233話 行き場を失くしていた懐中時計
―――コンコンコン
「(エリィ、少し良いか?)」
扉をノックする音の後、オリアーナの声が扉越しに聞こえた。
返事をしながら開ければ、オリアーナがドレス姿で立っていて、少し目を瞠ってしまったが、すぐに気を取り直して室内へと招き入れた。
「どうしたんです?」
まさかドレス姿を見せに来たわけでも無かろうと、疑問に首を傾けながら問いかければ、オリアーナの眉間の皺が少し深くなったように見えた。
「その……」
何か話しにくい事なのか、言葉を詰まらせた様子に、とりあえずソファに座ってもらうよう促す。
「「………」」
「………何か思うことがあるなら、どうぞ」
「いや、エリィに対してと言うより……………エリィは良いのか? この国のゴタゴタに巻き込まれる必要なんかないだろう? 私はエリィに迷惑をかけたくて一緒に行動してたんじゃない……だから」
続く言葉は差し詰め『見捨ててくれて良いんだぞ』とかだろうか。
責任感の強めな彼女の事だから、自分達でどうにかするから首を突っ込むなとでも言ってくるのかと思っていた。
言ってる内容は結果的に『手を放していい』等と言う、同じ内容になるのだろうが、オリアーナの場合、エリィに対して申し訳ないとか言う感情が先立ってるように思えるので、不快感はない。
「なるほど、そっち。
まぁそうですね。ですがオリアーナさんと知り合う前から巻き込まれていたのは、この前話した通りです。
自分としても、これ以上の厄介事は御免なので、ケリをつけておきたいと言うのもありますから、そこまで気にして頂くような事じゃないですよ。
こちらにも報酬他メリットはありますし」
面倒なのは確かだが、放置していれば更に面倒になりそうなので、片付けておきたいのも事実なのだ。
「ですが、何故態々?」
オリアーナがドレス姿だと言うのに、これまでと同じように振る舞うので、些かコスプレ感が漂う。
「そのだな……テレッサが朝から出かけてしまってな…それも情報を貰ってくるとか何とか……情報を集めるのは良いんだが、止める間もなく出かけてしまったし、何よりその情報とやらを、エリィの所に持ち込む気満々のようでな……流石にそれはどうなんだ、と」
なるほど、随分と行動力のある王女様だ。
しかも自身が狙われている可能性があるにも拘らず、危機感もかなり薄いらしい。護衛達を信用しているのだと言われれば、確かにそうだろうが…。
高貴な女性、しかも身内に敵を抱えた王女が動くとなれば、それだけで大事だろうし、危険性やら煩わしさを考えれば、自重してくれた方が周囲としてはずっと助かるのではなかろうか。
とは言え、そんなところも含めてテレッサ王女は愛されていると分かる。
こうしてフォローを入れてくるほどには。
「エリィはこの仕事が終われば旅立つんだろう?
一応報酬の話も出ていたし、エリィに丸投げする気ではないと思いたいんだが、良くも悪くもテレッサたちは貴族と言う生き物なんだ。
他人に押し付けて使い潰す事に、本気の罪悪感がないんだよ……。
私も家が…家族がいた頃は大なり小なりそう言う部分はあったと思うが、ギルド員となって家を飛び出したら、それじゃいけないなって思ったんだ」
エリィが良い様に使われて振り回される事を心配してくれているらしく、地味に擽ったくて、無意識に口角が微かに上がる。
「心配して下さってありがとうございます。
確かにそう言う部分はあるでしょうけど、それも巡り合わせと言うか、偶々とはいえ、居合わせたからできると言うだけで、未来永劫寄りかかって来る事もないでしょう。報酬を頂くまでが仕事で、それ以降の事は関与するつもりはないですしね」
「しかし、これまでも散々面倒をかけたし……テレッサが戻って、何か言ってきても無理なら無理と、はっきり断って良いからな? あいつは昔から行動派と言うか…言葉は悪いが跳ねっかえりと言うか」
「周囲の苦労が偲ばれますね」
エリィの零した言葉と声音に、オリアーナもつい苦笑を浮かべてしまう。
クックと肩が揺れるほど一頻り笑ってから、『そうそう』と話題を変えてから、ハンカチだろうか、布に包まれた何かを差し出して来た。
「トクスで私が自室に戻ったことがあっただろう? その時に探していた物なんだが、良かったら使ってくれないか?」
差し出された包みを一部解けば、中から顔を覗かせたのは渋い銀色をした懐中時計だった。
「これは?」
戸惑うように訊ねると、オリアーナは小さく肩を揺らして深呼吸をしてから、エリィに視線を合わせてきた。
「家を飛び出してギルド員になってから結構稼いでたんだが、散財する気も時間もなかったんだ……つい貯まった金で、当時はまだ生きて、もうすぐ誕生日だった兄に贈り物をと買ったんだ。
だが渡す前に兄は帰らぬ人となった。色も銀色で可愛らしいデザインでもないんだが、私が持っていても、しまい込むだけになってしまう。流石にそれは時計が可哀そうだと思ってな。
それに渡しそびれた贈り物と言うだけで、形見でも何でもない。
自分用の物はあるし、だったらエリィに使ってもらったらどうだろうかと」
「形見ではないかもしれませんが、想いのこもった品でしょう? 頂けませんよ」
「エリィが貰ってくれなかったら、朽ちていくだけなんだって」
「だったらせめて買取りさせてもらいます」
「トクスでの支払いは全部私がすると言った」
「ここはトクスじゃありませんし…」
そういうとオリアーナは上目遣いに、拗ねたように睨んできた。
「それにここまでくる間に私もかなり稼いでいますから、支払いは心配ないですよ?」
「行き場のなくなった時計が可哀そうだろうが…」
「それって、貰っても買取りでも関係ないですよね?」
うぅぅと唸るオリアーナを横目に立ち上がり、いつもの袋から取り出す振りをする。
「時計の販売価格って、まだ知らないんですけど、金板貨で足ります?」
金色に輝く平たく四角い貨幣を数枚、オリアーナの近くに戻ってテーブルに置くと、とたんにオリアーナが慌てた。
「え!? いや、そ、そんなにしてないし、何時の間にそんなに稼いでいたんだ……」
「ここに来るまでに素材を売ったりしましたし、何より結晶草の葉が、あのキラキラしい方に良い値段で買取って頂けたので」
エリィの言葉に、ふと動きを止めたオリアーナが納得したように黙り込んだ。
「パ……あの怪しい女性が言うには、結晶草の葉は1枚で今なら値段が付かないほど高額だと言ってたんですよ。
とはいえ価格を決めないと支払ってもらえませんし、でまぁ、適当に支払ってもらった結果……と言う訳です」
「なるほど、だがこの時計はそこまで高額じゃない、買った当時で銀板貨7枚だったかな。その後ずっと放置していたし……そうだな、じゃあ銀平貨7枚で」
エリィが買取りでしか受け取らないと観念したのだろう、具体的な価格を言ってくれたのだが、減額しすぎではないだろうか? 10分の1になっている。
流石に言葉通りにするのは躊躇してしまい、銀板貨5枚をテーブルに置く。
「もうデザインもかなり古くなっているし、何より使うにあたって一度調整して貰った方が良いくらいには、放ってあったんだ。それはもう部屋から発掘が必要なほどにな。
だから調整でまた金がかかるし……じゃあ銀板貨1枚貰っておく。せめてそれで引いてくれ」
オリアーナもこれ以上引かないぞと、目に力を込めて睨んでくるので、結局かエリィが折れた。
「………ありがとうございます。時計も探しに行きたかったんですけど、ここまで時計店に出くわせなかったので……助かります」
「何処の国でも大差ないだろうが、時計店というのはないぞ」
時計を専門に扱ってる店や商会はないという事だろうか…。
「大抵は宝飾を扱ってるところかな」
「……宝飾店」
確かに言われれば前世でも、宝飾品店に置いていることがあった。
しかし時計店か雑貨店くらいしか馴染みがなかったために、考えに浮かばず立ち寄った事はない。
どうやらまだまだ知らない事は多そうだ。
そうこうしてると、扉の向こう、廊下の方で何か近づいてくる気配を感じ、エリィは顔を扉に向ける。
それに釣られるようにオリアーナも扉の方を注視していると、気配だけでなく音も耳に届いてきた。
微かに『……まぁ、お待ちを~~~」と叫ぶ声まで聞こえてきたと同時に、ノックもなく扉が勢い良く開かれた。
「はぁ、はぁ……ッ…エリィ様!! 手、に入れて、きましたわ!!」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)




