89話 クリスタルな植物とクリスタルなイモムシ
「【ただいま!】戻りましてございます!」
室内の空気が揺らぐ間もなく、ムゥを乗せたフィルの姿が現れた。
「「「お帰り」」」
ムゥとフィルを見送った後、アレクとセラは思い思いの場所で寝ていたが、エリィは容器の改良という名の練度上げをしていた為、テーブルの上は様々な形をした陶器とガラス容器で埋め尽くされていた。
フィルがテーブルの方へと顔を向けた事に気づいたエリィは、口元に苦笑を刻みながら一瞬でそれらを消してしまった。
一瞬で消された光景にはムゥも気が付いたらしく、フィルと一緒になって目を丸くしている。
【主様ぁ、凄いのよぉ!!】
ムゥの素直な感嘆に、エリィが若干照れくさそうに答える。
「コツがわかったというか、慣れたみたい? ね」
「やはりエリィ様は凄い御方だと言うのを再実感致しました」
フィルが思わずと言った風情で落とした言葉に、今度はエリィがポカンとする。
「詠唱はもちろん、触れる事も動作も一切なしで能力を行使できるのは、とんでもない事なのでございます。ワタクシ共精霊であっても、触れるなどの行動は必要にございますれば」
何故かフィルがドヤ顔を決めている。
「へぇ、そうなのね。まぁ自分としては楽が出来ればいいかなってだけだし…でもまぁ、ここにいる皆以外には見られないほうが良いという事は理解したわ。
それで何を採集してきたの?」
このまま持ち上げられても、気恥ずかしいし何より居たたまれないので、早々に話題を変えようとする。
「そう、それでございます! えぇえぇ、なかなか良いものを見つけることが出来ました」
フィルが翼をポンと打ち合わせながら、背中のムゥに頷いて合図する。
それにムゥも頷いた後、フィルの背中からするすると降りると、自分の腕を自分に突っ込んだ。
【えっとね、えっとね、主様がいつも拾ってるの、見つけたのよぉ!】
そして床に出される苗や株に、エリィだけでなくアレクもセラも呆れたように目を見開いていた。
「ちょ…ちょっと待って、まだあるなら異空地だっけ? そっちに移動してからにしない?」
気づけば床がムゥとフィルの成果で埋め尽くされて、足の踏み場もなくなっていた。
エリィが苗だの株だのを収納浄化したのか、一瞬で床は綺麗になった。ほっとしたように肩を下ろすと、異空地に移動するように促す。
異空地に入った後、エリィはまず設定パネルを中空に表示させると、時間の設定を『地外:時間停止』に変更した。これで自分達が異空地に居る間に、誰かが訪れたりなどの状況変化を回避できるだろう。
その後先ほど収納した全てを地面に出すが、結構な数がある。それだけでなくまだムゥの収納内にも残っているらしいし、全て植えていくのは骨だろう。また生育環境もよく知らないのに育てられるのかと言う不安も出てきた。
「フィル、沢山採集して来てくれて嬉しいんだけど、これら全てを管理できると到底思えないわ」
不安を滲ませた弱々しい声音を零すエリィに、フィルは一瞬優し気に目を細めた後、両翼を腰(?)にあて、ふんすと胸を張った。
「エリィ様のご懸念、もっともでございます。ですが抜かりはございませんので、ご安心を!」
「ほんとにぃ?」
フィルに訊ねられるまま、この薬草はこっち、あれはあっち、等と指定してる間に、フィルが何か能力を使っているのだろうか、どんどんと地面に植えていく。
途中でフィルにお願いされて、地内の時間経過も停止にした。
一瞬自分達も停止してしまうんじゃないかと思ったが、フィル曰く、例えすべて停止にしても、この空間の創造主たるエリィには何の影響もないらしい。
また停止しても『眷属は行動可能』等と条件付けをしていれば、全員問題ないと言う事だったので、その言葉に従った。
気づけば何もなかった空間は、その姿を大きく変えていた。
ある植物は大きな岩の影に(岩も採集して来ていて、ムゥが存外力持ちであることも判明した)、またある植物は新たに作った小川の辺に植えられた。
いずれ大きく育った時の景観を想像しながら、果樹もどんどんと植えて行ったので、いつの間にか生命溢れる景観となっていた。
【これで最後なのよぉ!】
そう言ってムゥが取り出したのは、まるでガラス細工のように、上から下まですべてが透き通った草と小さな木だった。
ところどころ虹色に見えるのも美しい、その初めて見る植物にエリィ達は言葉を失った。
「探すのに苦労しました。ですが見事でしょう? 結晶草と結晶樹です」
「こんなの見たことないんだけど……とっても綺麗…」
「えぇ、エリィ様に相応しい物をと。何とか見つからずに採集できましたので、それで良しです!」
エリィ達の耳に、フィルの発する不穏な言葉が届くと、空気が瞬時に凍った。
「……『見つからず』って……えっと、それってどういう事?」
「はい? そのままの意味でございます」
フィルとムゥは窃盗をしてきたという事か!? と二人を除く全員が青ざめる。
「ダメよ……花泥棒は悪い事なの、これらは元の持ち主に返してきて」
頭痛でもするのか、エリィが右手を軽く額に添えながらぼそりと呟くと、フィルはコテリと首を傾げた。
一々そういう仕草が可愛いのには困ったものだが。
「はて?………ぁ! なるほど、そういう意味に捉えられたのですね。そういう意味ではございません。これらの植物に持ち主はおりませんのでご安心ください!」
再び『ほんとうにぃ!?』と叫んだエリィは決して悪くない。
まぁ持ち主も居らず窃盗にあたらないという事であれば、とっても美しい植物達ではあるし、是非とも元気にここで育ってほしい。
改めてそれらを眺める。
虹色に輝く部分もあるせいで、どうにも人工的に感じてしまうが、これも植物で生きているのだ言うのだから、この世界はまだまだ不思議に満ちている。
葉や茎、根越しに見える背後が歪みなく透かし見えているので、その透明度たるや前世の透明素材に勝るとも劣らない。ファンタジーの代表名詞、クリスタルの名に相応しいと思える程だ。
(ん?)
何だろう、何かと目があった気がすると、エリィは結晶樹の方を再観察する。
「ッ……!!」
結晶樹の葉の一枚、その裏側から覗く薄い青2つ。
そぅっと結晶樹の苗を持ち上げ、下側から観察してみると、先ほど薄い青を見つけた葉に、こちらも透明な何かが付着していた。
エリィがじっと見ている事に気づいたのか、透明な付着物がゆっくりと振り返った。
薄く、やはり透明な青…ブルークリスタルな丸い瞳がエリィに固定される。
「「「「【…………】」」」」
暫く見つめあっていたが、硬直した空気を破ったのは、クリスタル付着物の方だった。
キュルキュルとでも表現すればいいだろうか、音を出しながらエリィの方へ伸びあがり、小さな複数の足をちょこちょこと動かしている。全身が透明なので把握するのも一苦労だが、見た感じは蝶の幼虫に近い。大きさも前世のそれと変わらないので、もしかすると魔物ではないのかもしれない。
「ぇ…ナニコレ……クリスタルな…虫?」
全員同じく覗き込んでいたが、ハッとしたように驚愕の表情を浮かべたフィルが叫んだ。
「なんとなんと!!!! 天上イモムシではありませんか!!」
フィルが叫ぶ名詞にエリィが再び固まる。
わかってる、これはエリィの自動翻訳のせいで、恐らく、きっと、絶対に違う音の名前だと言うのはわかってるのだが、どうにも脱力を誘われてしまう。
「ふむふむ」
フィルには『天上イモムシ』とやらの言葉が通じているのだろうか、クリスタル幼虫と目を合わせながら頷いている。
だがフィル以外にはさっぱり通じていないので、仕方なくエリィ達は少し離れた場所に座り込んで待つことにした。
暫くすると話し終えたのか、フィルがエリィ達にトテトテと近づいてくる。
「ぁ~お帰り?」
苦笑交じりに声をかければフィルがずいっとエリィの顔に、自分の顔を近づけてきた。
「な、なに?」
わけがわからず咄嗟に身を引くと、フィルがニヤリと笑う(そう見えるのだから仕方ない)。
「エリィ様、あの天上イモムシが、エリィ様に名を賜りたいと申しております」
「………は?」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)