隣の席の美少女
月曜日。
学校が嫌というわけではないが、朝は少し苦手だ。
それでも行かなければならない。
「行ってきます」
そう言い残し、僕は家をあとにした。
学校に着くと、僕は自分の席に座った。
一番後ろの窓際の席。
「おはよ!」
HRが始まる前に一眠りしようとしたら、隣から女の子の声がした。
僕はこの声を知っている。
「おはよ、千夏」
僕がそう返すと、千夏はニコリと笑い「今日も眠そうだね」と言った。
鳥丸千夏。
僕とは同級生で、隣の席である。
小柄でくるりとした目に、黒髪ショートが特徴的ないかにも可愛らしいルックスをしている。
勉強、スポーツも出来て、それに加えて人懐っこく明るい性格から周りの人気も高い。
そんな完璧美少女についたあだ名は女神様だ。
「女神様は今日も元気ですね」
「だから、その呼び方やめて!」
本人はあまり気に入っていない様子だが。
「昨日も夜中まで勉強してたの?」
「それもあるけど、朝練で疲れてんの」
「なるほどね。大変そうだもんね、サッカー部」
「それはもう大変ですよ。どう上手くさぼるかを考えるために、脳をフル回転させなきゃいけないんだから」
「あはは、なにそれ。ていうか、開くんがサッカーしてるところ見たことないんだけど」
「去年の球技大会の僕の活躍をご存知でない!?」
「その時は風邪で休んでいたでしょ」
「……あ」
そういえばそうだった。
去年開催された球技大会では、男女混合のサッカーが行われた。
だが、だからと言って後悔しているとかはなく、むしろ一日中寝れてラッキーと思っていたくらいだ。
何故か、同じチームだった冬馬は泣いていたが。
結局僕は欠場のまま球技大会は行われ、冬馬チームが優勝して、それを後からレイン経由で僕に伝わった。
それは少し嬉しかった。
「あと、開くんってサッカー部なのに、結構陰キャ寄りだよね。いつも眠そうで一人でいるし、冬馬くんぐらいとしか話してるところ見たことないし」
何も前触れもなく、千夏はそんなことを言った。
彼女にはデリカシーというものがないのか? と思ったが、直接は言わなかった。
「サッカー部が全員陽キャだと思うなよ!」
あれ?
この台詞、前にも言った気がする。
「あはは。別に思ってないよ。ただ、開くんがサッカーしてる姿が想像できなくて」
「失礼だな。こう見えて、レギュラーなんだぞ」
「え、嘘!? 監督にいくら払ったの?」
「……あのなぁ、正真正銘僕の実力で勝ち取ったんだから」
僕がそう言うと、千夏は「ますます信じられない」と言った。
「そんなに信用できないなら、僕がとっておきな話をしてあげよう」
「何々?」
僕の言葉に千夏は、興味津々に目を輝かせた。
「こう見えて、小学生の頃は冬馬と合わせて天才って呼ばれてたんだ」
「凄いじゃん! まぁ、冬馬くんは学校中の噂も凄いし、私でもサッカーの天才なのは知ってるよ。開くんは意外だけど」
千夏は「それでそれで」と言って、わくわくしていた。
「僕と冬馬。二人は天才と呼ばれていた。その時のあだ名は……」
「あだ名は……!」
「カレーと福神漬け!」
「……なんかダサくない?」
「小学生の時はカレーが給食人気ランキング一位だったからね」
「絶対開くんが福神漬けでしょ」
図星だったので、僕は無言になった。
だが、考えてみてほしい。
確かに主役であるカレーと比べれば、福神漬けは脇役だ。
だが、ストライカーを引き立たせるパサーの僕には、そのあだ名は気に入っていた。
そしてなにより、僕は福神漬けが大好きだ。
一旦、らっきょう派は黙っててほしい。
「確かに福神漬けは美味しいけど、私はらっきょう派だなぁ」
黙っててほしい。
そんな軽口を交わしているうちに、いつの間にかHRが始まっていた。
そうして授業も終わり、部活も終わり、僕はまっすぐと帰宅した。
23時。
姉が起きてくる時間だ。
「おはよぉ」
案の定起きてきた。
寝癖でボサボサの頭に、高校時代から着ているパジャマ。
その姿はいつもと変わらず、逆に安心している自分がいた。
今日は課題も少なくまだ眠くもないので、姉とゲームをすることにした。
「姉さん、僕って小さい頃どんな感じだったの?」
僕はモニターを見ながら、そんなことを姉に聞いた。
突然何言ってるんだ、と自分でも思う。
千夏の言葉を気にしているわけではないが、僕は昔はもっと元気な少年だった気がする。
サッカーだって誰かに誘われたとかではなく、自発的に始めた。
身体を動かすのが好きだったんだ。今以上に。
その活発さはサッカーに限らず、日常生活においてもだった。
少し高い橋から川に飛び込んでみたり、親に内緒で一人で隣町まで走っていったり。
きっと無意識に刺激的なものを求めていたのだろう。
それが気づけば何事もほどほどにやり過ごす男子高校生になってしまった。
極端に言えば、何事も少量の努力で出来てしまうのだが。
「開くんは、甘えん坊さんだったよ」
姉の返しは、僕が想像していたものとは違った。
元気とか活発な子って言うかと思った。
残念ながら、姉に甘えていた記憶はない。
「昔の開くんはね、私がいなくなるといつも泣いてたんだよ」
「……マジ?」
「大マジ。それで将来はお姉ちゃんと結婚する! とかも言ってたなぁ」
「それは絶対嘘!」
どうやらニートの姉は、虚言癖があるようだ。
「本当だって! ラブレターだってもらったんだから」
そう言って、姉は立ち上がった。
僕の部屋からいなくなり、姉は自分の部屋に行き、またこちらに戻ってきた。
姉は一枚の小さな紙を持ってきた。
「これこれ!」
姉はそう言って、紙を僕に見せてきた。
ラブレターだった。
僕は「マジかよ」とぼそっと呟いた。
「じゃあ、読むね」
姉はラブレターを読み上げる。
「愛するお姉ちゃんへ。僕はお姉ちゃんのことを愛しています。誰よりも。この世界中のどの女性よりも。お姉ちゃんは、世界一魅力的な人です。どうか僕とけっこ──」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
あまりの恥ずかしさに、僕は思い切り叫ぶ。
全く記憶にない文章が、僕の脳を突き刺す。
小さい頃はこんなこと書いていたのかよ、と驚いた。
幼少期の僕おそるべし。
「あはははははは!」
僕の叫び声と姉の笑い声が家中に響く。
今日はそんな真夜中だった。
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