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いたいけなほしくず  作者: 有城 沙生
セプティマとポステア
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セプティマのこと

 小さな、小さな、人間の手。

 出来たばかりの小さな手。

 これが本当に、私くらいの大きさになるのかしら?


 この、心臓を掴まれたみたいな

 胸にのし掛かる重さは、一体何なのだろう。

 プログラムされていない、感情。


 セプティマと名付けられた、人間の雛。

 赤ん坊と云うのか。

 セプティマを抱きなから、次々にインプットされ、上書き更新続ける、言語、用語。

 赤ん坊、幼児、少年…………次々に変わる人の形容と、それに伴う生活様式の変化のインプット。


 小さい、まだ、言葉も持たぬ固まり。

 これが年月を重ねることで、言葉を話し、思考し、やがて――――子を成すのか。


 女性型人工生命体、ポステア・プロダクタムがセプティマの警護と育成の任務に就いた日の記憶。


 赤ん坊というのは、お腹が空いたと泣き、おしめが濡れたと泣き、眠いと泣く。

 全くもって、目まぐるしい。

 まるで、経験則のアナグラムが役に立たない。


 それでも少しずつ、泣き方の微妙な違いのデータが加わる。

 きちんと記憶しておかねば。

 次の筐体が、滞りなくセプティマの育成できるように。


 この筐体が、話すことをインプットするためには、私がインプットを施さなくてはいけない。

 彼の名前を教えるより、私の存在を教えるべきとのことだ。

 …………

「ポステア、だ。」

 そう言うと、きゃっきゃっと笑っている。

 何に教えられたわけでもないが、目の奥が熱くなり、胸が震える。

 幸せという言葉が、該当するらしい。

 幸せ。


 変わらないような毎日が、

 ほんの少しずつ変化する。

 きちんと、データをとっておこう。


 彼と生活を始めて、五年の月日が経った。

 私の筐体は、五十二体破壊されていた。

 感情ユニットは、良好。

 セプティマのことは、漏らしていない。

 問題ない。


 ある日のこと。

 セプティマが空を見つめ、じっとしていた。

 何が見えたのだ?と声をかける。


「あ、ポステア。あのね、みて!」

 そう言って、撒かれた水。


 水はまだ、地上には希少なものなのにとは考えるが、邪気無く笑うセプティマになにも言えない。


「みてみて、ほら!」

 指差した先に、光が水の滴で分散し帯状に見えている。

 確か、虹と呼んだか?


「虹、ですね」

 データを呼び起こし、答える。

「きれいでしょ!」

 きれい?汚れていない様子。

「……そうですね。綺麗ですね」

 私は、ちゃんと彼に教えられているのだろうか?


 セプティマは5歳。

 まだ、五年しか生きていない。


「おみず。むだにしちゃった?」

 懸念していたことを、セプティマの方から問いただされた。

 私の使用分を充てればいいだけだから問題ない。

「いいですよ。綺麗なものを見せていただきました」

 と、答えてみた。


 セプティマの表情筋が、笑顔を作ったことを受け取ったので、同じように返す。

 これが、楽しいということだろうか?


 いつもの夜。

「おやすみなさい」

 と、言い合ってセプティマをベッドに入れ寝かしつける。

 まだ、何か話したそうにしているのは察したが、済まない。

 最優先事項の敵弾頭の撃墜をせねばならない。

 多分、今日、この筐体は消滅するだろう。

 でも、問題ない。

 記憶だけは、次の筐体に引き継がせるから。


 明かりを消して、セプティマの部屋を出た。


 自室に戻り、感情ユニットを引き抜くと、再起動のシークエンスを開始する合図の音が、頭に響く。

 ここからは最小限の基本行動しか取れない。

 感情ユニットを本部に送り、敵弾頭を破壊する。

 それだけ。


 問題ない。

 記憶は引き継がれる。


 次の日は、星の話をした。

 流れ星が、下から走ったのだとセプティマが教えてくれた。

 そんな星の軌道があるのだろうか?


 七十二体目のポステアが、ある日怪我をした。

 前腕に20cm程の裂傷。


 牛型模型の動作のチェックを怠っていた。

 いつの間にか牛の搾乳の演習を行わなくなっていたのが最大の原因。

 生活における、最低限の経験をさせなければいけないのに。

 なのに。


「きゃー!たいへんなの!いたい?だいじょうぶ?」

 セプティマが、血の恐怖からか慌てている。

 こんなもの、傷のうちにも入らないけれど、それは伝えられない。


 セプティマが、飾りで置いてある薬箱の軟膏を塗り、ガーゼを張り、包帯を撒いてくれる。

 なんの治療にもなってないけれど。

 何だろう。

 これが、嬉しいということなんだろうか。


 筐体の消滅は九十を越えていた。

 筐体を変更する度に、私は前腕に傷をつけた。


「治らないね」

 ポステアの腕を見て、セプティマが言う。

「そうですね。治らないですね」

 治さないのだとは、言えない。

 胸が、暖かい。


 筐体の更新が、200に近づいた時、セプティマが成人し、娶ることが決まった。

 子を成すことは、人類の希望。


 決まっていたことなのに、ノイズが這う。

 これは、何だろう?


 傷の記憶。

 消してしまおう。

 新しい人生を歩むセプティマにはもう必要ない。

 傷の、暖かい記憶は、私が持っていくから。

 次からは複製で勘弁してくれ。


「傷、治ったんだね」

 結婚式の朝セプティマが言う。

 傷?何のことだろう。

 記憶を漁っても、該当するものがない。

 沈黙で、その場をやり過ごすと、悲しいと表情筋を動かしたセプティマがいた。


 セプティマとドウシィは子供を作った。

 セプティマの赤ん坊の時と比較するプログラムが動く。

 とても、似て非なるもの。

 人の筐体とは、こうも個性があるものなのか。


 変わらない毎日。

 変わらなかった毎日。


 セプティマとドウシィの子供が5歳になった時、子供は別のドーム移された。

 仕方ない。

 誰かといることは、知識に偏りを生む。


 ドウシィが、彼女の男性型人工生命体と、ドームを出ていった。

 ドームの外は、まだ不安定な筈なのに、それでも二人でいたいのだと。


 彼が言った。

 おれは、ドウシィに子供を生ませてあげることはできない。

 けど、ドウシィが泣くんだ、おれが壊れるのを見たくないと。


 そうしてまた、セプティマと二人の――――いや、セプティマは一人になった。


 変わらない毎日。


 幸せな、毎日。


 いつの間にかしわくちゃになったセプティマの手。


 私の筐体は、もう千を越えている。


「お休みなさい」

 セプティマの、二度と開かない目。


 私の目から、滴が落ちた。






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