序・刷新
1ヶ月ぶり。二話同時投稿します。
アカトンボ。
追われてみたわけではないけれど。
透き通った翅の、舞い散る様は――
一体、いつ見たのだろう?
女の人と、男の人。
見えない顔が悲しみに歪んでいる。
僕の夢に、幾度となく繰り返し出てくる。
一体、誰なのだろう。
――――
僕が第三ドームと呼ばれるここに来て、十五年になる。
五歳の時だったから、もう二十歳。
そんな僕のもとに、プレマルジナが女の子を連れてやってきた。
……いや、女の子というより、赤ん坊。
なんでも僕の子供――娘らしい。
今の地上には女性の絶対数が足りない。
だから僕には伴侶はいない。
だからって、勝手に僕の子供を人工受精で作っておいて、育てろって。
いくらなんでも、勝手が過ぎやしないか?
僕も、人工受精で生まれて、父も母もいないのに。
育てられた記憶なんて、あるはずがないのに。
どうやって”育てる”と云うのだろう?
この子は生存者の一人の卵子と、僕の提供した精子を受精させて、
僕が生まれた人工子宮で生まれた、らしい。
みんな、“らしい”、だ。
全部、ポステアとプレマルジナから聞いただけのこと。
実感なんて、あるわけもない。
けれど、
多分、投げ出すなんて出来ないのだ。
「”デシモテルセロ”です」
プレマルジナが、大事そうに抱き抱えて言う。
”お父さん”か、プレマルジナが名付けたんだろうけど。
何て名前なんだろう…
…お父さん。
トレサは何の躊躇もなく、そう呼んでいたっけ。
僕にはあの機械がーー文字だけを羅列するモニターがーーどうしても”お父さん”には思えなかった。
適応型汎用知性制御中枢T-IPrimaGeneralo。
なんて長ったらしい名前を、一々唱える気にならなかったから、便宜上”お父さん”とは呼んでいたけれど。
…………に、してもだ。
自分達は赤子の世話は面倒だからと、僕らを三歳まで人工子宮に閉じ込めておいて、人の扱いさえわからない僕に、赤子を育てろとは、一体どんな了見なのだろう。
「びええ!」
いきなり、スイッチでも入ったように、“デシモテルセロ”がプレマルジナの腕の中で泣き出した。
プレマルジナは冷静に、”デシモテルセロ”の様子を“記録”している。
その光景に、“器”の中から見えたレンズのような冷静な瞳のポステアを思い出す。
ふいにポステアが僕の顔を覗き込んできて、僕に目を合わせる。
まだ若干の苦手意識は否めない。
「なんだと思います?」
そんな僕をお構いなしに、ポステアが問う。
……赤ん坊のことか。
プレマルジナが、自分の手の中の赤ん坊を、僅かな動作も取り零すまいと凝視している。
ポステアは、そんなプレマルジナの手からそっと赤ん坊を抱き上げると、胸に抱き左右に揺すり始めた。
けれど、一向に泣き止む様子は無い。
「分からないけど、これが、この子のコミュニケーションってわけ?」
「そうですね。オムツが濡れてしまっているようです。交換しましょう」
「僕がするの?」
「“お父さん”の仕事です。何か問題でも?」
「……分かったよ」
ポステアは赤ん坊を、まるで壊れ物を扱うように、慎重にソファに寝かせる。
赤ん坊の身体の何処にも負担が掛からないように。
『抱く』だけでも細心の注意を払うのか。
そう考えると、これから先を思って気が重くなる。
「あれ?意外と臭くはないのだね」
「“お乳”の間は排泄物は臭くないそうです。食事をする頃には臭い出すようですけど」
「成程、そうやって“保護者”は慣らされるわけか」
人の体のメカニズムというのは、うまくできているようだ。
「“可愛い”ですか?」
「分かないな。ポステアはどうなの?」
ポステアの瞳が“観察モード”になる。
一見すると、“見つめている”のだけど。
「身長53.2cm、体重3.8kg。三か月児の平均より小さいようですが許容範囲でしょう。疾患無し。至って健康です」
「ポステアらしいね。“可愛い”はどうなの?」
「庇護対象なので、可愛いに値します」
可愛いと庇護対象なのか。
庇護対象だから可愛いのか。
僕のポステアは、ウノスのポステアに比べると表情が固いと言われた。
“交流”と称して、モニター越しにトレサと、彼女の伴侶となったウノスと話していて、そう言われた。
ウノスのポステアも昔は同じ様に冷たく見えていて、それでもウノスが(僕らの中では有名だった)事件を起こしてから、少しずつ変わっていったらしい。
要は『対話』の問題だ、と。
そんなことを言われても、ポステアはポステアだし、『対話』って?
会話とは違うのか?
「一緒に学びましょう」
ポステアは言うけれど、
「学んで分かることなの?」
と正直に口を出た。
ポステアが“困った”顔をしている。
僕に対して“困って”いるのか、返答が分からなくて“困って”いるのか。
やがて、答えに行き着いたポステアは、
「データは積み重ねる事で最適解を導き出せます」
と、何ともポステアらしい答えを僕に提示した。
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