232話 テレッサとコリアータ
本日より『悪役令嬢の妹様』の連載版を投下開始しました。
不規則まったり更新となりますが、どうぞこちらも宜しくお願い致します<(_ _)>
一見質素に見える馬車が、御者の見事な手綱さばきで静かに止まると、後ろから騎馬で付いてきた護衛の者であろう数名が、すぐさま馬から降りて扉横に整列する。
馬車が止まった場所は裏通りと言った風情の、あまり道幅が広くない道だった。それでも王都の道として不足なく石畳に整備されている。
通る人影は殆どない……というか全くない。
それは、その場所にある建物のせいと言っても過言ではないだろう。
通りを違えれば、行き交う馬車や人波の喧騒が、華やかな賑わいを添えるような場所ながら、一つ通りが違えばシンと静まり返り、ここが本当に王都の一角なのかを疑いたくなる。
馬車の扉が開き、中から人が2人降りて来た。
どちらも黒ではないが沈んだ色の、引きずるような長いフードマントを羽織り、当然ながらフードまで目深に下ろしているので、人物の特定は難しい。しかし裾部分がふわりと広がっていて、足運びの際にちらりと見える靴から、どちらも女性だと察しはつけられる。
そんな彼女らを数名の護衛…と言っても煌びやかな近衛騎士等と言った装いではなく、地味で飾り気のない革鎧という実に軽装だ。
そんな彼らに挟まれて女性2人は、高い塀の間にある小ぢんまりとした柵上の門を抜け、石造りの重厚な建物に入って行く。
そこは王立図書館の裏門。
扉1枚にしても装飾は少ないが、どれも小さな彫刻が入っていたりして、なかなかに小洒落ている。
とは言えかなり重い扉なので、護衛が開けてくれた。その奥には両脇に扉の並ぶ細長い通路が真っすぐに伸びていて、そこを進んでいくと、大きな書架の群れが見えてきた。
天井まで届くかと言う書架がずらりと並び、所々に木製の脚立が置かれていて、脇の小机には整理中だろうか、分厚い書籍が所狭しと積み上げられていた。
並ぶ書架のせいで見通しの悪い室内を見回すと、小さく囁くような女性の声が耳に届いた。
「ご、ご挨拶申し上げます、我が王国の花にして…」
その声に振り向けば、焦ったようにつっかえながらも、深く礼を取る女性のつむじが見える。
「まぁ、そんな堅苦しい挨拶はやめて頂戴。今日は視察でも何でもないのだもの」
「ひゃ、ひゃい!」
ガバッと音が鳴りそうな程勢いよく上げられたその顔は、ナゴレン侯爵第2令嬢コリアータだ。妾腹という理由から実家族から虐げられていて、本人曰く成人すれば家を出るつもりなのだと言う。今は司書見習いと言う立場だが、間もなく正式に図書館に採用されると言う話だ。
そんな彼女がいる王立図書館に視察に来たことで、テレッサと縁が出来た。
「もう、まだ緊張するの?」
「そ、それは、もう! お、王女様です…から」
テレッサは深く被っていたフードを後ろへ下ろし、コリアータにしかめっ面をして見せる。
「今はお忍びだから王女とか言わないでよね」
何故かふんすと鼻を鳴らすテレッサに、一瞬の静寂の後、コリアータが困ったように微笑んだ。
「そう、この前コリアータのお勧め本を手に入れたの! あれ、本当に面白いわね。続きも読みたいのだけどあるかしら」
「お勧めというと、どれでしょう? 先日お勧めしたものと言えば、恋愛小説に領地経営日記、後は詩集もお勧めしたように思いますが、面白いとなると、領地経営日記か『その微笑みに』のどちらかでしょうか?
あぁ、どちらもとても楽しくてワクワクしますよね。領地経営の日記など堅苦しい内容かと思われますが、あれは実体験をもとにして書かれていて、失敗談なんかも分かりやすい文体で書かれていますから、読んでいて疲れません。『その微笑みに』の方ですと、まだ2巻以降は翻訳されておらず、4巻まで発刊されているのですが、2から4巻までは原文の物でしたらございます! 作者であるヌター著ということでしたら……ぁ」
本の事を語り出すと止まらないのか、先程までのつっかえ具合が嘘のように、流れる水の如く喋っていたが、王女の前だという事を思い出したのか、言葉を途切れさせた後真っ赤になって俯いた。
「ス、スミマセン…」
「いいのよ、コリアータが楽しそうだと私も楽しいもの」
にこやかに言うテレッサにマローネが何か耳打ちする。
「ぁ、そうね……コリアータはお仕事中だもの、これ以上は邪魔になるわね。ごめんなさい、それで頼んだ物なんだけど……」
「あ、はい。御用意しておきましたが…直ぐ取ってきます」
テレッサが止める間もなく、コリアータは何処かに駆けだして行った。流石に控室かどこかに置いていたのだろう。
暫く待っていると、さっきと同じように、コリアータが走って戻ってきた。
「お、お待たせしましたッ! これで良いでしょうか?」
受け取った物は夜会当日の予定メニューに使用する食材一覧と、取引商会が書かれた物だった。
「こんな物、どうなさるんですか?」
渡したはいいものの、コリアータは少し不安気に訊ねてくる。
それはそうだろう、招待客にこんな料理人のメモを見せる事等、普通はない。それに当然ながらレシピなどは非公開だ。料理人には命綱であるレシピなら、その片鱗さえ見せてもらえるはずがない。
今回メモを手に入れられたのは、単に使う食材と、その取引商会をざっと書き留めただけの物だったからである。
「ぁ~、別に悪用したりしないわ!
そんなコリアータを裏切るようなことはしないから安心して頂戴。
その……そう、内緒にしてほしいのだけど、ほら、ずっと天候不順が続いてたでしょう? そのせいで食糧庫の備蓄の残量に不安があるの。それで新しい取引先とかないかなって」
エリィが言っていた『危険物混入の心配』と、正直に話すことが出来ずに、つい出任せ……でもないが、そんな事を口走っていた。
とはいえそこは王族、焦りや罪悪感など微塵も滲ませない。
「あぁ、そういう事でしたか。
確かに夜会にはテレッサ様始め、王族、高位貴族の方も御出で下さるようで、使用人達も皆大わらわなようです。
こんな走り書きでお役に立つかどうか……事情を伺っていれば、もう少し見目好く纏めておいたのですが」
「そんな、気にしないで頂戴。
これで十分よ。本当にありがとう。お仕事の手を止めさせてしまってごめんなさいね。次は夜会の時に会いましょう」
テレッサが笑みを浮かべれば、それに釣られるようにコリアータも微笑んだ。
それじゃと、コリアータに見送られながらその場を離れるが、テレッサの顔色にマローネが心配を浮かべる。
「テレッサ様……」
「大丈夫…その、罪悪感が少しね……でも本当の事なんて言えないじゃない?
そんな事言ったら、コリアータは気に病んでしまうわ」
「はい。テレッサ様の御判断で間違いなかったと思います」
「うん、ありがとう。だけどね、それでも……ほんの少し胸が痛いの。コリアータとはもっともっと親しくなって、ずっと本友達でいたいのに、言えない事が沢山あるのが……。
ふふ、贅沢な悩みよね、ごめんなさい」
「………」
「だからこそ、この情報は必ずエリィ様に届けて役に立てるわ」
「はい」
来た時同様、ひっそりと裏門から出て、そっと馬車へ乗り込み、護衛に守られながら2人は王宮へ戻って行った。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)