44話 見送られて
長くなってしまいました、すみません!
ケネスはブローチを押し付けることに成功したので満足そうに頷くが、唐突に何かを探して視線を彷徨わせる。
ざっと見回しても見つからなかったようで、机の引き出しや棚の中も探し始めた。何を探しているのか訊ねようとした所で、どうやら目的のものを探し当てたようだ。
「あった…これ、ハナミさん持ってなかったら」
ケネスが手に持って掲げたものは、巻かれた羊皮紙のように見える物。
随分と使い込まれているらしく、全体的によれて黄ばんでいる。
「それ、何?」
「調屯地だし、必要なものだからな。残ってるかどうかは賭けだったんだけど。地図だよ地図」
「貰っていいの?」
エリィは自分を指さし、半信半疑な様子でケネスに訊ねた。
「ここに置いといたって、使う奴いねぇし」
「そっか…ありがと」
斯くして受け取った羊皮紙をカウンターに広げて見れば……
「ここがハレマス調屯地で、俺の村はこれ。マロカ村って言ったんだ」
ケネスがちょっぴり笑顔で、ある一点を指してから、指を北西の方にずらして止める。急な避難で廃村になってしまったようだが、自分の暮らしていた村を紹介出来て嬉しいのかもしれない……のだけど……
(これが地図…前世のような測量技術がないのか、それとも辺鄙な場所だからなのか。いや、もしかすると政略軍略的に詳細な地図は門外不出にしてるのかもしれないけど……まぁ、位置関係がわかるだけでもマシなのは確かかしらね)
二人の前に広げられた地図は、子供の描いた宝の地図を想像してもらえれば一番近い。引かれた線が道なのかは定かではないが、その先や途中に塗りつぶされた丸や矢印等があり、そこに地名や説明書きが書き足されているようだ。
「よし、それじゃ俺、カーシュが起きてくる前に隣に行って…」
片手を挨拶代わりに上げた所でケネスが言葉を止め、エリィを見つめるので、首をコテリと傾げる。
「隣の宿屋の裏に、そこの家族が住んでた家があるんだ。チビが3人居てさ、丁度カーシュやハナミさんの体格くらいだったのさ」
「?」
「服、調達しに行こうぜ。どうせ誰も戻ってこねぇし、もし戻ってきても着られる大きさじゃなくなってるさ。ハナミさんのその服、お婆さんのものなんだろ? デカ過ぎだもんな。だから行こうぜ」
ケネスの誤解を解くことなく、手招かれるまま、隣のピンク屋根の建物の裏にあった家に向かうと、確かに色々なものが残されていた。
木製の食器や調理道具その他諸々――今は服の調達だけして、後で家財道具を物色させて貰うことにする。
ケネスが言うには、暮らしていた子供は男男女の3兄妹だったらしい。軽く部屋を見れば、有難いことに兄二人は子供部屋、妹ちゃんは夫婦の部屋で過ごしていたようで、ケネスと離れて物色できる。
大きさの合う服に一式着替え、着ていたものは浄化してから収納へ入れる。
ふと気になって収納に入れていたローブの収納設定を見れば、案の定時間停止状態になっていた。取り出して修復がまだ済んでいない事を確認すると、設定を時間経過状態にし、浄化もかけてからローブは収納へと入れ直す。
靴も子供用のブーツを始め、いくつかあったのでサイズを確認して履き替えと回収。
(宿屋の主人一家だから少しは余裕があったのかしら。ずっと放置されてたせいで黄ばみが生じてはいるけど、きちんと替えも用意されているし、何なら余所行き用の上着なんかもあるわね。こっちは母親の物かな、そのうち私も大きくなるんだし、こっちも頂いておきましょ)
小物なども含めごっそりと回収し部屋をでると、ケネスはとうに物色を終えていたようで、椅子に座って待っていた。
「ぉ、ブカブカよりずっといいぜ」
フード付きの茶色い上着に薄茶の手袋、水色のシャツ、藍色のズボン、刺しゅう入りの茶色のショートブーツに着替えたエリィを眺めてケネスがニカッと笑った。
頭の包帯はそのままだが、フードを目深に被れば良い事だ。
「ありがと、着替えられて助かったわ。それと…ちょっと聞いても良いかしら」
「うん」
「猫って…居る?」
想定外の質問だったのだろう。ケネスは一瞬ポカンとした表情を浮かべるが、すぐに頷く。
「ちゃんと拓かれた村ならいるぜ。ネズミ捕りに活躍してくれるしな」
「そっか、どんな色とか柄の子が居るの?」
「何だ、ハナミさんは猫好きなのか」
庇護対象を見守るような表情を向けられて、エリィは些か居心地が悪い。
「そうだな~、毛の長いのもいるし、水玉模様みたいなのとかもいる。色は白や黒に赤、緑とか、まぁ普通にいろんなのが居るな。そうそう猫妖精なんてのも居るらしいぜ? こっちはただの昔話…じゃないか、御伽噺で尻尾が2つに分かれてるんだとさ」
「そう…ほんとに色々ね。教えてくれてありがとう」
どうやら翼と三又の尾を隠せば、サファイアブルーの体毛でも問題なさそうだ。
「それじゃ俺はカーシュん所行ってくるよ」
身を翻し外へと駆けて行くケネスを見送ると、エリィは調理道具やら諸々物色回収に勤しんだ。
エリィが勇者行動を終えホクホク顔で外へ出てくると、丁度ケネス達も出てきたようで、声が聞こえる。
その方向へ歩いていけば、青いシャツに黒の吊りズボン、木靴を履いたカーシュと、その手を引いているケネスが居た。
エリィの足音に気づいたのか、カーシュが少し焦点のズレた視線を、はにかみながらも笑顔で向けてきた。
「ぁ、ぉ、おはよう!」
「もうおはようなんて時間じゃねぇだろ?」
むぅっと頬を膨らませてカーシュはケネスを見上げる。
辺りを見回せば、すっかり明るくなって、影の位置から察するに、もう昼が近い。
仲が良い様子をぼぅっと眺めていたが、一段落したのかケネスが近づいてきた。
「ハナミさん、ここまで助かった。どんだけ感謝しても足りねぇくらいだ」
ケネスが深々と頭を下げる様子を、どこか他人事のように見ていたが、一瞬遅れて理解が追い付いた。
たった数日…もちろん出会いはそれなりに衝撃的で、厄介事のにおいしかしなかったし、道中は警戒しっぱなしで疲労感は酷かったが、それでも思い返せば悪くはなかったのかも、と思える。
アレクやセラと一緒に行動はできなかったという弊害はあったが、地図や着替え、その他諸々の道具類まで手に入ったし、これから必要になるであろう証札も手に入れることができた。
アレクが『猫』として問題なく擬態できると知れた事も大きい。
「俺達はここで別れようって思うんだ。ハナミさんの旅の邪魔はできねぇしな」
ケネスの言葉にカーシュの顔色が瞬く間に悪くなる。
「ぇ…兄ちゃん、なんで? ハナミちゃんとお別れって、どして?」
酷い目にあってただろうに、この数日の間に妙に懐かれたものだ。子供の精神は柔軟なのかもなと、エリィはぼんやりと考える。
「カーシュ、俺達は隠れなきゃなんねぇ事はわかるか?」
膝をつくとケネスはカーシュを見上げる形になるが、正面からカーシュを見つめる。
「……怖い人がおっかけてくるの?」
「そうだ」
ヒッと息を呑んで怯えるカーシュの頭を、ポンポンと宥める様に叩いた。
「ハナミさんの近くに俺達が居たら、彼女が危ないってのもわかるな?」
「……」
「だから俺達はここでお別れしないとなんねぇんだ」
ぼろぼろと涙で頬を濡らし、しゃくりあげるカーシュは上手く言葉が出ない。
「ふ…ぅぇ…せ…っかく…お、友…ちにな…って…ふぇぇ」
泣きじゃくるカーシュをケネスが抱きしめてやる。
「ハナミさんは旅の途中だったのに、俺達を助けてくれたんだ。だから旅に戻ってもらおうな?」
泣きじゃくりながらも微かに頷くカーシュに、ケネスも頷いて立ち上がりエリィに向き直る。
「ほんと世話になりっぱなしで悪ぃ。いつか必ず礼をさせてくれ」
「お礼は十分貰ったわ」
「ハ、ナミちゃん…また、会、える?」
(ほんと、子供って苦手だわ。だって負け確なんだものなぁ、嫌になるわ)
そんな事を考えながら口元に苦笑を浮かべる。
「ケネス達は自分の村へ行くの?」
「うん、そのつもり。ドラゴンなんか見たことないし…まぁもし見たらそん時はとんずらするさ」
ケネスの言葉に首肯を返す。
「そうね、そのうち会えるかもね。その時はもっと元気な姿を見せて頂戴」
「良かったな……そんじゃ行ってくれ。俺はこいつ泣き止ませてからねぇと」
手を振るケネスに近づき、携帯食とデッティの実、そしてポーションを収納から出して押し付ける。
「わかったわ。それじゃまた何処かで会いましょ。どのみちケネスからは預かり物があるしね」
「お礼だから! 売って路銀の足しにしてくれってば!」
ちょっぴり恥ずかしそうなケネスと、涙を堪えて両手を握りしめているカーシュに、ひらひらと手を振りながら、エリィは背を向けて歩き出した。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
至らぬ点ばかりのお目汚しで申し訳ない限りですが、皆様の暇つぶしくらいになれればいいなと思っております!
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしています(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)
ゆっくりではありますが、皆様に少しでも楽しんでいただけるよう更新頑張ります。
どうぞこれからも宜しくお願いいたします<m(__)m>