閑話 エルフ
幼馴染みの彼女とは、恋愛ってわけではなかった。
けど、親同士が仲良く、俺らも憎からず思っていた。
ので、年頃になったら結婚するんだろうな、なんて呑気に思っていた。
あの、先輩に出会うまでは。
先輩――とは言え、やつは美大で、彼女は獣医学、俺は情報工学とまるで接点はなかった。
恥ずかしげもなく言えば運命のように引寄せられていた。
――――やっぱ、恥ずかしいな。
まず、彼女が何だかの縁で先輩と知り合ったらしい。
そこはプライベートだ。
聞くまでもない。
で、プログラムを組めるやつを探しているとかで、彼女から俺に声がかかった。
やつがやってたのは
――昆虫の長寿化技術を用いた、自己修復型の生態防御システムの研究――とかで。
おい?なんだって美大生がそんなことやってるんだ?
で、そのどこにプログラムが必要なんだ?という奇っ怪な誘いだった。
ひどく綺麗な男だと思った。
その綺麗な顔に不似合いな、短く刈った後ろ頭に前髪だけ顔を隠すように伸ばしていて。
奇っ怪な髪型を払拭するかのような、整った顔立ち。
変なやつ、それ以外に当てはまる言葉が見つからない。
「で?俺が何をするの」
彼女の前だけど、不服さを全面に出すと、先輩は不敵に笑った。
これ、と手渡されたのは、一枚の硝子片。
?
トンボの羽のような翅脈の張った小さな硝子。
君、胡桃割れる?と聞かれたから、
「ええ、まあ」
と答える。
これ力一杯握ってみてと、怖いことを平気で宣う。
「割れないか?」
いいから、と。
怪我は嫌だなと、当たり前の事を思いつつ手の中の硝子を握りしめる。
…割れない。
すごいでしょ?それ、ホントに昆虫の翅なんだよ、と嬉しそうにする先輩。
握りしめた手を拡げると、渡された時のままの硝子が、そのままの姿をしている。
ガゲロウに、ちょっといたずらしただけなのに、そんなになっちゃった。
折角だから使えないかなって、といたずら小僧…というよりは、お菓子のパッケージの子供のように舌を出す。
「これでなにするんだ?」
んーと、文化財でも保護しようかな?と。
綺麗なのに、このままじゃ勿体無いじゃない?と、言う建前だと、善意的でお金が引き出せるかな?と、悪人顔で微笑む。
「平和利用とかは?そっちのが儲かるんじゃない?」
平和?なんのための?ヒト?自業自得なのに?そんなのやりたいやつがやればいいさ。おれは情報は秘匿しないから、いつでも公開するさ、教えないけどね、めんどくさいから。
……ホントに変な人だ。
先輩が幼馴染みの拵えた弁当に舌鼓を打ちながら、昆虫をスケッチしている。
「へぇーやっぱ上手いのな」
と言うと、時間をかければ、それっぽく描けるよと簡単に言う。
その時間も掛かっているようには見えないのだけど。
こんな変なやつに、幼馴染みが惹かれていってるのは、手に取るように分かった。
少し寂しいな、と思うが差別されているわけではないらしい。
彼女自身も忙しいだろうに俺の分の弁当も拵えてくれている。
いっか…
当たり前に三人で過ごすことが多くなっていた。
9人かな?
俺の大学の課題を覗き込んで奴が言う。
「なんで?」
と聞くと、その辺にあった紙につらつらと関数を書いていく。
几帳面に書き連ねられていく文字は、いつものお茶らけた様子からは想像出来ない。
「ああ…成る程」
理路整然と組み立てられた解答。
今まで悩んでいたのが、嘘のように頭に入る。
でもね。最適解はこう。そしたら“知識の継承”が出来る。
「……ったく!なんでおまえは美大なんだよ!」
と吐き捨てると、数字ばっかり見てても飽きるじゃん、とさらっと言う。
あーもー!
なんとかギャフンと言わせたくて、俺は立ち上がって先輩を抱える。
え?え?まさか、と困惑するような喜んでいるような声を発している。
先輩の洗濯?ならこの間の着てたもの洗濯しておいたから着替えさせて、と幼馴染みが言う。
こいつ、飯の世話だけじゃ飽き足らず、洗濯までさせてやがる。
「おう。腕によりをかけて磨いてやる」
からからと笑う彼女は幸せそうだ。
三人で無作為に選んだ場所にエルフを埋める。
そんなのでいいの?と、さすがに彼女は困惑の色を隠せない。
おれが勝手にやることだし、好きなものを守るだけだよ、と相変わらずやることとは裏腹な軽い言動。
「ちゃんと、発動するのかな?」
するさ。そんなことより心配なのは、見てくれだけを気にする莫迦に駆除される事だよ。
「確かに…な」
ま、そうされたらヒトは又、大事なものを失うだけだ。大したことじゃない。
「そうだな…」
エルフ――蜻蛉の幼虫。
小さく、単体では美しいとは言いがたいこいつは、先輩の理論だと世の中を覆すだろう。
なら、俺に出来ることは?
ころころと笑う幼馴染み。
飄々と笑う先輩。
守ってやるさ。
護ってやろう。
そのくらいしか、俺には出来ないだろう。
赤蜻蛉が空を切る。
この空を覚えておこう。
俺の、揺るぎ無い決意のために。
正確には、蜻蛉の幼虫期をエルフ期と言うらしい。
先輩の解いた問題を活動報告にのせてますので、ご覧ください。




