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235話 ナゴレン侯爵邸の厨房にて



 背後からアンセに注視されながらも、気づかない賊はそのまま厨房を探す。

 邸内はわからないが、外回りの巡回はそれなりに行われている。だからといってそこまで頻繁ではなく、ある程度時間間隔を置いて行われているのが常だ。

 賊としては好都合。巡回の合間を縫って井戸を探す。

 魔具が日常的に使われる世界とは言え、決して安いものではない。それ故厨房には貴族家であっても近くに井戸がある事が多く、ここナゴレン侯爵家も例外ではなかった。


 賊が見つけた井戸の近くには質素だが、そこそこ大きな扉があり、それに手をかけてみるが、やはり施錠されていて開かない。

 ふと上を見上げれば、小窓がいくつか並んでいる。さっきと同じくその辺に無造作に置かれている木箱を積んで上に上り、小窓に手をかければ小さな音を立てて開いた。

 人一人通るにはかなり狭いし、上の方にあるので施錠がいい加減になるのもわからないではない。まぁ不用心だとは思うが。


 するりと小窓を抜けて室内に降り立てば、鍋などの調理道具や桶、食器などが置かれていて、どうやら厨房を見つけることが出来たようだ。そっと見回せば奥まった場所に箱に入った野菜などが積まれた一角がある。

 そこには棚も所狭しと並んでいて、幾つかの扉を開ければ、日持ちのする焼き菓子などが入った箱を見つけることが出来た。


 懐から取り出した袋の中身を半分、それの中へぶちまける。


「(へ、任務完了ってな)」


 無事任務を終えられた安堵もあるのか、洩れた声の調子は軽い。


「じゃあこっちも任務完了させてもらわないとだね」


 背後から少し高い少年の声が響き、賊は驚きに身を跳ねさせるが、なかなかどうして、すぐさま得物を取り出し身構えた。

 寝静まった時間の厨房は、当然何の灯りもない。暗がりで視界は悪いが、賊は神経を研ぎ澄まし気配を探っているようだ。短剣の刀身が鈍く光る。


「別に隠れたりするつもりないんですが、音をたてられても面倒ですよね…」


 声のする方向を気にしつつ、だけど油断することなく賊は周囲を警戒するが、そんな警戒はアンセの前に何の意味もなかった。

 扉や窓の隙間から、音もなく伸びる蔓が足に巻き付き、一気にその身を締め上げれば、賊は声を漏らす間もなく床に引き倒された。

 その顔に焦りと驚愕が滲み、つぅっと嫌な汗が流れる。とはいえ賊も大人しく拘束されてはくれない。得物を振るって巻き付いた物を切ろうとする。

 しかし、辛うじて視認できたそれに、刃を滑らせようが突き立てようが、一見弱々しく見える蔓に傷一つつかず、賊の焦りは大きくなる一方だ。


「くそ!! お前何もんだ!?」

「声が大きいですって。僕が何者かなんて大した問題ではないでしょう? だって、ね?」


 暗がりから届く少年の声は、少し楽し気だ。


「顔を合わせることなんて、ないですから」


 巻き付いた蔓は、足から胴へ、そして首、顔へと延び、ゆっくりと締め付けがきつくなる。


「ッ…グゥ……ゥ…ッ……」


 苦し気に震える手を首の蔓に伸ばそうと足掻く。しかし、徐々に震えは小さくなり、賊は脱力しピクリとも動かなくなった。


「あれ、もしかして死んじゃった? どうしよう……エリィ様に怒られるかな」


 アンセは蔓を緩め、嫌そうにその鼻先へ手を翳す。

 死んでても問題はないが、微かに呼吸が触れて生きているのが確認できた。


 賊が汚染菓子を混ぜた菓子の箱を手に取る。賊の弛緩した身体の方へ顔を向けたアンセは、少しだけ考え込んだ。


「放置じゃ不味いかな……ん~、ぁ、そうだ、あの人間種に押し付けちゃえば良いかな」


 一頻り悩んだ後、アンセは放置しない事を選択した。

 エリィの手を煩わせずとも、あの無駄にキラキラしい人間に処理させればいいのだ。

 そうと決めれば、アンセの行動は早い。だらりと力の抜けた賊の身体はかなり重いはずだが、どうせ蔓で引っ張るだけなので問題はなく、後には何事もなかったかのような静寂が戻った。







 朝になり、エリィが部屋続きになっている寝室から部屋の方へと移動すれば、テーブルの上に見た事のない袋が置かれていた。

 エリィはもう睡眠もほぼ必要としなくなっており、寝室に移動する必要もないと言えばないのだが、そこは習慣みたいなもので、何となく移動してゴロゴロしているのだ。まぁ眠る事はなくとも、ベッドのフカフカ具合は心地良い。


 テーブルに置かれた袋を、手に取る前に軽く鑑定すれば、汚染菓子の入った袋だと分かった。

 しかし感染性はなくなっていた。乾燥等によって死滅したのだろう。とはいえ毒素が残っているので、回収してくれたのは僥倖だった。

 謝って誰かの口に入れば、嘔吐などを催し、悪気騒ぎに至った可能性はある。


【アンセ、面倒な事頼んでごめんなさいね】

【ぁ、エリィ様、おはようございます。別に大した手間じゃなかったですよ】

【流石ね。セレスが行きたいって言ってたけど、アンセに頼んで正解だったかしらね】

【セレスだと風ぶっぱだから、多分被害甚大になったでしょうね】

【そうね。それで他の食材なんかは問題なかった?】

【大丈夫でしたよ。ただ警備はザルでしたけど】


 苦笑するしかないが、とりあえず悪気騒動は避けることが出来たようだ。

 そして汚染菓子をすべて回収した事で、図らずもトクスとその周辺が悲劇に見舞われるのも回避でき、結果オーライである。



 その頃、離宮の方では、正面扉の前に不審者が意識を失った状態で放置されていた。

 勿論、蔓でグルグル巻きにされた状態だったので、意識が戻っても暴れる事はなかっただろうが、突然の事態に離宮のソアン達は思わず遠い目になった。


「ヒース、これはどういう事態だろうね?」

「………私に聞くか?」

「いやまぁ、うん、そうだね………私の思い違いだったらいいのだが、あの蔓には既視感があるんだが」

「奇遇だな、私もだ」

「「はぁぁぁ………」」





ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。

リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。


そしてブックマーク、評価、本当にありがとうございます!

とてもとても嬉しいです。

もし宜しければブックマーク、評価等して頂けましたら幸いです。とっても励みになります!


修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)

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