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第8話 引っ越し

最近の明久はやけに大人しい。

葦原がリビングルームのソファの上で寛いでいると明久がやってきて膝に頭を乗せてテレビの方を向いて寝転がる。明久がマイペースなのは今に始まった事ではないが最近の彼は特に甘えん坊になりがちだった。ただ親しんでいるのであればそれでいいのだが、最近の彼は葦原の前でもぼーっとしたり料理を焦がしたりしている。夜になれば帰るのだが以前より遅くまで葦原の部屋にいる事が多く帰る時は足取りが重く普通に玄関から帰る様になった。(ベランダから帰るよりずっといいのだが)


何かあったのか尋ねても首を横に振るだけで、下の階で何か騒ぎが起こっている様子もなく、中田に連絡を入れても学校でも少し元気がないが原因は分からないと言っていた。気になって仕方がなかった葦原だったが今は彼の方から話すまで待つ事にした。


「…葦原さん、どうして僕がゲーム内で女性キャラ使ってるか覚えてる?」


あまりに唐突で面食らった。しかし理由は覚えている。


「うん。服の好みのデザインが女性キャラの方が多いからだったね」


「ふふふ。覚えててくれたんだ」


体をモゾモゾとやって回転させて膝に頭を乗せたまま葦原の方を向いた。


「実は趣味で服を作ってるんだ。あまり複雑なデザインの物は作れないけど。…葦原さん、僕が何でも着るって言ったらどんな服を着せたい?」


葦原の頭に電撃が走る。これはひょっとするとアレかもしれない。明久の悩みに何か関係する事なのかもしれない。下手な事を言えば明久の悩みを聞きそびれてしまうかもしれない。何気ない質問に聞こえて非常に重要な質問かもしれない。しかし、この際に明久は一体自分にどう答えて欲しいのだろう?葦原は顎に手をやって頭を巡らせる。


明久はバーチャルワールドでは高難度クエスト以外はデザイン優先で服を変えていた。しかし魔女服、魔法少女服、メイド服、ドレス、ウェイトレス服、ロリータファッション、ゴスロリと気分によって頻繁に変えていてこれといった好みの偏りは分からなかった。


分からない。明久は一体どんな答えを欲して尋ねたのだろう。葦原はでこに手をやって彼の質問の意図を汲むべく考える。


「葦原さん?これ別に心理テストとかじゃなくて…」


彼は眉をハの字に開いて困った顔をする。状況は悪化した。これ以上質問に時間をかける訳にはいかない。しかし困った事に葦原にはそうした好みの服は特にない。王道的な所を挙げようにも衣装づくりは学生時代に簡単な物しか作った事がないのでどれを言うのが適切なのか分からない。


「…………」


明久がしょんぼりとした顔をする。葦原は思い切って明久に着て欲しい服を言う。


「甚平!」


「渋い!」


ボケたつもりはなかったがツッコミみたいなテンションで返事が返って来た。やがてやりとりがおかしかったみたいでお互いに笑う。


「ん、分かった。じゃあ今度甚平着て来るよ」


「うん、楽しみにしてる」


その日の明久は早めに帰った。それからは甚平を作るためか葦原の部屋には来なくなった。





…ゴロゴロ、ズドーン!


「!?」


葦原は雷の音で起きた。彼は今日は少し機嫌が悪かった。今日は予定では買い物にでかける日である。この日に買いに行けばいいと思って足りない日用品もそのままにしていた。ところが週間天気予報も翌日の予報も外れてまさかのこの横殴りの雨と雷である。更に雷が激しく眠れなかった。


彼はスマホを取ってSNSを開きTLをスクロールるする。バーチャルワールドの公式アカウントで新しいゲームが出るとのアナウンスをやっていた。RPGではなくノベル+パズルのミドルプライスのゲームの様だった。今作の主役として抜擢されたキャラに葦原の興味を引くキャラは残念ながらいなかった。


「…ファンとしては買うべきなのかなぁ」


投稿についたコメントを見るとガラの悪いアンチがある事ない事言っていた。快く思わなかったファンらしい人物が反論している。言わんとする所は理解できるもののレスバはあまり得意ではない様でアンチにいい様に遊ばれていた。


SNSでは珍しくない光景だ。放っておこうかとも考えたものの1人相手に寄ってたかって酷い事を言うので内心よせばいいのにと思いつつ割って入って反論する。相手はネット動画で得た情報を元に主張をしている様だが動画内での説明は語調を良くするためにチェリーピッキングを行っていた様でそれらには重大な背景が抜けていた。葦原は可能な限り大手メディア、でなければ可能な限り信頼性の高いサイトのソースのリンク貼って主張が誤りである根拠を提示して反論する。


今度は葦原の提示するメディアやサイトが信用できないと言うので彼らが主張の拠り所としている人物が過去にどんなやらかしをしていて裁判沙汰になったかを複数張って攻撃を仕掛ける。前々からアクセス数稼ぎに誇張表現しては炎上している人なので見つけるのには苦労しなかった。また相手の『反論』には人格攻撃やレッテル貼りも少なくなかったのでこまめに通報した。


やがてレスバを続けているうちに彼らの不用意な発言が二次創作界隈に飛び火した。バーチャルワールド擁護派と信者が増えて来た辺りで葦原はレスバを抜けた。


人は往々にして信じたい事を信じるものだ。SNSでは同じ属性、性質を持つ仲間同士が集まりやすい。コミュニティは同じ気持ちや情報を共有しようとする。結束が強ければ強いほどエコーチェンバー現象が起きやすい。コミュニティ同士のぶつかり合いになるとお互いの主張は平行線になりがちであるため何故相手の信じる事が間違っているかと言う所への攻撃に発展する。


故にレスバは自身の正当性を示し相手が間違っている事を示すための論破や勝敗が重要になる。これは既に対話や相互理解から程遠い物だ。理解も共感も促せないのならレスバなど虚しいだけなのではないのか。そう考えているため葦原は基本的にレスバが嫌いだった。


ネットでの論争を散々見て来た葦原は見様見真似ではあるが相手の失言を誘ってコミュニティを巻き込み数の暴力に対して数の暴力でねじ伏せるやり方を行った。ファンを助けるためと言う気持ちもあったが、結局は溜まったフラストレーションを発散させたに過ぎない。


葦原は自己嫌悪感を振り払う様にため息を付いてSNSを閉じてゴロンと横になる。


雷はまだ鳴りやまない。葦原は掛布団をギュっと握ってきつく丸くなり、あのまま見て見ぬふりをするのと無意味なレスバをするのとどちらが良かったのかなどと考える。どちらにせよこの鬱屈とした気持ちが晴れる事はなさそうだった。


ピコンと音がした。通知の音だ。見ると先ほど劣勢だった人物からダイレクトメールが届いている。


『すみません、先程は助けていただいて。言われっぱなしなのが悔しくて、せめて誤解を解きたいって思って言葉を投げかけたらそれをうまく言葉にできずただただ言い争いになって。正直どうしていいか分からなくて困っていました』


葦原は頭を掻いた。乱暴を働いた事に感謝されても嬉しくはなかった。


「大した事はしていません。同じファンとして作品を貶されて快く思わない気持ちは重々に分かりますがアンチは基本的にスルーを推奨します。プロフに飛んでTLを確認すれば分かりますが一般的にアンチと呼ばれるタイプは日頃から攻撃的な言動を行い意思疎通は困難です。そのため企業も大体は無視をするか法的措置を講ずるかの2択です」


『もちろん分かっています。…でも、毎日毎日ただ言われっぱなしなのがとても辛かったんです。相手が反撃して来ないと思って、時間があるなら好きな事に打ち込めばいいのにわざわざ嫌いなコンテンツに張り付いて嫌がらせばかりして…』


葦原はスマホを閉じて天井を眺めながら返信内容を考える。相手の言い分も充分に分かる。自分の好きな作品を好き勝手言われると言うのは殴られ続ける様なもの。「スルーしろ」も捉えようによっては「泣き寝入りしろ」と言ってるも同然なのだ。しかしあのままやらせていれば返って袋叩きにされていた事だろう。


どう返信すればいい?泣き寝入りしろ?殴り返して袋叩きにされろ?信者を募って数の暴力で袋叩きにしろ?レスバの勉強するのに半年ROMれ?慰めようとすれば甚だ白々しく、諭そうとすれば鼻につき、暴力を肯定すればアンチと変わりない。このまま返信内容について悩んだまま寝落ちしてしまおうかと考えた葦原だったが、雷がそれを許してくれない。


『分かってます。僕、言い争いとかしても負けてしまうからやらない方がいいって言うのは。でも好きな物を口汚く罵られて冷静でいられないんです。…バーチャルワールドについてお詳しいようですがひょっとして古参の方ですか?』


葦原の遅い返信に耐えかねてかまた返信が飛んで来た。


「数年ほどプレイしていただけです。古参という程では」


リアルタイムで情報を追っていなければ知らない様な情報を元に反論していたのでそう考えたのだろう。炎上騒動などが話題になってからはバーチャルワールドから距離を置く人も多々出て来てそれまで解説動画やプレイ動画などを動画配信サイトに挙げていたユーザーも削除したりした。葦原は削除される前に色んな動画を視聴したりしていたのでプレイ前の情報も齧る程度は知っていた。


一言にアンチと言っても元信者からアンチ堕ちする人も少なくないので中には恐ろしく情報通な人もいる。相手が見るからににわかでなければ葦原も不用意に突っ込んだりはしなかった。


『確かに至らない点も多々ありました。後になってああすれば良かった、こうすれば良かったと思う事ばかりです。でも、運営とユーザーの心が通い合って楽しんだ時間もあったと思うんです。世間からの風当たりが強くなってからはまるでそれがなかった事にされてるみたいで…。でも、オガクズさんみたいに庇ってくれる人がいて本当に嬉しくなりました』


「ネトゲはサ終してしまいましたが未だに二次創作界隈からの支持は厚くアニメ化やグッズ化もあり新規層は徐々に増えています。ツクヨミが手堅く誠実な運営や展開を続けていればまだ巻き返せると思います」


実際に炎上騒動が起きてもその後の対応で見事に鎮火して見せたり、その後の運営の手腕とプロモーションで更に人気を上げたりする会社もある。バーチャルワールドもネットで言われるほどオワコンではないのだ。


しかしここ最近は急にIFストーリーの本を出したかと思えば急に打ち切ったり、数年前から宣伝していた販売予定のゲームの続報が途絶えたり、出来はいいのに覇権アニメと時期が重なって話題にならなかったりと状況はかなり厳しい。今回の新作ゲーム発表もファンからの反応は芳しくなく一番宣伝しているのは長らく粘着し続けているアンチと言う奇妙な事態になっているほどだ。


『僕もそう思います。すみません、夜分遅くに失礼しました。これからもバーチャルワールドをよろしくお願いします』


「…うん?」


何か言い方に違和感を覚えて相手のアカウントを確認する。日頃は近所の美味しい店やペットの愛らしい写真を貼っているごく普通のアカウントだ。フォロワー数もそれほどない。相手のアカウントのHNも株式会社ツクヨミやバーチャルワールド関連で調べても出て来ない。それどころかバーチャルワールド関連のシェアするばかりで当人がゲームについて触れた投稿が殆どない。


葦原はぶわっと嫌な汗をかいた。無難な返信内容を打ち込んでいると画像が送られて来た。大きなサイズらしく画像の表示より次の返事が先に届いた。


『イベントのポスターの没案の画像です。僕はこっちの方が好みだったんですけど採用されずで…。フォルダの肥やしにしておくのも惜しいので良かったらもらってください』


届いたのはpng形式のイラストだった。真ん中に複数の人気キャラがでかでかと映っていて、背後にはイベント会場が映っている。下書きではなくしっかりとイラストは完成されているものの採用されたイラストに比べてかなり際どい表現になっている。葦原は酷く困惑した。


「…大久保プロデューサーだこの人……」


バーチャルワールドのプロデューサーでありネームドキャラのキャラデザやイラストを描いたりしている。何回か生放送に登場したので顔も知っている。まさか一ファンだと思っていた相手の正体がプロデューサーとは…。葦原はそんな人と話しているとは夢にも思わず、側頭部を思い切り殴られた様なショックに襲われる。


その後、彼は震える手で人並みの返事を返す事しかできなかった。





それから数日後の夕方。雷は鳴らなくなったが連日雨の日が続いている。葦原の気分も晴れずベランダから外の光景を眺めていた。そんな時チャットが飛んで来て確認すると澳原からの連絡で雨宿りさせて欲しいとの事だった。カフェでいいのではと考えたが断る理由もないので彼を迎え入れる。


部屋に入れた彼は全身が濡れ鼠になっていて、タオルを持って行くと玄関で全裸になった。今回の彼の服は作業着だったため一応服のタグを確認してから洗濯機にかけた。葦原は自室から服を持って来て彼に渡す。


「別にいーよ、葦原君になら全裸を見られても気にしないし」


「風邪を引くよ?」


「それじゃ葦原君の熱い抱擁で俺を温めてくれ!」


「馬鹿な事言わないの」


そう言って服を渡すと彼は微笑んで服を着た。彼は大きくあくびをするとソファに横になった。


「明久君の事、残念だったね。せっかく仲良くなれたのに」


「?」


唐突に明久の名前が彼の口から飛び出て来たので驚いた。彼らは仲良くなく接点もこれと言ってなかったはずだ。それに仲良くなれたのにと言うのはどういう事なんだろう。


「残念って…?」


「あれ?聞いてない??あの子、後4日で引っ越すんだよ」


「!!?!?」


全く聞いていない。ただの冗談だろうか?彼はよく好んで冗談を言うが基本的に冗談だと分かりづらいものは少なく、悪意を以て傷つける様な冗談も言わない。特に親しんでる相手には。葦原は何が何だか分からなかった。


「どういう事…?」


「聞いてなかったんだ…。あいつの父親、貿易会社に勤めてるんだ。中学に上がるまでは母方の祖父母に面倒を見てもらってたみたいだけど、それ以降は両親と暮らせるようになった代わりに学校を転々としてる。元々卒業まで友達と一緒にいられるけどうか怪しいって所だったらしいけど…」


最近明久がやけに元気がなかった事を思い出す葦原。あれはひょっとして別れを言い出せず、気持ちの整理もできず悩んでいたのかもしれない。ただ少しでも一緒にいようとしたのかもしれない。知る機会も無ければ気付く事も到底不可能なので過去を振り返って反省しようもないのだが、葦原はただただショックを受けた。


「で、でも…どうしてそんな事を澳原さんが知ってるの?」


「うちのビジネスパートナーでね。酒の席でたまに会うんだけどまだ若いからって良くして貰ってるんだ。この間は思春期の息子とどう接していいか分からないって事で相談を受けてたんだけど、どうも彼の息子の特徴が見知った人物と酷似してたから気になって調べたら案の定その人だったんだ。つい先日引っ越しの話を聞いたよ」


「そう…なんだ」


それから葦原が晩御飯を作っていると寝ている澳原の元に電話がかかって来て、それに出たかと思えば急に葦原に「ごめん、おじゃました!」と言って葦原の服を着たまま部屋を出て行った。明久の引っ越しについてもう少し詳しく聞くつもりだったがそうも行かなくなった。これまで仲良くしてもらった事もありできれば出発を見送りたい。葦原は中田にチャットを送る。


「中田君、明久君がいつこの町を出るか聞いてない?」


晩御飯を作り終えてスパゲッティを皿に移していると返信が来た。


『え!?あいつ引っ越すんですか!??』


どうやら友達にも何も伝えていないらしい。葦原は後4日でこの町を出ると言うのを知り合い伝いで聞いたと言う話を伝える。


『いや、最近元気ないなとは思ってましたけど…。マジで何も聞いてないです』


「困ったな。せめて見送りたいから出発時間だけでも聞いておきたかったんだけど…」


『こっちの方で調べてみますね!そっちも何か分かったら連絡ください!』


明久は敢えて周囲に黙っているのだ。彼らの方で調べるにしても限度があるだろう。教師に尋ねても素直には答えないかもしれない。葦原は自室を施錠して明久のいる階に向かうと彼の部屋を訪ねた。出て来たのか彼の祖父だった。廊下の向こうに荷造りをしてるらしい段ボールが見えた。


「あの、すみません。葦原です。引っ越しをされると聞いて…」


明久を通して彼の家族とは面識がある。無事に聞き出せるといいが…。半ば祈るような気持ちで返事を待つ。


「うん。4日後の朝から出るよ」


「出発を見送りたいんです、何時ごろ、どんな交通手段で出るか教えていただけませんか?」


「ちょっと待ってて。俺あまり詳しくないから女房に聞いて来る」


そう言って彼は家の奥に行った。リビングルームの方から制服姿の明久が牛乳を片手に顔を出した。葦原はドキッとする。彼がひらひらと手を振るので葦原も手を振り返した。それから何も言う事もなくどこかへいなくなる。血色は良さげで目に見えて顔色が悪いとかそんな様子ではなかった。


やがて彼の祖父が現れると出発する新幹線の名前と時間を聞いた。葦原は頭を下げてお礼を言うと自室に戻ってそれを中田に伝えた。


「はあ…」


せめて一言ぐらい言ってくれても良かったのに。葦原はそう思いながらソファにゴロンと寝転がった。


「ふぎゅっ!」


ソファから息苦しい声が聞こえて葦原は飛び退いた。目をやるとそこにはひよこ柄の甚平を着た明久がいた。廊下からエレベーターを経由して自室に帰ってる間に制服から着替えて葦原の部屋に入って来ていたのだ。以前もそうだったが明久がいつ部屋に来てもいい様にベランダ側の鍵は常に開けてある。最近は玄関から出入りしていたので油断していた。


「ご、ごめん…」


「いいよ。それより僕に何か用事?」


引っ越しについて…は当人から聞きたいものの敢えて黙っているのだ。とても聞きづらい。葦原は少し考えて答える。


「ううん。最近遊びに来ないから元気にしてるかなって。それより、その甚平とても似合ってるよ」


「でしょー。えへへ」


明久が体を起こすと葦原が隣に座る。彼は葦原に持たれかかり腕に頬ずりする。少し前に会った時よりは元気になった様に見える。別れの心の準備ができたからだろうか。葦原は彼の頭を撫でた。


それからはお互いに一言も離さず黙っていた。明久は葦原に寄りかかりながら彼の右手を左手で握る。


「…ねえ、葦原さん」


「うん?」


しばらく間が空く。何を切り出すのか葦原は明久の唇を注視して次の言葉を待つ。


「あの男の匂いがする」


もしかしなくても澳原の事だ。葦原は困惑した。今日の彼は香水をつけていなかった。部屋にあるのは彼の作業着のみである。


「あいつとは関わらない方がいいって言ってるのに」


明久と澳原が直接出会ったのはつい最近の事のはずである。澳原がビジネスパートナーとして彼の父と会ったのは明久が不在の時のはずだ。だから初対面時は彼に対して声を荒げたりしたと考えられる。明久は直観的に澳原を危険人物として認識したと考えていた葦原だったが、あるいは父からする匂いに紛れる彼の匂いに覚えがあり彼の素性について何か知っているのかもしれないと考え直す。


しかし明久が引っ越す事実は彼の気遣いがなければ知る事は出来なかった。明久は黙ったままいなくなるつもりなのだ。素性は今だってどうでもよかった。葦原は澳原については何も言わず明久の頭を撫でていると彼は膝に頭を乗せてごろんと横になる。すりすりと頭をこすりつけて眠たげに目を閉じた。


「…明久君、近々どこかへ遊びに行かない?」


「うん?うーん…。いいね」


「行くならどこへ行きたい?」


「明後日の晩、隣町で花火大会をやるんだよね。いい絶景ポイントあるらしくてさ。そこに行きたい」


「うん。行こう。絶対に」


「?」


明久とはもう会えなくなるかもしれない。そんな考えが過って葦原は少し泣きそうになる。少し声が震えていたため明久は首を傾げて葦原の顔を見る。彼はいつもの様に微笑んだ。


最近ゲームはやってないんだけど、過ごしやすい気温になってからとにかく眠くて執筆が遅くなりがち←

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