70話 雨の中、再演
「何故外へ一人で向かったのかしら?」
【むぴゅうぅぅ……ムゥ頑張っただけなのよ? パックンしたの】
「「「…………」」は? ムゥ何か拾い食いでもした? ぁ~、スライムなんだから拾い食い程度、大した事じゃないかもだけど、そういう事じゃなくて……」
【主殿、壁も薄い故、念話の方が良いと思うのだが、どうだろう?】
【ぁ、そうね、言ってくれてありがとう……それで? ムゥが頑張ったのはわかったわ。だけど、どう頑張ったのか教えてくれる?】
【どう…むにゅ?】
【ん~…何て言ったらいいかしらね…お外に出て何をしてたの?】
【! えっとね、えっとね! じーっと見てたのよ? 言い合ってて怖かったけど、見つかったりしなかったのよ、ムゥ頑張ったでしょ?】
どうあっても褒めてほしいのか、ムゥが胸を張るように、丸い身体の前面がぷっくりと膨れる。
その様子は本当に可愛いと思うのだが、如何せん、話の内容がわからず何処をどう褒めればいいのか悩んでしまう。
【そっか…ん~、それから何したの?】
【えっとね、全部ぜーーんぶパクンなのよ……むぅぅ、主様に伝わらないのぉ】
しおしおと悲しげにへしゃげてしまったムゥに、エリィが慌てた。
【ぁ、あああぁぁ…ごめんね、頑張ったんだもんね、ムゥは良い子よ!】
へしょげていたムゥをギュッと抱きしめ頬擦りしてやると、萎れていたムゥの身体が徐々に丸く膨れていく。
【主様ぁ、泣いちゃ嫌なのよぉ? ムゥもっと良い子頑張るの】
【ムゥはそのままで良いのよ~~~】
眼の前で繰り広げられる茶番ともいうべき光景を、アレクとセラは無視して各々身繕いだのをし始めている。
【えへへ 褒められちゃったのよぉ。ムゥ出来るかわかんなかったけど、頑張ったのよぉ? だから見てほしいのぉ】
そう言うと触手を1本、エリィの額に伸ばして触れる。
その瞬間、エリィの視界が違うものに変化した。
視界は暗く、街灯の明かりがやや離れた所に見えているが、ここまで届いていない。
いないのだが、暗いだけじゃなく妙に視界が悪いと目を凝らせば、雨粒がそこらじゅうで落下を停止している。
そしてゆっくりと首を巡らせれば、狭い路地を挟んで向かい側にある建物の庇で、雨宿りでもしているのだろうか、雨具を着た男が二人。
まるで静止画の中に入り込んだかのようだ。
【主様ぁ、始めてもいい~?】
【ムゥ!?】
内心『いや、まだ褒めてるわけじゃないけどな』なんて、突っ込みを入れてる間の急な状況変化に、エリィは身を固くして構えていたが、脳内に響くムゥの声にやっと少し状況がわかってきた。
(これはムゥが見た光景の再現…? ムゥ…いやスライムってこんな能力があるのだろうか。だけど『パクン』とか言ってたしなぁ…どういう事なのかしら……)
【…そうね、未だ事態が飲み込めていないけど、始めてもらっていいかしら?】
【うふっ、じゃあ始めるのね~】
停止していた雨粒が重力に従って落下と始めた。
サァサァと静かだが、周りを満たす雨音と、ぼつぼつと雨垂れが地面を叩く音が混在している。
雨宿りをしていたらしい二人の人物は、どちらも通路の方へ身体を向けていて、隣り合って立ったまま、低く言い合っていた。
「…う手を引きたいんだよ」
「わかってるさ、俺だってもう逃げたいって思うよ」
「あんな物運んでたなんて知られてみろ…間違いなく重罪だ、下手すりゃ死刑だぞ」
「今更被害者面するんじゃねぇよ」
「被害者面って……だけど最初は違ったじゃねぇか!」
「あぁ、違ったな。だがお前だって金の為って納得してたじゃねぇか」
「してたよ、だけど人攫いまでするなんて予想出来たか? いや、お前はパウルの野郎から聞いてたのかもしれねぇけど、俺は知らなかった!」
「兄貴が俺にそんな事話すと思うか?」
「………いや…」
「わかってんじゃねぇか。そりゃ最初は密輸の手伝いだけだと思ってた…ま、犯罪に手を出した時点で終わりだったんだがな。どのみち俺には選ぶ道なんてなかったんだ…ズースとデボラさんを盾にされりゃ逃げるなんてのも考えられなかったしな。それに貴族野郎…いや、御館様の命令に、下々の虫けらが逆らったところで、待ってるのは死だけだ」
「………」
「あの荷車の処分を最後に、お前は消えたかったら好きにすりゃいいぜ…」
掛けられた言葉に、並んで立っていた男の一人が隣の男の顔を見つめる。それに釣られたのか、エリィが聞き覚えのある声の持ち主の男も顔を上げた。
「カデリオ…お前はどうすんだよ」
「俺か? 俺はズースを探したいからな、もう暫くは兄貴に使われてやるつもりだ。このまま見捨てるなんてあり得ねぇし、何よりデボラさんに顔向けできねぇからな」
「………」
「カデリオがまだ逃げねぇって言うんなら俺も…」
『………い、遅くなってしまったな』
小さく聞こえてきたのはオリアーナの声。
「……行くぞ」
カデリオと呼ばれた掠れた声の持ち主が、もう一人の男を促すと、雨具を目深に引っ張り直し、二人して雨の中でと身を翻した所で、再びエリィ以外のすべてが停止した。
眼前で再現されたと言って良いだろうこの光景は、間違いなく先ほど扉越しに聞こえていた演目の実場面だ。
ただムゥが見た目線ではなく、その場の時間と空間を切り取ったかのようだ。
何しろ今にも雨の中走り去ろうとしているカデリオの前に回り込めば、その顔を見上ることが出来る。
(声だとてっきり中年だと思っていたのに、顔を見れば30代…もしかすると20代後半くらいかもしれないわね)
【主様ぁ、どう? ムゥ頑張ったでしょ? ほんとはもっとパクンとしたかったんだけど、あの人が来ちゃって戻ったから…ごめんなさい】
【……ぁ、ううん、凄く頑張ってくれてありがとうね】
【えへへ、ムゥ褒められて嬉しいのぉ】
とんでもない能力だとエリィは思う。
リアルタイム性はないが、それを補って余りある能力だ。しかし、実際にその場にムゥが居ないといけないのであれば、やはりエリィとしてはあまり使ってほしくない能力ではある。
もうムゥは、エリィにとって大事な仲間なのだから、危険なことは極力してほしくないのだ。
【本当にありがとうね。だけど、次からはお願いした時だけにしてくれると嬉しいかしらね】
【…ぅぅ…ムゥダメな子?】
【違うわよ。ムゥが危ない目にあってほしくないから】
【……】
【よく聞いてね。ムゥはもう私達の大事な仲間なの。何かあったら泣いちゃうからなのよ】
【!!……主様ぁ、泣いちゃうのはメッなのよぉ】
【うん、だからムゥは一人で突っ走らないで、ちゃんと傍に居てね】
【はーい、なのよぉ!!】
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)