91話 これまでを少し整理してみる
「なぁ、もうとんずらしてもええんとちゃうん?」
「ん~それねぇ…」
「最初から別にここに留まらなあかん訳やなかったやん? 人間種の都合なんて、僕らには関係あらへんのやし。どっちかって言うたら精霊の方が僕らには重要なんちゃうん?」
「そうなんだけどね……」
歯切れが悪く言い淀みながら、エリィが肩を竦めた。
「普通の猫に擬態できるアレクと違って、セラもムゥもどうやら珍しいみたいだし、特権階級が存在する世界みたいだから、今後もこういう事ってあると思うのよね。
その回避には、以前アレクが言ってたみたいに、誰も手出しできなくなるほど私が圧倒的に強くなるか、完全に隠しきるかしかないんだろうけど、私らが小さくなることはないんじゃないのかなぁと思った結果これだから、選択を間違えた気はしてる……本当にごめんなさい。
私も考えなかったわけじゃないのよ?
セラとムゥを収納に隠して出奔する選択もあるんじゃないか? とかね。
ただ…確かに設定さえ間違えなければ、生きたまま収納できるけど、以前それやったときはセラには意識がなかった……他に方法もなかったから敢行しちゃったけど、あれってあの時点でセラが身内じゃなかったからできた事で、今は出来れば避けたい手段だし、異空地と言う安全な場所を手に入れた今となっては、選択順位は下がってるわよ」
エリィが『ないない』と言いたげに、手をひらひらとさせる。
「だけど、これから先の事を考えると、人間種のルールから逸脱するのも悪手かなと思っちゃったのよね」
アレクが『と言うと?』と先を促す。
「欠片を探す旅の間、人間社会と全く関わらずにいられるなら、それはそれで良いんだけど、それって可能?」
エリィに問われて、アレクが考え込む。
「……せやな…ちょっと難しい事もあるかもしれへんわ」
「でしょ?」
「………ぅん」
「そうなるとやっぱり人間社会の規範に則って行動するしか…ってなっちゃうのよねぇ。ギルドに登録しちゃったのも、反対に足枷になってるとも言えるのかしら…ぃゃ、だけど…」
一人思考の海に沈みつつあるエリィにアレクが名を呼びかけると、ハッと肩を揺らして顔を上げた。
「ごめんごめん。
まぁ、現状ここから脱走する事は、もしフィルの転移で全員跳べるなら可能。
ぁ~先にこっち聞いておいて良いかしら? フィルの転移で全員運べる?」
問いかけられたフィルは、ふふんと胸を張る。
「お安い御用でございます。ワタクシめが皆様を安全にここより脱出させて見せましょう! ただ移動できる距離や場所に限りはございますが!」
「了解。
もう一つ聞きたいんだけど、異空地って入った場所にしか今は出る事は出来ないわよね? 皆を異空地に移動させて、私だけフィルと転移した場合、皆は私の転移先に出てくる事は出来る?」
「ぬ!? それは……どうでございましょう…。そういう場面に遭遇したことはございませんが、エリィ様を起点としている場所にございますので、可能であるとは思います、しかし…」
「今の私でそれが出来るかどうかわからない? まぁそうよね、現状、私自身は入った場所にしか出る事が出来ない。多分なんだけど、以前の私なら入った場所以外、どこにでも出る事が出来たんじゃない?」
「……はい」
「やっぱりね。自身以上に周りの制限を緩くする事はないだろうし、そうなると今は出入り口は固定されてると思った方が良いわね……ほんと結局は欠片を集めないとどうしようもないって事か」
再び独り言に近づきつつあったエリィに、セラが首を捻りながら問いかける。
「転移で全員外へ出られるなら、何の問題があると言うのだ?」
「ん? あぁ、逃げても良いんだけど、そうした場合、人間社会…というよりはギルドかな、そっちとは溝ができるかなぁと。今後も旅するうえで人間種と関わるなら金策手段は温存したいし、ギルドで納品したりできるなら手間が少ないのよ。
行く先々で取引相手を探すのも結構大変だろうし」
「だが主殿は今、ギルドに保護されているだけであろう? 逃げたくらいで何故溝ができると言うのだ?」
「保護?」
「俺をどうこういう奴がいて、そのせいでここで身を潜めているのではないのか?」
「あぁ、建前はね」
エリィの言葉に全員がピクリと反応する。
「建前って……なんやねん」
「主殿、どういう事だろうか?」
「保護と言う名の囮なんじゃないかしらと思ってるんだけど?」
「「「【【囮!?】】」」」
異口同音…2名ばかり念話だが。
「そうね…一度整理しましょ。
ここゴルドラーデンは過去に内戦にまで至りそうになったのに、特権階級連中の腐敗が酷い。で、その腐敗した隊長さんのあれこれに私達は巻き込まれたわけだけど、一応そういう輩を取り締まりたいとは思ってるようね。
もっとも、ヴェルザンさんはギルド員としての立場でなのか、それとも貴族としての立場でなのかわからないけど。
5年前に魔の森が溢れた、これってきっと瘴気が溢れたって事なんだろうと思うけど…精霊が囚われたって言うのも無関係じゃないかもね。
あぁ、話が逸れた。
魔の森が溢れた事でこの辺り一帯を治めていたオリアーナ嬢の生家に何らかの問題発生。爵位も返上したって言ってたけど、まぁそういった諸々で……なんだっけ、そうホスグエナ伯爵とか言うのがこの辺も統括したと。
で、その伯爵さんは所謂腐敗層のようで、密輸に密猟、人身売買と、噂には枚挙に暇がないわりに、証拠不十分で取り押さえられないでいる。第2騎士団だったかしら、証拠集めに難航してて、こっち…トクスの方に期待してるとか何とか言ってるみたいじゃない?
で、それの子飼いがここの腐敗大隊長さん、パウルだったかしら。
だけどやる事なす事、小さいのかしら…まぁ未だに絶賛大隊長継続中。
何となく見えて来たんじゃない?」
「……大元が叩かれへんから、芋蔓狙いっちゅう事やな?」
「それは理解したが、芋蔓と言っても現状膠着状態であろう?」
「だから『囮』よ。彼らが私に手出しすれば、そこから辿る事もできる可能性が出てくる」
「何やそれ!!??」
「主殿……俺は怒りがわいて仕方ないのだが」
「でも人間社会に沿った行動を選択して、今後もその方が良いとなるなら、彼らの思惑に乗るのは吝かじゃないのは確かね。
私としてもあちらが行動してくれた方が助かるし、何よりいい加減厄介事の一つくらいは片付けたいわ」
「一つくらいて……」
「だってそうでしょ? この件が片付けば、カーシュやケネスが隠れる必要もなくなるかもしれないし、そうすれば何となく棘が刺さったみたいな気持ちもすっぱり消せるじゃない? 特にアレク」
自分の名前が出て、アレクは何とも居心地の悪そうな表情になる。
「ぅ゛……気にしてへんかって聞かれたら、それは……せやけど別に…」
しどろもどろになりながらアレクが背を向けた。
エリィはそれに苦笑しながら、近づいて軽く後頭部を撫でてやる。
「もちろんまだわからない事は山積みよ。
その伯爵さんが何故あんな実験場みたいな場所を作り、そして放棄したのか。密輸だの密猟だのはお金絡みかもしれないけど、お金に絡むにしても、あそこはリスクに見合う稼ぎがあるかと聞かれたら、どうかしらね……。
まぁ、何をしてたのかもよくわからないから見当もつかないけど」
眦を若干下げて情けない表情を浮かべるアレクが、エリィの方へ振り向く。
「表立って関わってしまった以上、もう放置しておくのもどうかと思うじゃない?
ここでの厄介事がアレに何の関係もないって言うなら、放置しておくけれど。
テントで聞いた声の主はカデリオ、彼はパウルの弟で、件の『ゴミ置き場』にあった死体、ズースの友人。
これまでわかった事を繋げれば、オリアーナ嬢に出会う以前からどっぷり関わってしまっていたというのに気づくわよねぇ」
しみじみと遠い目をしてみる。
「私としても、ヴェルザンさんのコソコソと隠し事をして進めるやり方は物申したいけど、考えとしてわからない訳じゃない。
今まで何の関係もなかったポッと出の新人。しかも餌として使えそうとなれば、そういう立案もしたくなるって言うのはね。
だから囮になるのは別に構わないんだけど、それはそれとして外には出たいわよね。どうしたものかしら」
はぁと大きな溜息を零しつつ、そう言えば忘れないうちにと呟いてプレートをフィルとルプスに翳すエリィだった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)