タイムスリップ⁉
ユキナリさんが帰った後、私もキントーさんも訳が分からないと言った風に、ポカーンとしていた。
どういうこと? 何で、ユキナリさんには私が見えないの?
「……あの、公任様」
部屋の隅に居た女の人の一人が、怯えた声でキントーさんに話しかける。
「……なあ、お前はこいつが見えるか?」
キントーさんが私を指差す。
「えっと……。何も見えません」
「……そうか。……今日はもうよい、帰れ。私を一人にしてくれ」
覇気のない声だ。さっき、言い合いをしていた人とはとても思えない。
「……お前、まさか本当に物の怪ではあるまいな?」
キントーさんが私を見て、尋ねる。
「違いますっ!」
「そうだな。お前みたいなのが物の怪とは、物の怪に失礼だな」
「その言葉の方が失礼ですっ!」
また言い合いになる前に、ここで少し考えてみよう。
本当にここはドコなのか?
何故、みんな着物を着ているのか?
着物……。
「……嘘。私も……」
なんと、私も着物を着ていた。さっきの女の人達と同じものだ。
今まで気付かなかった。これじゃ、本当に阿呆だ。
着物、変な言葉遣い、キントーという変な名前。
これ、時代劇なんかじゃない……。
私の頭が、ある結論を導き出した。
それは有り得ない、まるでドラマやアニメの中のような、嘘みたいな結論。
「…………タイムスリップ」
「たいむすりっぷ?」
キントーさんは、この言葉の意味を知らない。
だって、昔の時代の人だから。
「お前は、たまに天才の私でも知らない言葉を使うな。それで、そのたいむすりっぷとやらは何だ?」
キントーさんの質問に答えていいものか、迷ってしまったが、私に上手くはぐらかすことはできそうになかった。
「えっとですね、何て説明すればいいんだろ。つまりですね……」
「早くしろ」
「時を越えるってことです!」
「……は? 時を、越える?」
当然の反応だよね。
「つまりですね、私はあなたのいるこの時代とは別の、あっいや、この時代の未来の時代の人間なんです」
なんか、日本語おかしい気がする。あ~、もうっ、説明苦手~。
「……まあ、何となくは分かった」
「え? この説明で?」
「天才だからな」
「さすがっ! って、そうじゃなくて。……でも、信じられないですよね、有り得ないですよね?」
「ああ、時を越えるなど有り得ん。信じられるか。しかし、天才の私はこう考える」
「その考えは?」
ゴクリとつばを飲み込む。
「これは、夢だ」
「……は? 夢?」
あまりにも簡単な答えで拍子抜けしてしまった。
「そうとしか考えられん。少なくとも、時を越えたなどという、突拍子もない考えよりはましだ。……それに、お前が私にだけ見えるなど、都合が良過ぎる。あと、あの権鬼いや行成に、この天才の私が醜態を晒すなど、夢でもなければ有り得ん」
プライド高いなぁ。
「でも、その通りですよね! 夢に決まってます!」
「ああ。こんな夢、珍しいぞ。さすが天才、凡人とは見る夢まで違う。夢が覚めたら、早速、陰陽師に占ってもらおう。どんな吉夢か楽しみだ」
「キントーさんの夢なんですか? 私の夢じゃあ?」
「覚めれば分かることだ。私の方だと思うがな」
そっか、夢かぁ……。
早く覚めて、ドラマ見たいなぁ……。
「……って、痛っ!」
ほっぺたをつねってみた。痛かった。
「これ、夢じゃないっ⁉ 嘘っ⁉ 本当にタイムスリップ⁉」
夢だったら、痛くないはず。
「落ち着け。……まあ、そんな夢もある」
「そそそ、そうですよね。夢ですよね。超リアルな夢ですよね」
「ああ、そのちょうりあるな夢に、この天才、藤原公任が付き合ってやるのだ。感謝するのだぞ」
キントーさんは尊大な口調で言った。
覚めない夢なんてない。
きっと、すぐに覚めるはずだよ。
果たして、これは夢なのか、本当にタイムスリップなのか⁉