52話 立て板に水 その2
「まったく、職務に忠実なのも困りモンだねぇ」
「私だってエリィ…さん、が犯罪者だとか思ってはいない。だが上にはある程度報告しなければならないんだ」
「上ってアレかい? トクス村で踏ん反り返ってるホスなんちゃらって所の穀潰しだろ?」
「タルマさん、誰かに聞かれたら……」
「誰に聞いても同じ答えが返ってくると思うがねぇ」
「報告云々とは別に、話を聞いておけば彼女の助けになる事だって見つかるかもしれないだろう?」
「そうだねぇ……でも、この子が嫌がったら問い詰めるんじゃぁないよ?」
タルマの勢いに苦笑を浮かべざるを得ないオリアーナが気の毒になってくる。
自らの領域に足を踏み入れる異物を警戒するのはもっともな事だ。
まして顔も碌にわからない怪しさ満点の見た目幼女とくれば、情報を得ようとしない方がおかしい。
「ぁの、色々と聞かれるのは当然の事だと思いますから、気になさらないで下さい」
声に反応してオリアーナとタルマが、エリィの方を向いて黙り込む。
「ただ先に謝らせてください。聞かれてもわからない事等あると思います。それと呼び捨てで構いません」
更に瞳を潤ませる2人に、エリィは心から『どうすればいいんだ!!』と叫びたい心境だ。
「すまないねぇ、すっかりスープも冷めちまった…温かいのに入れ直そうねぇ」
「ありがとうエリィ」
ぐすぐすと鼻を啜りながら、皿をもって厨房へ引っ込むタルマを見送ると、オリアーナが居心地悪そうに座り直した。
「すまなかった、何だか色々と愚痴なんかも混ざってしまったな」
「いえ、お気になさらず」
「ハハ…何というか調子が狂うな」
盛大に『?』を飛ばす空気を纏えば、オリアーナが困ったように眉根を下げた。
「ほら、エリィの見た目が小さな子供なのに、話せば大人びてるだろう? そのギャップに戸惑ってしまうんだ」
「……それは…何だかすみません」
「待ってくれ、謝られたりしたらこっちが申し訳ないよ。エリィの個性ってだけだからな」
「「………」」
流れる気まずい沈黙は、タルマが戻ってきた事で霧散した。
「お待たせ、温め直してたらちょいとかかっちまったねぇ。猫ちゃん用のも入れ直したから、適当に冷ましてあげとくれ」
「いえ、ありがとうございます…それで、聞きたいことと言うのは?」
「あ、いや、折角だ、温かいうちに食べてしまってくれ」
「では失礼ながら、食べながら伺いますね」
「気を遣わせてしまってるな……すまない、お言葉に甘えよう」
エリィは受け取ったアレク用の皿を、懐を探る振りをしつつ収納から取り出した葉の上に重ねて、足元のアレクの前に置いた。
その後、自分は小さなスプーンを手に取り、湯気の立つスープを掬ってふぅふぅと息を吹きかけてから口へと運ぶ。
【ほう、味は薄いけどミルクが濃厚なのか、普通に美味しいわね】
【せやな、僕としてはもうちょっと何ぞ欲しい所や…例えばバターとか!】
【ここはどう見ても辺境の寒村なんだが?】
【主様! ムゥも! ムゥも食べたいの!】
うずうずしているムゥに、掬ったスープを軽く冷ましてから食べさせた。
特に嫌がりもしないので、自分も食べながら適度にムゥにもスプーンを運んでいると、オリアーナが口を開いた。
「返事は食べ終わってからでいいからな。整理するとエリィは森の奥で育てられた、今は孤児という事でいいんだな? 年齢は不詳だろうが、今は見た目に準じさせてくれ」
ムゥに食べさせたのを最後に、エリィはスプーンを置き頷く。
「だから育った森が何処にあるかわからないし、ここまで養い親の言葉に従って歩いてくる途中、人と出会って『証札』の事は知ったと」
「はい」
再度肯定の返事をしながら、地図の事は黙っていようと考える。
この世界ではどうだかわからないが、地図と言うのは秘匿されることも多い。地の利で優位に立つためには致し方ない事だろから、下手に持っていることがバレるのは宜しくないと判断する。
ただ秘匿するに相応しい地図かどうかは、また別の話である。
「それで…その、なんだが…顔を隠しているのは…」
「オリアーナ!」
「タルマさんありがとうございます。大丈夫です、問題ありませんから」
「だけど…」
再び訪れた、エリィの演技力が試される場面。
隠している理由そのものはどうとでも言い訳できるが、視界を確保できていないはずなのに、問題なく行動できている事には、齟齬のない言い訳が必要だ。
だが、エリィが狼狽える事はなかった――何故なら実例に出くわしていたから。
先頃行動を別にした『カーシュ』、彼がその実例だ。
カーシュは無意識だろうが、魔力で視界を補っていた。もっとも魔力そのものは少なくて、ぼんやりとした影でしか見えなかったようだが、実例は実例だ。ありがたく嘘設定に活用させていただくとしよう。
「傷が酷いらしいのと、後はいつか傷を治せるポーションを作れた時に、少しでも早く傷が治せるよう日焼けさせないほうが良いとお婆さんに言われました」
「ポーションだと!?」
オリアーナがガタリと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
その音と行動に彼女を除く全員が目を見張って固まるが、その様子に気づいたオリアーナが慌てて謝る。
「す、すまない…ポーションと聞いてつい」
しおしおと椅子に座り直したオリアーナだが、余程気になるのか、そわそわとした様子で訊ねてきた。
「その御婆様が薬師であったのだろうか…?」
「ぇっと…そう、ですね…私も作りますけど」
「それは本当か!?」
「「!!」」
同じことを繰り返したオリアーナの頭に、タルマの平手が叩き込まれた。
「…興奮するのもわかるけど、見てごらんよ、エリィちゃんドン引きしちまってるよ」
見ればエリィがムゥを抱えたまま、椅子の端っこまで身を引いた挙句、大きく仰け反っていた。
「……ス…スミマセン…」
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)