第6話 明久の友達
阿須アイランドを満喫する2人。西方の唐突な提案でお化け屋敷に入る事になってしまった。本当は怖がりの葦原は果たして最後まで耐える事ができるのか…?
西方と葦原は受付を済ませてお化け屋敷に入った。まずは病院のロビーの様な場所に座って全員で映像を視聴する。参加者は肝試しに呪われた廃病院へやって来た大学生と言う設定らしい。日中に置いて来たとされる病院の霊安室に置いてある蝋燭に火を灯して帰って来ると言うのが参加者の目的になるようだ。
映像では肝試しを企画した先輩が既に先行している。しかし戻って来ないので後輩より先に自分達が行く事になった。そんな流れだ。スタッフに手燭(蝋燭は電気式なので風で消える事はない)を手渡され次々にグループが入って行く。
「ううう…」
「雰囲気あるなあ。瑞穂、大丈夫?」
「うん…」
このまま順番が来なければいいのに。葦原はそわそわしながらそんな風に思った。初めから素直に怖いと言っておけば良かったのかもしれないが、西方がこんなにワクワクしていては今更怖いからやっぱり帰りたいなんて言えない。一応途中でリタイアできる様にしてあるらしいが…飽くまでこれは最終手段にしておこう。葦原は待ち時間の間にあれこれと考えを巡らせた。
やがて葦原達の番が来た。手燭を受け取ると葦原は唇をキュッときつく結んでいつもより西方にひっついて歩く。ロビーを抜けて案内に従い地下の霊安室へ向かう。雰囲気を損なわない程度に順路は分かり易く作られている。
「阿須アイランドが埋立地に作られたからそれもそうなんだけど、この廃病院は基本的に新築なんだ」
「何か含みのある言い方だね」
「このお化け屋敷の病院にはある実在したモデルを参考に作られているんだ」
「モデル?」
葦原は怖い想像をしてしまう。お化け屋敷の参考にする病院なのだ。何か曰く付きだとか、事件があったとか不吉な内容に違いないと思わず身構える。
「いやあ、そう怖がるなよ。別にモデルになった病院は雰囲気が怖かったってだけで殺人事件が起きたとか、死者が大量に出たとかそんな話はないんだ。阿須アイランドの創設者が昔通っていたってだけだよ」
それを聞いて葦原はホッとした。
「だが幽霊を見たって噂は絶えなかった」
「ひっ」
「別に墓地があったって場所の上に建てた訳でもないんだけどな。死期の近い高齢者や病人、高熱を出した大人や子供が誰もいない所で話す所もよく目撃された」
「ど、どうして…」
「さあ。人によって服装も性別もバラバラで一貫性がないんだ。でも大体決まってこれからどこか遠くへ行くって言うんだとよ。不気味ではあるけど患者達を怖がらせる様な真似はしなかったようだ」
「安心させようとしたのかな」
「まあ少なくとも悪意がある様子じゃなかったみたいだ。阿須アイラインドの創設者は幼くして亡くした兄と会ったらしい。何か思う所でもあったのかもな」
「何もお化け屋敷にしなくても…」
「創設者の出身の地元は過疎化が進んでてな。廃病院は潰れた後も手付かずでしばらく放置されたんだ。でも道路が開通する際に取り壊しが決まった。それで設備の一部などをこっちに輸送して形だけでも残す最善の方法がお化け屋敷として活用する事だったとか何とか」
病院を丸ごと再現するぐらいなので思う所はあるのだろうがやはり腑に落ちない葦原なのだった。このお化け屋敷で本物の幽霊を見た、オーブが動くのを見た、写真に幽霊が映ったなど後に噂を聞く事にはなるが目立ちたい手合いも少なくないので信ぴょう性は今一つな所。
比較的近年に作られたとあって廃病院になりながら新築感は否めないものの作り込みはかなりおおがかりで雰囲気がある。葦原はまるでそう言うゲームをしてるみたいに「これはこういう設定なのかな、あれはこういう物語背景があるのかな」なんて考える余裕が出て来た。
ライトによる雰囲気の演出はあるものの思ったより死体がバっと飛び出したり生首が落ちて来たり…なんて事は特にない。落書きの跡があるのは少しそれっぽい。
「…そこそこ歩くけど、思ったより何もないね」
「こういうのは緩急が大事なんだ。ホラー映画でもそうだろ?クリーチャーがただただ長々と画面に映ってたら次第に慣れて怖くなくなる。登場や活躍も大事だけど登場しない間の取り方が重要なんだ」
「好き好んでお化け屋敷には行かないし、ホラー映画も普段から見ないから分からないよ」
「まあ瑞穂は雰囲気で楽しむだけでいいんだよ」
そもそもホラーを楽しむと言う考え方が理解できないと頭で思う葦原だった。途中途中天井が崩れて霊安室まで迂回せざるを得ない事があり、その途中で外で待ってるはずの設定の後輩の顔が鏡に映ったり叫び声が聞こえたりした。葦原は事ある毎に飛び跳ねたり転びかけたり西方に抱き着いたりするので、とうとう観念して怖い物が苦手な事を自白した。西方は最初から知っていた様だが。
西方も驚いたりはするが葦原ほどリアクションは大きくない。造詣が素晴らしいとか、どういう仕組みになっているんだろうとか、思わず笑いだしたりと葦原には西方という人物が良く分からなくなった。
霊安室に到着して無事に燭台に火を灯すとおどろおどろしい特殊メイクをしたスタッフに追われたり、暗がりでブニブニした何かを踏む部屋を通ったり、目の前にリアルな人間の体のパーツがそれぞれ落ちて来たり葦原は叫んだり飛んだりと忙しそうにしていた。
涙目で着いて来る葦原に西方は困惑した。
「リタイアのための出口はすぐ近くにあるんだから、無理しなくてもいいんだぞ?」
「もう少し…頑張る…」
その後、色んな道を迂回し続け最後は廃病院で動くはずのないエレベーターに乗って1階へ帰る。途中で電気が落ち、ワイヤーが切れる音とガッシャンと言う音が鳴って出口に着いた。葦原は結局最後まで付き合いげっそりとしていた。
「よく頑張ったな。どこか喫茶店にでも行ってゆっくりしようぜ」
「うん…」
しばらく時間が経つと葦原もやがていつもの調子に戻った。それからコーヒーカップに乗ったり、ジェットコースターにのったり、観覧車に乗ったりした。遊び疲れた所でコインロッカーに忘れ物しない様に荷物を取りに行って出口へ向かった。葦原はふと思い出して樋口や澳原にもお土産の阿須アイランド限定クッキーを買って行った。
帰りは楽しみにしていたフェリーに乗る事になったが葦原はくたくたで車内では殆ど寝て過ごした。西方も無理に起こしたりせず夕食に寄った店で起こすぐらいだった。
本人は大丈夫だと言っていたがぼーっとしている様子だったので西方はキンポウゲの彼の部屋まで連れて行った。彼の足取りは不安だったがさすがに自分の足でベッドまで歩けない程の様子ではなかったのでドアの前でお別れする事になる。
「今日はありがと…とても楽しかった」
「おう。俺も楽しかった。また機会があったら行こうな」
「うん。…でも次はお化け屋敷はいいかな」
「ははは。まだ怖いなら添い寝してやろうか?ん?」
「ううん…何だかとても眠くて怖いとかそういうのが介在する余地がない感じ」
「そりゃ良かった。しっかり休んでな」
「うん。今日はありがとうね」
そうして別れた。葦原はお土産をソファに置くと辛うじて保っている意識を引きずって歯を磨くとシャワーを浴びるのも忘れてベッドで横になった。
「ははは、最初見た時は分からなかったよ。だって、私より大きくなってたから…」
葦原さんが笑う。
「そういう葦原さんは変らないな。あの日から時間が止まったままみたいだ」
僕は葦原さんを抱きしめた。彼は少し驚いた様子だったが静かに僕を抱き返してくれる。本当に彼は変らないな。彼のどこか疲れた眼差しも、この弱弱しいハグも、香りも。今でもスパゲッティばかり食べてるのかな。
懐かしいあの日々を思い出して僕は思わず抱きしめる力を強くする。
「明久君…?」
「…葦原さんがいなくなってからの日々は何もかも色褪せてた。将来のためって自分に言い聞かせてたけど、何もかもが退屈で辟易してた。ただあなたに傍にいて欲しいだけだった」
「…………」
彼は何も言わない。僕は彼の首筋のあたりに顔を埋めて息を吸う。懐かしい匂いが僕の理性の何もかもを焼ききってしまいそうだ。何年もお預けを食らって、今更どうして我慢できるだろうか。できるはずがない。
「葦原さん、キスの理想の身長差ってどれぐらいか知ってる?」
「え?えっと…分からない」
「12cmぐらいが理想なんだって。…今の僕達の身長差がちょうどそれぐらいかな」
そう言いながら僕は葦原さんの右手首を左手で握って壁際に追いやる。首筋、髪の毛、耳。深く息を吸い込みながら顔を上げる。葦原さんは戸惑いながら僕の目を見る。葦原さんの耳の下から顎の下に撫でる様に手を入れる。
「葦原さん。僕はもう気が遠くなるほど我慢して来た。もう待てない。あなたが欲しい」
「えっと…でも…」
顔を近付けると彼は余所を向いて視線を逸らす。僕は彼の耳元で囁く。
「あなたは今でも僕の中にあの頃の僕の面影を重ねている。今の僕を見てくれない。あの頃から持っていた気持ちなど、とっくにお見通しだっただろうはずなのに」
「明久君…」
「あなたを忘れた日などただの1日もなかった。毎夜、毎夜、胸から吹きこぼれる情愛の炎がこの身を何度も何度も焼き焦がした。飢え渇いてもあなたはどこにもいない。あの日の思い出に縋って今日まで生きて来た」
葦原さんは目をきつく瞑っていたがやがて潤う眼でこちらの目を見る。まるで肉食動物に追い詰められた草食動物が許しを乞う様な弱弱しい目つきだ。
「…私の元から去ったのは、君の方だろう?それを、今更…」
僕は強引に葦原さんの唇を奪った。たった数秒が永遠の様に感じる。何にも代えがたい何かが自分の中に流れ込み、満たされていくのを感じた。
「もうどこへも行かない。死んでも離さない」
「勝手な事ばかり言うよね…」
涙を流しながら熱の籠った眼差しをこちらに向ける葦原さん。お互いにしばらく黙っていたが彼は僕の方を向いたまま目を閉じると、僕はまた彼と唇を重ねる。拘束していた右手を離すとお互いに抱き合っていつまでもそうしていた。
…明久は起きた。しばらく天井を眺めてぼーっとしていたがやがて掛布団を蹴る。
「暑い…」
それから起き上がる訳でもなく寝る訳でもなくぼーっとしているとかいた汗のせいで寒くなって来た。毛布を1枚被る。そうやって過ごしていると今度は暑くなって来る。明久はもう寝室に居心地の良い微睡みは訪れないのだと理解して体を起こした。時間を見ればもう10時前だった。
リビングルームに向かうとテーブルの上にはトーストが置いてあった。上にレタスと目玉焼きが載せてある。それを食べて牛乳で流し込むといつもの様にベランダから這い上がって葦原の部屋に向かった。
室内に入るが葦原の気配はない。祝日なので仕事ではないはずだ。ソファの上に紙袋が置いてある。阿須アイランドのロゴマークが入っていた。中身は想像がつくが勝手に触っていい物ではない。明久は寝室に向かった。するとベッドの上で静かに寝息を立てて寝ている葦原がいた。
明久は膝立ちで彼の寝顔を眺める。
「…ん?」
明久の気配に気付いてか葦原は目が覚めた。目をぱちぱちとさせて明久の目から隣の時計に目をやると思わず跳び上がる。
「わあああああああっ!遅刻、遅刻!」
葦原はドタバタしながら服を着替えだす。明久は欠伸をすると葦原のベッドの中にもぐりこんだ。葦原が靴下を履こうとして転んだ。明久は葦原に聞こえる様にできるだけ大きな声で言う。
「今日祝日ですよ、葦原さん」
「えっ!?…あっ、ああ。そうか。そうだった」
元々から阿須アイランドに出かけた翌日は休暇にしていた。それを上司に話すと「その日はそもそも祝日だし」と言われていたので改めて休暇を取る必要がなかった事も思い出した。やがて落ち着くと明久におみやげの猫太郎重里のぬいぐるみを渡した。彼はそれを受け取るとぴょんこぴょんこと跳んで喜ぶ。
葦原はご機嫌な彼を横目に朝ごはんを作りに厨房へ向かった。明久はソファの上で猫太郎重里を抱きしめながら静かに葦原が料理を作る音に耳を傾けていた。
学校のチャイムが鳴った。授業は終わってそれぞれの生徒が次の授業に備えてのんびりとしているが明久はまだ先程の授業の教科書を置いたままぼんやりしている。そこに比奈巴がやって来た。
「明久、もう授業は終わったよ」
話しかけても返事をしない。無視していると言うよりは聞こえていない様だ。
「ヴェイ!」
中田が明久の肩を叩いた。
「痛っ…。何?」
「何じゃねえって。もう授業終わったぞ」
「ああ…」
明久は気のない返事をして黒板の内容が消される前にノートに書き写す。ここ最近の明久はずっとこんな様子である。今更珍しい事ではない。しかし比奈は肩を竦めてため息を付く。
「また葦原さんの事考えてたの?」
「ん?うーん…どうだったかな」
実際の所を言うと今日はゲームの生配信を夜通し視聴していたせいで眠たいだけなので日夜葦原の事ばかり考えている訳ではないのだが、比奈は心配している様子だった。次の授業の準備を済ませると教科書に目を落としたまま動きを止める。
2人は諦めて明久の元を離れ坂本浩の席へ向かう。
「ねえ、やっぱり葦原さんって人に何か問題があるんじゃない?」
比奈が顎に手をやりながら言う。
「問題って?」
坂本が尋ねる。
「つまりその…何か良くない関わり!最近は犯罪も巧妙化してて怖いじゃん」
「会った時は特に変な所とかなかったけどな」
中田は葦原と会った時の事を2人に話す。しかし納得がいかない様子で比奈は腕を組みながら言葉を返す。
「大体、見るからに犯罪者っぽい人ってそういないんだよ。本当の危険人物って言うのはね、パッと見は普通に見えるものなんだ。調査する必要があるんじゃない?」
「へー。本当の危険人物はぱっと見は普通に見えるって情報はどこソース?」
「言葉の尻を捕らえない!要するに第一印象だけじゃ善悪はわからないって話!」
中田を通じて葦原の部屋はキンポウゲの明久の真上の階にある事は既に聞いている。比奈は明久のためにも実際に会って確かめるべきだと言って聞かない。本当に危険人物なら遭うのはまずいんじゃないかとも坂本は伝えたが、証拠がなければ警察は動いてくれないと比奈は譲らない。
結局、比奈と中田が葦原の家を訪ね何かあった時に備えて坂本は家の外のトイレで待機して万一に備える話になった。放課後になると明久とは別のルートから葦原の家に向かう。
「…なあ、もしかしなくてもこれって不法侵入なんじゃないか?」
坂本が頭を掻きながら言う。
「大丈夫だって。いざとなったら明久の家に遊びに行ってるって言えばいいんだし」
エレベーターを使って葦原の部屋のある階へ到着すると急ぎ足で向かう。途中で大柄の中年の女性に呼び止められた。
「あんた達、ここの住人じゃないね?このマンションの住人に何か用事?」
地声なのだろうが何か人を威圧する様な凄味のある声である。対応の言葉はそれぞれ浮かんでいたが喉から出て来ない。ずん、ずんと近付いて来ると比奈がやや上ずった声で発言する。
「た、歎夜明久って人に用事があって来たんです!」
「歎夜…明久…。ここの下の階住みだよ」
「あ、ありがとう…ございます」
そう言って踵を返すとその女性は彼らの背中に言葉を投げる。
「…同級生かい?変だね。一緒に下校しなかったなんて」
「「「うっ」」」
非常にまずい。彼らは冷や汗をかく。その場しのぎの事を言えば歎夜明久は風邪で学校を休んでいたと言えばいい。しかし彼らの背後にいる女性の正体がまだはっきりしない。単に近所の人物ならいい。しかしもし大家さんだったなら…下手な事を言って嘘がバレればそれを理由に警察に通報されかねない。
「答えられないのかい。へえ。怪しいねえ?」
声色からその威圧感が増す。非常に非常にまずい。彼らが必死に頭を回転させていると彼らの後ろ、更に女性の後ろから声がかかった。
「何かありました?」
葦原だった。中年女性が振り返る。聞き覚えのある声に中田も振り返った。葦原は中田の顔を見て少し驚いた。
「ん?ああ、怪しい子供達がマンションをうろついてるもんでね。何を企んでるんだか」
「…ああ。えっと、彼らを読んだのは私です。私の客人です」
中年女性はギロリと葦原を睨む。
「おかしいね。この子達は明久って子に用事があるそうだよ」
葦原が視線を落とした。背後からひょっこりと明久が出て来る。女性…大家さんは首を傾げた。彼女は反対側のエレベーターからこの階に来たのである。その時は一緒に明久がいた。反対側は比奈達が使っていた。彼がここにいるはずがない。
ベランダから上り下りしているなんてとても言えないので大家さんが若干混乱してるうちに葦原は話を畳みかけようとする。
「皆で勉強会をやる事になってたんですよ。一応私も大学を卒業してるので力になれるかと思って。だよね?」
「う、うん。そう、そうなんです。先生の説明が若干不親切で…」
大家さんはイマイチ腑に落ちない様子だったがひとまず納得してくれた様で「それなら最初からそうと言っとくれよ」とだけ言って去って行った。その後姿がエレベーターの中に消えていなくなったのを確認して葦原はため息を付いた。
「明久君に用事があるんだって?」
「えっと…明久というか、葦原さんに…です」
比奈が言う。葦原は首を傾げた。
「そうなんだ。えっと…何も聞いてないから茶菓子もないけど…。こんな所で立ち話もなんだしどうぞ上がって」
そうして葦原は明久の友達3人を自宅に招き入れた。
ホラーゲームで遊んでたら投稿が遅れてしまった←