84話 シマエナガとの再会
前話で、お見送りをした後、扉の施錠をする描写を追加しました。
扉の隙間から丸い物体が見えたかと思うと、ソレがヒョコッと顔を覗かせた。
薄緑色のふわふわとした体毛に円らな瞳、小さな嘴。
思わず抱き込んで頬擦りしたくなるような愛くるしい姿は、随分以前に森で見かけたシマエナガだ。
当然シマエナガと言う名前ではない。
『アルメナ』や『ナキツゲ』と呼ばれているらしいのだが、エリィがシマエナガに似ていると認識してしまったせいで、自動翻訳が御丁寧に『シマエナガ』と翻訳してしまうようになった。
まぁ、エリィにどう聞こえていたところで、エリィ以外との認識に齟齬が生じないのであれば、何ら問題はない。
それにしても大きい…立った状態で床から頭までエリィと同じくらいの高さがある。翼を開いたり、尾までの長さならエリィより大きいだろう。
以前は見た感じ小さいと思ったのだが、それは距離や周りの対比物のせいだったとわかる。
ただこの大きさがあるならば、抱き着いても潰さずに済むだろう。そしてもし抱き着くことが許されるのならば、それは至福の時間になる事が約束されている。
まぁ、今は現実的ではない妄想だ。
そのシマエナガは、扉の隙間からするりと入り込むと、ペコリと頭を下げながら翼をまるで手のように前へと差し出した。
その前へと差し出された翼の先に、前世で見たような四角いカードがいつの間にか乗っている。
「初めまして、ワタクシこう言う者でございます」
どこの営業さん?と突っ込んでも良いだろうか……。
頭を下げ、名刺を掲げる彼(声の感じは爽やかな青年といった風情だ)を除く全員が、無の表情になるのも無理はないだろう。
暫く何とも言えない微妙な空気が流れる中、それを仕方なしに打ち破ったのはエリィだ。ずっと名刺を掲げている翼がプルプルと震えはじめているのを見れば、それを無視できるほど非情にはなれない。
「ぁ、ごめんなさい、えっと名刺の用意をしておらず申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそ急に押しかけてしまいましたし、どうぞお気になさらず」
名刺がエリィの手に渡ると、心底ほっとしたように目を細め、コテリと首を小さく傾ぐシマエナガ。
―――やばい、巨大だけど、青年声だけど、可愛すぎませんか!?
ムゥとセラは相変わらず無の表情のままだが、エリィとアレクは身悶えしそうになるのを必死に耐えている感じだ。
【アカン! これはアカン! この可愛さは凶器やろ!? それにあのふわふわ!】
【アレク、全面同意するわ】
エリィとアレクの引きそうになる念話での叫びに、セラは溜息を零すだけだったが、ムゥはその瞳を潤ませ始めた。
【……ムゥ、可愛くない…ムゥもう要らない子…】
流石にその呟きにエリィもアレクも息を呑んで慌てる。
【違うって! ムゥは可愛いわよ。ちゃんともう家族だよって言ったでしょ?】
【せ、せやで。あっちとムゥの可愛さはちゃう種類なんや。あっちは愛玩的っちゅうか】
【だって…ムゥはふわふわしてないモン】
ふみぃと泣きべそをかきそうになるのを頑張って堪えているムゥも、どうしようもなく可愛い。しかし悲しませたいなんて思ってないので、エリィはムゥに近づいてぎゅっと抱きしめてやる。
【ムゥは大事なうちの子なんだから。アレクもセラも、皆で仲間で、ずっと一緒に居るんだよ】
【ぅにゅぅ…ほんと?】
ムゥのご機嫌を取るのも大事だが、お客人の事も忘れてはいけない。
「えっと、すみません」
「いえいえ、御都合も考えず訪問してしまいましたので……もし宜しければ改めて出直させていただきます」
飛び込み営業か何かだろうかと、思わず突っ込みたくなる。
いや、ソレなら『すみませんが、今回は御縁がなかったという事で』とお帰り頂く一辺倒だが、さすがにそれはまずい。何故なら恐らく彼は、あの森から以降、時折聞いた囀りの主ではないかと思うからだ。
ずっと追いかけてきたのなら、何か理由があるに違いない。
ムゥを抱っこしたまま、改めて渡された名刺を見る。
(名前はフィルシオール、風の大精霊セレスティオン補佐官……補佐官!? って、その前に大精霊!?)
「ぁ~、それには及びません。それで一体何なんでしょう? 私、自慢じゃありませんが精霊の知り合いなど皆無なのですが」
その言葉にシマエナガ改めフィル(名前が長くてして舌嚙みそうだから略す)は、一瞬悲しそうな眼をしたが、すぐに俯き小さく呟いた。
「やはり…で、ございましたか。エリスフェラード様は記憶が…」
どうやら前々世『エリスフェラード』とやらの知り合いだったらしい。
「すみません、前々世の記憶は殆どないので……何か申し訳ないです」
「いえ、こちらこそ申し訳ございません。では今は何とお呼びすれば…?」
「名前と言うか、エリィと呼ばれてるので、それでお願いできますか? エリスフェラードって呼ばれても記憶はないし、なんか嫌な感じがするんですよね…申し訳ないんですけど」
「かしこまりました。エリィ様とお呼びさせていただきます」
「っていうか…堅苦しいのはちょっと……普通に話してもらえると助かります」
途端にフィルが顔を上げて目を見開いた。
「我らが心よりお仕えする貴方様にそのような…ぃぇ、まずは改めましてご挨拶を
風の大精霊セレスティオンが補佐官を務めております、ワタクシ フィルシオールと申します。以降フィルとでもお呼びくだされば嬉しく思います。今後とも宜しくお願い致します」
「それじゃこちらも改めて、私はエリィと呼ばれています。今抱っこしてる子はムゥ、猫っぽいのがアレクで、グリフォンはセラって呼んでます」
目の前の丸いふわふわが、深々と頭を下げるのにつられて、全員が軽く会釈をする。
「それで、何の御用でしょうか? さっきも言ったように精霊さんからの用向き何て、さっぱり思いつかないんですけど」
「それなんですが、まずはこちらをお返しいたします」
そう言ってフィルから渡されたものは、水晶のように透き通った素材の鍵。
手の平に、ひんやりとした質感をもって静かに鎮座していたソレが、すぅっと消えたのはすぐ後の事。
「「「!!」」」
フィル以外の全員が瞠目して息を呑む。
「エリィ様に無事お返し出来て、一安心でございます」
目を細めて言うフィルだけが、ほこほこと嬉しそうにしていた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)