30話 カーシュ
逡巡後の名乗りに(もしかして偽名かな?)と考える。
この場に死体があり、負傷者、そして如何にもな子供ときて、あれこれ想像するなと言う方が無理というものだろう。エリィとしてもこの状況で、真名は論外だが、本名にあたる『エリィ』とも名乗るつもりはない。
面倒事はごめんだ。
まぁ本名だろうと偽名だろうと何の問題もない。単に呼びかけにくかっただけなのだから。
「わかった。私の事は、そうね…『ハナミ』とでも。それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……あぁ、もう言葉選びは下手なのよ。どう聞くのが一番いいのかわからないから先に謝っておくわ。私の言葉で傷ついちゃったらごめんなさい。で、言いたくない事だったら言わなくていいから」
エリィは本当に苦手なのだろう、かなりな早口で、一息に言い切った。
彼女の前、未だ意識の戻らない負傷者を挟んで対面するカーシュは、あまりの弾丸具合に理解できなかったのか、ポカンとしている。
「……その…不自由はない? どういう風に見えてる?」
言葉に小さく表情を歪めて俯く様子に、エリィの方が慌てた。
「あ、ぁぁ、ごめん、ごめんなさい。言わなくていいから」
カーシュが俯いたまま、フルフルと首を横に振った。
「ち、違う…です。僕の、ほ…が、あなた、を、不快…させ、ちゃった…から」
返ってきた言葉にエリィの方が固まった。
どう声をかければいいか悩んでいると、カーシュが喉に手を当てて、声を整えるかのように小さく唸る。
「ずっと、言われて、たから。顔の向き、と、視線があってなくて、気持ち悪いって」
「は?」
カーシュが必死に話してくれる内容に、思わずエリィの声が低く漏れた。
「気持ち悪いって何? そこは大丈夫かなとか、手助けは必要かなとか、心配するものでしょ。え? 違う? 私の認識がおかしいの?」
エリィのおかしな動きは見えていないだろうが、声に含まれる困惑はわかったようだ。俯けていた顔をおずおずと上げ、泣きそうになりながら口角をあげた。
「ぁり、がと…心配して、くれる、のは母ちゃん、と、兄ちゃんだけ、だったから」
泣き笑いの表情のまま、エリィとの間に横たわる少年に、カーシュは少し探すように彷徨わせながら手を伸ばした。
「あの、僕の見えな…いの、感染ったりしな、いから」
少年に手が届いたことにほっとしたのか、表情を緩めながら話すカーシュの様子にエリィ暫し考える。
(なるほど、この負傷者はカーシュの兄…か。で、感染しないモノを感染すると言って、不自由をしている子供を甚振ると…この世界全体がそういう風潮じゃないことを願うばかりね)
カーシュの背後にある木箱の影から覗いているアレクとセラに、首を横に振ってもう少し待ってと伝える…伝わっていればいいのだが。
「えっと…ぼんやり、影くらいで…見ただけなら、それが何かとかはわからない…です」
エリィに訊ねられていたことを覚えていたのだろう。素直で律儀な性格のようだ。
「了解。じゃあこの建物が何かとか、カーシュの前で寝てる人以外の事とかは、わからない感じか…」
最後の方は独り言のように声が小さくなったが、カーシュは正確に聞き取っていたようだ。
「ここはゴミ置き場、って言ってるのを…聞いた、事があり、ます。隣の建物、に皆いたけど、連れて、行かれ…て」
「…そう、ちょっと待ってて」
エリィは立ち上がり軽く埃を払うと、カーシュの横を通り抜け、木箱の裏から外へとでた。それに続いて出てきたアレクとセラが、エリィをじっと見つめる。
建物からはかなり離れ、周囲に何の気配もない事を確認した上で、話し合いべく全員が向かい合った。
「犯罪に巻き込まれるのではないか? 俺は主殿の身が第一故、即刻離れることを推奨する」
セラの第一声に、エリィとアレクが同時に彼に顔を向けた。
「グリフォンって森の奥に暮らしてるんじゃないの? なんだってそんなに人間種の事…まさかグリフォン族にも犯罪者集団とかなんているわけ?」
「群れの掟に従わないものは『はぐれ』となるか、粛清される。俺は一時、人族と暮らしたことがあるだけだ」
思いがけない情報に思わず問いかける。
「え? それって…じゃあ人語が話せるのはその経験から?」
エリィの反応に少々面食らったらしいセラだったが、冷静に軌道修正する。
「その通りだが、今はその話ではあるまい? 関わると碌なことがないように思える。すぐさま離れるべきだ」
セラの主張に気圧されるが、アレクの意見も聞かねばならない。
「アレクはどう思う?」
「ん~…関わらへん方がええって言うんは、僕も同じやわ。せやねんけどあの子ら放って行くっちゅうんは、なんやこう…」
「そうね、気が咎めるわね」
うまく言葉が出ないアレクを補うと、カーシュたちがいる『ゴミ置き場』の隣、今の所使用目的の分からない建物を見つめる。
「でもはっきり言ってしまえば『気が咎める』だけよね? 名前は偽名、姿も見られていなかったようだし、カーシュの希望は叶えたわ。今すぐ離れたとして困ることなんてない。だけど何も確認しないまま離れるのも危険じゃないかしら。何と関わってしまったのか手掛りだけでもないと、今後回避しようにもできないかもしれないでしょ?」
「了解した。主殿の懸念も理解できる」
「それじゃ拝みに行きますか」
すすっとセラが先頭に立つと、警戒しつつ西側の建物を目指した。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
至らぬ点ばかりのお目汚しで申し訳ない限りですが、いつかは皆様の暇つぶしくらいになれればいいなと思っております!
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしています(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)
そしてブックマーク、評価、本当にありがとうございます!
とてもとても嬉しいです。
ゆっくりではありますが、皆様に少しでも楽しんでいただけるよう更新頑張ります。
どうぞこれからも宜しくお願いいたします<m(__)m>