47話 ムゥのお食事
【何故こんな事に…】
【ぼやいたかて、しゃぁないやん?】
それはその通りだと短剣を握り直し、葉陰に隠れながら様子を窺う。
慎重に少し離れた泉を見れば、体長1.5mほどで少し緑がかった背中と牙を持つ猪が水を飲んでいた。
鑑定してみれば名前は『デル・ファナンチェボー』という魔物なのだが、エリィは見た瞬間、緑色の猪と認識してしまったので、聞こえてくる単語としては緑猪となるだろう。立派な名前があるのに…と、何とも申し訳ない気持ちになるが仕方ない。
それなりに大きいと思うのだが、これでも大人ではないらしい。
【アレク、対面に移動してくれる? 合図で追い立ててくれると助かるわ】
【了解や、気づかれんよう、ちょい迂回するよって、待っとって】
遠ざかる背中を見送ると、再び注意を緑猪に戻す。
自分が強い魔物だと認識しているようで、あまり周囲に気を配っていない。おかげでこうして狙える訳なのだが、エリィとしても初めて戦う相手なので、若干緊張してしまう。
(爪ウサギと同程度ってアレクは言ってたけど、実際やりあってみない事にはわからないわよね)
洩れそうになる溜息を飲み込む。
今こうして狩りをしているのには理由があった。
新たな仲間、スライムのムゥがその理由だ。
平べったくびろんと伸びるので、エリィからすれば少々大きく感じるのだが、実の所スライムとしては大きくはない…どちらかと言えば小さいほうだ。
最初エリィと出会ったとき、彼は地下で廃棄物を食べていた。
あの調屯地が、放棄されたにも関わらず比較的綺麗だったのは、彼らがせっせと処分ならぬ食事に勤しんでくれていたおかげもあるだろう。
つまり日々の食事には事欠かなかったはず…。
だが、調屯地を後にして暫く進み、休憩にした所で驚愕の事実に直面したのだ。
「この辺で少し休憩にしない?」
「せやな、結構お腹もすいてるし、肉でも焼いてや」
「そう言えば私も朝御飯抜きだったわ」
「そんじゃそっちは頼むわ。僕は結界石置いてくるわ」
「いってらっしゃーい」
「主殿、肉はまだ足りそうだろうか?」
言うが早いか駆けて行くアレクを見送り、エリィは収納内を確認する。
「肉は全く問題なしよ。まだまだあるわ。ないのは…薬草類は結構減っちゃってるなぁ、また採取しないと。後は見つけたら果物とかは欲しいかもしれないわね」
「承知した。では俺は枝を集めて来るとしよう」
「枝は十分あるから、そこで休んでて…ぁ~…ムゥ見ててくれる? こっちの言葉は通じてると思うんだけど、返事がむ~ってだけだからね、本当に通じてるのかわからないのよ」
「承知した」
「ありがと、じゃあまずは火を熾さないとね」
いつもの光景だ。ムゥという新しい同行者が加わっただけで、何の変哲もない状況のはずだった。
だが、火を熾し終えたエリィが肉塊を取り出した所で、いつもの光景が一変した。
「ムムムムムムムムムムムムムッッッ!!!!!!!!!」
セラの横で大人しくしていたムゥが、突然エリィの持つ肉めがけて飛び掛かってきたのだ。
「「!?」」
エリィは咄嗟に頭上へ持ち上げ、セラは前足でムゥの身体の端っこを踏んで止めようとする。
「ムムゥゥ~~~!! ムッムッ!!」
飛び掛かれないならばと、腕らしきものを肉塊へと伸ばすが、慌てたエリィが頭上へ上げたまま収納へ入れてしまった。
「ム……ッゥゥ、ムゥゥゥゥ~~~~~」
ムゥの円らな両目から涙が滝のように流れている。
その様子にエリィとセラは、顔を見合わせ首を傾げた。
「ムゥ…そんなにお腹すいてるの? あそこで色々食べてたみたいなのに足りてなかったの?」
やはりこちらの言葉は通じているようだ。涙を今も流しながら頷くように上下にプルプルしている。
「スライムって大食漢なの…?」
「済まぬ…俺にもわからない」
「そっかぁ…まぁお腹すいてると言うなら、そうなんでしょ…」
二人してやや唖然とした色が声に乗るのは仕方ない事だと思ってほしい。
「ムゥ、ちゃんと食べさせてあげるから、大人しく待ってて。それに焼いた方が少しでも美味しさアップするの。だから待っててくれる?」
ムゥが円らな瞳を大きくして、嬉しそうに頷く。輝くような笑顔とはこれの事を言うのだろうか。
小さな口の端から滴る、涎の様なものは見なかったことにしよう。
そこからせっせと肉を串に刺しては焼いていくのだが、ムゥは串代わりの枝ごと一飲みで口に入れて、見る間に消化していく。
途中アレクとセラにも肉串を渡すのだが、その時にムゥは薄っすらと瞳を潤ませるのだ。
その表情は本当に憐憫を誘うもので、エリィ、アレク、セラは敗北を悟らざるを得ない。
せっせせっせと焼くものの、到底エリィだけでは追いつかず、アレクも耳手で調理側に参加し始め、セラはわたわたとムゥを宥めた。
そうして収納内に収められていた『何時になったら完食できるかしら~?』な量の魔物肉は、全てなくなっていた。
そして今に至るのである――――――
セラが狩りに飛び立ってくれたが、この分じゃ全然足りないかもしれないと、エリィとアレクも狩りをし始めたところで見つけたのが、この緑猪という魔物。
アレク曰く脂が甘く、かなり美味しいらしい。
俄然やる気が出るというものではないか。
呑気に土浴びまでし始めた緑猪を挟んで、対面にアレクの姿を見つける。
【完全に油断しきってるみたいだし、追い立てるより二人して飛び掛かったほうが早くない?】
【了解や。僕は目ぇ狙うわ】
【了解。それじゃ3、2、1…行っけぇぇ】
気持ちよさそうに腹を見せて土浴びをしていた緑猪は、一気に距離を詰めてくる気配を察知して起き上がろうと身体を捻る。
しかし間髪入れずアレクの羽根矢が、緑猪の無防備な目に突き刺さった。
「フッ…グガガガガガガアアァァァァ!!」
響き渡る緑猪の悲鳴を物ともせず、次いでエリィが足元に滑り込み後ろ足を短剣で切りつけた。
腱を狙って断ち切り、滑り込んだ勢いを左手も加えて殺すと、すぐさま身を反転させて暴れるソレの首へ短剣を突き立てる。
「フゴォォォオオォォ!!」
首を傷つけることには成功したようで、大きく身体を振る度に血玉が飛び散る。暴れる緑猪に一旦エリィは距離を取り、短剣を構え直した。
再び放たれるアレクの羽根矢をソレが躱したところで、エリィがもう一度首を狙うべく飛び掛かった。
組みかかられまいと、飛び跳ねたり捻ったりしてエリィを弾き飛ばそうとするが、飛ばされるより早くエリィの短剣が緑猪の首に食い込み、もう一度深く押し込めば、ビクンと大きくその身を跳ねさせて硬直した。
ゆっくりと緑猪の身体が傾いで、ドサリと横倒しになる。
まだ小さく痙攣しているソレに止めを刺せば、広がる血だまりと共に、その動きが沈黙する。
「「………」」
「……ねぇアレク」
「なんや?」
「……これ1匹でどのくらい持ち堪えると思う?」
「………」
苦笑と共に盛大な溜息が洩れた。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)