231話 蠟燭の灯火が照らし出す思惑
あれからエリィ達は夜会の打ち合わせを行いつつ、オリアーナと共にゴルドラーデンでのマナー他の勉学に勤しんでいる。
ソアン達は地道な捜査活動を秘かに行っていた。
一時実家へ戻ったヒースは父親と何を話したのかわからないが、早々にソアンの離宮に戻ってきた。
トタイス達は特に出歩くこともなく、外出できないだけの監禁生活を続けている。
それぞれが思い思いに、来る夜会までの日々を送っている。
―――コンコンコン
「入れ」
燭台の灯火が揺らめく室内は影が長く伸び、どこか現実離れした空気を醸している。室内どころか邸内は夜の帳がしっとりと降りており、頼りない灯火だけが、手の中でグラスを揺らすでっぷりとした男性の顔を照らし出した。
その男性、ワッケラン公爵の声に、部屋に入ってきたのは執事。
深く一礼をした後、抑揚なく淡々と言葉を口にした。
「旦那様、お客様でございます。その、先触れはなかったのですが……」
言い淀む執事に公爵が片眉を跳ね上げた。
「!……ぃぇ、申し訳ございません。タッシラ殿下がおみえです」
「タッシラァ? ほう、こんな夜中にのぉ」
「応接室へのご案内でよろしいでしょうか?」
王兄タッシラと同じくでっぷりとしてはいるが、公爵は老年ながらかなり身体が大きい為、そこまで太っては見えない。
ぐいっとグラスを煽り、酒を飲み干すと徐にのそりと立ち上がった。
執事が支えようとするのを手で制する。
「全く…こんな夜中に非常識な奴だ。しかしまぁよい。
そうよのぉ、執務室の方へ連れて来るがよい」
「畏まりました」
寄る年波には勝てぬのだろう、ゆっくりとした足取りで執務室へ向かえば、タッシラの方が先に案内されていた。
執務室のソファに座って、公爵が来るのを待っていたようだ。
「おお、伯父上」
「タッシラや、如何に伯父甥の関係であっても、このような夜分に貴族家を訪問するのは如何なものかのぉ?」
「そ、それはそうだが…その思わぬ物を手に入れたのだ」
「ほう?」
そう言うや否や、タッシラはいそいそと懐から何かの袋を取り出す。
随分と草臥れて見えるソレを、少し掲げて見せた後、テーブルに置いた。
「これをヘバヤから手に入れたのだ」
「ヘバヤ? あぁ、ホスグエナの事じゃなぁ」
「うむ。ナジャデールの者だとかいう奴から手に入れたと言うんだが…面白そうな代物だと思ってな! 急ぎ持ってきたのだ」
普段踏ん反り返って偉そうにしているデブと言う印象なタッシラだが、幼い頃より可愛がってもらった記憶があるせいか、ワッケラン公爵相手には少し子供っぽい反応をしてしまうようだ。
正直中年幼児といった感じで、気持ち悪い事この上ないのだが、本人はまったく気にしていない。
どちらかというとワッケラン公爵の方が眉を顰めている。
「ふむぅ……面白そうとなぁ……まぁそれは良い。しかしこれまで何度か言い置いたであろう? 少しは年相応に落ち着きある行動をするようにとぉ」
「私は落ち着いているぞ! 伯父上は意地悪だ」
全く堪えていない様子に、ワッケランの眉間の皺が深くなるが、気持ちを切り替える様に小さく深呼吸をしてから口を開いた。
「それで、その面白そうと言うのは何なのじゃ?」
「おお、そうであった。これはな『悪気』を呼ぶと言う代物なんだそうだ」
「な!!??」
ワッケラン公爵が慌てて身を引く。
「おお、伯父上、安心するがよい。
この袋は魔具らしく、しっかりと封じ込めることが出来るのだそうだ」
「ほ…ほう、そう、か……で、それをどうするつもりなのだ?」
余計な物を持ち込んできたと、あからさまにはしないが、ワッケランは眉間の皺を深くし双眸をやや眇めた。
「うむ! 今度どこかで使ってやれば、弟の顔を更に潰せると思ってな」
どこか幼い表情で得意気に語るタッシラに、ワッケランは辟易しながらも好々爺の微笑みで返事をする。
ちなみに弟と言うのは現王ヒッテルト4世の事だ。
「……なるほど」
神妙に頷いて見せながらも、ワッケランは内心でタッシラの評価をさらに下げた。
確かに悪気が発生したなら現王ヒッテルト4世への不満は更に高まり、穏便に退位させることもできるかもしれない。しかし、それはかなり危ない賭けになる。
民の不満が高まれば過去の再演…再び内乱の可能性が高くなってしまうのは想像に難くない。確かに自分が更なる権力を手にするには、目の前のバカを王に仕立てたほうが都合がいいのだが、そうすることで内乱を招けば国力は落ち、そんな隙を見せれば諸外国は指を銜えて見ていてはくれないだろう。内憂外患と言うやつだ。
そんな構図はワッケランにとって望ましいものではない。
第一それでは、下手をすると忌々しいソアンが頂点に立ってしまうかもしれず、ワッケランとしては受け入れがたい。
「ふむ、では儂が預かっておこうかのぉ? 良い頃合いを見計らわねば効果も期待できぬだろうからのぉ」
「おお! やはり持ってきてよかった! 伯父上ならば上手く使ってくれよう!」
ワッケラン公爵は、口元が歪に歪みそうになるのを押しとどめながら、好々爺の微笑みを張り付け続ける。
「では殿下、このような夜中に出歩くのは危ないからのぉ、部屋を用意させる故、今日はもうゆっくり休まれよ」
「ぬ……もう休まねばならぬか?」
「幼子の様な駄々をこねるでないわ。そうそう珍しい果物を手に入れてあるのでなぁ、明日はそれを楽しむとしようぞ」
「伯父上が珍しいと言うなど、楽しみだ!」
「ならば明日の為に早々に休まれよ」
「わかった!」
タッシラが贅肉を揺らして立ち上がり、のっそのっそと案内の使用人の後に続いて出て行った。
それを張り付けた笑みのまま見送っていたワッケランの口角が、ガクンと下がる。
「アレももう邪魔でしかなさそうだのぉ。
カレリネとか言うゴミ共々、そろそろ……おい」
小さくワッケラン公爵が呼びかければ、振る舞いは執事風なのに、装いは黒いローブを纏った怪しい人物がするりと室内に滑り込んできた。
その人物にタッシラから預かった袋をそのまま渡す。
「それを…そうさのぉ、ナゴレンの夜会にでも撒いてやれ。
『悪気』等、人の身でどうにか出来る物とは思えぬ…どう考えても担がれているだけだろうがのぉ、万が一という事もある。
その万が一にアレとゴミが引っ掛かって消えてくれれば儲けものじゃわい。
おお、そうじゃ、半分は残しておけ。その『万が一』が上手くいったなら、残り半分はホスグエナの領地にでも撒くのも良かろう。あやつも最早用済みじゃからのぉ。
うまく仕込めよ」
「御意」
ワッケラン公爵が魔石灯を好まない為、彼の執務室や私室等には蝋燭の燭台が置かれているが、その赤味を帯びたゆらりと揺らめく炎を無言で見つめた後、彼も執務室を後にした。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)