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94話 それぞれのその後 その1



 


「そ、それは…………まぁ…無きにしも非ずやな。色々とあったんや」


 途端に視線を泳がせ口を重くするアレクに、フィルは軽く肩を竦める。


「そうですか。まぁいいでしょう」


 あっさりと追及の手を緩めてくれた事に、ほっとした表情を浮かべるものの、何も言わないのもバツが悪かったのか、アレクが言葉を続けた。


「ぅん…それだけやのうて、ずっとあちこち離れとったさかい情報が更新されてへんかったり、抜けとったりするのもあって……その、なんや…ごめんやで」

「今は良いんですよ」


 口角を微かに上げて浮かべる微笑さえも涼やかで、美青年っぷりに拍車をかける要素の一つにしてしまうフィルに、アレクと、ようやっと血の気が戻ってきたエリィが、互いに示し合わせたわけでもないのに同時に苦笑を口元に刻んだ。


 これまでも少し不思議に思った事があったと、エリィはふとこれまでを振り返った。


 こっちの世界には無さそうなモノや言葉がすんなりと通じている事。


 例えば『ステータス』と言う単語はこちらの人間種には通じていなかった。もっと直接的に『ゲームの醍醐味』なんて言葉も使っていた。更に言うなら某スキヤキな歌も、楽しそうに歌っていた。

 どうやらエリスフェラードの傍近くに居たアレク達が、妙にオタクっぽかったり日本知識や習慣に抵抗がない理由は、そのエルフレイアこと江留玲亜さんのおかげだったようだ。


 そしてそのエルフレイアなる人物は、エリィの前々世であるエリスフェラードにべったりだったらしいのに、片鱗さえ思い出せずエリィは一人そっと表情を落とした。


「それでどうするのだ? このまま先に進むのだろうか?」


 セラの言葉に、空隙に填まり込んだ様に沈んでいた意識を浮上させると、フィルとアレクの気遣わし気な視線と交差したので、一瞬の間をおいてすぐさま苦笑を張り付けた。


「私なら大丈夫よ、もう無事復活」

「帰りの事も考えねばなりませんし、エリィ様に無理はさせられません」

「せやな、帰りは転移でっちゅう訳にはいかへんのやろ?」

「戻る場所が行きと違い明確ですので、何度か転移を繰り返せば戻れはするでしょうが、魔力量的に不安がないとは言えません」

「精霊でも厳しいんか」

「まぁ、あと少し進むくらいでしたら、恐らく大丈夫ですので、もう少し進んでみますか?」


 全員の顔がエリィに向けられる。


 すっかり冷えたコップを『ありがとう』の言葉と共にフィルに渡してから、埋もれていたセラから起き上がった。


「今後も隙は窺うけど、こんな好機に恵まれるかどうかわからないから、私は最大限進みたい」

「エリィ様がそうおっしゃるのであれば」


 深々と慇懃な一礼も、エルフレイア仕込みなのだろうか。


「方向としてはこっちで間違ってへんから、もうちょいだけ進んでみよか」

「了解した」


 火の始末をしてからフィルは執事の姿からシマエナガに戻り、エリィとアレクはセラの背中にしがみつく。

 誰とはなしに首肯しあうのを合図に、夜間飛行へと移行した。

 煌々と輝く月達と星空の共演は変わらず美しかったが、冷え込みは更にきつくなっている。

 エリィの体力が限界になるのが早いか、フィルは転移を行使して戻れる限界距離になるのが早いか、そのギリギリのところでアレクがピクリと反応した。


「! 方向が……通り過ぎたんや! ちょい戻って降りよや!」






 

 少し時間は戻って空の色が朱から青みを増して、夜の支配下に置かれようとしていた頃――


 新警備隊舎2階の窓辺に立つ男が一人。

 偉そうに後ろ手を組み、だらしなく膨らんだ腹を突き出しながら、窓から外を見下ろしている。

 窓と言っても当然板ガラスが填まっているわけではなく、宿でも見た何かの翅をガラス代わりに使ったものだ。

 もちろん透明度は確保されているので、支脈部分で歪みは出るものの、外の様子を窺うくらいなら問題はない。


 眼下に見えるのはずっと張り付いている男。

 途中別の人物に交代したようだが、またすぐに交代している。どこかで見たような顔である気もするが、パウルにとって記憶に残すべき顔は高位の方々だけだ。

 それが敵であっても味方であっても。

 仮にも警備隊員としての職務についているのに、あるまじき事ではあるが、パウルにとってはそれが当然の事だった。


 上着の内ポケットを探り、懐中時計ならぬ懐中時盤を取り出して時間を確認すると、笑みを浮かべたようだが、無駄に分厚い頬肉のせいで片頬が歪に歪むにとどまった。


「ふむ、そろそろ出かける準備をするか」


 窓辺から離れ執務室の扉を開くと、その場でパンパンと手を打った。

 すると階下から顔色の悪い女性が一人、階段を上がって来る。少々草臥れた感のあるメイド服に身を包んでいるが、パウルにとってメイドだろうが何だろうが、下々の事など眼中にはないので、多少見眼が悪くとも歯牙にもかけない。


「……お呼びでしょうか」

「部屋の片づけをしておけ。俺は出かける」

「………かしこまりました」


 のっそりと頭を下げるメイドを一瞬睥睨するが、直ぐに興味を失ったように横をすり抜けて階下へ降りていく。


 パウルと入れ替わるように執務室に入った彼女の眼前には、何故か机の上にきちんと置かれている数枚の書類以外、大部分の書類や文具類が散乱する雑然とした執務室があった。

 一度瞬きをして『いつもの事だ』と気を取り直そうとするが、溜息がどうしても零れてしまう。

 しかしこのまま放置するわけにもいかない。パウルは気が短いのだ。万が一戻って来た時に片付いていなければ、盛大な癇癪を起こした挙句、殴る蹴るの暴行に及ぶ事は経験上間違いない。

 床に散らばる書類や文具等を避けながら、まずは窓のカーテンを引くために窓辺に近づいた。


 この時、外で監視の任についていたラドグースが、余所見をしていなければもしかすると気づけたかもしれない。

 気づけていなかった可能性も無きにしも非ず…いや、どちらかというと高いが……。


 ラドグースが監視の任について、途中ナイハルトに一度交代はしたものの、贅沢品とも言える好物のマトゥーレを食べ終わってすぐまた交代した。

 集中力散漫で血の気が多く、監視任務には向いていないと言い切られるラドグースであっても、そうやってずっと張り付いていたのだから、流石に玄関から人の出入りがなかったことは分かっていた。そして……。


 ―――「隊員の出入りもまだないし、通いのメイドがいるらしいが、そっちもまだ見てねぇ」―――



 そう言っていたのに2階の窓辺には、カーテンを閉めるメイドの姿があった事に、残念ながらラドグースが気づく事はなかった。


 



ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。

リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。


そしてブックマーク、評価、本当にありがとうございます!

とてもとても嬉しいです。

もし宜しければブックマーク、評価等して頂けましたら幸いです。とっても励みになります!


修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)

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