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最終話 午睡の夢

その日は明久に合わせて同じく甚平を着て来た葦原。最寄りのお面屋で買ったお面を頭にかぶって明久は葦原の腕を引っ張る。そうでなければ少し目を離した隙に明久を見失ってしまいそうだった。屋台に並んで綿あめを買ったり、イカ焼きを食べたりした。この日の明久はとてもご機嫌そうで葦原も嬉しくなる。


でも、明日でお別れなんだよね…。なんて思うと胸が締め付けられる葦原。明久は別れを知ってて今を楽しんでいるのだ。悲しい表情を見せる訳にはいかないと自分に言い聞かせて一緒に祭りを楽しむ。射的で明久がお菓子を当てて、葦原が水ヨーヨーを釣った。


次は何をしようか、なんて見回していると急に明久が腕を引っ張った。


「葦原さん、こっちこっち」


「え?」


「そろそろ花火が始まるって」


そう言えばアナウンスされている。明久の言う絶景ポイントへ向かった。祭りの会場からどんどん離れていく。一体どこへ連れて行こうと言うのだろう。階段を上って高台にある神社へ向かった。鳥居をくぐる時は頭を下げて中へ中へと向かう。辺りにもぽつぽつと祭りの客らしく浴衣を着た人もいた。


暗い夜空に花火が咲く。明久が一番の段に到着すると鳥居前で振り返って空を眺める。葦原は遅れて登ると花火の光に照らされる明久の顔が見える。うっとりとしたその表情からは郷愁の様なものが感じられた。


「…………」


「葦原さん、ほら、花火はあっちだよ」


「え?ああ、うん」


葦原も振り返って花火を眺める。


…結局、この日まで明久は葦原に別れの日について語る事はなかった。黙って去るつもりなのだ。彼なりの考えがあるのだろう。だから彼の考えを尊重し、このタイミングでその事について話す事ができない。


中田達も同様で明久は何も話さなかったのだそうだ。彼は既に何度も引っ越しを経験している。自分達との出会いもその1つに過ぎなかったのだろうか。明日が最後の別れになって、ただの思いでの1つになって行くんだろうか。


花火が咲き乱れる葦原はその花火の1つ1つに明久との思い出を重ねていた。うっかりビデオカメラにしてしまったため葦原の住所がバレた事。住所が分かってからすぐに家を訪ねて来た事。ベランダから飛び降りて帰って肝を冷やした事。一緒にハイキングに出かけた事。一緒に散歩に出かけたり、ゲームプレイを眺めたり、銭湯に出かけたり、添い寝したりした。


掴みどころがなく飄々としていていつも何を考えているのか分からない。時々とんでもない事をしでかしては葦原を困らせる事もあった。構えば避けるのに放置するとすり寄って来たりする。色んな事があった。


「…葦原さん?」


「うん?」


「泣いてる?」


葦原は目元に手をやると涙が手についた。気が付かないうちに泣いていたらしい。


「昨日あまり眠れなくてね」


わざとらしくあくびをする。


「大丈夫?」


「うん。私には明久君がついてるからね」


自分だけ泣いてるのが悔しくて少し意地悪を言ってみた。今更でも泣いてちゃんと別れを言って欲しいって思った。でも明久は微笑むだけだった。


このままずっと花火が続けばいいのにって思っていたのに、すぐに花火が終わってしまった。空に爆ぜて輝く花。この美し煌めきも一生と言う永い時間の中では瞬き一つ。


「終わっちゃったね」


「うん。綺麗だった」


「…帰ろっか」


「うん」


今度は葦原が明久の手を引っ張って一緒に駅に向かう。花火を見に来た客に押されたりしながらもキンポウゲを目指す。それからの足取りを殆ど覚えていない。気が付けば明久の部屋の目の前だった。


葦原は明久の部屋をじっと見つめる。これから数週間、数か月もすればここは新たな誰かが引っ越してくる。明久ではない誰かが。ベランダからやって来る親愛なる友人がいなくなる。


「今日はありがとう。楽しかった」


「私もだよ。おやすみ、明久君」


「おやすみ、葦原さん」


そうして葦原は明久と別れた。葦原はエレベーターの中で我慢できずに泣いてしまう。自室に向かう途中で同じ階の住人が彼の泣き顔を見て驚いていた。葦原は世間体など気にする心の余裕もなく自室に戻る。


明日は明久を見送る日だ。こんな顔は見せられない。鏡の前で笑う練習をしてから眠った。





翌朝になると葦原は食事もせずに駅へ向かった。駅の入り口で比奈達と合流した。それから明久達を待つ。10分、15分…。そろそろ来ないと間に合わない可能性があるのだが一向にその姿は見えない。


「葦原さん、本当にこの時間であってる?」


「う、うん…そのはず。彼の祖父が家族に確認してたし…」


「あ、皆あれ見て!」


坂本の声に目をやると明久の両親が見えた。人影に埋もれて明久の姿が見えない。始発ではないがまだ朝早くで人が多い。人混みをかき分けて進もうとするが人が人に埋もれてあっという間に姿を見失う。


行き先は分かっているので何とかスマホで決済して改札口を抜けた先に向かう。乗車口前に着く頃には新幹線の扉が閉まった。それぞれ口々に明久の名前を呼ぶが姿は見当たらない。どうやら一足遅かった様だ。車窓にすら彼の姿を見つける事ができない。


「明久君…」


葦原は見えなくなっていく新幹線の後ろを眺めていた。比奈はその場に崩れて泣き出す。


「一言ぐらい言ってもいいじゃん…」


「馬鹿野郎がよ…」


中田が拳を握る。


「まあ、あいつらしいっちゃあいつらしいけどな」


坂本が笑った。


それぞれ重い足取りで自宅へ帰って行った。


葦原はトボトボと歩いて帰ると自室のソファの上に寝転がった。別れの言葉も見送る事もできなかった。葦原はスマホを取り出して一言でも言おうと思ったが、さよならの四文字も打てずにいスマホをその場に捨てた。


「明久君…」


だむ、だむとソファのひじ掛けを力なく何度も叩く。


「どうして黙って行っちゃうんだよ…寂しいよ…」


葦原の頭の中にこれまでの思い出が蘇る。阿須アイランドのお土産で手渡した猫太郎重里の事を思い出した。


「あれ、大事に持っててくれるかな」


ソファの上のクッションに顔を埋めて泣く葦原。


…ガタンッ!トッ。カラカラカラ…。


ベランダの方から音が聞こえた。葦原が体を起こしてみるとそこにはいるはずのない明久がいた。


「葦原さん…?」


葦原も驚いたが明久も驚いていた。葦原の顔は日頃から想像できない程に顔を赤くして泣いていた。


「明久君…?どうしてここに?」


「いや、どうしてって…。僕は下の階にいつもいるでしょ?」


葦原は自分の両頬を叩いた。痛い。明久は確かに目の前にいる。葦原はそれでもこれが現実だと思えずソファの上に横になった。


「多分夢だ。いつの間にか寝落ちしてて、都合のいい夢を見てるに違いない」


トトトトト…。明久が小走りで目の前にやって来て葦原の両頬を引っ張った。


「ひゃめて…」


明久が手を離す。葦原は涙で潤んだ目で明久の目を見る。いつもの様に何を考えているか分からない目だった。


「私はこれから起きて現実の明久君にさよならを言わなくちゃいけないんだ。だから、今は思い出の中でじっとしてて」


「え、ちょっと待って。さよなら??葦原さん引っ越すの??聞いてないけど??」


「いや、引っ越すのは明久君だけど…」


「いや引っ越したのは僕の両親だけだけど…」


明久は酷く困惑した顔をする。葦原は首を傾げた。お互いに目をぱちぱちさせて見つめ合う。やはり夢だと思って葦原は目を瞑った。明久は少し考えてから葦原の唇にキスをした。驚いて目を開ける葦原。一度唇を離すと明久はニコリと笑う。


「これは夢なんだから葦原さんはそのまま黙って横になっててよ。目が覚めるまでね」


「ちょ、ちょっと待って」


混乱する葦原に構わずキスをする明久。2度、3度とキスすると葦原はわたわたしてこれを現実だと認める。


「分かった、分かった認める!これは現実なんだよね!目の前に明久君がいるんだよね!」


「まだ寝ぼけてそうだね」


「起きてるってば!」


それを聞いてやっと明久は口づけを止めて葦原に抱き着く。


「…えっと、明久君。情報を整理するから話を聞いてくれるかな」


「いーよ」


葦原は明久に自分が知った事について話す。引っ越しの情報は間違っていなかった様だ。しかしそれは明久の両親のみの事だった。キンポウゲに住んでいるのは父方の祖父母らしく、両親と一緒に引っ越さず祖父母と一緒に暮らす事にしたのだそうだ。元々は一緒に引っ越す事になっていたが必死になって説得を続けて何とかキンポウゲに留まる事ができたらしい。


葦原の家を訪ねなかった間にかなり粘って説得を続けた様だ。両親が話を強引に進めようと何が何でも引っ越すつもりがなかったため誰にも話さなかったそうだ。元々は我が子の成長を見たいと言う切実な願いを持つ両親のために祖父母も明久を説得する側にいたが、そのあまりの嫌がり様を見て明久の味方として両親を説き伏せた。


澳原が聞いた時点ではまだ一緒に引っ越す予定になっていたため話にズレができたようだ。お互いの誤解が解けた所で葦原は深くため息を付いた。


「黙ってい無くなるつもりなんだと思ったよ…」


「そんな訳ないでしょ。僕、葦原愛護団体だし」


「だよね…」


それからお互いに言葉を交わさずに抱きしめたまま一緒に時間を過ごす。


「…僕、夢を見たんだ。葦原さんと別れて過ごす夢」


「どうだった?」


「最悪。葦原さんに代わるものなんてどこにもないよ」


「そっか」


やがて2人は抱き合ったまま眠った。暖かな光、さわやかな風、確かな温もりに抱かれて眠った。2人の寝顔はとてもとても穏やかなものだった。


一緒に午後まで寝ていたため、今日が仕事である事を忘れて葦原は会社に遅刻した。明久も学校に遅刻した。明久が引っ越すと早とちりした葦原も、そうした事で親と揉めた事も相談しなかった事を2人揃って比奈達に怒られた。お詫びにと、葦原の奢りで皆でパフェを食べに行った。


そうして明久も、明久の友達も、葦原も、返って来た日常の喜びをお互いに分かち合うのだった。


日常もののしめ方ってイマイチよく分からない。若干打ち切りエンド感出たかなって気がしたので後日談書いてる。

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