58話 モフモフを堪能する
やっと…
セラが引く荷車に乗り、エリィは刃毀れのある剣と折れてしまっている剣へと手をかざす。
音もなく剣が光に飲み込まれ、その輪郭が見えなくなる。
ゆっくりと光が収束していった後、かざされた手の先にあったものは、新品同様の輝きを放つ剣と、少しばかり大きさの小さくなった折れた剣。折れた剣の方を素材として、刃毀れしていた剣を修復したのだ。
そんな作業を3回繰り返し、3本の剣の修復と引き換えに、エリィは荷台の上でへなへなと倒れ込んだ。
「やっぱり疲れるわぁ……」
「だが、見事なものだな。あれだけあった刃毀れが跡形もない」
エリィの隣に座り込み、作業を眺めていたオリアーナが、修復済みの剣を手に取りその刃を指でなぞる。
「少しは練度上がると良いんですけどね…」
やや情けなく息の上がった声で、エリィが苦笑交じりに呟くと、オリアーナが剣を鞘へ戻しながら声をかけた。
「鍛冶師としてもやっていけるんじゃないか?」
「ふふ、お世辞でもありがとうございます」
「世事のつもりはないぞ」
「まぁ、まだ数もこなせないですし、何より鉄製までしか手に負えませんから、鍛冶師なんてとっても遠いですね」
俯せに転がっていたエリィが、ゴロリと仰向いて大の字になった。
仰向いたエリィの腹にアレクがのそりと乗っかると、そのまま香箱座りで居座り『なぁん』と一声上げてから寝の体勢になる。
それに抗議するように『重い』と呟くエリィだったが…。
【これこれ、マジ重いから退きなさい】
【なんでや、猫っぽいやろ~?】
【顔の掃除でもしてればいいでしょ、ほんと早く退け…体格差を考え給へ】
5歳児以下の体格しかないエリィの上に家猫サイズのアレク、もはや拷問にしか見えないと言っても過言ではないだろう。
流石にオリアーナが気の毒に思ってくれたのか、アレクと抱き上げた。
「アレク君だったか? エリィが埋もれかけている。振動が辛いなら私が抱いててあげよう」
表情を押さえようとしているようだが、その努力虚しく、オリアーナの相好は徐々に崩れてきている。
猫が好きなのか、もふもふが好きなのかはわからないが、あっという間に締まりなくにやけてしまっているのだ。
【エリィ助けてや……】
【断る。自業自得なんだから諦めなさい】
【ムゥもなでなでして欲しいのぉ~ 主様ぁして~して~】
【いややぁぁ~~、なんやの、この人間! ほんま人間は嫌やねんて!! エリィ助けてぇぇ~~~】
エリィの腕の横でぷよんぷよんと揺れるムゥを、仕方ないとばかりに手でふにふにしていると、オリアーナがアレクをぎゅむっと抱きしめ、頬擦りし始めた。
「ぅ~~ん、もふもふ…可愛いわ~、猫たん最高~」
猫吸いまでしているように見えるのは、恐らく間違いではないだろう。
今までの言動や行動とのギャップが凄まじい。
「肉球柔らか~い、幸せ~」
思わずオリアーナを凝視するエリィに、平静を保つセラ、平常運転のムゥと三者三様で傍観の構えだが、モフられているアレクはがっつり当事者である。
一応気を遣っているのか、爪はたてずにテシテシと軽く猫パンチなども繰り出すが、オリアーナは意に介さずモフモフを堪能している。
「ぅ、ぅにゃぁぁん」
アレクの情けない叫びを残して荷車は進む……。
モフモフ異界に旅立っていたオリアーナは、意識が戻ると同時に顔を真っ赤にして突っ伏した。
「す、すまない! 私は何という…ど、どうか忘れて…」
と、頭を抱えかけた所で、腕の中のアレクがぐったりと、人形のように力なくのびている事に気づき今度は真っ青になった。
「ぁ、ぁ、あ、ぁぁああああああああああ!!」
赤くなったり青くなったり、忙しい事だ。
見ている分には面白いが、このまま放置プレイというのも可哀そうになったので、体力が戻りつつあったことを幸いに、エリィは半身を起こしてアレクを受け取った。
見事な死魚目で、魂が半分抜けていそうなアレクに大きな溜息が洩れる。
暫く抜けた魂が戻ることはない様子だったので、背負い袋をしっかり経由しつつ収納から毛皮を取り出すと、畳んでからその上にアレクを横たえた。
「それはもしや爪ウサギの毛皮か?」
いつの間にか現世に意識が戻ってきていたらしいオリアーナが、畳まれた毛皮を凝視している。
「そうですね、敷物代わりなんかに使ってます」
「爪ウサギなんて、そんな強い魔物…御婆様はとてもお強い方だったのだな。それにとても綺麗に解体されてる…処理も完璧だ」
爪ウサギを討伐したのは、エリィだとは夢にも思っていないのだろうオリアーナに、ここで嘘設定が持ち出されると思ってなかった為、片頬が引きつる。
「ぇ、ぁ、ぁあ、そ、そうデスネ」
「ひとかどの御仁であったのだろうな。叶うなら生前にお会いしてみたかったよ」
そんな誤解やおしゃべりも交えながら、その夜は野宿。
修復や猫モフに支配されていたオリアーナだったが、セラの事もしっかりと気になっていたらしい。あれこれ聞かれるのを適当に躱しているうちに、セラもオリアーナのモフ堪能の餌食になっていた。
アレクと違ってセラは、モフモフと言うよりサラサラなのだが問題ないらしい。
ちなみにムゥはスベスベだ。
エリィ自身はもちろんモフ好きではあるのだが、あまりベタベタしたりしないので、アレクもセラも耐性がなく、すっかり撃沈している。
その後、就寝時間となったが、オリアーナはしっかりとアレクをホールドして眠っていた。
ベタベタされるのが好きそうなムゥはあまり弄られず、世は儘ならないものだとしみじみと思うエリィだった。
翌朝、その日のうちにトクスに到着するべく、日も明けきらないうちから移動を開始する。
昨夜のうちに焼いておいた肉を頬張りながら、荷車に乗って移動していたが、オリアーナは自分の食事が終わると、荷車から降り、セラの隣で歩きながら、食事の世話を甲斐甲斐しくしていた。
時折遠くに気配を感じる事はあったが、普段から道沿いは巡回もされているのだろう、何かに襲われたりすることもなく順調にトクスへと向かっている。
もう少ししたら空がオレンジに色づきそうな頃になって、遠くに人工物の影が見えてきた。
まだ薄っすらと小さく見えているだけだが、距離を考えればかなりな大きさではないだろうかと予想できた。
「見えてきた、あれがトクスだ。そろそろ魔物が出てもおかしくない場所だから、エリィも気を付けていてくれ」
オリアーナが指さす方向をエリィも見つめながら頷いた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)




