88話 馬鹿ウルの現在
ギルド建物から見て大通りを挟んだ向かい側、エリィ達が宿泊している宿屋よりこじんまりとした細い建物があるのだが、そこが新警備隊舎である。
元々は通り生活通りだったにも拘らず、新たに建てられた警備隊舎によって封鎖されてしまっている。
その元凶はまたしても、現警備大隊長パウル・モーゲッツ。
彼の『村の警備隊大隊長である俺の居場所が、村外れなど許されない』という訳の分からない一言で、ギルドの向かい側にあった通りはその姿を消した。
とはいえ、接収禁止令もあったため、周辺の土地まで取り上げる事は出来ず、元々の通りの幅だけの、ひょろっとした歪に細い建物となってしまった。
その2階にパウルの姿はあった。
いや、そもそもこの建物に居るのはパウルと通いのメイドだけで、他の隊長や隊員は、村の端に元々ある警備隊舎で寝起きしている。
それ以前に、隊舎に隊員以外の『メイド』がいると言うのが、間違っている。
「くそう、くそう! 何が悪いって言うんだ!! 白銀のグリフォンなんて珍しいモノ、俺の為に存在してるんだから、それを寄越せと言って何がいけないんだ!?」
細長い執務室に置かれた机、この部屋にはとんでもなく不釣り合いな机――やや赤みを帯びたマホガニー材のような木材で作られたそれの上に置かれていた書類やカップを、手当たり次第に薙ぎ払っては、怒りの形相のままフーフーと肩で息をしている。
ちらりと窓から下の方を見れば、前日からちょろちょろと不愉快にうろつく傭兵の姿が見える。
先だって不安視されていたラドグースである。
彼は身を隠すつもりがあるのかないのか……恐らく本人は隠しているつもりなのだろうが丸見えで、ゲナイドの不安は外れていなかった。
慎重に動くどころか、屋台で買ったらしい何かを頬張りながら、パウルがいる部屋の窓を堂々と見上げているのだ。
これでは監視対象者であるパウルにバレない訳がない。
『いや、もう一度だ』と呟いて机の端に引っかかる様に置かれていた、幅1㎝ほどの赤いリボンを手に取る。よくよくみれば魔紋が刻まれている。
それを手紙だろうか、巻いた紙に巻き付けて机に置くが、ウンともスンとも言わない。
「何故だ! 何故発動しないんだ!! これじゃ身動きがとれんじゃないか!!」
机の上の手紙は沈黙を保ったままで、巻かれた魔紋入りリボンの赤い光沢だけが、とても場違いに感じる。
ずるずると床に太った身体を沈めてへたり込んだ。
項垂れたままじっとしていたが、死んだ魚のようだった目に、剣呑な光が戻る。
「だ、大丈夫だ。御館様は俺を見捨てたりしない……俺は将来右腕になるのだからな。いや、今だって十分なはずだ。そうだ、俺は何を怯えてるんだ」
太った腹を揺すりながら立ち上がり、醜悪な笑みをその顔に浮かべた。
「俺は御館様のために働いてきた…密輸も密猟も殺しだって……そうだ、もう人攫いはいらないと言われたが、金は要らないと言われてないぞ! 処分するように命令した荷を売りさばいて金に換えれば、俺の価値がわかるはずだ。
そうと決まれば、カデリオの奴に繋ぎを取らないといけないか……胸糞悪くなる顔だが仕方ない」
パウルから見れば確かに実の弟だが、男爵家とは言え貴族の一端であるモーゲッツ家にとって、魔力を持たずに生まれてきたカデリオは、邪魔でしかない存在だった。
両親も自分も魔力判定の5歳までは、カデリオにも普通に接していたが、魔力ナシと分かってからは放逐していた。
よく生き永らえたものだと、パウルは苦々しく吐き捨てる。
カデリオを生き永らえさせたペルタナック姉弟には憤懣やるかたないが、そのおかげで自分は手駒と手に入れたのだと思えば、溜飲も下がった。
自分が散らかし落とした書類を拾い上げ、分不相応な執務机に置くと、同じく分不相応な椅子に悠然と座って窓から空を見上げた。
パァァン!!
気持ちよく響く音と共に、ラドグースの頭が張り倒された。
「ちょっとラドグース! あんた何考えてンのよ!!」
気持ちよく張り手を決めたのはナイハルトだ。
ナイハルトは目立つ容姿の為、ギルド内の宿泊所に待機となっていたが、暇つぶしに依頼の張り紙などを見て回っているときに、つい見つけてしまったのだ。
―――隠れもせず、正々堂々と新警備隊隊舎を見上げるラドグースを。
これならナイハルトは自分が監視の任についた方がマシだったと、心底思ったようで、目を吊り上げたまま、彼の後ろを取り張り手をかましたという次第だ。
もちろん小声ではあるが、お小言も欠かさない。
「そんな誰が見てもおかしな張り込みなんて、張り込みじゃないのよ!」
「ってーな、お前手加減くらいしろよ~」
余程痛かったのか、ラドグースは後頭部を擦りながら後ろを振り返った。
「しかもマトゥーレまで抱えて緊張感なさすぎだわ!」
ラドグースが抱えている袋から、少しばかり甘い匂いがしている。
その袋から彼が摘み食べているのは『マトゥーレ』と呼ばれる、平民にとって一般的な甘味である。
砂糖は高級品らしく、それを使ったものではないが、野イチゴなどの果実を小麦粉で練り混ぜて平たく焼いた素朴なものだ。
「え、だって腹減ったんだから仕方ねーだろ!?」
「だったら連絡してきなさいよ! その間くらい交代するわよ」
「いや、そうかもだけどさ~、これ、使うの怖いんだもんよ……壊したらとか考えちまうとさ~」
そう言ってラドグースが落とした胸元に、一見、骨を細工して作られたような白いペンダントトップが揺れていた。
「それはわかるけど……でも、その為に貸してもらった物なのよ」
そういうナイハルトの胸元にも、茶色で色違いではあるが、同じ意匠の物が揺れている。
これはヴェルザンが貸し出してくれたもので、彼の生家所有の魔具らしい。
骨細工に見えるペンダントトップに話しかければ、色違いのソレを持つ相手に声が届くと言う代物。
ただし双方向ではなく、白から茶への一方通行だ。
それでもリアルタイムに声を伝えてくれるのは、とんでもなくありがたいのだが、お値段は聞きたくないと耳を塞いでしまうほど。
慎重さに欠ける脳筋ラドグースが、ビクビクするのも当然な代物であった。
「とりあえず他でゆっくり食べてきなさいよ、その間は私が見張ってるから」
「そんじゃ頼めるか? 悪いな」
「いいのよ。あぁ、だけど行く前に引き継ぎはしてってよね」
交代してくれると聞いて、すぐに身を翻そうとしていたラドグースの腕を、ナイハルトが捕まえる。
「はは、すまん。って言っても何の動きもねーぜ? 無理やり建てた建物なせいか、裏口もないしな。出入り口はそこの正面玄関だけ、窓も大通り側だけだ」
「じゃあ馬鹿ウルはずっとこの中にいるの?」
ナイハルトの言葉にラドグースが大きく頷いた。
「隊員の出入りもまだないし、通いのメイドがいるらしいが、そっちもまだ見てねぇ」
「そう」
ナイハルトとラドグース、二人黙ったままパウルのいる部屋の窓を見上げた。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)