68話 雨音に紛れる声
裏通路にある辻の3つ目を曲がり、その先の扉を開けるとすっかり暗くなっていた。開けた扉から入り込んでくる外気は、思わず身震いしてしまうくらいに低い。
「雨になっていたのか。どうりで冷え込むわけだ」
オリアーナの後ろについて歩いていたので、エリィには外の様子は見えていなかったが、彼女の言葉に顔を横へずらして見上げる。
確かによく見ると、細い銀糸のような雨が、静かに地面の石畳を濡らしていた。
「エリィはここで待っててくれ、雨具を狩りてくるよ。ここならまだギルドが一番近いか」
最後は呟きのようになったオリアーナが身を翻し、元来た通路を戻って行った。
【それにしても意外やったなぁ】
何の脈絡もなく零されたアレクの呟きにエリィが反応する。
【意外って?】
【もぅちょっとセラの事が騒がれると思とったんや。せやけど、どなたさんもすんなり受け入れとったさかいな】
【あぁ、言われれば確かにそうね。こんな見事な白銀なのに】
エリィが斜め後ろに控えているセラを、足から頭まで眺めて小さく首を傾げた。
【色違いの個体等見慣れているのではないか?】
【【え?】】
【人間種は珍しいものを集めて見世物にしたりするからな】
淡々とした言葉――だが、これまでのセラの話を思い起こせば、薄ぼんやりと見えてくる。
『そうだな、群れの長であった…だな』
『俺に名はない、好きに呼んでもらって構わない』
『俺にはもうないのだ』
『俺は一時、人族と暮らしたことがあるだけだ』
自らの事は殆ど話さないセラ。恐らく聞けば話してはくれるだろうが、聞き出すような真似はしたくないというのが本音だ。だけど少しだけ確認しておきたいことがあった。
【……それが人族と暮らした経験…に繋がる?】
【うむ。随分昔で、本当に短期間だったがな】
【そっか、変なこと聞いてごめん】
そのまま黙り込むエリィに、セラが目を丸くする。
【済まない。あまり機微に聡くない自覚はあるんだが…主殿、もし気を遣ってくれているなら不要だ】
言われた言葉の意味をエリィは少し考え込んでいるのだろう、見上げてくる様子にセラは続けた。
【捕らえられていたのは長い期間ではなかったが、俺の世話をしていた者が暇潰しに色んなことを教えてくれたのだ。そのおかげで人語を解することが出来るようになったのだから、悪い事ばかりではなかった。そやつの前で話す事はなかったが、一度くらい話して驚く顔でも見てやれば良かったと、今なら思う】
【そっか…】
まだ共に居るようになって長い時間は経っていないが、その間にもセラは同行することになったあの時までを、自分の中できちんと向き合っていたのだろう。
それならば渡しても大丈夫かと、エリィは収納の入れたままのローブのポケットから、拾った小さな羽を取り出した。
【これ、何時返そうかずっと悩んでたんだけど】
エリィが差し出してきた手の平に乗る羽に、セラは一瞬目を見開いたが、すぐに目を細めてからゆっくりと閉じた。
【持っていてくれたのか…何と言えば良いのか、言葉が出ない】
閉じた目を開き、伸ばされたエリィの手にセラが額を優しく擦り付ける。
【主殿、材料が手に入ったらで良いのだが、それを俺が失くさないように何か入れ物なり作ってはくれないか?】
【製作練度頑張らないといけない理由が増えたか…わかった、とびっきりのを作れるようになったら渡すわ】
【頼む】
ずっとどこか棘のように微かな引っ掛かりを覚えてた事柄に、方向性がやっと見えて、エリィも表情を和らげた。
【それにしても遅いわね】
オリアーナが戻って行った通路へと顔を向ける。
一旦扉を閉じた事で、冷気は入り込んでこなくなったが、雨音はずっと止んでいない。
暫く雨音に耳を傾けていると、何か別の音が微かに聞こえてくるのに気が付いた。
閉じた扉越しで、雨音n紛れているせいか、はっきりと聞き取れないが、低いその音は人の話し声だとわかった。
耳を澄まし意識を集中する。
盗み聞きなど、前世だったら行儀が悪いと思っただろうが、この世界で生きる事になったエリィにとっては、周囲の情報を探り得る事は呼吸をする事くらいに普通の事になってしまった。
得られる情報は何でも得ておかないと、自分だけじゃなく周りも危険に晒される事になるかもしれない。今のエリィでは、能力がまだまだ足りずに歯痒い思いをしなければならないが、それでもやらないという選択肢はない。
{……から………いなくちゃ……………って……}
{…ねーよ、おれだ………んだか……}
エリィの口元から表情が消える。
2種類の音声…どちらも男性で、あまり育ちが良いとはいえない話し方。
その一方のやや掠れた低い声…それは、エリィには聞き覚えのある声だった。
あのテントで回収したりしていた時、近づいてきた男の声だ。
(なんでここで…確かに方向的には被っていたかもしれないけど)
【エリィ?】
【主殿如何した?】
【主様ぁ、どっかイタタいのぉ? ムゥなでなでしたげるの~】
それぞれ響いてくる念話に、エリィは自分の唇にそっと人差し指をあてて、静かにしてほしいと行動で伝える。
{…じゃどうし…………はこべ……}
{おれはいや………つらがやりゃ………うくじば…}
【急にごめんね。扉の向こう側、すぐ傍じゃないんだけど、あのテントの時の声が聞こえるのよ】
【マジかいな…せやかて顔見られたりはしてへんのやろ?】
【それは大丈夫。だけど落ち着かなくない? こう変なニアミスがあると】
【ニアミスとはなんであろうか?】
あ~そこかとエリィの口元に苦笑が浮かぶ。
【えっとね、飛行機…って言ってもわかんないか…魔物同士が想定外で、接触事故寸前まで近づいちゃう事、とでも言えば伝わるかしら】
【なるほど】
【お外で事故なのよ~?】
ムゥの言葉に笑いを堪えながら、エリィは溜息を漏らす。
【まぁ、とりあえず情報を得たいのに、雨の音とかも混じってはっきり聞き取れなくて困ってる所ね】
【僕にもはっきりとは聞き取れへんわ】
【雨音は激しくなる一方のようだしな…俺も集中して聞いてみる】
エリィ、アレク、セラの3名が、それぞれ扉に耳を寄せて聞き耳を立てている。
ムゥはそんな様子に目をぱちくりとしていたが、何か思いついたらしい。
【お外、ムゥが捕まえて来るのぉ~!】
意味の分からない言葉を残し、扉の隙間に見えない隙間から、ムゥが外へと滑り出て行った。
【【【ムゥ!!??】】】
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)