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第2話 ハイキング

バーチャルワールドで繋がった友人、ポン太こと明久は真下の階に住む住民だった。親の手に余るやんちゃさではあるが葦原の所で大人しくしてる事が分かれば安心と言う事で半ば頼まれる形で仲良くする事になった。

そんな2人の家に新たな来訪者が現れる。

葦原達の住むマンション、キンポウゲをややテンション高めの男が歩いている。彼の名前は西片敦にしかた あつし。葦原の学生時代友人である。彼の足取りはまるで恋人の住む家を訪れるかのように軽やかな物だった。


ガチャリ、彼は葦原の住む部屋を開けて中に入る。


「瑞穂〜!俺が遊びに来たよ!」


西片の目に映ったのは膝の上に寝転がる美少年を乗せて読書をする葦原だった。これはアカンやつ!西片は青ざめてスマホを取り出す。明久はシャチホコみたいなポーズで足に履いたスリッパをシュートして西片の手に持つスマホを撃ち落とした。


「ほげえ!何と言うエイム力!」


明久は体勢を戻しつつもう片方のスリッパをシュートできる様に西片を見据えている。


「敦、来る時はいつも先に連絡してくれと言ってるよね?」


「葦原の驚く顔が見たくてね。それで、誰なのこの子」


「ああ、この子は…ポン太と言えば分かるか?バーチャルワールドの」


「え?…ああ、あああ!この子がそうなの!で、何で君の家に?」


葦原は彼がここに来るまでの経緯を話した。西片は葦原をバーチャルワールドに誘った友人である。更に言えば明久とのコミュニケーション体験を宇宙人との交信体験と言ったのも彼である。


自分から誘っておいて冷めるのも早かった西片ではあるがたまに葦原や明久を含むパーティーでイベントに参加したりしていた。


葦原は明久に彼を紹介する。


「彼は西片敦。学生時代の友達なんだ。バーチャルワールドでのHNはガッティー。覚えてる?」


「ああ、あのリーダーの人。あの時はお世話になりました」


「いーのいーの。これからよろしくアッキー。台所借りるよ〜」


そう言って西片は台所に向かう。いきなりアッキー呼びされて明久は少し驚いた。


「うわあああああ!!冷蔵庫に水以外の物が入ってる!樋口か?樋口が来たのか??」


樋口は西片同様に学生時代の後輩であり友達である。葦原の家に時々顔を出すメンバーの1人だ。葦原はつい最近明久と一緒に買い物に出かけ、彼が料理するための食材を買ったのだと説明した。


「素晴らしい!アッキーも葦原瑞穂愛護団体に加入しないか?」


「お兄さん、愛護団体に保護されてるの?」


「敦と樋口さんは何故か私を天然記念物に認定して世話をしたがるんだ。明久君からも何とか言ってよ」


「アッキー、このか弱い生き物は保護しないと絶滅してしまう。君の力が必要なんだ。加入してくれ!」


「面白そうなので加入します」


「明久君…」


こうして葦原瑞穂愛護団体の理念に共感した明久が加入する事になってしまった。その後、明久は料理を作る西片を観察していた。葦原は西片の持って来たラーメン雑誌を読んで時間を潰す。


やがてできた料理を並べて食卓を囲むと皆で手を合わせて昼食を食べる。


「アッキー、瑞穂はちゃんと外出してる?」


「仕事と買い物の時ぐらいですね。大体は家にいますよ」


葦原の家からはも職場も近い。自宅を出て職場に行き、帰りにデパートに寄って帰っても歩行距離はどう多く見積っても3km前後である。更に彼は買い溜めして長らく買い物には行かないのでとにかく歩かない。


なので西片は度々葦原を誘って一緒に遠出したりする。今回も変わりない生活を聞いて西片は提案する。


「うし、今度ハイキングに行くか」


「えー」


葦原は乗り気ではなかった。彼の健脚ぶりはよく付き合う葦原がよく知っており、こうした誘いはヘトヘトになるまで振り回されたりするのである。


「アッキーもハイキングしてえよなあ!」


「別に…」


明久もインドア派なのだった。


「ぜってー連れてくからな♡」


西片はやると言ったらやる男だ。葦原と明久はグイグイ来る西片に説き伏せられてハイキングに出かける事になった。





キンポウゲを軽やかなステップで進む影が1つ。彼女は樋口実ひぐち みのり、学生時代の葦原の後輩である。彼の家の前で華麗なトリプルトゥループを決めると中に入った。


ハイテンションなまま廊下を進んで元気よく挨拶する。


「ただいま葦原さん!」


そう言う彼女の目に映ったのはエプロン姿の少年だった。


「あれ、葦原さんひょっとしてイメチェンしました?」


同じくエプロン姿の葦原がやって来た。


「樋口さん、来るなら先に連絡してくださいよ」


「んは〜っ!もうこのやりとり何年目かな。それでこの子は誰ですか?」


葦原は樋口に明久を紹介する。彼女は動画配信者なので割と最近までは一緒にバーチャルワールドをやっていた。サ終を見守る配信をやろうとしたものの仕事の都合で断念した。


彼女は彼女で別のグループのリーダーやってたのでゲーム内で一緒にプレイしたり明久と話す機会はあまりなかったがどう言う人物なのかはは聞いており何となく気難しい子だと言う認識である。


「こっちがポン太ってHNで活動してた明久君。こっちが1E+23ってHNで活動してた樋口さん」


「え、樋口さんが1E+23さんなんですか?いつも動画見てますよ僕」


「おん!?マジか、リアルで私のファンに会うの初めて。この界隈では珍しくないフォロワー数だから実際に会う事はないと思ってたお」


ファンサービスでいつも動画で喋ってる様な声のトーンで喋る樋口。声の調子が変わってるだけでテンションも口調もほぼ素なのは明久にとっても驚きだった。


樋口はスタスタと厨房に向かうと冷蔵庫の中を覗いた。


「ぎゃあああああああああ!冷蔵庫に水以外がある!さては西片だな!西片の野郎がここへ来たな?」


西片と同じリアクションをしている。葦原は明久が料理を作って食べさせたがるのだと説明した。


「えぇ~?マジですか、葦原瑞穂愛護団体のメンバー増えたんですね。そりゃ良かった」


「お兄さん、愛護団体のメンバーって何人いるの?」


「知ってる限り明久君を含めて4人」


「まだ後1人いるんだ…」


葦原は明久と料理をする事が増えたが、今日はせっかく食材も持って来たからと言う事で2人は樋口に厨房を追い出された。


しかし明久はその後も厨房に戻り樋口が料理する所を眺めていた。視線に気付いた樋口は明久に料理のいろはを教えたり実践させたりした。樋口はバーチャルワールドでは明久を無愛想な子だと思っていたが、実際に話すと起伏が乏しいだけで感情は豊かで意外に思っていた。


西片の時とは違い話しかけても問題なさそうな雰囲気だったので明久は料理をしながら樋口に尋ねる。


「お兄さんって昔からスパゲッティしか食べなかったんですか?」


「お兄さん?ああ、葦原さんね。昔は色々と作ってたんだけどね、前に勤めてた会社で多忙を極めた時期に何故かスパゲッティしか食べなくなったみたい」


「何でスパゲッティなんですかね?」


「自作ソースで味にバリエーション持たせられるかららしいよ。今は店の物を買ってるみたいだけど」


「そうですか…」


それからしばらく考え込む様に明久は黙っていた。料理の仕上げに入った頃に樋口の方から話しかける。


「私達も来れる時と来れない時あるからね、私達が不在の間は葦原さんをお願いね」


「んー…でもお兄さん、見た所僕がお世話とかしなくても何も問題なさそうですけどね?」 


まだ葦原の危なっかしさを目の当たりにした事がないだけなのか、彼を取り巻く環境がお節介焼きばかりなのか明久にはよく分からなかった。明久の率直な疑問に樋口は笑う。


「あはは、明久君が葦原さんと長くいれば長くいるほどわかる様になるよ」


「そゆもんですかね」


「そゆもん」


料理を終えて一緒に食卓を囲んだ。料理は得意だがやはり年季が違う分だけノウハウの差がある。明久は食事中も樋口のやっていた事を頭の中で反芻していた。


葦原は西片が皆でハイキングにいくつもりでいると伝えると「またか」と呆れていた。樋口も葦原や明久同様にあまり外に出たがらないが西片は突発的に何かをやると決めたら半ば強引に連れて旅行へ行くらしい。ハイキングへ行くのは稀だが。


「まあ西片がいないと私はずっと職場と自宅を行き来するだけになりそうだからね。彼のアグレッシブさには驚かされるけど感謝もしてるよ」


「私も出張中の彼ピも動画のマンネリ化をどうするか悩んでる所だしな〜。私も働き詰めで引き出しが枯渇きてるしリフレッシュして天啓でも得るかな」


「うーん…まあお兄さんが行くなら行く」


そうして成り行きで全員が行く事になった。





森に囲まれ道を6人乗りの車が走る。運転席に西片、助手席に樋口、すぐ後ろの後部座席に葦原と明久がいる。西片と樋口は終始何か話をしていて、葦原は外の風景を眺め明久は葦原にもたれかかってうとうとしていた。


「次のコンビニを過ぎるとしばらくはトイレ行けないけど大丈夫?」


西片が全員に尋ねる。


「おん、問題ないよ」


樋口が即答する。葦原は半分寝ている明久に尋ねると尿意を感じると言うので寄る事になった。それぞれコンビニで用事を済ませて車に戻ったが明久はまだ買い物中らしく車に戻っていなかった。


「グッチーはまだ動画配信者やってんの?」


西片がミント味のガムを口に運んで樋口に尋ねた。


「おん。まだやってるお」


樋口は基本的に年上には敬語を使うが、学生時代の西片の無神経さにキレて「おめーにゃ敬語使ってやんねー」と言って以降はタメ語で話している。


「飽きっぽいグッチーにしては珍しく長続きしてるよな」


「彼ピが一番のファンなんだもの♡企画を出し合ったり、動画を編集したり、1E+23と言うキャラクターを一緒に育ててる感あって楽しいんだ〜。西片も動画見てくれよ」


「動画は見てないけど音楽配信サイトに売ってたグッチーの耳かきASMRは買ったぞ」


「おい馬鹿やめろ」


「こっちのお耳もぉ〜くしゅくしゅ♡くしゅくしゅ♡」


「やめろぉ!!!!」


樋口が西片の右腕をバシバシと叩いていると明久が戻って来た。再び車を走らせる。周りは見渡す限り緑だ。山、森、川。まるで自分達が小さくなってしまったかの様に錯覚してしまうほどの雄大な自然の中。葦原はうっとりとその光景を眺めた。


明久はと言うとスマホを少し確認するだけで後はまたうとうとと眠そうにしている。葦原は明久がこの風景を楽しめないのを少し不思議に思った。


「明久君は家族旅行とか出かけたりするの?」


「うーん…年に数回ぐらいは」


「どんな観光地に行くの?」


「分からない。会社見学だったりイベントだったり。ついでに温泉行ったり会食したりするよ。いつもどこへ行くかは重要じゃないんだ」


明久は窓の外に顔を向けて言った。彼の言う旅行は家族旅行と呼べるのか葦原は疑問に思う。家族と会った時は問題なく感じたが、そう簡単でもない複雑な家庭環境がある様だ。


「じゃあ、山登りとかは新鮮な体験になるんじゃないかな」


「…僕は人工のジャングルって感じで都会の方が好き」


喜びを分かち合えないのは悲しいがそれでも明久が付いてきたのは葦原と一緒にいたいからである。葦原は「そっか」と短く返すと、何とか明久にこの旅行は楽しかったと言ってもらえる様にあれこれと考えた。


明久が寝たのを確認してから樋口は葦原に話しかける。


「どんまいですよ葦原さん。手元の映像と音楽で気軽に世界旅行が楽しめる現代ですもん。現代っ子には自然観光やハイキングは最早渋い趣味なのかも知れませんね」


「こんな事で老いを感じたくなかったなぁ…」


「諦めるのは早いって瑞穂。インターネット黎明期を過ごした俺らが大自然を楽しめるんだから明久だって実際に触れて見て感じたら考えも変わるよ」


西片は熱弁する。


「そう…だね。私や樋口さんがそうだった訳だし」


「今日は明久君に大自然を大好きになってもらうぞー!」


葦原も気を引き締め直した。





西片は目的地の駐車場に車を止めた。樋口は車を降りて背伸びし、葦原は明久を起こす。


「そう言えば西片、今回澳原おきはらは誘わなかったんだね」 


「電話繋がらなかったしなー。どこで何してるやら。グッチーも連絡ないの?」


「いんやーないね」


澳原薊おきはら あざみは前の会社に勤めていた時の葦原が路上で刺されて倒れていた所を助けた男性である。素性は知れないが命の恩人である葦原に恩義を感じてるらしくその出来事以降はたまに葦原に会ってご飯を食べに行ったり高いお酒を飲みに行ったりする。


ノリは良いので樋口や西片とも友達にはなってるが未だに誰に刺されたのかもどうして刺されたのかも分からず、神出鬼没で得体の知れない雰囲気があるので2人が警戒してる人物でもある。ここ数か月は葦原も会ってないらしい。


「眠い…」


随分と長い間寝ていたのにまだ眠いと言う目を半開きにさせた明久が車から出て来た。葦原は帽子を被ると明久を待ってから歩き出す。


西片によればハイキングは2時間ほどかかるらしい。勾配はなだらかな場所が多く運動不足な人にも初心者にも安心なコースである。足場の悪い所ではお互いに声をかけあって注意したりした。


ハイキングコースの半分より少し手前で休憩してお茶を飲んだりする。樋口は写真を撮って回り、西片はガンシューティングゲームのオリジナル銃に辛うじて出てきそうな謎の物体を手に歩き回っていた。


「あれ何?」


明久が西片を指差して葦原に尋ねる。


「あれはハンディマイクだよ。西片は生活音や自然環境音を時々ああやって録音して、それの音だけ使って音楽にするサンプリングミュージックって言うのを趣味で作っているんだ」


「サンプリングミュージック…」


葦原は明久に西片の作るサンプリングミュージックを公開している動画のURLを送った。読み込みにやや時間がかかったが彼はそれを再生して耳を傾ける。しばらくしてニコリと笑った。


「僕、これ好きかも」


「うん。私も好きだ。西片はあんな風に旅行へ行く度に各地の音を集めているんだ」


「ふうん…」


そんな会話をしているとゴウッと風が吹いた。椅子に置いてた葦原の帽子が風に吹かれて少し高い所の枝に引っかかった。


「まずいなぁ。どこかに長い棒とかないかな」


葦原が困って近くを探そうとすると明久は枝と木を眺める。


「うん、あの程度なら行ける」


そう言うと彼は素早くあっという間に葦原の帽子の引っかかってる枝まで登った。葦原は驚いて慎重に降りる様に言おうとするが間に合わず明久は身長の2倍以上ある高さから受け身を取って着地する。


「あああ、危ないよ!」


「危なくないよ。はい帽子」


何事もなかった様に帽子を渡す明久。葦原はお礼を言って帽子を受け取るが彼の身体に怪我がないか確認する。多少身体を擦った場所があるぐらいで怪我すらない。


「マンションの時もそうだけどあまり心配させないで…私の心臓が持たない」


「大げさだなあ」


向こうからバタバタと樋口が駆け寄る。


「ちょちょちょ、明久君大丈夫?!怪我はない?!!」


葦原と全く同じ事をする樋口。やはり怪我はない。


「え、あの高さから落ちて擦り傷も打撲もないの…?」


彼女も困惑した。3人で集まって騒いでるのでサンプリングを終えた西片もやって来た。彼には葦原の方から説明する。明久は腰に手をやって口を尖らせた。


「僕、幼少期を山中で過ごしてました。娯楽と言えば木登りとアスレチック遊びと読書ぐらいで祖父母に散々鍛えられました。今更この程度の高さから飛び降りたって怪我なんかしませんよ」


3人は驚いて顔を見合わせた。明久が自然に興味関心を抱かなかったのは都会生まれの都会育ちだからではない、田舎生まれの田舎育ちだったため見飽きていたのだ。


褒めてもらえると思っていた様で期待が外れて不貞腐れる明久。慌てて葦原はお礼を言う。


「まあ、でもお気に入りの帽子が戻って良かったよ。ありがとうね、明久君」


「どういたしまして」


明久はプイとそっぽを向く。その後、皆で明久を師匠と呼んで囃しているとそのうち機嫌を直してくれるのだった。


前作からの箸休めと言う事で書き出した本作、馴染みのない都会を舞台にしてしまった事と日常系である事も重なり調べ物も多く設定や話の再調整などもあり執筆も校正も進まないッ!やっちまった


何だろう、うん、ガバガバなお話にツッコミ入れながら生暖かい目で見守ってもらえたら幸甚に存じます、はい

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