74話 前世の記憶 その2
オリアーナの後ろを歩きながら、エリィはふと記憶の波に思考を取られていた。
(さっきまでの喧騒……そうか、前世の近所にあった商店街の空気に似てるんだ)
前世の住まいはありきたりな地方都市で、色々な年代が混然一体となりながらも、やや昭和の空気が濃い…そんな所だった。
錆の浮いた階段が目立つ2階建てアパートの前を通り、駐車場と銘打っただけのただの空き地の向こう側にあった商店街。
奥の方はシャッターが閉まって久しい店舗も多かったが、通りに面した商店街の入り口は、近隣の住民が買い物に訪れるとあって、そこそこ賑わっていた。
(こんな婆捕まえて、八百屋の…何て言ったっけ……そう、佐藤さんだ。店主の佐藤さんは誰にでも『お嬢さん』って女性客には言ってたっけ…ついこの間まではそれが日常だったんだけどな…)
オリアーナがエリィの歩幅を気にしてゆっくり歩いてくれる為、止まらなければ遅れる事はないので、時折周りを見回す余裕がある。
木造の建物がつくる狭い路地から箒を手にした女性が出てきたり、まだ朝早い時間なせいか、スープの匂いが鼻を掠めたりする。
そんな光景の既視感に息が詰まる。
小屋では旅に備えて戦闘やスキルの練度上げに明け暮れ、実際に旅立ったら旅立ったで、切れ目のない魔物への警戒や、件の少年たちの護衛もどきとか言う厄介事に、ずっと付き纏われていた。
だから精神的に立ち止まる余裕がなかったのかもしれない。
自分ではそんなことにも気づかないほどに…。
この世界に連れて来られてから、まだ2カ月程しか経っていない事もあって、前世の記憶はかなり鮮明に残っている、前々世の記憶はお察しだが…。
『懐かしい』と感じたら、もう止まらなかった。
足は止まり、下唇をきゅっと噛みしめる。
仮面基い顔半分を覆う包帯の存在で、目元が見られることはないが、堪え切れなかった涙が頬を伝う。
(一人暮らしだったし、やる事と言えば仕事以外はオンゲ(オンラインゲーム)か読書か手芸かで、老年ヒッキーしてただけなのに…あぁ、こんなにも懐かしいって思えるんだ…)
オリアーナはいつ気づいたのだろう。何も言わず少し前の方で歩みを止めて待っていてくれる。
(寂しい人生だった…だけど友達とかいなかったわけじゃない。死んだんだから仕方ないってわかってるし、納得したはずだったのに、今こうして動いて考えて…生きて……あぁ、帰りたいなぁ…帰るなんてきっとできないんだろうけど…
クランの皆に会いたいなぁ…何の挨拶もできなかったし、サブマスが企画してたバレンタインの身内イベントも参加したかったのに…)
堪えようとすればするほど、何気ない事が思い出されて、鼻の奥がつんと痛くなる。
こんなにも大事で忘れられない思い出が、前世に…自分にあったのだと、改めて思い知らされて全身が小さく震えた。
いつの間にか隣に来ていたオリアーナが、フッと小さく息を吐いた音に気付いたのか、屈みこんで頬の涙をハンカチで拭ってくれる。
ぼんやりとされるままだったエリィだが、意識が浮上するにつれてあわあわと慌て始めた。
「す、すみません! こんな」
おろおろとするエリィの手を取り、オリアーナが優しく笑う。
「こんな小さな身体でこれまで気を張ってきたんだろう? いいじゃないか、偶には」
「もう大丈夫です、お見苦しい所をお見せしてしまってすみません」
「見苦しくなんかないけどな。それじゃ行くか?」
「はい」
帰りたいと思う気持ちも本当、しかし帰れない事がきっと現実。だからここでも大切な思い出を積み重ねられれば良いと思う。
そう思うのに、何故かこの世界の人間種…それだけじゃなく世界そのものなのかもしれないが、拭い切れない居心地の悪さというか、極端に言えば忌避感とか嫌悪感のようなものを感じている。
いつかその原因が明らかになるか、感情そのものが消えないにしても、少しくらいマシになるとかすれば良いのだが…。
ピチュチチチと遠く聞こえる鳥の囀りと共に、妙に抜けない棘のように胸に残った。
朝市がたっていた広場から大通りを通って、途中エリィが足を止めてしまったが、やっとギルドの建物前に到着した。
昨日は裏から入り、裏から出た事もあって、感慨も特にないままだったが、改めて見上げる。
周りに比べてやはりかなり大きな建物だ。
大きな観音開きの扉は開かれているのだが、その奥に閉じられた扉が見えていて、その近くにあるカウンターにはギルド職員だろうか、見覚えのある紺色のショートマントを身に着けた人が座っている。
冒険者風の装いの人も多く行き交っていて、昨夜の光景にはなかった活気が見られた。
「ここがギルドの正面玄関だ。扉が開いているから見えるだろう? 何かわからない事があれば、あそこで聞けば適切な窓口に案内してくれるんだ」
ふんふんとエリィが頷く。
「ついでに警備も兼ねてる。どこのギルドも作りもそうだが、案内カウンターの人選も同じようになっている」
「人選…ですか?」
「そう、最近はギルド員の質も問題視されててな……そういう奴は低階級にやはり多くてな、こう拳で会話する奴とかな」
なるほど。
確かに傭兵業のギルド員が、特にトクスには多いと聞くし、口も素行も悪いのだろう。
「だから、あそこに座る奴は元傭兵部門ギルド員である事が多いんだ」
歩き出すオリアーナの後に、エリィも続く。
「おや、ティゼルト隊長おはようございます。何かあったんですかい?」
カウンターに座っていた、確かに屈強なギルド職員がやや腰を浮かせて、小さく声をかけてきた。
「いや、友達のエリィの付き添いさ」
「エリィ様って、あぁ、昨日3階級飛ばしした大型新人って聞いていたが、そっちの小っちゃいのが?」
二人同時にエリィの方へ顔を向けてきたので、エリィは頭を下げて挨拶をする。
「エリィと申します。昨日はありがとうございました。これからどうぞよろしくお願い致します」
カウンターで中腰になっている男性職員が面食らった表情で固まった。
「い、いや、話には聞いたが、本当に見た目を裏切る人物だな」
「はは、だろう? だから子供だと侮ったりせずに、これから頼むよ」
「あぁ、もちろんだ。こっちこそよろしく頼むよ。腕前も相当だと聞いてるから、是非とも沢山の依頼を受けてくれ」
今回は締まっている方の扉は、オリアーナが開けてくれたが、一人で来るときはカウンターの人に開けてもらった方が良いかもしれない。ノブに手はかろうじて届きはするが、かなり重そうな扉だったので、開けられる自信がない。
中に入れば広いフロアにコの字型にカウンターが配置され、その内側に職員が待機している。
やはりギルドと言っても村ギル祖規模なせいか、職員の数はそんなに多く見えない。コの字の一番手前の辺にはケイティの姿も見える。
「こっちとあっちの壁にあるボードに依頼が張り出される。受けられる依頼についての説明は貰ったか?」
「はい、自分の階級±1階級なら受けられると聞きました」
「うん、それであってる。受諾可能階級は依頼用紙に大きく書かれてるよ。後常設依頼はボードには張り出されないんだが、その説明もされたか?」
「薬草を始めとした素材の買取は常設で、ギルドで買取れない分は個人で商店なんかと交渉しても良いと聞いています。あと人里近くに発生しやすいゴブリン等の討伐も常設扱いだと」
「大丈夫そうだな」
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)