5. 帰宅困難者と新たな出会い
とりあえず宿屋に行ってみよう。
ログアウトできないなら泊まるところを確保しないといけないし、今後についても色々考えたい。腹が減っては戦はできぬ、だ。
薬師ギルドのお姉さんにお手頃で治安のいい宿を紹介してもらった。
広場の近くにある宿屋の一人部屋は食事付きで500Gだった。
パンが一つ10Gだから、円にすると10倍くらいだろう。5000円で食事付きの宿は安い方なんだと思う。
冒険者用の雑魚寝の宿ならもっと安いけど、男ばっかりだしそこに泊まる勇気はない。女子の雑魚寝宿はないのか。
今の手持ちは9520G。最初11000Gあって、ギルドの登録と図鑑で1500G。串焼きが30G、魔力水入の瓶が20Gかかった。初級ポーションのクエスト報酬が40Gと、ドロップしたウサギ肉と素材で30Gの収入。
ログアウトするつもりだったから、宿屋のことなんて考えてなかった。とりあえず今日は仕方ないとして、宿屋に毎日泊まったら破産しちゃう。どうしたもんか。
「よかったら同室しない?」
「えっ!?」
考え込んでいると声を掛けられた。水色の髪をポニーテールにした冒険者風の背の高い女性だ。腰に帯剣している。
「あ、突然ごめんね。あたしはレネ。冒険者だよ。あなた、値段で悩んでるようだったし、私も一人部屋に泊まるよりは安い方がいいから」
二人部屋は700G。もちろん二人の方が割安だ。
見た感じは悪い人には見えないが。…この人は、信じられる人だろうか?
「…あなたは、プレイヤーですか?」
「プレイヤー?なんだか分からないけど違うよ」
あれ?プレイヤーかと思ったのに。
……そういえば、ゲームを始めてから、プレイヤーだと分かる人を見ていない気がする。街の中も泉の森でも薬師ギルドでもそれっぽい人はいなかった。
「プレイヤーがいない……?」
何故今まで気付かなかったんだろう。
薬師ギルドのお姉さんも、このレネさんもNPCだ。
始まりの街「エフェス」はゲームのスタート地点であり、拠点登録前のリスポーン地点でもある。プレイヤーがいないなんてことはありえるのだろうか。
「ねぇ、どうするの?」
問われ、私はレネさんを「鑑定」した。
レネ Lv.?
種族 性別:??? 女
職業:???
???
???
⋮
⋮
⋮
やはり鑑定できなかった。レベルが高いんだろう。でも、名乗った名前は嘘ではないようだ。
「あっ、ごめんなさい、同室ですね。オッケーです!あ、私はリリーです。よろしくお願いします!!」
直感を信じよう。
騙されたら見る目がなかった私が悪かったってことで。
「そう?じゃあチェックインしようか。あ、荷物は?」
「ストレージ持ちなので…特にないですね」
「へぇ、ストレージ!珍しいね。羨ましい」
ストレージはゲームの仕様だ。プレイヤーなら誰でも持っている。少し警戒したけど、レネさんがNPCのふりをしたプレイヤーという訳でもなさそうだ。
それによく考えたら私の荷物は全てストレージの中にある訳で、何も取られるものがない。そう考えると一気に楽になった。
レネさんと一緒に部屋へ行った後、1階にある食堂へ行く。部屋はごく普通のツインだった。
宿泊者には決まった料理が出てくるようだ。オーク肉のステーキとサラダ、スープにパンだ。お腹が空いていたのでありがたい。屋台でも食べたけどオーク肉、メジャーな肉なのかな。美味しいからいいんだけど。
「リリーは孤人族だよね?このへんでは珍しいね。何歳なの?あ、あたしは人族で23歳だよ。C級冒険者なんだ」
食事をしながらレネさんが聞いてくる。冒険者らしく、豪快な食べっぷりだ。どんどん肉が減っている。
「孤人族で、18歳です」
見た目年齢だよ。アルカディアの成人年齢は18歳なので、一応成人している設定にした。成人してないとできないことも多いからね。中の人は25歳ですけどね!
このゲームの世界、アルカディアでの種族は、人族の他、エルフ、ドワーフ、ハーフリング、それから獣人が存在する。割合的には人族が一番多いが、種族があるのは普通のことで、一部の選民志向の者を除いて特に差別はない。そういう世界だ。
ここでレネさんに話を聞いて情報を仕入れておきたい。
プレイヤーという名前は聞いたことがないような感じだった。そして実際にプレイヤーらしき人をまったく見掛けていない。
おそらく私はこのゲームの世界から帰れなくなった、と考えるべきだろう。
それがゲームのシステム上のエラーなのか、私の体の異常なのか……例えば、死んでいるから戻れないとか。
いやいや、まだそう決めつけるのは早いだろう。今日ログインしたばかりなのだ。
とりあえず、戻れなくなったと仮定して、この世界で生活していくためには、情報と資金が必要だ。
「実は私、この国へは今日着いたばかりでして……すぐ帰るつもりだったんですけど、事情があって帰れなくなりまして…。知り合いもいないし手持ちもそれほどなくて心細いし、宿代も思ったより高くてどうしようかと思っていて、同室に誘ってもらって助かりました」
さすがにここはゲームの中の世界で、自分はゲームのプレイヤーで、帰れなくなった…とは言えないので、ぼかしておく。
声掛けてもらってありがたかったのは本当だしね。
「孤人族の可愛い子が宿屋の受付で悩んでたから、ほっとけなくてね。目立ってたし声を掛けようと男どもが狙ってたよ」
えっ。そうだったのか。まったく気付かなかったよ。怖い。
「私、薬師を目指してるんですけど、それほどポーションも高く売れないし。このままだと破産してしまうんじゃないかと不安で。レネさん、何か稼げる方法ありませんか?なんとか稼ぎたいんです」
「うーん、まだ薬師はマシな方じゃない?冒険者なんか最初のうちはひどいもんだよ」
初級ポーションは安い。低レベルの魔物では、ドロップする魔物の魔石も素材もたいした金額にならない。このまま宿代を払い続ければ資金が底をつく。
「そうだねぇ、稼げるというか宿代をうかす方法だけど。あるにはあるよ」
「ホントですか!ぜひ教えてください!」
レネさんの言葉に思わず前のめりになる。
「1つ、冒険者ギルドに登録して冒険者のパーティーに入れてもらう。パーティーに入ると宿代はパーティー持ちになる。ストレージ持ちなら需要はあるけど、ある程度身を守れないと厳しいかもしれない」
パーティーかぁ。RPGでは基本なんだろうけど、まだ弱すぎるからすぐ死にそうだ。却下。
「あ、レネさんはパーティーには入ってないんですか?」
「ああ、あたしはソロの冒険者なんだ。パーティーもなかなか大変なんだよね」
そうか、全員がいい人ならいいけど、パーティーの資金の問題もあるだろうし、男女混合だったりすると人付き合いも大変そうだ。
「2つ、冒険者のクランに入れてもらう。クランはクランハウスを持っているから、住み込みになる。新規は入りづらいけど、ストレージは希少な能力だから、交渉する価値はあると思う。ただ、クランの拠点まで移動する必要があるね。ダンジョンのある街に多いよ」
「…クランって何ですか?」
パーティーは分かるけど、クランというのは初めて聞いた。
「冒険者の集まりだね。大人数でダンジョンを攻略したり、稼ぐために商売したりする。大きいクランだと、冒険者以外の、薬師や鍛冶師、料理人がいることも多いよ」
「へぇ~」
住み込みか…住みやすそうな街があればそれもいいかもしれない。集団生活は…できるだろうか。少し不安だ。
「3つ、商人ギルドに登録して何か商売をする。ストレージがあるなら仕入れたものを売って稼ぐ方法があるね。うまくやれば結構稼げると思う。商人ギルドで紹介してもらって商会で荷物運びとして雇ってもらうのも有りだけど、おそらく契約させられて、自由に行動はできなくなるね」
なるほど。仕入れて売るのはありだな。街を移動しながらでもできそうだし。でもあまり元手がない。どうしたものか。
「後は、妥協案になるけど、とりあえずレベルを上げて素材を採取しつつ、ポーションなんかを納品して日銭を稼ぎランクアップを目指す。薬師もシルバーランクになれば、そこそこ稼げると思うよ。とはいえエフェス周辺は弱い魔物ばっかりだし、採れる素材も少ないから移動した方がいいね」
「そうですよね…」
一番現実的な気がする。移動は…ポータルか。有料なのが痛いけど。
街にはポータルがある。簡単に言うとワープ装置で、お金は掛かるが移動を短縮してくれる便利な装置だ。
エフェスから隣のアハットまでは500Gかかる。宿代と同じ値段だ。それは節約したい。でも一人で歩いていくのは不安だな。この国には電車やバスはないが、馬が引いたり馬じゃない生き物が引いたりする馬車があるらしい。馬車は出てるんだろうか。
「レネさん、アハットまでって馬車は出てるんですか?」
「出てるけど、速いのはお金掛かるし、安いのはスピードも歩きとそんな変わんないよ。あたしも依頼が終われば帰るだけだから、アハットまでなら一緒に行ってもいいよ。宿代と食事代もってくれるなら護衛とレベル上げの手伝いもしてあげる」
悩んでいるとレネさんからそんな申し出が。え?いいの?
レネさんは帰り道だからついでだよ、宿代も浮くしね、と言ってくれた。
「ぜひお願いします!!あっ、部屋は同室でもいいですか!?」
「もちろんいいよ」
C級冒険者の護衛が宿代と食事代とか破格だろう。レネさん、なんていい人!
「じゃあ、とりあえず明日は準備で明後日出発でいい?依頼も完了させないといけないから」
「はい!よろしくお願いします!」
とりあえず、初心者の街は抜けて、次のアハットへ移動することは決まった。




