26話 微速前進
筒状の焼き物容器なんて、どう考えても人間種の手によるもので、現時点のエリィにとって歓迎すべからざる発見物だ。
と言うのも人間種と接触できる準備が、まだ整っていない。
今更だが『人間種』というのは人族を始めとして、エルフ族やドワーフ族、水人族等々をひっくるめて人間種と言っている。しかし人族の占める割合が圧倒的に多い為か、人間種=人族、人間、人などのようにふわっとした呼称を用いられることも多い。
自動修復機能付き装備は見ただけで分かるほどの上質品、仮面もただの子供が使用できる品とは到底言えない。収納スキルも誤魔化せるよう下準備が必要だ。
アレクも家猫と言い張れる姿に変化できるようにはなったが、サファイアブルーの体毛と桜色の目はまだ変える事ができない。そんな色合いが普通の家猫として通るのか、そもそも猫がいるのか、そういった基礎知識も欠落しているので、できれば事前調査したいところだ。
セラに至っては連れ歩くだけで危険だ。人語は解する、羽毛は白銀、その上かなり強いときては、目立たないわけがない。
詮索されたり付き纏われたり、最悪犯罪に巻き込まれかねないなんて事態は避けたいのだ。
エリィ自身も欠片は集めたいし、アレクやセラの身の安全を考えれば、邪魔は入らないに越したことはない。
そう言った諸々の事情で、人間種との接触は今しばらく御免被りたいと言うのが、エリィの正直な気持ちだ。
念のため、容器の鑑定をかけてみたが、得られた情報は『薬液が入っていた瓶』で、『この場所に存在するようになって暫く経ったもの』という事。
現在の練度ではこれが精一杯のようだ。
他にも何かあるのではないかと、ぐるりと周囲を見回す。
太い木々によって鬱蒼としてはいるが、小屋や遺跡付近と違って、地面は雑草が生い茂っている。
アレクが蹴飛ばさなければ、焼き物の容器という人間種の痕跡に気づくことはなかっただろう。
だが、よくよく見れば、容器が落ちている付近の雑草には、線状に伸びる踏み倒されたような跡が、薄っすらとあるようだ。
「何だろ…線?……轍、かな」
「何の跡かはわからへんけど、人さんがこの辺に居るんは、間違いあらへんやろ」
「そうね、できればまだ邂逅したくないんだけど、アレクとセラはどう?」
エリィが容器を拾い、裏返したりして観察しながら問いかける。
アレクは雑草に残る痕跡の方を注視し、セラは周囲の警戒に首を巡らせていた。
「そのうちには関わらんとしゃぁないやろけど、僕も今は嫌やな」
「主殿に同意する」
エリィはこくりと頷くと、腕組みをして顔を微かに上げる。
「北の方には…っと、魔物かな、ただ魔物としかわからないけど、大きさはそれほどでもなさそう。数体うろついてる。向かうのは南の方なのよね?」
確認するべく、一旦アレクの方へと顔を向け、彼の返事を待つ。
「せや、ふわ~っとした方向しかわからへんけど、南の方向で間違いあらへん」
エリィは頷きで返事を返すと、先だってと同じ姿勢に戻った。魔力を含む色々な気配の調査探索を再開したのだろう。
「南の方には、何だか弱々しい気配が1つ。西の方にはちょっと大きめの反応があるから、東寄りに南へ…かな」
「了解した。丁度この線の跡に沿うようなルートで良いのだな」
セラの指摘に、ちょっと困ったような声がエリィから漏れる。
「そっか、この線上かぁ…何とも嫌な予感しかしないんだけど」
「嫌な予感て、けったいな事言うんやなぁ。弱々しいって言うんやし、魔物やとしても小物やん? なんでそないに心配するんかわからんわ」
「そうかもしれないけどさ、自分たちが今どこにいるのかわかってないし、まだ森の中なのも間違いないし…警戒しすぎるってことはないでしょ?」
「気ぃ張りすぎたかて、ええことあらへんて。ほどほどが一番や」
うんうんと得意気に歩き出すアレクに、エリィもセラも溜息を禁じ得ない。
「気を張ってても…なんて経験したばかりなのに、ほんとにもう」
狼のような魔物、思い返してみればどことなく異様な気配を纏ったアレに襲われたのは、つい2日ほど前でしかない。
歩き出したアレクの後に、微速前進で続く二人は、やれやれと肩を竦めた。
「警戒しすぎて動けなくなるのも困るけどさ、アレクのそれは何か違う気がするのは私だけ?」
納得できてるわけじゃないという空気を隠さないエリィが、同意を求めるようにセラの方を見る。そんなエリィを宥める様にその背に、片羽をそっと伸ばしてセラが優しく撫でた。
その動きにエリィは片側の口角を少し上げて苦笑を浮かべる。
(まぁ練度上げと思って警戒を続ければいいだけよね。そう…あんな風に手も足も出せないまま抑え込まれるなんて、二度と御免だわ。その為にももっとスキルも何もかも使いこなせるようにならないと。そして自分の欠片も…だわね)
暫く歩いた所で、『弱々しい反応』があった場所へと差し掛かる。
未だ森の中ではあるが、届く日差しがこれまでよりも多く、光の模様が地面にはっきりと描き出されている。
それだけでなく、やはり些少なりとも行き来があるようで、縄の切れ端が落ちていたりする。
他にも何かあるのだろうかと、探るように視線を彷徨わせた結果、それは木々の合間、緑の影に埋もれるようにして姿をちらつかせた。
「あれ……家?」
エリィが小さく指さす先に、木造の簡素な平屋建ての建物が2棟見えていた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
至らぬ点ばかりのお目汚しで申し訳ない限りですが、いつかは皆様の暇つぶしくらいになれればいいなと思っております!
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしています(そろそろ設定が手の平くる~しそうで、ガクブルの紫であります;;)
そしてブックマーク、評価、本当にありがとうございます!
とてもとても嬉しくて、こんなに励みになるとは想像していませんでした。
ゆっくりではありますが、皆様に少しでも楽しんでいただけるよう更新頑張ります。
どうぞこれからも宜しくお願いいたします<m(__)m>