77話 前世の記憶 その3
エリィとオリアーナが呆気にとられる中、ゲナイドを除く大地の剣面々とヴェルザンは、呆れた様子を隠しもしなかった。
「はぁ、ゲナイドお前本気で言ってんの?」
「いや、だがゲナイドらしいな」
「カムランの言う通り、確かに『らしい』わね」
「ゲナイド様…」
彼らの様子にゲナイドが口をへの字に曲げてむくれた。
「揃ってその言い草かよ。だけど考えてもみろよ、お嬢ちゃんは当事者なんだぞ? その上非もないのに行動は制限されるし監視まで付けられる。なのに何にも話さず爪弾きって、俺にはそっちの方が酷いと思えるがな」
ゲナイドの言葉に、ヴェルザンが一番に表情を変えた。
「確かに…ゲナイド様のおっしゃる通りですね。失礼しました」
「お嬢ちゃんが見た目通りじゃねぇって、もうわかってんだろ? 一見人族にしか見えねぇけどな。まぁそこは深く突っ込まねぇから安心してくれ。それでだ、お嬢達はどこで寝泊まりしてるんだ?」
ゲナイドは一同を見回してからエリィに視線を映し、その後オリアーナに顔を問いかけた。
「私らか? 『馬蹄と銀の二葉亭』って宿だが…村の端っこの宿だが、わかるだろうか」
「馬蹄と…俺は初めて聞くぜ」
オリアーナの返事にラドグースが首を捻る。
「あ~あそこならある意味穴場かもしれんな」
「ゲナイドは知ってる宿か?」
「あぁ、女将が元テイマーでな。テイマー用の部屋が2つ程あったはず…だよな?」
カムランに訊ねられたゲナイドが答えていたが、確認するようにオリアーナに視線を向けた。
「ここ数年は半ば物置になっていたそうだが、以前もあまり有名ではなかったと言っていた。馴染みで信頼のおけるテイマー仲間だけ泊めていたと聞いている」
「お嬢様はどうしてそんな事知ってるんです?」
言葉遣いが普通になったナイハルトが、不思議そうにオリアーナに訊ねるが、それに答えたのはゲナイドだった。
「ナイハルトは会った事なかったか? お嬢の乳母だった女性なんだがな」
「知らなかったわ。私は宿舎と訓練場と戦場しか出入りしなかったもの」
ナイハルトの言葉遣いが正されるのは、オリアーナ限定の事らしい。
「まぁ、トクスに来て5年たってない奴らは、知らないだろうさ。だが、どうしたもんかね…出来れば宿に一人くらい送り込んだ方がいいか?」
ゲナイドの視線がヴェルザンに向けられる。
それを皮切りに男性陣5人が意見をぶつけ合い始めた。もっとも主に喋っているのはゲナイトとヴェルザン、そしてカムランだった。
そんな5名を眺めながら、エリィは意識をオリアーナに向ける。
口を引き結び、感情の読み取りにくい表情を張り付けていたオリアーナだったが、エリィが意識を向けている事に気づいたのか、数度瞬きをした後、眉根を下げて困ったように笑った。
「あっちは打ち合わせか何かで忙しそうだな………えっとだな…隠していたわけじゃないんだ…『元』ってだけで、今更な話だしな…それに元とは言え貴族だったなんて言ったら、エリィに距離を取られてしまうんじゃないかと…」
オリアーナがつっかえながらボソボソと言葉にする。
「エリィと居るのは、こういうと誤解を受けそうだが、気が楽だったんだ。変に気を張らなくていいというか…あぁ、そうか…居心地がいいんだ。エリィは私を『オリアーナ』として接してくれただろう? それが嬉しくて楽しかったんだ」
言われれば確かにナゴッツ村のタルマと自分以外は、誰も彼女の事を名前で呼んでいなかった。
皆からすれば親しみと敬愛を込めていたのかもしれないが、呼びかけられる当人にとっては、若干の緊張と責任を伴うものだったのだろう。
目の前で話し合っている5人にしたところで、色々と繋がりはあったようだが『お嬢』だの『お嬢様』だのじゃ、壁を感じても不思議ではない。
そしてエリィは自分を振り返ってみる。
この世界に連れて来られた当初の記憶はもちろんある。だがアレクにも話したことはないが、実を言うと自分の記憶と言うより報告書を読んでいるような、他人事な認識なのだ。
しっかりと鮮明に自分自身を、記憶も含めて自分だと認識したのは、セラと出会うほんの少し前…前日辺りからでしかない。
にも拘らず、エリィは出会った事もないのにこの世界の人間種に、何故か忌避と言うか嫌悪感を持っていた。
実際カーシュやケネスと出会った時も、できるだけ早く離れたいという気持ちが強く、別離後はほっとしたのを覚えている。
ではオリアーナはどうだろう?
最初は気配を消せる油断のならない相手、次いで妙に押しの強い女性だなという認識。真面目で涙脆くて…それにモフ好き。アレクやセラが揉みくちゃにされているのは、見慣れた光景に思える程だ。。
それに世話焼きで……だけどそれらが嫌だと思った記憶は自分にはない。もしかするとアレクやセラは、辟易しているかもしれないが。
つらつらと思い返してみれば、ふと脳裏に過る面影があった。
前世のゲーム内クランに居たクランサブマスター『小指の惨劇』さんだ。
酷い名前だが、普段からよく足の小指を箪笥や壁の角にぶつけては悶絶していたらしい。それが理由で名前を決めたと言っていた。
彼女も世話焼きで、真面目で、人情派で、人付き合いの下手なエリィの事も、それも個性だとまるっと受け入れてくれた……エリィの目に、目の前のオリアーナの姿と小指さんのアバターの姿が、二重写しに見える気がした。
鼻の奥がつんと痛くなるのを感じ、咄嗟に顔を俯けて唇を噛みしめる。
そんなエリィの様子に、オリアーナが肩を落とした。
「やっぱりそうだよな…嫌な気持ちになっても仕方ない。本当にすまなかった」
自分の態度が誤解を招いたと、エリィは慌てて顔を上げて首を横に振る。
「違います。嫌な気持ちになんてなってません」
自分設定で、エリィは森に捨てられ、その後はなかなかに豪傑そうなお婆さんに育てられ、そのお婆さんの死後森を出た後、出会った人にちょっとしたことを教わったという設定を思い出す。
(懐かしい面影を思い出していました…なんて言える設定じゃないわね…)
「そう…か…? いや、はっきり言ってくれていいんだぞ? 私だったら悲しいかもしれないしな…」
「私はオリアーナさんに感謝しているんです」
(そう、信頼まではまだ出来なくても、警戒を緩めても良いかもしれないとは思ってる。人間種に対する感情はまだ払拭出来ていないけど、そう思える人物に出会えた事は、一歩前進…と思っても良いのかもしれない。色々と教えて貰えて感謝してるのは事実だし、何よりこんなに胡散臭い私の事を、それも個性だと言ってくれた人なんだから)
「感謝してるから目を瞑るというのは、違うと思うぞ?」
「感謝してるから、そこから始めれば良いと思ってるだけです」
「そこから始める…」
エリィが小さく首を縦に振った。
「そうか…そうだな、ここから始めればいいな」
「はい、ですが話したくない事を話す必要はありませんから」
「いや、聞かされて楽しい話ではないが、エリィが嫌じゃなければ聞いて欲しい」
了承の首肯を返した途端、喧々囂々と打ち合わせと言う名の言い合いをしていた男性陣5名が、そろってエリィ達の方へと顔を向けてきた。
オリアーナのお話はまた後程にするしかない様だと、エリィとオリアーナは顔を見合わせあって小さく笑いあった。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)