83話 昼食の終わりと新たなる邂逅の予感
「それでは納品の方、お手数をおかけしますが、宜しくお願いします」
エリィはそう言うとゲナイドに頭を下げた。
「あぁ、任されたぜ。それじゃ長居しちまって済まなかった、息が詰まるだろうが、せめてゆっくり休んでくれ」
「私も部屋に戻るかな」
ゲナイドが席を立ったのを合図に、オリアーナも椅子から立ち上がった。
その時、エリィがふと考え込んでから、オリアーナを見上げて話しかけた。
「あの、少しだけお聞きしても良いですか?」
エリィの声かけに、オリアーナが扉へ向かいかけた足を止めて振り返る。
「どうした?」
「この村にポーション等を扱うお店や時計を扱うお店ってありますか?」
「ポーションに…と…けい?」
ゲナイドも足を止めていて、振り返って首を捻っている。
「「トケイってなんだ?」」
二人の様子に『時計』と言う物はないのだとわかったが、もしかすると違う名前で存在しているかもしれない。そう考えてダメ元で説明をしてみようと考えた。
「えっとですね、品物の名称は違うんですけど、時間と言うか時を知る為の携帯道具なんてあったら嬉しいなと…」
「時を…あぁ、時盤の事か」
「時盤なんてどうすんだ? 売ってはいるがかなり高いぞ」
どうやら通じたらしいが、どうもかなり高額商品のようだ。
「そうだな、高いしこんな村じゃ扱う店も商人もいないな」
「俺達もチームで一つ、俺が代表して持ってるだけだ。以前王都に行ったときに、全員で資金を出し合って買ったんだ。見てくれよ、これだぜこれ」
ゲナイドがやたらニコニコしながら、床に片膝をつき身を屈めると、懐から手のひらサイズの金属製の物を取り出して、エリィに見せてくれる。
丸い形をしていて、前世で言うところの懐中時計のような見た目をしていた。
ただやはり風防に使われているのはガラスではないように見えるので、軽く鑑定してみると、やはり昆虫型魔物の翅だった。イムト・フロース・テフィラと言う名で、氷の属性を持つ大きな蝶らしい。その蝶の翅が透明なので色々なところで使用されているようだ。
(なるほどね…でも所々翅脈のような歪みが薄っすらと残ってるのは、製作者の練度が足りてなかったのか、消せない歪みなのか…その辺りもいずれわかると良いな。でもまぁ、綺麗なことに変わりはないわね)
「綺麗ですね」
「だろだろ!? いや~、これで俺ら全員すっからかんになっちまってな。あの後は必死に依頼をこなす日々だったぜ」
ゲナイドにとってはそれも良い思い出だったのだろう、嬉しそうに笑いながら話してくれる。
オリアーナはと言うと、右手の人差し指を軽く唇に当てたまま、何やらぶつぶつ呟いているが、放っておくとしよう。
時計もとい時盤の事は知ることが出来た。いずれ王都なり、どこか町にでも取扱店舗があったら見てみたいと思う。
時計もそうだが、職人が作る作品というのは見ているだけで時間を忘れてしまうし、純粋に買い物は楽しい。
人間種と深く関わりたいとは思っていないが、買い物程度の接触は問題ない。
「時盤の事を教えてくれてありがとうございました。ゲナイドさんは実物まで見せて下さって、本当にありがとうございます。それで、後ポーションを売ってる店なんですが、ありますか?」
いい笑顔で頷いていたゲナイドだったが、ポーションの店の話になって、少しきょとんとした表情になっている。
「エリィは自分で作れるんだし、2等級くらいを作れるって聞いたぞ? それなのに他のポーションを買う必要なんかないと思うがな。この村じゃ良くて1等級、殆どが粗悪品ばかりだし…それでも無いよりはマシだがな」
「私は色々と物知らずなので…他にどんなポーションがあるのかなと。レシピの本等も探せたら助かりますから」
「なるほどな、確かに色んなポーションがあるな。そういう事なら、そうだな……あそこ、大通りから外れるが、この宿からなら近い雑貨屋がお勧めだ。品質を問わず種類だけ見たいってんなら、この村ならあそこが一番種類は多いだろう。だけどもう一回言っとくが、品質は問うなよ? それと本なんて高価なモンは時盤と同じで、こんな小さな村じゃ買えないぜ」
ゲナイドが床に片膝をついたまま、大きな手でフードに覆われたエリィの頭を、ポンポンとあやすように優しく叩いた。
「今すぐには無理だが、もう少しなんとかなったら見に行こうぜ」
『はい』と返事をすると、ゲナイドは立ち上がり、未だぶつぶつと自分の世界に跳んでいるオリアーナに顔を向けた。
「お嬢、何を考え込んでんのか知りませんが、そろそろ行くとしましょうよ」
ゲナイドの声に弾かれたように顔を上げたオリアーナは、途端に恥ずかしそうに頬を薄く染めた。
「す、すまない。すっかり考えに浸ってしまっていたな」
「戻ってきてくれて助かりますよ、それじゃまたな。何かあったらすぐ言ってくれよ」
ゲナイドの言葉の前半はオリアーナに向けてだが、後半はエリィに向けての物だ。それにオリアーナも同意とばかりに頷く。
「エリィは巻き込まれたような物なんだから、遠慮は不要だぞ。それと私はこれから自分の部屋に行ってこようと思う。たぶん遅くなるから夕飯は部屋に持ってきてもらうように女将にお願いしておくよ」
「はい、お二人共お気遣いありがとうございます。オリアーナさんは気を付けて行ってらっしゃいです」
見送りの挨拶にオリアーナが破顔する。
「あぁ、ありがとう。それじゃおやすみ」
「ゆっくり休めよ」
「はい、おやすみなさいです」
部屋から出ていく二人を見送り、扉が閉まると静寂が戻ってきた。
扉の前で見送りの姿勢のまま動かないエリィに、アレク達はそれそれ顔を上げて首を捻る。
よくよく見ればエリィの片が小さく揺れていて、どうにも笑っているように見えるのだが、仔細がわからず更に疑問符が飛び交う。
カチリと施錠する音がした後、エリィはくるりと身を翻し、庭に面する扉の方へと歩き出した。
それをじっと目で追いかけるアレク、セラ、ムゥ。
庭に面する扉前に着いたエリィは、扉の鍵を外しそっと静かにすかし開けた。
「お待たせ」
突然話し出したエリィに、3名はぎょっとすると同時に臨戦態勢を取った。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)