ししてから琢磨が声を張って言う。
「き、君!彗星ちゃんっていうんだ!俺、琢磨っていうんだ!
よかったら今度…」
「結構です~w」
一・蹴!ww。
乙っすよ。
それにしても琢磨はまだ懲りとらんのか。
いや、ことりの件を過ちだとすら思っていないのか。
いつか痛い目見ろ。頼むから。
「それより悠馬ってのはどこ?」
俺?
「ああ、あいつには近づかない方が…」
「どこって聞いてんだけど?」
強いな(笑)。
それに転校してきてから5分だと思えないほどの会話量…(笑)。
俺のこれまでの二年間での発言数をきっと超えたことだろう(笑)。
俺の場所を聞いた月島さんは教室の隅へとやって来る。
ここはあなたにはふさわしくない陰気じみた場所ですよ。
陽光は当たるけど。
「あんたが悠馬か」
「はあ どこで僕のこと…」
「ことりに聞いたんだよ!
なんかいい感じらしいな!ことりと」
月島さんが顔を近づけて小声で言ってくる。
ドキドキは…しないかな。
「ことりの知り合い…的な感じですか?」
「そんなもんよ」
「あとキモイから本性出してくれていいよ」
「……あそう?」
「おん」
「じゃあ
それで?なにか用あったりした?」
「久々にことりと会えるからさ家とか貸してくんない?
ことりの彼氏の見定めもしないとだしなっ」
「ああー……」
「マズいのか?」
「これには非常に深い事情が…」
俺は自然と月島さん…
彗星さんと連絡先を交換してから、
授業中に膨大な情報量の"事情"を書いて送った。
返ってきたのは、『何それウケるw』
だった。俺の労力は?
・・・・・
放課後、毎度?のごとくことりが俺のクラスにやって来るが…。
お目当てでは俺ではないんだよね。
「彗ちゃーん!!」
「おっ!ことりー!」
二人が抱き合う。
彗星さんのたわわなたわわが、ことりのスットントンにぶち当たる。
(笑)。
「悠馬 この子は私の幼馴染で、つきし…」
「悠馬とはもう友達だもんな~!」
彗星さんが肩を組んでくる。
距離感。
「ちょ、ちょっと彗ちゃん!?」
ことり…。
妬いてくれてんのか?
「あっら~ごめんことりぃ
人の彼氏にべたべたしちゃいかんよな~」
「ち、ちがっ
べ、別に?私はそんな小さいこと気にしませんけど?」
「ふはははwwwwwww
やっぱことりは面白いな~!」
「も、も~彗ちゃん!!//」
仲がいいようで何よりだな。
「それじゃこいつん家に行くか~」
さっき俺が腱鞘炎症候軍への入隊を代償にして書き上げた
これまでのアレコレは読んでくれてないのか?(泣)。
ま、別に今となればことりも彗星さんも琢磨には関係のないことだよな。
・・・・・
がはあ…がはあ…
聞いたことないバテ方しとるぞ。
俺。
「悠馬体力なさすぎだろだっさw」
「は、はあ?それ、俺のチャリだぞ!」
なんで俺だけ走りなんだよゴㇽァ!
じー…
圧倒的美貌の二人を見る。
じー…
圧倒的モサの俺を見る。
そりゃそうか。
納得してしまうのはなんだか虚しいような。
逆にこの二人と一緒なのが誇らしいというか…。
ガチャ
「ただいま~」
しん…
誰もいない、そりゃそうだ。
琢磨は部活あるしな。
母も遅くまで仕事してくれてるからな。
ドサッ
彗星さんが遠慮もせずにソファーに座る。
まあこれが彗星さんのよくも悪くも個性だろうな。
「にしてもことりマジでこいつと付き合ってんの?
流石にモサ過ぎない?」
本人前だぞ?
「俺、猛者モサ!
なんつって…はは//」
…
「ねえことり
こいつクソほどおもんないんだけど」
あああああああ。
今のなしで。
「ぷっwwww
慌ててやんの~」
「も~そんくらいにしてよ彗ちゃん
はいこれお茶」
まだ、一回しか来ていないのに自然とお茶を…!!
こやつ…さては出来る女だな…!
「じゃあゲームでもしよーぜー」
「?いいのか?ことりと久々に会ったんだろ?
積もる話とか…」
「いいのいいの
彗ちゃんはそういう堅いの好きじゃないしね」
「おうよ!ゲームで語り合うってのよ!」
まあ、そんな気はした…かな?
・・・・・
ガチャ
「ただいま~」
「お、お邪魔します~」
うわっ。
怖い人と怖い人だ。
違う意味で。
「彗ちゃん隠れて!」
「え?」
「ああもう!」
ドスドスドス
「あれ?彗星ちゃん?」
ふう。何とかことりは俺の部屋に隠れられたが…。
「あ~同じクラスの」
露骨に嫌な顔をする彗星さんと、天川さん。
そんなことは考えもせずに嬉しそうな琢磨。
「ん?なんで彗星ちゃんがここにいるんだ?」
「だって僕と…」
「お、俺と彗星さんはネッ友なんだ!」
「ネッ友?」
「そ、そう!ネッ友」
「ふーん じゃあ!一緒にゲームでしない?」
「ちょっと琢磨さん…」
「いいだろ美月?」
「…はあ…」
呆れるよな。
分かる。
分かるぞ天川さん。
「ちょっと悠馬さんいいかしら」
「?」
ガチャ
俺の部屋のドアをいきなり開ける天川さん。
こ、ことりぃぃぃぃぃ。
「ふーん
意外と普通ね」
「そ、それはどうも」
よかった、ないすことり!
流石だ!
ちょっぴり布団がもっこりしているのは気のせいの範囲内だろう。
ことりがちっちゃくてよかった。
これが彗星さんだと…おっと危ない。
刺されるところだった(笑)。
「で?なんで彗星さんが居るのよ」
「だからネッ…」
「なわけないでしょ
あんな適当な嘘、通用するのなんて…」
「「居たわ」」
(笑)。
「はあ、それで?」
「まあ、こと…星宮さんの幼馴染だったらしいんでな」
「はん?それでなんで?」
「俺と星宮さん実は友達でな?友達の友達はもう友達ってわけだ」
「あなたそんなに社交的だったかしら?」
「そ、そうだが…?」
俺とことりが付き合ってるのは秘密にしておこうと、打ち合わせ済みだ。
いつかタイミングを見て破局したタイミングででも"ざまぁ"してやりたいからだ。
それにあの琢磨の様子だともしかすれば今、うまく行ってないのかもしれないからな。
琢磨と天川さん。
下手に自慢?とかはしない方がいいだろうなって今思った。
「ふーん あなたが星宮さんとねえ」
「天川さんは...どう思ってるの」
「星宮さん?
そりゃあ悪いことしたなって思ってるわよ...」
「そうなのか?だったらなんであんなこと...」
「だって、分からないんだもん...
恋愛とか...」
「したことなかったのか?」
「まあ...ね
仕事とか配信とか忙しかったし」
「意外...」
「でもさ、ダサいじゃん そんなの
ネットで勝負コーデがどうとか言ってるのに当の本人は彼氏いたことありませんって」
「確かに」
「うぐっ...確かにって...
それでさ、受験勉強が本格的に始まる前にしてみよっかなってなったのよ 恋愛を」
「へーん で、琢磨?」
「そうよ
前に駅でおばあちゃんを助けてた金髪の人が居てさ、
リュックに"篠塚"ってあったから学校で聞いてみたらさ
100%で琢磨さんだって」
「そりゃひでぇな クラスのやつら」
「ふふっ そうかも
「それでさ、琢磨さんなら私にぴったりだよ~って皆も言ってくれたしさ
手、出しちゃったんだよね
焦りとか他人からの期待とかがあってさ
謝れるなら謝りたいんだけどね
星宮さんに...
でもきっと星宮さんは私なんかと...」
バサッ
「うーん!!天川さーん!!」
「ほ、星宮さん!?」
あちゃちゃ。
「分かる!分かるよその気持ち!
悪いのは全部琢磨だから!気に病まないで~」
「ほ、星宮さん...!!」
「うんっ!それとことりでいいよ!」
「え、じゃあ私も美月で...」
「美月!」
「ことりちゃん...!」
「えへへへ」
「うふふっ」
はろー楽園。
俺はここに居てもいいのでしょうか聖人様。
『ふむ よかろう』
誰や(笑)。
「それに私はもう琢磨のことは諦めたから!」
「そ、そうなんですか...?」
こっち見んなよ。
バレちゃうだろ。
......訂正、照れちゃうだろ。
「星...ことりちゃんと悠馬さんに相談があるんだけど...いいかな...」
「うん!なんでも言って!」
「最近琢磨さんとちょっとうまく行ってなくて...」
「それはどういう...」
「琢磨さん...その...体を...要求してくる...」
あいつ。
扉の向こうのリビングでは琢磨が彗星さんを何かしらに誘う声が聞こえる。
「でも前は...」
「あっ、あれは初めてだったし...//
付き合い始めた当日だったから...
でも最近は会うたびに...
どこ行こうか話してもホテルホテル...」
別れちまえ、そんなの。
「でも周りの目もあって別れるのは...でも...」
「嫌なんだろ?天川さんは」
「う...ん...」
「じゃあきちんと言った方がいいだろ
恋人ったって所詮は他人な訳なんだし、
お互いのいいこと嫌なこと、気兼ねなく言えるのが恋人ってもんだろ?」
知らんけど。
この五文字強すぎる(笑)。
「俺たちは出るからさ、話し合ってみなよ」
「...うん、そうする」
ガチャ
「なあ 彗星ちゃんよ~
いいだろ~一回でいいから遊びに行こ~よ~」
「琢磨さん...」
「あ、美月、居たんだ」
え゛~。引くぅ~。
「ちょっと二人だけで話したいんだけど...」
「え~今彗星ちゃんと~」
「あ~そーゆーことなら僕は帰るんで~
さよなら~」
「あ~ちょっと~彗星ちゃ~ん」
バタン
俺とことりと彗星さんは琢磨と天川さんを二人きり、家に残して
外に出る。
「何やアイツ 誰があんなオチ〇ポ男好きになるんや」
オチン...って(笑)。
「ここに若干一名...(笑)」
「...えっ?マジで?ことりそれマジ?」
「あれは私の黒歴史だから...//」
「ぴひゃひゃひゃwwwww
マジかよよことり!
恋は盲目とはよく言ったもんだぜ!!
ひゃははははww」
ひでえな(笑)。
「駅までまた悠馬は走りな」
「お、おう?」
まだ夕方(世間的な)だけど
ことりに前あんなことがあったし、
一応送っていくか。
まあ、このたくましい人が居れば安心な気もするが...。
「そうだ!僕、行きたいとこあるんだけど!」
「どこ?」
「カラオケっ!!」
「あっちにはなくてさ~」
「そういえば彗ちゃん前の学校は田舎だったね はははっ」
「そうよ!もう"ド"がつくほどの!」
これは俺も行っていいやつ?
・・・・・
「2時間三人で~!」
「はいかしこまり...」
「あざ~っす」
強い(笑)。
それにしても...とてもじゃないけど歌えるような肺の状態じゃねえ。
彗星さん、自転車飛ばしすぎだって...。
バタン
「よし!僕、やりたいことあるんだ!悠馬で!」
「お、俺?
ぜえ...はあ...」
「そう!ことりちょっと借りていい?」
「どうぞご自由に~」
俺に聞けよお。
「いや~あの金髪見てたらさ、悠馬もわりかしよくなると思うんだよな~」
そう言うとメイクセット的なのを取り出す。
「そういえば彗ちゃんってモデルだったね」
「まだまだ駆け出しだけどね~」
「へえ~すごいですね」
流石のスタイルだもんな。
「そう!それも大人なやつ♪うふんっ」
「グラビアでしょ!言い方よ!(ムスンッ)」
「ちょっと悠馬我慢してろよ~」
......
多分もうことりが五曲くらい歌っただろう。
「で、でけた~!!」
「お、おお!」
......
無言...?
白塗りでもされた?俺。
ピカッ
彗星さんには似つかない(って言ったら失礼だけど)
可愛らしい手鏡を手渡される。
「これが...俺...」
マンガから引っ張って来たセリフをまんま言ってしまったじゃんか。
前髪長めの陰キャが上げたら実はイケメンでしたとか、現実にあっていいのかよ。
......まあ、母さんと琢磨あっての俺だしな...。
ごめん父さん。
父さんもイケメンだったんだな。
「いいじゃん悠馬!」
「そ、そうかな」
「うん!」
「あ、ありがとう 彗星さん...」
「いいってことよ」
た、頼もしい...!!
「んじゃ!歌うぞ~!」
「いえ~い!」
「お、おおー!(裏返った声)」
「悠馬普段声出さないからだよ~ww」
「もーww」
楽しいかよ。
・・・・・
ガチャ
二人とは駅前で別れた。
まあまだそこまで暗くはないし、最寄りも彗星さんと同じだって言ってたから大丈夫だろう。
「た、だいま~?」
靴がない...。
ただ帰っただけだよな?
ダダダダ
俺はリビングに疾走して向かう。
バンッ
勢いよく開いた扉の先には
投げ出された天川さんのブレザーと制服のリボンに鞄...。
おい?琢磨?大丈夫だよな?
同意の上だよな?
......そうだ!録音!
面白そうだからってまた録っておいたんだ!
ガサガサ
あった!
よし!うまく録れてる!
ピコン
『でー?話ってなにー?』
『うん…最近…』
こんな場面はどうでもいい。
『…なあ、いいだろ?
ちょっとだけさ』
『だから嫌だって』
『正直俺今彗星ちゃんが好きなんだよねー
あの子おっぱいでっかいしさ』
『…は、はあ?何開き直ってんの?』
『まあ、だからさ美月はもう諦めてっていうかさ』
『当り前よ!あんたと付き合った私がバカだったわ』
『だけどさ~美月って顔はいいじゃん?』
『…はあ?』
『最後に一回ヤらせてよ』
『だから誰があんたと…』
『これ、俺持ってるんだけど』
『「ひゃははは 美月の弱点はどこだ~?」
「え~もう琢磨さんやめてよ~」
「やめないぞ~
ここか!」
「ひゃうんっ!//」
「ふはははは ひゃうんだってよ!
どうした?感じちゃったのか??」
「も、も~!琢磨さん!言わせないでよ~!//」』
『こ、これは…あの時の…!』
『そうだよ~これが公になったらどうなっちゃうかなあ?
人気インフルエンサー、さん?』
『…何すればいいのよ』
『何って分かってるくせにぃ~』
『……手でやればいいの…』
『う~ん 悠馬が帰ってきちゃうしホテルでも行こっか』
『はあ…そしたらあんた最後まで…』
『これ、あるんだけど?
クラスの皆に…』
『ああもう!分かったわよ!一回だけ、手でやるだけだからね!』
『おお~怖い怖
それじゃあ行こっか』
『肩組まないで!』
『へへっ別にいいだろ~』
……
え?
輩やん。
人の弱み握ってエッチ強制とか完全に輩やん。同人誌とかの。
琢磨ってそんな堕ちてたん?
モテるが故に傲慢になりすぎや。
自惚れんな。
バン
ダダダダ
近くのラブホ、近くのラブホ…
「HEY尻、近くのラブホ」
「こちらが検索結果…」
・・・・・
来ちゃった…ラブホ…。
いやいやヒヨってる場合じゃないだろ。
男みせろ悠馬!
「すみません 俺によく似た人とめっちゃ美人が来なかったですか!?」
「ああ、ちょっと前に来たねぇ すっごいイケメンだったからよーく覚えてるよ」
ラブホの受付?にいるおばちゃんが答える。
「俺ら3Pするんです
アイツは俺と双子で、だから部屋番とカギくれませんか」
「あっら~ 若いっていいわね~」
ジャラッ
いやくれるんかい。
俺が琢磨と同じ顔しててよかった。
いつものモサ具合だったら多分突っぱねられてた。
俺は初めてのラブホに若干迷いつつ、
天川さんたちが居るはずの部屋の前に着いた。
「1035室…ここだよな…」
カッチャッ...
キイィ...
俺は気づかれないようにゆっくりとドアを開ける。
少し嫌な音を立てながらなんだかエッチな照明が目に入って来る。
「ちょっと、手でやるだけって言ったでしょ!」
「え~そうだったか~?
美月もここまで来たんだから準備オッケーってことなんだろ?
ほら、自分に素直になっちゃいなよ」
パチッ
琢磨に押し倒されてる天川さんと目が合う。
途端に天川さんの瞳が潤んだような気がした。
暗くてよく分からないが。
「おい琢磨」
「えっ?は?悠馬?」
「不同意性交は犯罪だぞ」
「え…っとー…美月は嫌がってないもんな?」
琢磨は目で必死に天川さんに訴えるが。
そんな琢磨を突き放し天川さんが声を張る。
「嫌嫌嫌です!無理やりです!
琢磨さんに無理やり襲われました!」
きっと俺が録音でもしていると思っているんだろう。
ビンゴだ。
「そういうことだ琢磨」
「…はっ…ははっ
いいのか美月ぃ~?
お風呂でのあの動画…」
「『そうだよ~これが公になったらどうなっちゃうかなあ?
人気インフルエンサーさん?』
『…何すればいいのよ』
『何って分かってるくせにぃ~』
『……手でやればいいの…』
『う~ん 悠馬が帰ってきちゃうしホテルでも行こっか』
『はあ…そしたらあんた最後まで…』
『これ、あるんだけど?
クラスの皆に…』
『ああもう!分かったわよ!一回だけ、手でやるだけだからね!』」
「琢磨~?これが公になったらどうなると思う~?」
「はっ!?お前それやってること、と、盗聴だろ!」
「うんうんじゃあ俺は盗聴で、お前は不同意わいせつや脅迫の罪で一緒に警察行こっか
盗聴なんて大した罪にならんと思うし周りも事情言ったら納得してくれるだろうな~」
「…クソっ あとちょっとだったのに!邪魔しやがって!」
「おっと、これ以上罪積み重ねんなよ?
こっちも目瞑れなくなるからよ」
「……チッ
消せばいいんだろ消せば
ただ、お前もそれ消せよ!」
「は、はあ!?琢磨さんあんたそれはない…」
「いいんだ天川さん
分かったじゃあお互いゴミ箱の中までしっかり消すんだからな」
「チッ、ってるよ」
琢磨がバックアップでも取ってる可能性はなくもないけど、
琢磨はそんな器用なことしないし出来ないと思う…。
まあ念のため琢磨のスマホは今度チェックしておこう。
「じゃあ出てけ」
「は、はあ?ここは俺の金で…」
「いい加減自分の立場理解しろやカス」
おっと。
ちょっとヒートアップして語彙が輩になってしまう。
「…はあ 美月お前ってめんどい女だな
関わった俺が間違いだったわ」
ガシャーン!
最後の最後まで天川さんを傷つけるような捨て台詞を残して琢磨は
一見エッチなムードの部屋から出ていった。
……
バッ
天川さんが無言で抱き着いてくる。
悪いが俺は彼女持ちなんだ。
流されない流されない。
「ちょっと天川さん胸元…」
とはいってもつい目に入ってしまったものは仕方ないよな。
うん。仕方ない。
綺麗な形の丘とその中心のピンクのアンテナなんて目に焼き付けてなんていないんだから。
「ごめん…ごめん…」
別に謝って欲しいわけじゃないんだけどな。
じゃあ何してほしいってんでもない。
だったらなんで俺は天川さんを助けたんだろうか。
それはきっと…。
「ありがとう悠馬さん ありがとう…」
泣き腫らした顔を上げ安心した表情の天川さん。
そう、きっとそれは天川さんが最初に俺に近づいて来てくれたからだろうな。
天川さんが居なければことりとああ出会って、仲良くなれなかったかもしれないし。
琢磨の被害者が増えてたかもしれないよな。
俺の真っ暗な青春に最初に光を持ち込んできてくれたのが天川さん。
その理由がなんであったとしてもだ。
「別に言う必要もないかもしれないんだけどさ」
「…うん…」
「天川さんが琢磨を諦められるきっかけにでもなったらと思ってさ」
「…うん…」
「天川さんが琢磨を最初に気になった時のあの"篠塚"って多分俺なんだ」
「…え」
「初めての即売会的なイベントでちょっと浮かれててさ
恥ずかしいんだけど金髪にしてみたり…なんて」
「…え
じゃあ今まで私が好きだったのは悠馬さんだったってこと…?」
「いやそうはならんと思うんだけど」
「…そうなの?」
やっぱ天然なんか?
それともそういう"作り"か…
「あの...ごめん!私、ずっと悠馬さんに謝らないといけないことがあったの」
「?」
「もう気づいているかもしれないんだけどさ...
最初に間違えて告白したのもちょっと練習を~くらいの気だったりさ
その後も...」
「とっくに気づいてたよ
一応、なんで?」
「なんか少し、ウザったかったのか...な?
琢磨さんと正反対の悠馬さんが...
ちょっといじってみたりしたくなっちゃった...
ごめん...」
「まあつまりは俺と比較して自分の彼氏の琢磨を持ち上げたかっただけだろ」
それか、実は薄々気づいていた琢磨の"クズさ"の誤魔化しか...。
「まあ、別にいいよ
そのおかげで俺にもいいことがあったしな」
「そ、そう...?」
「ああ、それに俺は今の天川さんの方がいいと思うな」
「...っていうのは?」
「ん?なんか堅くないだろ
学校での話しかけにくいお嬢様みたいなんじゃなくてさ」
「...これでも...受け入れてくれるの?」
「受け入れるも何もそれが本性なんだろ?」
「でも皆...」
「皆はいいんじゃん?
別に
自分が楽なようでさ
キャラは作っててもいつか絶対ボロが出ちゃうと思うよ
出ないにしても疲れる」
「そうか...」
「まあ、どうしたいかは天川さんの勝手だけど
俺はそう思うよって話ね」
「......」
「まあいいよ ほらもう夜遅くなっちゃうしシャワーでも浴びて帰ろ
駅まで送るから」
「えっ…あ、あの…その…私悠馬さんになら…いいのかも…//なんて…」
ああ。
恥じらってるよ。
こんな据え膳を食わぬやつがどこに居るだろうか…。
…ここに居たよ。
「ごめん天川さん
悪いけど俺は天川さんとそういうことする気はないよ
もっと自分の体大事にしなね」
「……悠馬さん!」
バッ
天川さんが飛びついて来る。
「悠馬さんならそう言ってくれると思ってた!」
あっぶな。
試されとったんか。
「でも感謝してるのは本当だから
本当にありがと!」
チュッ
…あ゛あ゛っ!イ゛グゥ゛ッ!!//
「はは~なんとか間に合ってよかったね~」
・・・・・
シャワーを浴びた天川さんと俺はのこのこと二人並んでラブホを出た。
迂闊だった。
それを彗星さんに見られ、ことりに勘違いされるなんて。
そこまで考えが回らなかったこの時の自分を殴りたい。
いやちょっと考えたら気づくだろってな。
=====
ピロロロロ…
ん、ことり?
「電話?」
「うん ちょっとごめん」
「あっ、ことり?
どうかしたか?」
「どうかしたじゃないでしょ!
さっき彗ちゃんから写真が送られて来たんだけど!
あんたとあの女がホテルから出てくるところ!」
ああ…彗星さん…。
なんてタイミングが悪いんだ。
誰が悪いんだろう…。
圧倒的に琢磨だが…。
俺も考えが甘かった。
もっと警戒しておくべきだった。
「あれはだな…その
説明すると長くなるんだがな」
「何言い訳してんのよ!
認めるってこと!?」
「いやまあ…天川さんと一緒にホテルを出て来たってのは本当だ」
「…!はぁあ!?あんた私が前に琢磨にされたこと忘れたの?
…悠馬ぁ…悠馬までも私を裏切るの…ズッ」
ああ、泣き出してしまった。
確かにこれに関してはことりを不安にさせてしまったな。
「ごめん 本当にごめん
だけど本当にことりが思っているようなことは何もないんだ」
「…どう信じればいいってのよ」
「琢磨と天川さんに訊く…かな
とにかく!琢磨に襲われそうになった天川さんを守っただけなんだ
天川さんには手を出してない」
「…ほんと…?」
「ああ、本当だ!
何なら音声データもある」
「…でも…!
でもなんで天川さんを助けられたのよ!
あんたが都合よくホテルの近く居たわけでもないでしょ!」
「それは…盗聴してたやつ聞いてやばそうだって…」
「なんで盗聴なんかしてるのよ!
それにあんたは彼女以外の女のためにラブホに行くっての!?
それも二人きりだったんでしょ!」
「いやだからそれは琢磨が…」
あれ。
話が通じない。
ことりはもっと俺の考えることすぐ理解してくれるような気の合う彼女だと思っていたのに。
少し離れてキョトンとする天川さんに目をやる。
ああ。俺は最低な男だ。
さっきの反応から天川さんワンチャンあるかもなんて思い始めてしまっている。
そしてこの、話の通じないことりの愛が少し重いとも…。
「ごめんことり…
一回切る」
「あんた逃げ…」
プツッ
「誰からだったの?」
「あ、ああ…お母さんかな」
「へー?なんか結構ヒートアップしてたけど」
「まあ、家庭の事情ってやつよ へへっ」
「…そう?」
「それよりもさ!一緒にどっかご飯でも行かない?」
「いいね!悠馬さんにお礼もしたかったし!」
はあ。俺は最低だ。
残念ながら琢磨と同じ血が流れているんだなと痛感させられる。
二兎を追うと一兎も得られないんだぞ?
しかもどちらもただの兎じゃない、黄金のだ。
どっちかだけにしておけって。
・・・・・
結局来てしまったよ。
天川さんと二人きりで。
「私、ファミレスとか初めてだわっ」
「そ、そうなのか」
これが浮気の罪悪感…。
どうしても心の底から楽しめない。
後ろめたさが付きまとってくる。
「悠馬さんは何食べたいっ?」
「あっ…えとー…ドリンクだけでいいかな」
「えーせっかくなら奢らせてよ~」
「…門限とかあったりなかったり…なんて~」
「…そう…それは仕方ないわね」
「じゃあ私もデザートだけにしておこうかな」
「ねえ!あれ美月ちゃんじゃない?
SNSでよく見る!」
「うっわ~ほんとじゃん!
生美月ちゃんめっかわ~」
「え~でも隣の彼氏じゃない?」
「うっわ~イケメンじゃん!
ちょっと萎えるわ~」
はあ。まあ、天川さんならこういうことだってザラにあるよな。
言ってろ言ってろ。
「ふふっ 私と悠馬さん、カップルみたいですって」
「ははっ まったくだよな~
俺らはそんなんじゃないってのにな~」
「……」
おい…?
「私は…私はいいよ」
おいおい。それ以上言うな。
「私は、悠馬さんが彼氏でもいいな
ううん…悠馬さんがいいな」
「あ…まかわ…さん…」
ヤバい。非常にマズい。
ことりより胸でかいし、知名度あるし、
おしゃれだし…。
ダメだダメだ。
ことりとくらべて天川さんが勝っている点ばかりが思い浮かんでしまう。
「いや俺は…」
「ねえ、さっきの続き…しない?」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。
ヤるだけなら…。
〇フレってことなら…ことりも許してくれるか…?
ああ!ああ!
俺は目の前の天川さんを見る。
整った顔立ちに圧倒的なスタイルの良さ。
サラサラで腰付近まで伸びたロング…。
そんな子が少し恥じた顔で俺との肉体の関係を…!
こんなの断れるやついんのか。
「え…っと」
「私さ、前に言ったよね?
恋愛に興味が出て来たって」
「…え?」
そんなこと言ってたっけ。
「今はさ、琢磨さんの時よりもその気持ちが強くなってる
『悠馬さんを私だけのものにしたい』って気持ちが」
「…なん…で…?」
「なんでって、悠馬さんは凄く優しいしさ
私に真摯に寄り添ってくれたでしょ?
それに琢磨さんからも守ってくれたし、
第一悠馬さんなら琢磨さんみたいに私を裏切るよなことはしないと思ったから…//」
ああ!ああ!ああ!
今!今まさになんですよ!天川さん!
今まさに俺は恋人を裏切るようなことしてるんですよ!
「それで…どうかな…?」
「……くっ…お願い…します」
「えっ…!やったーっ!
私すごい嬉しい!悠馬さん!これからよろしくお願いしますね!」
「え、あの…違くて…」
俺がお願いしたかったのはこれからエッチなことするってことで…。
付き合いたいってわけじゃ…。
俺にはことりが…ことりが…。
・・・・・
「ねえ天川さん…ごめんやっぱり…」
「何言ってるのよ
もうここまで来ちゃったじゃないの」
そう。
結局俺は天川さんとまたあのラブホの前に来てしまっている。
受付のおばちゃんがニマニマしながら見てくる。
「…あの…実は…」
実は俺にはことりっていう彼女が居るんだ!
その一言が何故か出なかった。
天川さんとそういうことをしてからでも遅くはないのかな…なんて甘い考え方をしていた。
ダダダダ!!
「ちょっと悠馬!!」
「ことり…」
「ことりちゃん!?どうしてこんなとこ…」
「あんたは黙ってなさいよ!悠馬は私と付き合ってるんだから!
手出さないで!」
ことりが俺の左腕を掴む。
遅れて彗星さんもやって来る。
「ことり…ちゃん…?
悠馬さんはさっき私の告白を受けてくれたわよ…?」
「…!!!?」
あああ。人生最悪の地獄だ。
修羅場なんて言葉じゃ片付けられない。
シンプルに溶けていなくなりたい。
…けどこれは自分のせいだ。
自分の行動の結果だ。
ちゃんと向き合わないと。
「悠馬あんた…それ本当なの…」
「…ごめんことり
詳しく説明させてくれ」
「認めるの…?」
「…..ああだから!そうじゃなくって!
ごめん天川さん 今日のところは一旦帰ってもらってもいいかな」
「…え…でも今日はこれから…」
「本当に!変なこと巻き込んでごめん…」
「でも悠馬さんは…」
ああもうしつこいな!
「帰れって言ってるだろ!!」
少し寂れたラブホの廊下に俺の怒号が反響する。
「悠馬…さん…うぅっ…」
少し強く言いすぎてしまったかもしれない。
天川さんはその場で丸まってしまった。
…ああ!もう!
俺は髪をかきむしる。
せっかく彗星さんがセットしてくれたのに、これじゃあ台無しだ。
「ことり…ちょっとゆっくり話せないか…」
俺は驚いた顔のまま表情がフリーズしてる受付のおばちゃんにカギをもらい、ことりをさそう。
別にエッチなことしようってんじゃない。
ただお互いすれ違っている部分があるだろうから、そこをすり合わせるためにも
一回二人きりで静かに話したい。
「ごめん悠馬…
今はそんな気持ちにはなれない…」
ことり…。
一瞬ことりにこのイラつきを向けてしまいそうになったが、すぐに照準を自分に向ける。
「じゃあ…どうすりゃいいんだよ…」
俺はその場でひざをつく。
そんな俺の肩に手が置かれる。
「彗星…さん…?」
「じゃあ僕と話さない?」
「彗星さん…と…?」
「そう僕と 巨乳とショートは好みじゃないんだろ?」
「そうですけど…」
今の俺はもうどうすればいいか分かんなくて投げやりになりかけている。
彗星さんに誘われたら迷いもせずに一線を越えてしまいそうだ。
「ちょっと彗ちゃん…」
「スペアのカギはもらってあるから心配だったらことりも来な」
そう言ってカギをことりに渡す彗星さん。
俺と彗星さんは丸まりこんだ二人を置いて階段を登っていく。
あの二人をそのまま置いてきてよかっただろうか、なんて考える余裕はこの時の俺にはなかった。
・・・・・
バタンっ
「とりあえずシャワーでも浴びてきたら?
スッキリするぞ」
「うん…ありがとうございます…」
シャーーー
どうしよう。
何も考えられない。
ないが最適だったの?
どこでどうするべきだったの?
誰が悪いの?
疑問が出てくるばかりでその解答は一向にやってこない。
「あがりました…」
「おう!ちょっとはスッキリしたか?」
「どうでしょう…
ごめんなさい彗星さん、こんな夜遅くに変なことに付き合わせて…」
「いいんだって 私はことりの親友だしさ
悠馬ももう友達だろ?」
「彗星さん…」
かっけえ。
「僕は別にことりの肩を持とうってんじゃないんだ
ただ悠馬には自分でちゃんと向き合って考えて決めてほしいかな
それがことりの悲しむような答えでも僕にどうこう言う権利はないしね」
何だこの人、親か?
達観しとるわぁ。
こんな見た目なのに…。
人は見た目じゃないんだな。
「それで、もしよければ聞かせてくれる?
さっきも言ったけど第三者からの目線でアドバイスとか出来るかもだし」
「…分かりました
ありがとうございます…」
「いいんだって!
ほら、シャキッとする!」
「はい…!」
元気出るなあ。
それにさっき俺のこと友人だって言わなかったか…。
こう言うタイプ違いの友人…すごく頼りになる。
特にこういう時は…。
「天川さんとは実はことりと出会う前から親交はあって、琢磨のことが好きだから協力してくれって」
「あのロングの可愛い子な」
「はい、それでまあ協力って程のことはしてないんですけど何度か学校で話したりはしてました」
「なるほどそれで?」
「ことりと出会ったのは俺の家で、その時ことりは琢磨と付き合ってました」
「あれま」
「その後ことりが琢磨に浮気されて俺と付き合うことになったんですけど…」
「琢磨はその天川に乗り換えたってことか?」
「はい、多分…
でもその天川さんも琢磨に体を求められるとかで悩んでて…
元々協力してたし、俺くらいにしか相談できないって…」
「ことりには言ってたの?このこと」
「そういえば…」
「そりゃあことりも混乱しちゃうでしょ」
「はい…」
「じゃあ悠馬が天川とここに居たのは?」
彗星さん…。
すごくグイグイ聞いてくるな…。
俺は『本人が話したくなるまで待つ』派だったけど
こっちの『言わせちゃう』方が話す側は楽でいいな。
まあこれも彗星さんの人柄だからこその芸なんだろうけど。
「琢磨が天川さんの弱みを握ってその…天川さんにわいせつなことをしようとしてて…」
「それを止めるためだったと?」
「はい…」
「でもそれじゃあ辻褄が合わないよね?」
「はい…
琢磨から天川さんを守った後は特に何もなくホテルを出たんですが、お礼と称してご飯を食べに行くことになって…」
「そんで?」
「天川さんに誘われちゃって…
その…俺…断れなかったんです…
本当にことりには悪いと思ってるんです!
でも俺がやったのは最低なことで!
もうことりも許してくれないかもしれない...
ことりは!俺にとっての初めての趣味が合う友達だったし、一緒にいて楽で、楽しくて、よく気が合うし、料理も家事も出来て…
一晩の快楽に流されちゃった自分が本当に、本当に情けないです…
もうことりに合わせる顔が…」
はあ…はあ…
言い切った。
思ってたこと全部言えた…。
「そうじゃないだろ」
「はい……?」
「それでいいのかよお前は」
「でもことりが…」
「ことり!聞いてんだろ!」
カッチャ
扉がゆっくりと開き、真っ暗な玄関から人影が覗く。
「…」
「ことり!
ごめん!本当にごめん!もしことりがいいなら俺の口から説明…」
ドサッ
俺はことりに押し倒される。
「ちゃんと仲直りしなよ」
彗星さんがそう言い残して部屋を出る。
え。
「えっと…ことり…
ごめん…」
「もういいから…」
「…」
振られるのか。
ことりともうお別れかよ…。
ああ、名残惜しい。
もっとことりと一緒に居たい、出かけたい、遊びたい。
何で、何で、自分の過去に反省なんてしてももう今は変わらない。
「…ごめん」
「もういいから…
もうそんなに…!謝らなくて…いいから…」
パチッ...パチッ...
「ことり…何して…」
ことりが自分のワイシャツのボタンを外し始める。
まじで…言ってる…?
「俺がこんなこと言えるあれじゃないけどさ
自暴自棄になっちゃダメだって
今お前は傷ついてるんだ!
それも俺のせいで!
そんな感情に振り回されても後で後悔…」
チュプッ
ああ。
ことりの舌。
温かい。
こんなキスがあるなんてな…。
「いいから黙って」
シュルル…
…
・・・・・
バッ!
「あ、朝…」
チュンチュン…
「俺、ことりと昨晩…
はっ!ことりは!」
居ない…。
ってもう10時かよ。
ことりはちゃんと学校行ったんか?
俺を残して。
昨日のは一体どういうつもりだったんだろう…。
別れる前に最後に…的なことなのかな。
それにしてもことりとの初エッチ…。
…最高だったあ…!
まだ体がぽわぽわしてる。
「シャワー浴びよ」
シャーー
「あ゛〜〜〜〜〜
何も考えたくない〜
学校行きたくない〜」
マジで学校行きたくねー。
でもそれで母さんに心配や迷惑かけるのは違うよな。
えーでもでも、もーちょっとだけゴロゴロ余韻に浸ってから…
「って!料金!」
えこれ料金まずめ?
俺そんな金ないよ?
母さんには頼めないし、俺他に頼れる人居ないよ?
「あーあ
もーどーでもいっか」
チラッ
ふと、ベットの隣に置いてあるスタンドを見る。
ー 先学校行ってるから
悠馬も遅れないで来るのよ
昨夜は何もなかった、いいね?
んじゃ、そーゆーことでこれからもよろしく^_^ ー
「こ、ことりぃぃぃぃぃ!!!」
そこにはことりが書いたメモ切れと折り畳まれた一万円札…。
マジでやっぱ俺にはことりしかいねえ!!
なんかめっちゃ学校行きたくなってきたわ!!
「行ってきますラブホ!ありがとうラブホ!さようならラブホ!また来ますラブホぉぉ!」
ガチャ
ドサッ
「え?」
勢いよく部屋を出た俺を何者かが再度部屋へと押し入れる。
「悠馬さん♪昨日は楽しそうでしたね!
私を置いて」
「天川…さん」
「私、寂しかったんですよ
下のロビーで何度も声をかけられましてね
もういっそ知らないおじさんにでも体を預けてしまいたいとも思ってしまったんですの」
「天川さん…?そのキャラ…」
「でも悠馬さんなら特別に許してあげます!
そのかわり…」
天川さんは俺の肩に腕をかけ、反対の手でベルトを慣れた手つきで外していく。
「いやちょっと!」
「そのかわり、悠馬さんには私と一緒に気持ちよく…」
「ちょっと天川さん!」
俺は天川さんの両肩を持って俺から遠ざける。
そこで初めて天川さんの顔を見た。
鬼、鬼だ。
嫉妬か怒りか不安か悲しみか復讐か…。
そんな、俺の知るような女の負の感情を全部乗せしたような。
「天川さんちょっと落ち着いて…」
「誰のせいだと思ってんのよ!
あんたが!あんたが!あの星宮とかいうやつに浮気するからでしょ!!」
天川さんが声を張り上げる。
「だから、だからね?悠馬さん
あなたには責任をとってもらわないといけないのよ」
一転して穏やかな口調に変わる。
天川さんは用意していたかのようにスムーズに自分のワイシャツを脱ぎ、スカートに手をかける。
「ね?悠馬さん?♪」
クソ!
いくら鬼だっつっても可愛いんだよこいつは!
それにこんなに綺麗なおっぱいが…。
すぐ手を伸ばせば届く場所に…。
こんな綺麗な芸能人の…この機会を逃したらもう一生…!
いや!ダメだろ俺!惑わされんな!
だが…でも…
・・・・・・・・・・
〜7年後、憧れのマイホーム〜
パラパラ
俺はベッドの上で卒業アルバムを眺めてた。
「パパ〜それなに〜?」
「これか?
うーん、パパとママの思い出、かな?」
「おもいで〜?」
「そう思い出」
「パパとママずっとラブラブ〜?」
「ははっ どうだろーなー
ずっとではなかったかな〜」
出会いも特殊だったしな。
色々すれ違うこともあったかもな。
でも、これだけは言えるんだ。
天川さんもことりも彗星さんも琢磨もコバも。
俺の真っ暗闇な青春に光を灯してくれた、そしてその真っ白だった光に彩りを加えてくれた。
こうして7年も経った今でも、たまに思い返しては懐かしい気持ちになれる。
この五人に母さんと真司さんも。
誰一人でも欠けていたらきっとこの思い出は違った形で思い起こされていることだろう。
天川さん。
卒業後は女優の道を選んだそうだ。
今ではドラマや映画にも出演出来るようになりつつあるんだとか。
流石だよな。
たまに観るテレビでも思い出補正か知らんが、天川さんがけが輝いて見えるよ。
彗星さんはそのキャラも相まってか、テレビやサブスクなんかのバラエティで賑やかにやっているようだ。
他人に気なんて使わずにありのままの彗星さんで人生楽しんでそうだな。
琢磨に関しては知らん。
年に数回の親戚の集まりにも顔を出さない。
どこで何をやっているかなんて知らないし、興味も湧かない。
ことりはしっかりと名のある大学に進学し、その後大手企業に就職した。
確かにことりらしい堅実な選択だ。
だがまあ俺にとっちゃどれもいい思い出でしかないんだ。
堕ちた琢磨も、スマホの向こうではしゃぐ彗星さんも、テレビの向こうで輝く天川さんも。
ーーだって俺には
だって俺の錆びれていたはずの青春は、今日も隣でスヤスヤと幸せそうに眠ることりで埋め尽くされているんだからーー
おわり。
最後までお付き合いありがとうございます。m( _ _ )m
なんとか終わりましたね。[]~( ̄▽ ̄)~*
ふぅ。
途中で3万字ほどが消えた時には萎えましたが...苦笑。
なんか結局ことりルートになってしまって、若干タイトル詐欺?的な?
になってしまいましたけど...だって書いているうちに僕がことりに恋しちゃったんですから...!!
なんて熱くなってますが、もしよろしければ感想や評価いただけると励みになります。
改めてありがとうございます。o(*^▽^*)┛