85話 サラリーマンに見える精霊
確かにあったはずの鍵が消えた手の平を、無言で見つめる。
しんと静まり返った室内で、フィルだけが『はて?』と首を傾げた。
「皆様、如何なさいました? ワタクシ何か不手際でもしてしまったでしょうか」
大きく丸いふわふわが、おろおろとし始めるのに、室内の空気が緩んでいく。
エリィは小さく息を吐くと、苦笑を浮かべて首を横に振った。
「ぃぇ、鍵を受け取ったはずなのに消えてしまって驚いただけです」
「おぉ、そうでしたか。驚かせてしまって申し訳ございません。ワタクシも鍵などの、形にする必要はないと申し上げたのですけどね……セレス達が聞き分けないもので」
「「「「………」」」」
この愛らしいシマエナガもどきは、自称かもしれないが大精霊の補佐官と言う立場にあるというのに、上司にあたるだろう精霊たちへ、敬意を払ってはいないのかもしれない。
エリィが訊ねようと思ったが、それより早くセラが、珍しく口を開いた。
「貴殿は補佐官らしいが、大精霊殿は貴殿の上官にあたるのではないのか?」
きょとんと真ん丸な瞳でじっと見てくるフィルは、本当に愛らしいが、質問の意味を測りかねているようだ。
「上官…ですか。ふぅむ……失礼しました。ワタクシ共も精霊でございますので、彼らとの間に地位の差はございません。
その、ですね……彼らは押しなべて物臭なのです。ですが誤解しないでください! 精霊全てが物臭なわけではありません!
セレス達ときたら、そろそろ季節の風を吹かせろと言っても『え~やだ』『フィルやっといて』とか……えぇえぇ、毎度の事ですので、もう慣れてはおりますが…」
何だろう…このサラリーマンの悲哀に染まり切った言葉の数々。
それを口にしているのが、この上なく極上のふわふわなのだから、悲壮感もひとしおなのだが、余程鬱憤が溜まっているのか、未だにフィルの言葉は途切れない。
「飽き性で物臭なくせに、余計なところだけ凝り性で。さっきの鍵もその産物と言えましょう…そのおかげでワタクシ共は、散々飛び回らされたというのに、アンの野郎どもは……」
だんだん口調も崩れてきている。
アルメナと言うシマエナガっぽい鳥が精霊だったという、普通なら吃驚ポイントをスルーしてしまうくらいに、彼の愚痴は重く続く。
とりあえず分かったことは、アルメナは動物でも魔物でもなく精霊で、『大精霊』と呼ばれている6名の手伝いを『仕方なく』しているという事。
フィルは風の大精霊セレスの手伝いをしているが、そのセレスはかなりずぼらだという事。
そして、これは初めて知った事だが、精霊と妖精に本来差はなく、人間種が勝手につけた区別であるという事。
精霊と呼ばれている者は、単に6属性の力が強いというだけで、別に花を咲かしたりできないわけではないし、反対に花の妖精だからと言って風や大地に干渉できないわけではないという事らしい。
すべては人間種の想像と決めつけの結果でしかなく、彼ら自身は名で呼び合っているとの事。
エリィ達には『風の大精霊』といった肩書を付けた方が、わかりやすいかもしれないというフィルの配慮だった事もわかった。
延々と続くかに思われたフィルの愚痴…もはや呪詛に近かったが、突然フィルが笑顔で止めた。
「お聞き苦しいかったですよね、申し訳ありません。そこでなのですが、まずは最初にエリィ様から名づけを賜りたいのですが、如何でしょう?」
にっこりと、とびっきりの笑顔(笑顔に見えるから仕方ない)で、首をコテリと傾がせてくるフィルは、悶絶物の可愛さだ。
しかし秒の後、エリィは自分に『待て、落ち着け』と即答を避けた。
(そこでって、どこでよ…ぃゃ、それはさて置き、名付け? もう名乗ってるのに? それに名付けたら『従魔』になってしまうのではなかったかしら…えっと……どゆこと?)
考えてもわからない事は、聞く方が早い。
「えっと、フィルさん。フィルさんには立派な名前がありましたよね? それなのに名付けって変じゃないですか? それに『名付け』しちゃうと『従魔』になるって確かあった気がするんですけど」
「あぁ、問題ございません。エリィ様の眷属になるための第一歩でございます。
恐らくこれより後、エリィ様からの名付けを望む者は増える一方かと思われますので、ワタクシめは先んじて請うた次第」
「『眷属』って何?」
「ワタクシめが説明など僭越でございますが、こほん。
エリィ様に惹かれた者は『名』を頂く事で『従魔』となります。
実際魔物でなくてもこの名称になるのは、甚だ遺憾なのですが……失礼、話が逸れましたね。
その後魔力交感をすることで『忠魔』となり、その後暫くすれば『眷属』となれるのです。
眷属ともなればエリィ様の手足も同然。家族も同然! ここ重要です!」
力説するフィルが、ズイッとエリィに見せるように胸を張る。
「ワタクシは元々エリスフェラード様の眷属、ここに紋章がございますでしょう?」
グッと張った胸に、確かにエリィの魔印が薄っすらと刻まれている。
ただアレク達に比べるとかなり薄く、消えかけていると言っても良い。
「ですが、エリィ様は名を変えてしまわれたので、紋章が消えかけているのです。
ワタクシはそれを諾々と受け入れる気はございません! 消えかけているのならば、新たに刻んでいただけばよいだけの事!」
風切り羽をググッと拳のように握って、ふんすと鼻息を荒げていたフィルが急に萎れると、両翼を器用にお祈りするような形に組み替えると、エリィに懇願してきた。
「ダ、ダメでございましょうか? ワタクシ、お役に立ってみせます!」
フィルの勢いにエリィは気圧されるしかない。
「ダメじゃないけど、アルメナって珍しい鳥なんじゃなかったっけ? 今は精霊だって聞いたからわかってるけど、他の人間種から見れば珍しい鳥って認識よね?
セラだけでも大騒ぎになってるようなのに、アルメナまでとなると…それにセレス…様? は良いの?」
フィルが乗り出した分、身を引いて仰け反っているエリィの言葉に、フッと黒い笑みを浮かべる。
「セレス? 主従じゃありませんし何ら問題ございません!
それにエリィ様があやつに敬称など不要でございます!」
「ァ、ハイ」
こほんと咳払いをするのさえ愛らしいフィルが、両翼を広げて高らかに言う。
「ご安心を! ワタクシめは精霊故、大きさも変幻自在でございます! 何なら人間種に擬態することも可能でございます!」
ドヤ顔さえも愛らしくて困るが、今の姿のまま大きさも変えられるし、人に擬態もできると言うなら、問題はないだろう。
だが、今現在の『家族』に了承を得ねばならない。
【ってアルメナさんが言ってるんだけど、皆どうかしら?】
【僕はかまへんで。お仲間が増えるんは歓迎や】
【俺も問題ない】
【………】
【ムゥ? ムゥが嫌なら断るから、安心してよね】
エリィの言葉に、抱きかかえたままのムゥが見上げてくる。
【ヤじゃないのよ……ただ、ムゥも傍に居ていいのよ?】
【もちろん。ムゥと同じスライムの仲間も探すつもりなんだから、傍に居てくれないと困るわ】
ムゥの表情が一変するのがわかる。
【だったらムゥもお友達増えるのは嬉しいのよ!】
【大体やなぁ、さっきの話やと、これからも増える一方なんやろ? 一々確認なんかせんでええわ】
【確かに…だが、増えすぎても困るのは事実ではないか?】
【ムゥはもっともっと増えたら嬉しいのよ!】
【あぁ…そんな事も言ってたわね。増える一方だって。まぁ今考えても仕方ない事だし、とりあえず皆が嫌じゃないなら良いって事にしとくわ】
その後少しばかり不安そうにしていたフィルに、同じ名前を重ねがけした。別に違う名前にしないといけない訳ではないと聞いてホッとしたのは内緒だ。
消えかけていたフィルの紋章は、すっかり蘇っていた。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)