ウノス
どこまでも、何もない。
赤錆た、景色。
黒い、空。
ごおごおと、知らない音が耳を塞ぐ。
嗅いだことのない臭い。
ピリピリした空気。
内側から引き裂かれそうな、強烈な痛みが胸を走って、
息が出来ない口から、涎がだらだらと出て、
目から涙がぼたぼた落ちて、
前にも後にも進めなくて、
そんな中に平然と立っているポステアが、
「ヒーローにはなれますか?」
と冷静にいい放つ。
ヒーローって、何だっけ?
あれからおれは、2ヶ月の間、生命維持装置の中に閉じ込められた。
所謂、生命の危機というやつで、死にかかっていた、らしい。
おれには当然、その時の記憶はない。
目が醒めて、装置の蓋が開いた時、ポステアが抱き締めてくれた。
「良かった」と、言ってくれた。
初めて、ポステアに触れた気がした。
それが、一年前。
おれは、車内からその景色を眺めている。
安全な車内から外を眺めていると、あの時の痛みが蘇る。
「眠っていたら如何です?まだ、先は長いですよ」
あれからポステアとは距離が縮まった気がする。
おれが頑なに拒否していただけなのかと思い知る。
「…ん、見てる。おれのバカさを心に刻むよ」
「ヒーローにはならないんですか?」
「ポステア……」
「ウノスは、偉いですよ。反省出来るのですから」
褒められてる気はあまりしないが、
「ありがとう」
とだけ言っておく。
ポステアには、多分すごく面倒をかけている自覚はある。
彼女はいつだって平然とした顔を崩さないけど、見守ってくれているのは流石に解る。
もう、殆んど消えているママの記憶。
優しかったり、恐かったり、楽しかったりしたはずなのに、ママの顔はいつの間にかポステアに変わっていて思い出せない。
解るのは、違うということだけだ。
「こう見えても、去年より随分きれいになってるんですよ。数値的にはまだまだですけど」
戦争と言うには、あまりに一方的な攻撃で人は限られた空間でしか暮らせなくなったらしい。
「いつか、昔みたいに走り回れるのかな?」
走り回った記憶なんてないけど、何となく口にしてみた。
「そうなりたいですよね」
ポステアは、希望は無いかのように答えた。
「ならないの?」
「そうなるように、取り組んでいらっしゃいますよ」
「……誰が?」
「適応型汎用知性制御中枢T-IPrimaGeneralo。私たちは本部と呼んでいます」
耳慣れない初めて聞く用語。
いや、本部というのは何度か繰り返し聞いている。
今、向かっているのも、その本部だ。
「おれは、何故本部に呼ばれたの?」
「本部にいる、トレサの希望です。もう四度目ですよ」
理由を聞きたいのに、教えてはもらえない。
何故、そのトレサとやらがおれに会いたいのかが知りたいのに。
それから、車中で1日過ごし、中休みに途中にあるドームに拠った。
ポステアは、おれの手をしっかり握って、勝手に動かないようにしているみたいだ。
「もう、勝手には動かないよ」
「それはそうですが、ここは今までいたドームとは違います。あなたを認識しない恐れがある。連絡は入っている筈ですが」
「どういうこと?」
「ここは、言わば軍事基地です。わたしたちより、機械的に動くモノしかありませんから」
おれは、ここに入ってから気になっていたことをポステアに尋ねる。
「だから、空が赤いままなの?」
「…そうですね。軍事基地には装飾する必要がないと、青い空は投影されていません」
空を偽る必要がない。
ここに人がいるなら、人とは違うということか。
「ハッキリ言うんだね。じゃあ、ドームの形が歪なのもそうなの?」
『そうですよ。生存者以外に、体裁を整える必要がないのです。ハッキリと言うのは、――半端な答えをしたら、ウノスは興味を持つでしょう?それは、今は避けたいです』
「本部に行かなきゃだから?」
「その通りです」
トイレを借りて、一息つき、軽く眠ってからそのドームを後にした。
そのドームで、人を見ることはなかった。
幼い頃に見た、いっぱいの子供やたくさんの大人――あれらは全て、失くなってしまったのだと思い知る。
「何で、失くしてしまえるのだろう?」
「…………どういった返答を望みますか?理論的なもの、感情的なもの。それによって答えは随分と変わりますけど」
「ん、難しい答えになるなら、どっちもいいや。答えを聞いたところで、失くなったものは戻ってこないだろう?」
「………そうですね…」
しんみりさせるつもりもなかったんだけど、おれも正直どんな答えが欲しいかなんて分からないんだよ。
「トレサなら、探せるかもしれません。彼女は、下手をすると私より世の中に関する知識があるかもしれません」
「そうなの?ポステアは会ったこと無いでしょう?ずっと、おれといたんだもん」
「連絡網があるのですよ、リアルタイムで生存者の情報は共有されます」
「今日は随分とおしゃべりだね。……って待てよ。じゃあ、おれのあの事も……」
「ちゃんと共有されています」
はあ、と大きなため息が出る。
あの事――外へでて、生死を彷徨った事を知ってるんじゃ、カッコつけも出来やしない。
始めて会う女の子に、一体どんな顔をすればいいんだろう。
「着きましたよ」
山奥のそこは、おれがいたところとは違った様相をしているけど、どこか似ていて、途中で立ち寄ったドームには無かった、格段にきれいな空が映し出されている。
「はじめまして」
そう言って近付いてくる、子。
女の子。
初めてみる、女の子。
ちっさくて、動いているのが不思議で。
なんだか、きらきらしてて。
「う、ウノスれすっ!」
て、思い切り噛んじまった。
ここまで、お読みいただきありがとうございます。
気づいたこと、感想なぞお気軽に残していって頂けると、狂喜乱舞です。
本日は茶番劇はお休みさせていただきます。




