82話 納品用ポーション
「それで証拠押さえの方は大丈夫なのか?」
エリィがぐっと黙り込んだので、オリアーナはあからさまに次の話へと移った。
「ホスグエナの方は難航してるみたいですよ。こっちで何か見つかればって期待してるらしいです」
「……それで本当に伯爵家にまで捜査の手を伸ばせるのか?」
「ヴェルザンが家経由でせっついてるみたいなんですがね、どうにも…」
「ふむ…どこが捜査にあたってるんだ?」
「第2騎士団って聞いてますよ」
「第2となると、団長はケッセモルト?」
「俺はそこら辺はわからんですが、ケッセモルトと言えば、肥え太って威張るだけの能無しって噂は聞きますね」
「頭が痛くなる話だな」
二人が唸って話が進まなくなったので、エリィは意識を再び窓の方へと向ける。
やはり姿は見えない。
見えないし、気配も拾えないのだが、何だか落ち着かない居心地の悪さが続いている。
(話は膠着しているし、とっとと退散願うかしらね)
「あの、お話は変わりますが、作ったポーションの納品をお願いしてもいいですか?」
唸って固まっていた二人が、エリィの声かけに弾かれたように顔を上げた。
「ぉ、おう。もちろんだ。今日作った分か?」
「はい。あの後、戻ってから作った分になります」
「そうか、となると…休憩に1鐘間とったとしても3本くらいはありそうか。助かるぜ」
エリィは『ン?』と瞬時に思考する。
(1鐘って確か時間の単位よね…オリアーナさんに以前教えて貰ったわ。1鐘間がほぼ1時間と同じくらいな感覚で分かりやすいなと思ったっけ。
大抵鐘の音で時刻を知らせるから、単位が『鐘』になったって言ってたわね。
ここに戻ったのが確か8鐘くらい。1時間の休憩って言ってるんだから…今何時よ、ってここだと何鐘って考えたほうが良いのかしら…ぅ~ん自分の中だけの事だし、前世の単位で良いわよね。人と話すことがあったら、その時は気を付けるとして…あぁぁぁ、もうややこしい!
この世界は時間も10進法で12進法じゃないから本当にややこしい…時計も探さないとだわ。パネル呼び出したら時刻表示もあるけど、いつも忘れてるものなぁ。
ふぅ……もう一度整理して…
宿に戻ってきたのが前世時間の10時くらいな気がする。それで実際には休憩って言うより転寝だったけど、たぶん1時間どころか2時間は寝てたわよね。後は皆に説明したりもしてたし。
今が何時なのかわからないけど『昼食って時間じゃないが』と言ってたから、14時か15時と仮定して……実質作業に取れた時間って3時間前後ってところかしら。
ん? ちょっとまって3時間で3本という事は、1時間で1本しか作れないの!?)
「エリィ? 大丈夫?」
思考の海にどっぷりと浸かっていた為、二人からはフリーズしたかのように見えていたようだ。
「ぁ、いえ、すみません。大丈夫です。(最大でも5本くらいで止めた方が良さそうね。それにガラス容器はやっぱり今は出さずにいたほうが良いかな)5本は何とか作れたので、納品をお願いしてもいいですか?」
「5本も作れたのか!?」
「エリィ、無理したんじゃないか? だからさっきからぼうっとしてるんじゃ」
オリアーナとゲナイドが、揃って心配し始めるので、エリィは眉をハの字に下げて困ったように笑う。
「無理はしていませんし、大丈夫です。それでこちらなんですけど」
そう言いつつ、ベッドの枕元に置いていた背負い袋から、取り出す振りをして傷用のポーションを5本取り出した。
それを持ってテーブルに戻ると、陶器の容器が割れないように気を付けながら並べる。
「変わった意匠の容器だな。これがエリィ印って事か?」
「!(マジか…容器の素材そのものもだろうが、デザインもマズかったのか)えっと、そんなに変ですか?」
「いや、軽いし持ちやすい。俺はいいと思うぜ」
ゲナイドが並べられたポーション瓶の一つを手に取り、矯めつ眇めつしていたが、何かに気づいたように軽く瞠目した。
「エリィの魔印がないな。瓶の意匠は真似されるかもしれんが、魔印は真似も偽造もできねぇんだ。間違いなくエリィが作ったモンだって証明の為にも魔印はつけとけ。
それに魔印がないものは納品扱いにならねぇんだ」
「わかりました」
エリィは頷いて返事をすると、首から下げたプレートを手に持って首から外し、ポーション瓶に軽くあてた。
その途端にポーション瓶が薄っすらと発光し、その光が治まってから見れば、容器の本体と蓋の継ぎ目の所に、エリィの魔印が刻まれていた。
魔印が刻み終わった瓶を、ゲナイドが再び手に取りじっと見つめる。
「ふぅむ……エリィの魔印はすげえ細けぇんだな。繊細って言うか美麗って言うか…。それと一つ聞いていいか?」
ポーション瓶から目を離さないまま訊ねてくるゲナイドに、微妙に緊張しながらエリィは頷く。
「この蓋って、何だ?」
「へ?」
「いや、蓋だよ蓋。大抵革とかを紐で縛るか蠟で封するかなんだが…こんな素材みたことがなくてな」
【やらかしたああああああああああ】
【【【!!!】】】
慌てたせいでエリィは念話で叫んでしまった。
突然のエリィの叫びに、アレク、セラ、ムゥがすぐさま身構えたので、オリアーナとゲナイドも身構える。
「な、なんだ!? どうした!?」
『ぁ』と小さく零してエリィが急に頭を下げた。
「ごめんなさい、私の気配に従魔達が反応してしまっただけです。その(ぁぁ、何て言い訳したら良いかしら…)えっとですね…そう! この素材を取ったとき怖かったと言うか、気持ち悪かったというか…それを思い出してしまって【吃驚させてごめんなさい!】」
申し訳なさそうに身を縮めて言うエリィに、オリアーナとゲナイドがほっと息を吐いて笑みを浮かべた。
アレク達も既に緊張を解いている。
「なんだ、そういう事か」
「そんなに気持ち悪かったのか?」
どうやらうまく誤魔化されてくれたらしい。
「はい、見てるだけで背中がゾワゾワするというか。その癖攻撃は素早くて」
「「??」」
どうやらオリアーナとゲナイドには伝わっていないようだが、それも当然だろう。たったそれだけの情報では何も伝わらない。
「つまりは魔物素材って事か」
「はい、そうですね」
「何の魔物か教えて貰ってもいいか?」
「お断りします」
エリィの即答にゲナイドもオリアーナも目を丸くしている。
「聞いてくるという事は、売れそうというか、何らかのメリットがあると判断したって事ですよね? だけど、それの情報をゲナイドさんは知らない。
なら、そんな情報をタダでお渡しすると思いますか?」
しれっと言うエリィを暫く凝視した後、ゲナイドは吹き出すように笑いだした。
「全くだ、すまん。さっきの言葉は忘れてくれ」
「エリィはしっかりしてるな」
ちなみにエリィが秘匿したこの魔物、森に居る寄生性食虫植物系魔物の一つで、ダーチェ・オーレカンという名称だ。
もっともエリィは『蔓』と呼称しているので、今後も『蔓』としか呼ばれない事は決定事項だろう。
初めて狩ったのはオリアーナと出会う前の事。森の中を歩いていると、急に襲い掛かってきたのだ。
エリィ一行を捕食しようとしたのだろうが、あっさり返り討ちにした。
そのままでは、寄生されている木が可哀そうと、根までしっかり剥がしてから収納へ放り込んだ結果、自動素材化によってその有用性が判明した。
蔓の茎部分は紙の素材に、花部分は染料の素材。そして根元の固い部分がコルクのような質感をしていて、捨てる部分がほぼないという、エリィにとっては見かけたらすぐに討伐回収を流れ作業で行ってしまう程、有用魔物なのだ。
そのコルクに似た素材を、瓶の蓋もとい栓として使っている。
もっとも情報を公開したところで、たぶん狩りに行ける者は多くはないだろうと思えるくらいには強い魔物だった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)