28話 たす…けて!
前話(27話)の最後、子供はエリィ達の姿を見ていない状況に変更しました。すみません!
今ここで言葉を発していいのは自分だけだと気付き、エリィは頭を抱えたくなった。
アレクは無害に見えるだろうが、あくまで猫だ。
猫は『にゃぁ』と発するものだ。いや、こちらの世界ではそれも正解かどうか、今の所まだわからない。
ならば、まだ子供に見られていないのだし、後ろに隠れていてもらう方が無難だろう。そっと木箱の影に下ろして隠れるように指示を出す。
セラに至っては無害にさえ見えないのは確実だ。
エリィとしては、自分の口が悪いことは自覚しているので、いつ地雷を踏むかわかったものではないという事実が、どうしても言葉を躊躇わせる。
(困ったな…何て声をかければいいんだ…)
短剣を掴んでいた右手をそっと放し、後ろのアレクを見下ろせば、口をギュッと引き結んで必死に目で訴えかけてくる。
―――どうにかしてやってくれ!
どうにかして欲しいのはこちらの方だと、エリィは口の中で呟いた。
「だ…大丈夫…?」
声をかけてから後悔した。
どう見ても大丈夫じゃないだろう…と、それ以前にもっと子供らしい喋り方ができなかったのかと…。いつもの素のままで話しかけてしまった。一応声音は鋭くならないように気を付けたけれども。
とは言え、子供特有の話し方と言うのは、とても難しい。たどたどしく話そうとか、色々と気にしてみるのだが、やはり違って聞こえるのだ。
「……けて…」
聞こえた声にハッと顔を上げると、背中を向けていた子供が振り返っていた。
白に近いパステルオレンジ色の髪はボサボサで、ずっと手入れなどされていない事がわかる。
所々固まっているように見えるのは、血だろうか…。大きな目は水色。一見女の子に間違いそうな顔立ちで、涙が止めどなく溢れては、その頬を濡らしている。
人を抱えて座り込んでいるらしく、頭は子供の身体に隠れて見えない。
「たす…けて!」
切羽詰まった声は男の子のもので、絞り出すようなそれに、男の子が抱える人物が見える位置に回り込んだ。
抱えられた人物は男の子と同じ薄いパステルオレンジの髪、肌は日焼けでもしているのだろう、少し浅黒いが、目は閉じられたままでピクリとも動かない。体格は抱えている男の子より大きく、年齢も上だろうと推察する。見た感じ中学生くらいの印象だ。
くっと息を吞むが、微かに胸が上下している事に気が付いた。
「そこに下ろして」
もうその人物の命は風前の灯火で、助けられるとは思えない容態に見える。それでも考えるより先に身体が動いた。
男の子が下した人物の全身をざっと確認する。
纏っているゴワゴワとした粗末な服が、彼の右横腹辺りから左胸辺りまで切り裂かれ、血で汚れている。腕やら顔やら、至る所にある傷からも血が滲んでいる。
出血が多いのは右横腹の方で、今もじわじわと出血している。
一度手を放していた短剣を掴んで取り出すと、ズタボロになっている服を切って広げ、負傷部分を露わにした。
床に広がる血と脱力している様子から、もうダメかと思ったが、どうやら傷はそこまで深くなさそうだ。
当然だが治癒魔法は使えない。使おうにも魔力が到底足りない。セラに回復促進してもらうにしても、魔物であるセラが近づくと子供がパニックを起こしそうで、それも怖い。いや、まず間違いなくパニくる。
(とりあえず薬でどうにかするしかないか…止血剤なんて作ってたっけ…)
収納の入り口は任意の場所に出すことができるので、自分の懐を探って見えるように、ローブの内側に出し入れ口を設定し、手を突っ込んだ。
収納リストのパネルが誰にでも見える可能性があるため、手探りで目的のものを探す。
(止血、止血…止血効果のあるもの……止血剤何て作った記憶はないけど、材料は採集した記憶がある…これか? 鑑定かけてみて……これだ、タルミアの葉!)
ローブの内側から取り出した、大人の手の平より少し大きい葉っぱを両手で揉みだす。途端に少し苦みを感じる芳香が溢れた。
十分に揉んで葉汁を滲ませてからしっかりと広げ直し、一番深そうな右脇腹に押し当てた。
「ッ…」
負傷している人物が、押し当てられた圧迫痛か、それとも葉汁が沁みるのか、苦しげに微かに呻いて身じろいだ。
エリィの小さな手ではしっかりとした圧迫はできないが、汁のおかげで葉が傷口に張り付いているため、その間にと今度は傷薬を取り出す。
こちらはツデイの草の根にマフ草と、念のため消毒効果があるトトワの樹皮を使ってエリィが作った、軟膏状の特製傷薬だ。
もう一枚取り出し、揉んで下準備したタルミアの葉に、特製軟膏を塗りつけると、傷口に押し当てていた葉と交換する。
(他の傷は軟膏塗るだけで良さそうだけど、とりあえず体力回復のボーションは飲ませた方が…ん~、意識ないしなぁ、まぁ、後にしよ)
今できる事はしたとばかりに、改めて周りを確認する。
負傷した人物を抱えて泣いていた男の子は、大きく目を見開いているが、どことなく焦点があっていないように見える。彼の受けたショックを思えば、それも仕方ない事だろう。
ただ、床に流れる血の量が多く見えたのは、男の子と負傷者の二人以外に、床に倒れた人物が居たからだとわかった。
そちらは気づいたときに思わず身構えたが、動き出す様子がなかった為、鑑定をかけてみたら死亡が確認できた。鑑定しても見えない項目も多いが、見える部分があるだけでもかなり違う。
(名前はズース、ズース・ペルタナック で、モルカダ出身と…モルカダってどこだよ、まぁいいけど…それ以外は、やっぱり空欄が多いなぁ、これは練度上げを頑張らないと、って…わぁぁぁ、これはすごいな、窃盗に始まり果ては殺人と…うへ、薬物にも手を出してるのか、いや、でもこれ直近の記録だけか…なんというか、自業自得、因果応報ってことでいいかもね)
エリィは血等で汚れた部分に浄化魔法を使いながら、誰にも見えないように顔を伏せ、小さく黒い笑みを浮かべる。
(いいわ、いいわぁ、因果応報! なんて素敵な響きなのかしら!)
そしてハッとしたように固まった。
(不覚…そうよ、負傷者も鑑定かければよかったのよ。そうしたら容態もすぐわかっただろうに……とは言え人様の鑑定に慣れちゃうのもなぁ、気が咎めるというか…いや、練度上げと割り切るべきだわ)
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
至らぬ点ばかりのお目汚しで申し訳ない限りですが、いつかは皆様の暇つぶしくらいになれればいいなと思っております!
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしています(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)
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ゆっくりではありますが、皆様に少しでも楽しんでいただけるよう更新頑張ります。
どうぞこれからも宜しくお願いいたします<m(__)m>