76話 元凶、馬鹿ウルの話
エリィが『?』マークを飛ばしているのに気づいたのか、ゲナイドが口を開いた。
「ああ~、カムラン以外は初対面だったな。そっちの犬獣人が槍使いのラドグース、一番向こうのローブ来てるやつが『元』魔法使いの弓使いでナイハルトだ。この4人で大地の剣全員だ」
「ちょっと!『元』って言わないでよ!! それに殴ってなんかいないわ! 平手でちょっと勢いつけて撫でただけじゃない! ゲナイドってば酷いわ!!」
ゲナイドに食って掛かっているのは、エルフだ。
しかも被っていたフードから覗き出た顔は涼やかな美男。薄緑の髪に水色の瞳と言う、正統派ファンタジーキャラ――なのだが、所謂心は乙女な方のようだ。
「だってあの娘達ったら、いい訳ばっかりで謝りもしなかったのよ! もうイライラしちゃって、気づいたらこうスパーンと」
座り込んでいた床から膝立ちになって、右手を振り上げたかと思うと、勢いよくそのまま振り抜くナイハルトにカムランが溜息交じりに溢す。
「だからって殴るか?」
呆れ顔でナイハルトを流し見るカムランに、ラドグースと紹介された柴犬っぽい獣人男性がへらっと笑う。
「カムランは甘いからな~。あいつら今までも注意されてるんだぜ? だけど注意されたって聞かなかったから、今回の事になったワケ、わかる?」
「……しかし女性だろう? 流石に…」
もごもごと口籠るカムランに、エリィが抑揚なく話しかけた。
「罪は罪です。そこに性差はありません。ナイハルト様、ありがとうござました」
「いやん♡ ナイハルトって呼んで頂戴、うぅん、エリィちゃんならナーイでいいわ~」
美男子が品を作ってくねくねする様は、形容しがたい空気を周りにもたらすが、ヴェルザンは強かった。
「話を戻しましょう。どうでしょうか…エリィ様が今の話を聞いてもっと厳罰をと望まれれば、再検討しますが」
「注意を聞かない方々のようですし、悩むところですけど、今回は肉体言語も使って頂けたようなので、それが通じている事を祈ります。ただ、それでも改善が見られないようであれば、是非厳罰をお願いしたいです」
よくも面倒事を増やしてくれたわね…とエリィは平静を装いながらも、むかっ腹を立てていた。
「ま、まぁ気持ちは分かる…が、エリィはなかなか…」
エリィの様子に目を丸くしてやや身を引いていたオリアーナが、若干引き攣った笑みを口元に浮かべる。
「過激だとおっしゃいます? ですが口で言ってわからなければ、他に取れる手段は限られてきます。何も初犯の方に肉体言語で語った訳ではないようですし、ナイハルト様が行動して下さっていなければ、私が行っていたと思います」
「エリィちゃん、ナーイよ、ナーイって呼んでよ~」
「はは、お嬢ちゃんの肉体言語か…おっかねぇな。
確かに女性にそれってどうなんだっていう意見が出るのも、わからんじゃない。だけどあいつらはさっきラドグースも言ってたように、これまでもやらかしてんだ。
誰某ががっぽり儲けただとかさ。自分で喋った奴なら自業自得ってもんだが、あいつらは見ただけとか小耳に挟んだだけとかでも、無責任に喋りやがんだよ。
これまで実害が出てなかったから、お目こぼしされてただけで…あ~それが甘いって言われりゃ、ぐうの音も出ないがな」
「それで? ギルド職員については再犯防止に努めて頂けるのであれば、今回はそれで良いです。ですがそれより大事な事を教えて頂きたいですね……あの男性は何者で、今後どうすれば良いのか、そっちの方が私には重要なのですが?」
エリィがヴェルザンに顔を向けて、やはり平坦に話しかけた。
「エリィ様の恩情に感謝します。えぇ、もちろん。そちらの方が重要です」
ヴェルザンが改めて姿勢を正す。
「彼の名前はパウル・モーゲッツ警備大隊長。そこのティゼルト隊長の上司にあたります」
オリアーナの方へ一度視線を向けるヴェルザンの言葉に、エリィは微かに表情を歪めた。
(パウル…ですって…昨晩のカデリオの兄って事? これ……もう放置は悪手じゃないかしら…)
「貴族である事を盾に、ギルドにもあれこれ要求してきて、実に鬱陶しい輩です。彼自身は男爵家の出でしかないのですが、この地を含めた一帯を治めているホスグエナ伯爵の寄子で、その後ろ盾を得ているので厄介です」
「急に何たら家とか出されてもピンと来ねぇと思うが、そのホスグエナ伯爵家ってのがちーっとばっかしな…」
ヴェルザンとゲナイド、二人がかりで説明してくれるようだ。
「えぇ、エリィ様は巻き込まれていますし、被害に遭いかねませんのでお話ししますが、どうぞあまり口外なさらないようにお願いします。
この辺は元々はティゼルト辺境伯家の領地だったのですが、5年前に魔の森が溢れた事で状況が変わりました」
エリィは顔を動かさないまま、意識を一瞬オリアーナに向ける。
(なるほど…オリアーナさんは辺境伯御令嬢……住民の様子から察するに、領民から慕われていたのだろうな)
「ティゼルト辺境伯の治めていた領地の殆どが魔の森に飲み込まれた事で、無事だった土地は隣領に合併され、現在ここを含めた残存辺境領はホスグエナ伯爵家のものとなりました。
その辺りから、治安が悪くなる一方なのです。
まぁホスグエナ伯爵は興味もないようで、領地に戻って来る事はありませんし、元々黒い噂の絶えない家門でしたしね」
「あぁ、人身売買だの密輸だのと、枚挙に暇がねぇな」
「えぇ、そんな家門を後ろ盾にしている訳ですから、モーゲッツ大隊長も同じ穴の狢と言う訳です。そんな彼がエリィ様の従魔を自分に引き渡せと言ってきました。
まぁ、珍しい従魔を従えれば注目を浴びられるとか、どうせそんな浅はかな考えでしょうけれど」
ふぅと小さく疲れたように、ヴェルザンは溜息を吐いた。
「ふむ…それで自分の言葉に従えだの、貴族の望みを叶えるのは義務だのと言う言葉が出ていたのですね」
心底辟易したと言わんばかりに、エリィが呟く。
「はい、ですがあの言い分は現在通りません…通らなかったはずなんですがね…。
お恥ずかしい話ですが、この国は一度、10年以上前…前王の時代の事になりますが、内乱に至りそうになっていました、それも貴族の横暴のせいでね。
度を越した重税に、人や家畜、土地等の無茶苦茶な接収と言った無理難題…内乱が起こらないはずがありません。
その結果前王は貴族たちを処断した後、王位からひかれたのですが、その時に貴族と言えど、接収は禁止すると公布されたのです。税についても監査をたびたび入れる事を課しましたし、犯罪行為に対する身分での減免なども無くしたのですが、悲しいかな現在は形骸化しつつあります。
今回もそんな勘違い貴族のやらかしなわけですが…」
「さっきも話したように、馬鹿ウルだけじゃなく、ホスグエナ伯爵家も黒い噂が絶えないんでな…お嬢ちゃんは被害者なのにすまねぇが、できるだけ今は目立たないようにしてくれると助かるんだ」
「本来であれば、このような事筋違いも甚だしいというのは重々承知していますが、お願いできませんでしょうか?」
「警護も付けさせてもらう、お前らに危害は加えさせねぇ」
ヴェルザンは深々と頭を下げ、大地の剣面々は大きく頷いている。
……が、ちょっと待って、引っかかることは聞いておくが吉だろう。後『馬鹿ウル』って『パウル』の事だったのか…。
「目立たないように身を潜めるというのは了解しました。ですが『今は』というのは? 今後何かあるという事でしょうか?」
エリィに全員が目を丸くしている。
「……ぁ、本当に見た目通りの方ではありませんね、そこを聞き咎めていましたか」
「参ったな、俺らがコロがされるわけだぜ」
室内に困ったような苦い笑いが起こった。
「まぁ目に余ってきたってこった。中央から騎士団が内密に派遣されるって話だ」
「おい!、ゲナイドそれは!」
へらっとゲナイドが漏らした言葉に、カムランが顔色悪く反応する。
「お嬢ちゃんには話しといた方がいい、俺の勘がそう言ってる」
真顔のゲナイドが強く言い放った後、ニヤリと笑った。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)