72話 宿での朝食
厨房があるフロアの方は、既に女将達が仕事を始めているのだろう、調理に勤しむ音等が聞こえてくる。
今何時なのかわからず、もう少し部屋で待てば良かったかと思い始めた頃に、隣室の扉が開いた。
「ぉ、エリィ、早いな」
「おはようございます」
エリィは身支度を終えて部屋から出てきたオリアーナに、ぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「あぁ、おはよう。だけどこんなに早く起きてるなんて…眠れなかったか?」
少し心配しているのか、眉根を下げて聞いてくるオリアーナに首を横に振る。
「えっと…そ、そう、買い物が楽しみで、後お仕事もギルドで受けたいなとか色々考えてまして、つい…」
「あぁ、そういう事か。店が開くのはもう少し後だが、朝市ならもう立っているだろうし、ギルドの方は時間関係なく開いている。食事をしたらまず朝市に行って、その後ギルドへ行こうか」
こくりと頷きながら、エリィはほっと息を吐いた。
(ムゥの能力や、自分の知らなかった自分情報のせいで、就寝が遅くなったなんて言える事情じゃないし…納得してくれたみたいで良かった)
昨夜、入ってきた直ぐに見えたテーブルや椅子の並ぶフロアへ入ると、女将が厨房からちょうど出て来た所に出くわした。
「おやまぁ、随分と早いんだね」
「あぁ、もう少し後の方がいいか?」
オリアーナが、自分たち以外に誰も居ないフロアを見回す。
「構わないさ。その辺に座って待ってておくれ、すぐ持ってくるよ」
女将の言葉に手近な椅子を引っ張って、オリアーナが座ったので、対面に位置する椅子をエリィに引っ張りよじ登って座った。
エリィが椅子に収まるのを待って、オリアーナが話しかけてくる。
「それで昨夜は遅くなったから聞けなかったが、確認はどうだった?」
「確認…ぁ、確認検定ですか? 無事3階級開始となりました」
「3階級まで飛び級したのか…凄いな」
凄いと言われてもエリィにはよくわからないので、首をコテリと傾げていると、オリアーナがわかりやすく苦笑を浮かべた。
「凄さがわかっていないって顔だな。確認検定で飛び級させられるだけ最大させた場合が3階級開始なんだよ」
「そうだったんですか?」
「後でギルドにも立ち寄るし、その時に聞いてみると良い。3階級の上中下、どれなのかはな」
おまたせだよと声をかけながら女将が朝食の乗ったトレーを持ってきた。
目の前に置かれたトレーには湯気の立つスープとサラダ、そしてカトラリーが置かれている。
スープの方はミガロ芋が入っている。他にはニンジンのような朱さの根野菜ぽいものに、玉ねぎのような欠片も浮かんでいる。所々に赤い粒が見えるが、唐辛子だろうか。
サラダの方はキャベツっぽい葉野菜のざく切りが器に入っているだけだ。
「パンはここに置いとくよ」
トレーとトレーの間、テーブルのちょうど真ん中に、パン2つが載せられた皿が置かれる。
パンはナゴッツ村でもみた硬いパンだ。スープに浸しながら食べるくらいで丁度良いかもしれない。
「それじゃゆっくり食べとくれ」
「あぁ、美味しそうだ。ありがとう」
「ありがとうございます」
厨房へと戻っていく笑顔の女将を見送ると、オリアーナがカトラリーを手に取る。
「それじゃ頂こう」
「はい」
これまでも少し気になっていたが、やはり食前の挨拶やお祈りもないようだ。
野営中は仕方ないにしても、こうして町中に居る時でもしないのだから、そういった習慣や風習はないという事だろう。もちろん他の地域にはあるかもしれないが。
エリィは心の内で手を合わせ、『頂きます』と呟いた。
そしてと言うか、案の定と言うか…味は塩のみ。サラダに至っては塩さえかかっていない。
(これで『美味しそう』と言えるのか…)
硬く酸味のあるパンをスープに浸しながら、何とか口に押し込んでいるエリィと違って、オリアーナは本当に美味しそうに食べている。
(これは自炊必須だわね……まだ外で肉串食べてるほうが美味しいかもしれない…肉の味しかしないけど)
正直食べる続けるのも苦しく、3分の1ほど食した後は手が伸ばせなくなっていると、オリアーナがそれに気づいたのか、気遣わし気な視線を寄越してきた。
「エリィ、大丈夫か? あまり食べられていないようだが」
「…ぁ、えっと、はい…ごめんなさい。寝不足のせいかあんまり入らなくて…」
「あぁ、楽しみで眠れなかったと言っていたな。もう食べないなら私が貰ってもいいか?」
「はい、お願いします」
オリアーナも兵士だと言っていたし、さっきの一人分の量では少なかったのだろう。それに残すのは日本人としてやはり心に来るものがあったので、正直言って助かった。
(勿体ないオバケに祟られては困るしね)
エリィが残してしまった物も、オリアーナがすっかり平らげてくれたので、テーブルの上には綺麗に空いた器が並びんだ。
食事前同様、エリィは心の内で手を合わせ『ご馳走様でした』と呟く。
「それじゃまずは朝市だな、一旦部屋に戻って出かける準備をしてきてくれるか? それと…そうだな、今日はセラ達には部屋に残って貰っててもいいか?」
思いがけない言葉に、椅子からよじ降りていたエリィが顔をバッと上げる。
「もうずっとテイマーなんて見る事がなかったんだよ。だから紋章が入ってても魔物って言うだけで、騒ぐ奴が出ると思う」
オリアーナの言葉にエリィは顔を俯かせてしまった。
そういう人々の反応もわかるし、仕方ないと理解しているが、内心モヤモヤしてしまうのは目を瞑ってほしい所だ。
エリィにとってアレクは家族だし、セラもムゥも大事な仲間で、最早アレクと同じく家族と言って良い存在になっている。
あまりベタベタとすることがないので、伝わっているかは甚だ疑問だが、エリィとしては人間なんかよりよほど信頼できるし、安心できる存在なのだ。
そんなエリィの様子にオリアーナは困ったような笑みを浮かべた。
「えっとだな、紋章って一見しただけじゃわかりにくいだろう? だから目にしやすい様に首輪とか腕輪なんかを装備してやれば、連れ歩いても騒がれないと思う。確かに最近はめっきり見ないが、少し前までは見かけることもあったし、郊外でゴミ処理に飼われてるメキュトも本来は魔物だからな、魔物に馴染みがない訳じゃないんだ」
「なるほど…だけど、メキュトって?」
「あぁ、エリィはまだ見た事がないか? 半ヤル程の大きさの幼虫だよ。食欲旺盛でな、しかも何でも食べてくれる。糞や糸も使い道があるから、大抵はゴミ処理に飼われてると思うよ。テイマーが居なくても飼うだけなら問題ないしな」
半ヤル…つまり50㎝ほどある幼虫と聞いて、エリィの脳裏によぎったのは某ポケッ〇モン〇ターだ。
リアルな姿は絶対に思い浮かべてはならない。エリィは前世でも苦手ではなかったが、だからといって好きだったわけではない。どちらかといえば苦手な範疇になる。この世界の虫系魔物をまだ見た事がないので、何とも言えないが、できれば直視に耐えうる姿であってほしいと切に祈るばかりだ。
そのままズバリの名前ではまずいかもしれないと、イモムシと脳内変換する。
これで今後自動翻訳でメキュトはイモムシと訳されるだろう。
(異世界で名前がまずかいもしれないなんて、ないだろうけどね……それにしてもゴミ処理はスライムじゃないのね…もしかしてやっぱり、スライムってレア?)
「まぁエリィにしてみれば、身内を貶められてる気分になるかもしれないがな…」
「ぁ、いえ、すみません。ちゃんと理解できています。何か目立つ印があれば隠さなくていいのであれば、それで十分です」
「すまないな…住民たちもすぐ慣れてくれると思うよ、ギルドではそんなに騒がれることもなかっただろう?」
「えぇ、少し反対に驚きました」
「うん、だからまずは買い物しに行こう」
「はい」
テーブルの上の綺麗に空いた食器をトレーに乗せて厨房へと返し、それぞれ一旦部屋に戻った。
(よし、ここでどれだけ揃うかわからないけど、がっつり買うわよ…目指せ美味しい食事!!)
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)