8話 グリフォン
「少々良いだろうか?」
一人と一匹がぎゃぁぎゃぁ騒ぎながら木箱の中のものを収納へと引っ越しさせているその時、後ろから聞きなれない声が聞こえて、すべてが凍り付く。
ゆっくりと血の気の引いた顔を後ろへと向ければ、どこからどうみても負傷していたグリフォンが起き上がっていた。
視界に収めて認識した刹那、アレクはエリィの前に飛び出し態勢を低くして威嚇する。2対の翼を目いっぱい広げても、グリフォンからしたらとても小さな存在に見えるだろう。それでもエリィを護ろうと魔力もその身に纏わせた。
エリィ自身も既に臨戦態勢で抜刀しており、戦うことに躊躇いはないようだ。
「俺に敵対する意思はない」
涼やかな声が穏やかに語り掛けてくる。
「戦わなくていい? っとその前に人語を解し…てる?」
未だ威嚇の姿勢を崩さないアレクの後ろから、エリィが小さく尋ねる。
それにしても…嘴から紡がれるのが人語というのが、こちらの頭を混乱させる。
「俺を救ってくれたのは貴殿らであろう? 恩に報いることはあっても仇をなすなど考えるわけがない」
木枠の上に毛皮を敷いたベッドの上に行儀よく座っているグリフォンに、確かに敵意はない様に思われた。
「ふむ…人と言葉を交わせるという点は気になるものなのだろうか?」
思案気に視線を落としていたグリフォンが問いかけながら見返してくる。
アレクとエリィは互いに顔を見合わせるが、この状況が腑に落ちないという表情が消せない。それでも相手に戦闘の意思がないのは理解できたため、臨戦態勢を解除した。
「気になるというか、アンテッド系や竜系が言葉を話すというのは違和感がないし、あと聖獣とか神獣なんかも馴染み深いからいいんだけど…というかゲーム内では普通に喋ってたし」
合点が言ったように少し目を見開いてから、グリフォンが大きく頷く。
「人間種以外で人語を理解する種族があるのかはわからないが、俺の種族では珍しいと言いたいのだな? して『げーむない』というのは何であろう…」
そこを突っ込まれると思っていなかったと呟き、エリィは苦笑を漏らす。
「あ~、そこは気にしないで。で、聞きたいことって?」
対峙しているのも何だしと、グリフォンがいるベッド横の床にぺたりと座り込む。アレクもそれに倣ってエリィの横に翼をたたんでちょこんと座った。
「……」
こちらの感情か思考でも読み取ろうとしているのだろうか、グリフォンはじっとエリィを見つめたまま微動だにしない。
何やら意味ありげな強い視線と長い沈黙に、エリィのほうが音を上げた。
「えっと、特に何もないなら是非ともこのままお引き取…」
そこまで言ったところで、目の前のグリフォンが首を横に振る。何故だろう、表情などわかりそうもないのに、その目が優しげに見えるからだろうか、ふとグリフォンが笑ったようにエリィには見えた。
「いや、すまない。聞きたいことは決まっているのだ。ただ貴殿らが俺の言葉に耳を傾けてくれることが不思議でな。俺は貴殿ら『人側』からすれば『魔物』と呼ばれる敵性生物なのだろう?」
目の前に座るグリフォンが人語を介するどころか、とても聡いことがわかりエリィとアレクは一瞬顔を見合わせる。
実をいうと、さきほど声をかけられた時、どちらも睡眠魔法をかけていなかったことを後悔したのだ。
傷は確かに癒したが、失われた血や体力まで戻してはいなかった為、意識を取り戻すのにまだまだ時間がかかるだろうと踏んでいたのだ。それが数時間で回復するなど想定外も甚だしい。
グリフォンが眠っている間に旅立とうと算段していたのに番狂わせもいいところだが、これはこれで嬉しい誤算というものだろう。
意思疎通ができるのならば、見当違いな誤解――例えばグリフォンが眠っている間にとんずらできたとしても、匂いが残っていればエリィ達を敵認定して追いかけてくる等という可能性も無きにしも非ずなのだ。
そういう万が一の誤解が解消できて、穏便にさよならできるのなら、それが最上だ。
エリィとアレクは滞りなく旅立つために、改めて表情を引き締めグリフォンに向き直り口を開く。
「確かに魔物であるけど、死にかけるほどの大怪我を一生懸命治したのよ? 敵にならないっていうなら、態々自分の労力をふいになんかしたくないわ」
「……そうか」
グリフォンがベッドの上で立ち上がり、静かに床へと足を下すとエリィとアレクに『伏せ』のように頭を下げた。
「感謝する、本当にありがとう。貴殿らがいなければ、俺はもうこの世にはいなかった。そのうえで訊ねたい、何故俺を助けたのだ?」
下げていた頭を上げ、会わされる視線にエリィは少したじろぐ。
左手の人差し指を顎に添え、自らの感情の軌跡を思い出すように顔を伏せた。暫く考えてから手を下すとニパッと何とも言えない微妙な笑顔を向けた。
「えーっと、わかんない…かも? いやぁ、あの時何考えてたかなんてさーっぱりだわ、生きてるなら助けなきゃ、それぐらい? 何よりグリフォンよ、グリフォン。助けない選択肢なんてあるはずないわ」
落ち着かなげに左手で後頭部をわしゃわしゃする。
「ん?…いや、そうか、俺は随分と良い御仁に巡り合っていたようだ」
感謝を向けられることに慣れていないのだと言わんばかりに後頭部をわしゃわしゃし続けていたが、続く問いに思考が追い付かず固まってしまう。
「もう一点…俺以外に同族のものはいなかっただろうか?」
「……えっと、他…?」
「あぁ、見かけていないだろうか」
必死に思い出すが、あの場所で動いていたのは目の前のグリフォンだけだ。
それ以外は圧倒的な暴力と死の気配だけで、それ以外なかったことは断言できる。ただ無意識に思考を何かよぎったのだろうか、エリィがローブの左ポケットにそっと手を伸ばし、中から何か取り出した。
とても小さな羽、あの時見つけて拾ったまま、ポケットに突っ込んでいたようだ。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
至らぬ点ばかりのお目汚しで申し訳ない限りですが、いつかは皆様の暇つぶしくらいになれればいいなと思っております!
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
そしてブックマークありがとうございます!
最初目にしたとき、信じられず2度見ならぬ3度見してしまいました。
次に訪れたのは気恥ずかしさ、それから気恥ずかしさを上回る嬉しさでした(涙出そうでしたw)。
どうぞこれからも宜しくお願いいたします<m(__)m>