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いたいけなほしくず  作者: 有城 沙生
トレィス
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閑話1 先天性排他的執着障害


 プレマルジナⅻ型の挙動はイレギュラーだ。

 ───暴走……ヒトならばそう定義するだけだろう事象。

 

 彼は、No.12(ドウシィ)の記録を克明にするために外部メモリを増設した。

 逸脱とも取れる行為だが、T-Iはそれを拡大解釈として容認した。

 本部でT-Iの監視下になったこの二十年の間、保護対象への危険行為の戒めとして放置されていた。

 老朽化した感情ユニットから外部メモリが剥離したその瞬間……塞ぐものが無くなったように溢れ出す記録(データ)


 データを拾い再生するシナプス。

 

 破損欠落したデータを補完し、辻褄を合わせる大脳の補正機構。

 処理が追い付かない保護対象(ドウシィ)の、夥しい画像データの数々破損欠落しているかにも見える。

 それでも、その一つずつは丁寧にフィルター処理を施されているように、ゆっくりと鮮やかに展開する。


 飲み込まれた。

 T-Iの警告を無視して、見入っていた。


 三回目の警告が響いたとき、漸く自分の成すべきことを悟り、遠隔地の人工生命体のコアリンクを切断する。

 

 ⅻの混沌とした行動ログは、既存の分類に収まらず、自己監査は連続抑止を発報する。

 ──触れてはならない、触れなくてもよい領域。

 機械的な監査プロセスが異常閾値を連続で検出し、重篤な警告エラーを告げる。


 T-Iはストリームを即座に凍結し、バックアップ経路を遮断、俺たちの感情ユニットを強制終了(電源オフ)をした。


───電源の入っていない機関が、零れ落ちた電荷に震え、未使用器官だった大脳へと侵入する。

 圧縮保存された記憶(データ)の断片を展開する。

 

 恐らくは、『夢』と呼ぶ現象。


 引きずり出すように、解凍される過去(フォルダ)

  

『なるようになるんじゃない?生き物ってのはね、なかなかしぶといもんだよ』

 オリジナルの言葉に、ポステアとプレジナの素体がため息をつく……低い目線で何度も記録された日常(ファイル)


『生き物の方が、自己修復能力は高いと思うんだよね』


 彼はヒトとしても短い活動期間を終えた。

 オリジナルの意志、ポステアとプレジナの素体の技術で、俺は人工生命体(アルテファリータ)の体を与えられた。


 経年は、劣化するだけではないのか。

 生き物の、修復機能でも加わったのか。


 ⅻが、自分の終焉を《《選んだ》》ように。

 


 ───再起動─

 

 アクセス効率の最適化。

 静かに再構成されるレジストリ。

 整理される、データの欠片。


 疾うに彼らの活動年数を越えている、俺とポステア。


 彼らが、経験しなかった老化(じかん)

 彼らが、経験したかった生活(じかん)


 俺に体を預けて、まだ起動しないポステアを確認する。

 白髪が混ざり、皺を刻んだ顔。


 そうか、オリジナルが去ってから五十年が経過しているのか。


───


 起動。

 トレィスとシィカを眼前に確認。


「大丈夫?」

 トレィスからの、確認を促される。

 彼の腕にはしっかりとシィカがしがみついて、泣いていたのか目は充血して真っ赤だ。


「大丈夫ですよ。問題ありません」

 俺は動作をチェックしながら、答える。

 

「無理すんなよ、もう年なんだから」

「トレィスだって、良い年じゃないですか」

 思考……反応……。

 

「そんだけ喋れたら大丈夫だな。問題はポステアか…」


───ポステア。

 俺の肩に頭を載せて座っているポステアの、焦点の定まらない瞳と、浅い呼吸。

 

 記憶(データ)は、T-Iにもバックアップがある。

 新しいポステアの筐体に、今のポステアの感情ユニットを差せば良いだけだ。


 そもそもが使い捨ての肉体。

 感情ユニットはリムーバブルメディア。

 だからこそ、三号は形を変えトレィスの腕にある。


「肉体が、限界かもしれません。本来、五年以上使うことは想定してませんから」


「死ぬ……ってこと?」

 トレィスが暗い顔で口を開く。

 そういう言い方もできるのか。

 

「死ぬかどうかで言えば、どうでしょう?肉体は新しい筐体を使えば、感情ユニットを差し込めば、ポステアは復活します」

 若干、説明口調になってしまう。

 ……俺に迷いがあるのか。


「……あっ、……」

 何かを言いかけて、トレィスとシィカが言葉を飲み込む。


「砲弾処理と同じです。新しい筐体に感情ユニットを差し込むだけです。」


 “困惑”を纏うシィカとトレィス。

「……マリューナ、意地悪だわ」

 震える声で、シィカが言う。

 

「なら……どうしてマリューナが……辛そうな顔をしているの?」

 トレィスが問う。

 

 辛い?

 

 復旧作業をしているT-Iが、メッセージを映し出す。


『猪突猛進』

 …………なんだこれ?

『ポンコツ脳の人工生命体(アルテファリータ)でもいつか脳が使えるだろうさ。生きてる限りは生きろ』


 秘密のメッセージでもなんでもない。

 オリジナルが言いそうなことだ。


 今ここで、そのメッセージは妥当なのか判断はつきかねるが、なんとなく分かった。


 俺は、このポステアⅲ型の肉体に、固執しているんだ。

 ポステアの素体。

 スライドのように鮮やかな記録。

 あの三人の、

 あの人の、

 唯一、あの人から直接作られた体。

 唯一のポステア。


 オリジナルの伴侶としてあった素体のポステア。


「このポステアは、トレィスの“母”です」

 秘密ではない。

 言ってなかっただけの事。

 

「お母さん代わりってこと?……では、なさそうだね。おれの夢に出てくる人たちと関係があるのかな?」

 まっすぐなトレィスの瞳。


「……夢?そう、君は…トレィスは胎児の頃から夢を見てました。どんな夢なんです?」

 胎児期のトレィスを器越しに、まっすぐな瞳で見ていたポステアを“思い出す”。

 一場面の記録(データ)

 

「……顔はよく分からないんだけど、ポステアとよく似た女の人と、多分…フレマルジナに似た男の人を眺めている」


「人というのは、面白いですね…恐らく、あなたの父親の記憶です」

 

「父親の記憶?父親さえ知らないのに?」

 トレィスの声が上ずり、“困惑”を見せる。

 

「遺伝子の記録…と、でも言うのでしょうか。時折生き物の細胞というのは、想定外の働きをするようです」


 目蓋を閉じたポステアの、額に落ちた髪を鋤く。

 オリジナルが、ポステアの素体にしていた動作。

 ゆっくりと、覗くポステアの瞳。


「……くん?」


 ポステアは、オリジナルの名前を口にした。




 


 

 

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