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後日談2 皆で旅行


「すみません、今日は何というか押しかける形で」


比奈が言った。


「いーよ別に。こういうのは大勢の方が楽しいからね」


西方がハンドルを握りながら言う。あれからしばらく経って夏休み。それぞれの都合が合ったのでどこかへ旅行へ行く事になった。初めは葦原、明久、西方の3人で行くつもりだったが樋口も予定が合ったので4人。明久が中津町へ旅行へ行くと言うと比奈や中田や坂本も興味を示したらしい。


中津町はつい最近ネットで話題になっている所で観光地が賑わっている。病気が治った、受験に受かった、恋が成就した、無くし物が見つかったなど真偽は不確かだがそんな話が出回っている。その他にも幽霊や妖怪を見たと言う噂もある。


「敦、本当に幽霊とか妖怪とか出る宿とか取ってないよね」


「取ってないって。今晩そこに泊るんだから、金縛りとか遭って体調不良になったら明日摩多々山に登れなくなるだろ?」


「まあ、そうなんだけどさ」


阿須アイランドの一件でそういう所を予約しててもおかしくないと思っているのだ。しかし西方は葦原が頑張って体力をつけて来たので皆で摩多々山の中腹まで登りたいと言う気持ちは本当らしくむしろそうした噂の無い場所を選んでいた。とは言え妖怪を観光の強みにしている場所も少なくないので結果的にあまり有名でない民宿に泊まる事になった。


「まあ何が出ても葦原さんは僕が守るよ」


前から2列目の席に座る明久がニッコリ笑う。


「大した自信だナ。河童とか出たらどうすんの?相撲でもするの?」


後部座席の坂本が笑いながら言う。


「体格が同じぐらいなら多分負けない」


ファイティングポーズを取ってブンブンとジャブの真似をする明久。


「でも中津町の河童は成人男性よりでかくてすんごい筋肉質らしいぜ」


後部座席の中田が言う。明久は腕を組んで考える。


「じゃあ皿を金槌で叩き割る?」


明久の隣に座る比奈がため息を付いて肩を竦めた。


「あのねえ…。河童は金属が苦手なんだって。下手な物を持ち歩けば銃刀法違反になるし安全ピン辺りを買っておけばお守りになるんじゃないかな。間違っても真っ向から争おうなんて考えちゃ駄目だよ。妖怪は強くて狡猾なんだから」


「そうそう!妖怪って言うのはやっぱり弱点を見つけて対処がセオリーだよね!でもさー、ちょっとだけ会ってみたくない?」


樋口が身を乗り出して前の座席にいる比奈の両肩を掴む。


「わあっ!やめてくださいよ、もう!…でもまあちょっと期待しちゃいますよね。妖怪との遭遇」


しばらくはそんな話題で盛り上がっていたがやがて皆疲れて眠ってしまった。葦原もうとうととしていたがコーヒーを飲みながら頑張って寝ないようにする。外は既に暗い。目的地まではまだ遠い。西方が笑った。


「寝ててもいいのに」


「こういう時、話し相手がいないと運転きついって聞いた事ある」


「俺は1人でドライブするの慣れてるし別に寝ててもいいけどね」


「本当に運転交代しなくても大丈夫?」


葦原は大学時代に運転免許を取っている。なので必要とあれば西方と運転を交代する事が出来た。しかし西方は首を横に振る。


「大丈夫だって。これより長い距離、長時間運転した事あるし。それに瑞穂はペーパードライバーだろ?」


「まあそうだけど」


結局は西方に運転を任せたまま民宿シカクマメに到着した。見た目は何というか古風な家だった。おどろおどろしいという程ではないがいかにも何か出そうな雰囲気だった。葦原は気にしない様にしつつ皆を起こす。皆で車から降りてロビーに向かうと幼い印象を受ける子がカウンターに立っていた。


西方はカウンターに立っている少年に主人の場所を尋ねると驚いた事にそのカウンターに立っている人物こそがその主人らしい。とてもそうは見えなかったが身分証を見せると既に成人してるらしい事が分かった。クラスメイトの中では身長が低めの明久よりも身長が小さい。


「…………」


明久が無言でシカクマメの主人の目を見ていると視線に気が付いて視線を返された。明久がふふっと勝ち誇った顔をすると主人は正面から見たゴールデンハムスターの様なきょとんとした顔をしていた。


「部屋を案内しますね」


カウンターから出て来ると胸に付けてる名札が見えた。名前は種々モロコシ(くさぐさ もろこし)というらしい。部屋は男性と女性で別の部屋を取って泊まる。素泊まりではあったがシャワー室はあった。それぞれ荷物を置いてシャワーを浴びると外食に出かけた。その晩はカエルの合唱で比奈と葦原は寝付くのに時間がかかった。





翌朝になるとシカクマメをチェックアウトして摩多々山に向かう。麓の売店で飲み物を買おうとするとそこに澳原がいた。


「おおー葦原君。奇遇だね」


明久が葦原の隣で澳原を睨む。


「どうして中津町に?」


「この町は空気がとても美味しいんだ。来た事もないのにまるで自分の故郷の様な気持ちになる。葦原君もそう思わない?」


葦原は目を瞑って中津町の空気を全身で受ける。


「そうかもしれない」


「どうせ適当な事を言ってるだけだよこの人」


明久が目を半開きにして呆れた様な声色で言う。澳原は涼し気な顔で仕事に戻った。それぞれが買い物を済ませる中で中田が何も買わずにお土産を眺めているのに明久が気が付いた。彼の傍に行って視線の先を見ると壁に張られたお面があった。お面のデザインはパターンが豊富だ。しかし大きく分けて白と黒で描かれた物と黄土色をベースに様々な模様を描いた物がある。


この店にはヒョットコや鬼の面やアニメキャラのお面などは売ってない。店のスペースを大きく取ってこれらだけしかない。中田は気になる様で1つ黄土色の面を手に取るとそれを眺める。


「それ、気になる?」


声をかけられた。2人が目をやるとほっそりとした成人男性が立っていた。


「変なデザインのお面ですよね。何なんですかこれ」


「それはコムロの面だね。この町では7才までの子供を連れ去る鬼がいたんだ。その鬼から隠れてやり過ごすために作られたのがそのお面。まあ魔よけのお守りみたいなもんかな」


中田はもう1つの白黒のお面を取ってその男性に見せる。


「せっかくなのでお土産買おうと思うんですけど、こっちの白黒の面とじゃどっちの方がいいですかね?」


「難しい質問だなあ。もう片方のお面はヒラツラミって言う神様のお面なんだ。ここの土地神様でね。被る事でヒラツラミの目となり耳となろうって言う日頃からお世話になってるこの町の神様への感謝するためのお面なんだ。だからご利益を期待したりお守りとして被ったり所持したりするものではないかな。でも町民としては1人でも持ってたり被ってくれてる方が嬉しいんだよ」


「そうですか…」


中田はしばらく考えたがしばらくして頷いた。


「じゃあ2枚とも買います」


「ありがとう!」


そうして中田はレジに並びに行った。明久はふふっと笑う。


「お兄さん、商売上手ですね」


男性の服装を見る限り明らかにこの店の従業員ではない。服は地元の服を買って着ているが振りかけている香水や腕時計は明久が知る限りでは都心でしか取り扱っていない物だ。明久はシカクマメにいる間に種々モロコシと一言二言話をしたが、彼は方言こそ使わなかったものの声の抑揚を聞いていてこの辺りの訛りを記憶している。


それは中津町にいる間ずっと耳にしていたがこの男性からはその独特の訛りが感じられなかったのだ。彼はこの町の人間ではない。しかしこの町に詳しい。余所から来てここに住んでいる人間だ。それでいて他の誰かに声をかけて商品の説明をする親切さを見せている。明久はただの客だとは思っていなかった。


「そうかな。ありがとう」


男性はにっこり笑った。


「知加良さん、すみませんちょっといいですか?」


近くの人の声がかかって男性はそちらの方へ行く。明久はその背中をしばらく見ていたが葦原に声をかけられて振り返る。


「どうかした?」


「ん?いや、あの人と葦原さんどっちが細いかなって」


「最近運動頑張ってるから私の方が太いんじゃないかな」


そう言ってガッツポーズ取って見せる葦原。明久は笑った。それから飲み物を買い忘れている中田のために1本多めに飲み物を買って店を出た。それからそれぞれ山に登る。今度はそれぞれがちゃんとした服装で来ているので体への負担は少ない。山を登りながら樋口は疑問に思った事を尋ねる。


「なあ西方~、思ったけどなんで摩多々山なんだ?兄山とか妹山なら摩多々山より標高低いから頂上まで登れたかもしれないし、ロープウェイもあるから頂上まで登ってバテても安心だったじゃん」


「いやあ、SNSでアップロードされてた景色がこっちの方が好みだったんだよ」


西方はスマホを取り出すと写真を樋口に見せた。崖近くで撮られた写真で映し出された大自然と町並みがとても綺麗だった。樋口も納得した。途中途中で何度か水飲み休憩を挟んだり塩飴を嘗めたりしながら少しずつ登る。以前より体力に余裕を残して歩けてる事に葦原も少し自信がついた。


葦原がベンチに腰を掛けて水を飲んでいると急に肩を叩かれた。明久かと思ったが彼は目の前で少し驚いた顔をしている。じゃあ誰かと思って振り返るとそこには猿がいた。


「!?」


猿に遭遇したら大声を出してはいけない。そう聞いた事があるのを思い出して驚きつつ声を殺した。猿は何を思ったのか葦原から帽子を奪うと素早くその場を走り去っていった。


「あっ」


明久はそれを見るなり素早く後を追う。


「待って、帽子はいいから!」


明久は葦原の言う事を聞かず素早く猿を追いかける。獣道をしばらく走って明久が猿に追いつくと、猿はその帽子を制服を着た少女に手渡していた。明久は気付かれない様に隠れて様子を見る。少女は帽子を受け取るとそれを頭に被った。


「ん…ありがとう」


猿はその場を去って行った。少女は初めから気付いていた様に明久の方を向く。少女は去り行く猿の後姿を眺めていた。


「すみませんね、うちの猿が迷惑かけたみたいで」


そう言って彼女はくるりと振り返り帽子を取って明久の方を向いた。隠れている事がバレたので大人しく出て行く明久。彼女は被っていた帽子を差し出すと明久に返した。それを受け取ると彼は首を傾げた。


「ここ、登山道じゃないよね?何でこんな人気のない山中にいるのさ」


そう突っ込むと彼女は顎に手を当てて考える仕草をする。


「ここだけの秘密にしてくださいね。私、実は一子相伝の格闘術の使い手なんですよ」


荒唐無稽に聞こえるが明久は目を輝かせる。彼女は明後日の方向にパンチやキックをしてそれっぽい構えをして見せる。制服姿とはとても思えない身のこなしだ。彼女は両手を胸元でクロスさせて「ふぅーっ」と息を整える仕草をする。


「修行中の私にはこの山と木の実と猿だけが友達なんです。納得していただけました?」


「すっごい納得した」


「ですよね。それではこの事は他言無用で」


「御意」


納得した明久は帽子をかぶって葦原の元へ帰る。


「駄目じゃないか、勝手にいなくなったら!もしも遭難でもしたらとても危ないよ??」


「ねえねえ、聞いて聞いて葦原さん。山奥でケモミミ女子高生が猿とが修行してた」


「ちょっと何言ってるか分からない…」


取り敢えず葦原は明久と勝手な独断行動しない様に約束した。それから山奥で見かけたと言う猿と修行していたケモミミ女子高生については聞いても明久は答えなかった。結局何が何だかよく分からないまま、とにかく帽子も明久も無事に戻って来たと言う事で登山が再開される事になった。


基本的には歩調を葦原に合わせる明久がやけに元気で先を歩いたので、葦原は皆のペースに合わせるのに苦労しながら頑張って歩いた。葦原は時々休憩がてらに足をとめてはスマホのカメラで写真を撮ったりした。


それからしばらく歩いた先にあった休憩ポイントの机を囲って皆で昼食をとる。西方は持って来た蚊取り線香を焚いた。明久は道中ずっと気になっていた事を西方に尋ねた。


「今日はサンプリングしないの?」


「サンプリング?」


中田が尋ねた。明久は西方が色んな音を集めて曲を作っている旨を説明する。


「いんや、今回はしない。今は曲を作る事より新作のインスピレーションが欲しいって感じ」


話を聞いていた葦原も話に入る。


「まだ根幹から足りない何かが分からない感じ?」


「ん?いや、前に作ってた曲は完成させたよ」


「「?」」


2人は首を傾げた。西方も2人のリアクションの意味が分からなかった。どうやら西方は曲を完成させた後にいつもの投稿サイトに動画を投稿するのを忘れていたらしい。予約投稿をするつもりが中途半端に設定したまま閉じて投稿したつもりになっていたらしい。改めてスマホで投稿した。


明久は改めてスマホで開いて西方の作ったサンプリングミュージックを再生する。比奈達も気になった様なのでボリュームを大きくして一緒に聞く。鳥の鳴く声に始まり、枝で木を叩く音、足で石段や腐葉土を踏む音…。少しずつ音が集まって自然に主旋律が流れる。


「いい…」


曲を再生し終えると比奈がぽつりとつぶやいた。


「勉強とかに集中したい時って何聞けばいいか分からなくて。歌詞有りだと集中できないし、クラシックは種類が多くて集中に適した曲がわからないし、でもこういうのなら自然にスッと集中できそう」


「うん。これは僕も好き」


明久がニッコリ笑って言う。西方は特に限定公開したり他の誰かに広めて欲しくないなどは特にない様なので明久は動画のリンクを比奈に送った。中田も好みだった様だが坂本はいまいちピンと来ない様子だった。


「俺はどっちかと言うとエレクトリックな曲がいいかなぁ」


「お前ゲームのサントラとか好きだもんな」


「いやまあ…そうだけどそうじゃない」


お互いにそんな感じの話題で盛り上がりつつ長らく利用すると他の登山客に迷惑がかかるのでほどほどな所で切り上げて下山した。葦原と坂本の体力が持たず四苦八苦したが何とか皆で支え合い山を降りる事が出来た。


帰りは助手席に樋口が乗り、後ろに明久と葦原、3列目に中田と坂本と比奈が乗った。葦原以外は割と体力を保って山を降りたが帰りは長時間の運転もあってすぐに眠ってしまった。葦原は時々西方が眠くなったりしないように気遣い話題を振って話をしたりしていた。


やがてコンビニでトイレ休憩を挟んだりしながらもやっとの事で聖ヶ丘町に帰って来た。登山や長時間の乗車もあってそれぞれクタクタだった。帰りは言葉も少なく、それぞれ簡潔に別れの言葉を述べて解散になった。





葦原が自宅に戻ると手を洗って、歯磨きをしてうがいをしてベッドにゴロンと寝転がった。それから何かを考える間もなく眠ってしまった。布団を被らずに寝ると数時間後には起きる葦原なのだが、その日は何故かぐっすりと眠れた。朝方に目を覚ますと彼の目の前には明久がいて、掛布団を一緒に被っていた。


祖父母は彼に甘い様で行先さえ伝えれば葦原の家で一晩過ごそうが何も言わない。明久も明久で両親がいなくて寂しいだの、怖い夢を見たから一緒に寝て欲しいだの、それっぽい言い訳をしては何かと葦原の所に泊りに来る。


葦原は大きく口を開けて欠伸をして体を起こし、足の方からベッドを出ようとするが明久に服を握られていた。彼はパチリと目を開ける。


「葦原さん、もうちょっと一緒に寝ようよ。今日は筋肉痛を見越して休みを取ってるんでしょ?」


「でもそろそろお腹すいちゃったよ。朝ごはん、明久君の分も作るからさ」


「…でもスパゲッティだよね?」


「腕によりをかけて作るよ?とーっても美味しいのをね」


明久はしばらく今にも閉じてしまいそうなごく細な目で葦原を見ていたがやがて諦めて目を瞑って寝た。


「じゃあ、できたら起こして」


「はいはい、可愛い王子様」


葦原はそう言ってベッドを出ると掛布団を明久にかけ直してから部屋を出た。


これにて完結です。ご愛読ありがとうございました!

ちなみにこの後日談の舞台は「クラゲと糸の切れた凧」の中津町です。興味があればこちらからどうぞ。

https://ncode.syosetu.com/n1160jl/

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