50話 ナゴッツ村へ
「……ぇ…子供?」
ざわざわと藪を鳴らしながら現れたのは、構えた剣先を戸惑いに揺らす、赤茶色の髪と青の瞳を持つ人族の女性。
信じられないと言いたげに目を丸くしている彼女は、一見冒険者風の装備に身を包
んでいる。
「ちょっと…なんでこんな所に子供なんて…」
彼女の声を聞きつけたのか、争っていた人物の声が反応する。
「その声…ティゼルト団長?」
「えぇぇぇ…うっそ、もう団長来てるんすか、ど、どうしよー、怒られる~~~!」
「ここだ」
彼女は藪に身を隠すように屈んだまま構えていた剣を下ろし、立ち上がって納刀する。
【主殿、何かあったのか!?】
念話で空気感まで届くのかはわからないが、何かを察知したかのようにセラの声が尖る。
【ぁ~ちょっと背後を取られてたと言うか、何と言うか…】
【な…すぐそちらに向かう!】
【待って待ってぇぇ! 今は平気だから。探索に何にも引っかからなかったし、気配も拾えなかったから、ちょっと硬直してただけなのよ】
【今危険はないのか…?】
【うん、大丈夫。ごめんね、心配かけちゃったみたいで】
普段一番落ち着いているセラが慌てる様子に、少し驚いてしまったのはエリィだけではなかったようで、アレクも慌てて声を出した。
【こっちは大丈夫や。剣も下ろしてくれてはるし】
【な! 主殿今すぐ】
アレクの言葉に、落ち着きかけていたセラの声が再度鋭さを増してしまい、エリィは溜息と共に右手で顔を覆い天を仰いだ。
【とにかく今はまだ待機してて】
【ッ…承知、した】
【心配してくれてありがと。何かあったらすぐに呼ぶから】
こちらの念話会議が一段落する頃には、背面を女性、正面を男性二人に囲まれていた。
ムゥを抱きかかえ、アレクを自分の後ろに隠し、エリィはゆっくりと顔を上げる。
フードの奥、エリィの顔を見る事になった女性の顔が歪んだ。
「…子供に何てこと…」
エリィのすぐ傍に片膝をついて、女性が覗き込んでくる。
「傷は痛まないか? 私達は怪しい者じゃない。ナゴッツ村の自警団なんだ」
女性は正面にいる男性の方へ顔をあげた。
「二人とも先に戻って報告。そして子供の受け入れ準備をし始めてくれ」
「了解」
「団長はどうするんすか?」
『団長』という単語に女性が軽く嘆息する。
「…はぁ、私はこの子らと一緒に向かうよ」
「は~い」
「おい、行くぞ」
真面目そうな男性が、バイバイと手を振る頼りなさそうな男性の腕を引っ張り、その場から離れていった。
「私達も行こう。そうだ、自己紹介もしてなかったな。私の名はオリアーナだ。村では自警団の教官をしている。ただなぁ…教官のはずなのに、何故か団長と呼ばれたりするのには困っているよ。そんな訳だから、良ければオリアーナと呼んでくれ」
苦笑交じりに眉根を下げて笑う彼女は、そこまで言ってからハッと顔を微かに上げ狼狽えはじめた。
「あ、もしかすると聞こえない可能性も…どうしたら通じるか」
ぐぬぬっと考え込み始めたオリアーナに、エリィが声をかける。
「聞こえてる」
【エリィ、もっと子供らしゅうせんと!】
【無理】
【即答かいな】
【主様ぁ、ムゥじっとしてたらいい?】
【うん、ムゥはそのまま抱っこされててね】
「名は何という? 良ければ教えてくれないか?」
【どないするんや? また偽名にしとくん?】
【組織に属してる人間みたいだし、しらばっくれても多分無駄よ。『じゃあ証札つくりに行きましょ』とか言われるのがオチだわ】
エリィは上着の内ポケットを探る振りをして、収納から証札を取り出し差し出した。
「エリィ」
オリアーナは渡された証札を受け取り、それを裏返して目を落とした後、ありがとうと言ってエリィに返してきた。
「エリィの保護者はどうなったんだ…ぁ、ぃや、ここで聞く話でもないな、とりあえず村に行こう」
オリアーナは立ち上がり、ついていた片膝の汚れを手で払うと、右手をエリィに向けて差し出してきた。
え、マジかと狼狽えるエリィの手をさっさと取ると、男性たちが向かった方角へ歩き出す。
(これ、何の罰ゲームよ…ぁ、そっか、婆が孫娘に手を引かれてるんだと思えば羞恥も軽減するかしらね)
エリィの内心等知りようもないアレクとムゥは、エリィの表情に首を傾げていた。
暫く藪の中を進むと、開けた場所に出た。
乾いた地面、そして奥の方には小さな畑のようなものが見える。村そのものは簡素だが一応柵で囲われており、門の所には門番らしき人物と、先ほどの男性二人が出迎えるように立っている。
「来た来た、団長~」
「「団長お帰り~」」
「お帰りなさい、団への報告は終わってる。後タルマさんにも話しておいた」
「あぁ、それで良い」
ギズルと呼ばれた方、ターゲットを見失って怒られ、更に腕を引っ張って引きずられて行った方の男性がエリィの前まできて、しゃがみこんで二パッと笑う。
「ほんっと、ちっさいっすね。俺ギズル。お腹すいてないっすか?」
矢継ぎ早の言葉に、若干面食らうものの、エリィは首を横に振った。
オリアーナはエリィと自分の前に陣取って座り込むギズルをシッシッと手で払うが、ギズルはニコニコしたまま退く気配はない。
「ったく…、ギズル邪魔だよ」
えへへと頭を照れくさそうに搔きながらギズルは立ち上がったが、その様子にその場にいた自警団面々はがっくりと肩を落として溜息を吐いた。
「はぁ、ヤッシュ、ギズルは連れて行ってくれ。私はこのままタルマさんの所へ行くから」
首肯するヤッシュを確認すると、オリアーナはエリィの手を放し、少し先に立って手招きをする。
「ここじゃ落ち着かないし、タルマさんの所へ行こう。この村で食堂を営んでいる女性だ」
今更逃げるわけにもいかないと、エリィはコクリと頷いてオリアーナの後ろをついて行く。
【どないされんねんやろ】
【わからないけど、雰囲気的には迷子の子供を保護したって空気みたいだから、悪い事にはならないんじゃない?】
【せやったらええねんけどなぁ】
【ムゥまだじっとしてないとメッされる?】
【村の近くまで移動はした。何かあればすぐ駆けつける】
【セラありがと。ムゥはもう少しじっとしててね。状況次第では逃げる事になるかもしれないからね】
【【了解【わかった~】】やで】
全員の返事にエリィは小さく笑んだ。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)