69話 宿に到着
傘を雨具と変更しました。すみません!
ムゥを慌てて捕まえようとエリィが身を乗り出すが、それをアレクが耳手でおさえて止める。
【アホ! 扉開けて外の連中に気づかれたら厄介やろが!】
【だけどムゥが!】
【ムゥ殿は人間種と戦いに出たわけではないようだ】
セラの言葉にエリィから力が抜けた。
気配を探ってみれば、声の主たちは扉の横2ヤル程離れた場所で2人並んでおり、一方ムゥはというと扉すぐ外の場所でじっとしているようだ。
雨音に混じって男達の声は微かに聞こえ続けている。
【ムゥ? 戻っておいで、外は危ないから】
呼びかけに対する返事はなく、時間ばかりが過ぎ、エリィの中に焦りにも似た、居たたまれなさが積もっていく。
じりじりと落ち着かないまま扉に張り付き、耳を欹てていると、後ろの通路の方から足音が近づいてきた。
3名が思わず、バッと同時に背後を振り返った。
【ムゥ、戻ってきて】
【あかん、人間が戻ってきよった、ムゥ早う戻るんや】
【ムゥ殿…】
【むにゅぅぅ…もう戻ってきちゃったらメッなのにぃ…】
ムゥから反応があった事に、まず安堵する。
【ほら、戻りなさい】
【はぁい…】
やや不満気な声で返事をしながら、ムゥが扉の隙間から滑り戻ってきた。
外に出て雨に濡れただろうに、ムゥの身体は1滴の水も汚れもついておらず、とても綺麗なものだった。恐らく戻りながら自分で汚れ等を捕食するか、浄化を覚えるかしたのだろう。
戻ってきたムゥを抱えて立ち上がり、扉から少し離れて背後の方へ向き直っておく。
「すまない、遅くなってしまったな」
戻ってきたオリアーナに、何事もなかったかのように首を横に振る。
オリアーナの声が聞こえるかしたのか、外の声は止むと同時に足音が遠さかって行った。姿を確認できなくなった事は残念だが、その代わりに安全が得られたと思えば気分もささくれだたない。
「いえ、雨具は借りられましたか? 雨は酷くなってる一方みたいで」
「あぁ、もちろんだ。ついでにこれを預かる事になって遅くなってしまった」
そう言ってオリアーナは左手に持った布のような物と、左手に持った革製のベルト付き小物入れのような物を、順番に掲げ上げた。布のようなものは雨具なのだろう。
そうだったんですかと、差し出された雨具だけを受け取ろうとするエリィに、オリアーナは左手に持った物も差し出してきた。
それに小首をコテリと傾げていると、オリアーナが一旦雨具の方を自分の肩にかけ右手を空けた。それからすぐ膝をついたかと思うと、小物入れについたベルトをエリィの腰に装着した。
「…ぇ?」
「ギルドでな。新人ギルド員の為の応援品だったか?」
なるほど、懐の乏しい新人に対して、必要になりそうな物品を1つなりとも渡してあげようという配慮なのだろう。
「戦闘職で検定を受けに来た者には、大抵ポーションなんかの消耗品を渡すらしいんだが、エリィにはそういうのは必要じゃないだろう? 自作できるんだしな。だから小物入れにしたと言っていた。それに魔石の価格が低かったから、せめてこのくらいはと渡されたんだ。ギルド特製の魔具らしいぞ」
「納得して買い上げて頂いたのに、こんな高価そうな物なんて……反対に困るのですが…」
「まぁ、いいんじゃないか? 置いてても倉庫の肥やしになるだけの有様らしいから、貰ってやった方が喜ばれると思うよ」
特製品と言うのは本当なのだろう、作りもしっかりしているし、蓋を開けてみれば中も仕切りがあったりして、なかなか使いやすそうだ。
そして刻まれている魔紋は浄化だろうか、とても小さいので詳しく見てみなければわからないが。なんにせよ早々に状態維持や収納力強化等を追加で入れたい所だ。
「…はい、ありがとうございます。ギルドの方へもまた今度お礼を言っておきます」
オリアーナは立ち上がると、笑顔で頷いた。
「よし、次はセラだ。雨具を装着させてくれるか? エリィでは手が届かないだろうからな」
笑顔のオリアーナに対し、セラはと言うとムッと仏頂面になっているのが笑える。エリィ達以外にはわからないだろうが。
雨具を装着したエリィがムゥを抱え、アレクは同じく雨具をつけたオリアーナが抱きかかえ、セラは雨具を付けて仏頂面のまま、冷たい雨の降りしきる中、人の姿のない裏通りから表通りに出て、宿を目指した。
エリィが歩いているせいもあるが、それなりに距離も離れていた為、宿に着くころには、夕食の時間が過ぎてしまっていた。
本来ならば夕食を諦めなければならない時間だったのだが、オリアーナはこの村…もう町と言って良い場所ではあるが…とても慕われているのだろう。笑顔の出迎えを受けた。
「やっと来たね、ティゼルト隊長さんの希望通りの部屋を準備したけど、なるほどねぇ、そういう訳だったかい」
宿の女将さんだろうか、オリアーナの後ろに並ぶエリィ達と、抱えられたアレクを見て笑顔で頷き、乾いた布を手渡してきた。
「従魔達の身体を拭いてやっておくれ、で、足も拭いてくれたら奥の部屋に案内するよ。最近じゃ誰にも泊まってもらえないテイマー用の部屋があるのさ」
「遅くなってすまない。だが反対に遅くなって良かったのかもしれないな、他の泊り客が居たら驚かせてしまったかもしれないしな」
見れば宿に入ってすぐのフロアに並ぶテーブルと椅子には、人の姿は一つもない。
「はは、他の客っていっても常連が二人泊まってるだけさね。まぁもう寝てるんじゃないかね、明日朝一番で出発するって聞いてるよ」
個人情報漏洩に問われる事は……まぁ、この世界ではなさそうだ。
「それでどうするね? もう休むかい?」
「あぁ、そうだな…こんな時間になったこっちが悪いんだが、食事はできないか? 何か余ってたらで良いんだが」
「あれまぁ、何も食べてないのかい? そっちのお嬢ちゃんも?」
「あぁ」
「隊長はともかく、こんなちっこいお嬢ちゃんのお腹空かせたまま寝かせるつもりかい?」
「あ、いや、すまない」
「後で部屋に持って行くよ、それぞれの部屋で良いのかい?」
「助かるよ」
宿の女将と話していたオリアーナが、エリィの方へと向き直った。
「今日はこんな時間だし、疲れてもいるだろうから、話は明日ゆっくりとしよう」
同室かとも思ったが、オリアーナは別の部屋を取っていてくれた。
エリィが一階の一番奥、庭に面していて従魔達をそこに出してやれるようだ。元々テイマー用の部屋という事で、従魔が室内に出入りするのも問題ないと言われた。正直一泊幾らするのか、考えただけでガクブルものだ。
オリアーナはその隣、手前の部屋のようで、先にオリアーナが部屋へと消えた。
「それじゃこれが鍵だよ。設備なんかも好きに使ってくれて構わないからね。食事はすぐ持ってくるよ」
そう言い残して女将さんが立ち去った後、室内に入り扉を閉めたエリィは、抱えていたムゥに顔を向けた。
「さて、それじゃ尋問あーんど説教タイムといきましょうか…ムゥ?」
「ムヒュィィィィィ!!!」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)