テレッサと邂逅
ソアンの離宮はそれなりの広さを持つ割に、元々使用人の数も少ないせいで、急に転移してきたとしても混乱する事はなかった。
それ以前に見つかる事さえなかった。
部屋割りもすんなりと決まり、ソアンとヒースはそれぞれ自室や持ち場に早々に戻って行く。
緊張からか、特に顔色の悪いヘネトとドマナン、それに付きそうトタイスは早々に決まった部屋に籠った。
ヴェルザンは一度実家に戻るべきか悩んだようだが、再び離宮に来る手間を厭って同じく宛がわれた部屋へ。
精霊セレスはエリィの部屋を確認した後、光球となって何処かへ飛んで行った。
残るエリィ、オリアーナ、ローグバインだが、マローネに先導してもらう形で王宮内テレッサ王女の部屋を目指している。
「……エリィ…どうしたものだと思う? 見事に私達は王族に面会できるような出立ちではないぞ……」
本当に困ったと、内緒話するように耳元……身長差のせいで頭上になってしまうが、囁いてくるオリアーナに思わず苦笑する。
エリィにとっては恐らく触りでしかない部分だけだったが、人外と言って良い所をデノマイラで見せつける事になった。その時オリアーナは流石に驚愕が隠せず、無意識に怯えを見せたりもしていたが、本来の性格なのか何なのか、彼女は結構あっさりと平常運転に戻る。
実の所、エリィはオリアーナ達には完全に忌避されるだろうと思っていた。それを寂しいとか悲しいとか、思う気持ちも特になかったが。
もちろん暫く共に行動していたし、色々とお世話になったのは事実なので、何も思わない訳ではないが、そんな物だろうと、すんなり受け入れる気で居たのだ。
何故態度が変わらないか等、突っ込んで理由などは特に聞いたりしていないが、騒がれたりしないのであれば問題はない。
「あちらの意向なのだから、気にする事はないのでは?」
そう、同じく小声で返せば、前を歩くローグバインがククっと肩を揺らしている。
「いえ、申し訳ありません。聞くつもりはなかったのですが、聞こえてしまい…。
先導してくれているマローネ…テレッサ様付きの侍女である彼女が何も言わないのであれば問題ないですよ」
「!……ふ、ふむ……」
昨晩何があったのか、オリアーナとローグバインとか言う騎士の間に何があったのかはわからないし、探る気もないが、何とも擽ったい空気が漂うのは、何とかならないのかとは思う。
まぁ馬に蹴られる気はないので、口は噤んでおく。
「オリアーナ様の気遣い感謝いたします。
しかし、我が主人はオリアーナ様がいらっしゃるならば、何を置いても真っ先にお会いしたいはずと、こうして案内させて頂いております。
また、今は時間的にも人に見られる可能性が、少しなりとも少ない機会ですので、どうかこのまま案内されてはいただけませんか?」
歩みを止めないままマローネが声をかけてきた。
「ぁ、いや、失礼に当たらないのであれば、それでいいん……ぃえ、構わないのですが。こちらこそ失礼し、ました」
「とんでもございません。あぁ、着きましたのでここで少しお待ちを。テレッサ様にお知らせして参ります」
マローネと言う侍女の背中を見送るっていると、ローグバインが話しかけてきた。
「護衛で随伴してきただけですので、私もこの辺りで失礼しますね」
「ぁ、ああ、その……ぅん。えっと…感し……ありがとう」
オリアーナの顔が赤いのは、見て見ぬふりをしてやるべきだろう、そうしよう…と顔を別の方向に向ければ、ローグバインの顔が蕩けていて、目のやり場に困ってしまう。
頼むからそう言うのは、人のいない所でやってくれと、切に願うエリィであった。
「ではまた後程」
「ぁ、うん。また後で」
エリィは会釈だけ無言でしておく。
甘い様な、こそばゆい様な、何とも居たたまれない空気が霧散するのを願いながら待っていると、先程知らせに向かってくれたマローネが戻ってきた。
「あら、ビレントス卿は?」
「うえ! あ……ロー、違、ビレン、トス殿は…」
「騎士の方でしたら、去って行かれましたよ」
真っ赤になって噛みまくるオリアーナに話させるのも酷かと、エリィが返事を請け負った。
「そうでしたか。ではこちらへ、テレッサ様がお待ちです」
裏から回っていたらしく、木々の間を抜けてきていたのだが、少し進んだ所で視界が開けた。
つい先日まで涼しい、いや、はっきり言えば寒かったにも拘らず、開けた場所には花々が見事に開花していた。
そこに立つ一人の女性。
少しくすんではいるが、見事な金髪と黄緑色の瞳が優し気ながら、口元には意志の強さが見え隠れしている。少女から大人への過渡期特有の少し危うい色香が漂う、なかなかに美少女…いや、女性であった。
「オリアーナ様!!」
『黙っていれば』と言う注釈が必要だったようだ。
年齢は16歳と聞いているから、年相応な面もあるという事だろう。王女はオリアーナに気付くや、すぐさまドレスを摘まんで駆け出し、オリアーナに抱き着いた。
「あぁ、本当にオリアーナ姉様だわ!! やっとお会いできましたわ!!」
「ちょ、テ、テレッサ!? いや、テレッサ様!?」
慌てるオリアーナだが、抱き着いてきた少女がぷくぅと頬を膨らませている事に気付いて、言葉を詰まらせる。
「ど、どう、されま…した、か?」
「『テレッサ』ですわ!」
「な! わ、私は既に平民で……」
「そんなの関係ありませんわ!! ぁ、関係なくはないのかもしれませんけど…姉様には名で呼んで欲しいのです…」
戸惑い困惑するオリアーナの様子に、輝く笑顔で抱き着いてきたテレッサは、見る間にしおしおとしょげかえった。
それで視線が下がったせいか、テレッサはやっとエリィに気付く。
「あ、なぁ、私としたことが…失礼しました。
精霊に愛されし、至上の御方。
初めてお目にかかります。
ゴルドラーデン国、現王ヒッテルト4世が娘、テレッサと申します。
どうぞ以後お見知りおきくださいませ」
スッと姿勢を正してから、綺麗なカーテシーとかいうものの中でも上位礼にあたるであろう、膝まで頭を下げて留まっている。
正直そんな、どう見ても辛そうな姿勢をしてほしい訳ではないので、急いで止めてもらうが、上げた王女の顔には可愛らしい笑みが浮かんでいた。
庭に面したテラスから室内へと通され、ソファへと誘導される。
オリアーナの隣にエリィが並んで座るが、間髪入れずにマローネがお茶を淹れてくれた。
見た目は前世でおなじみの紅茶で、ニルギリの様な優しい芳香が広がる。
「最近はペルタナック領の紅茶が流通しませんの。
これはノークヴェーンのメランダイエ産の物ですわ」
「あぁ……いえ、済みません。そうなんですね」
テレッサの話に、オリアーナが口調に気を取られながら答える。
「オリアーナ姉様、ここには私達だけですわ。昔のように話してくださいませ。そんな壁を作られたら、私……とても悲しいです」
静かにカップをソーサーへ戻し、テレッサが俯く。
「し、しかし……私はもう爵位を返上して…」
「それでも! 我儘だと分かっています。ですが、お姉様に言い直しをされると、その度に心が冷えて抉られて行くのです」
今にも泣きそうに唇を噛みしめるテレッサに、マローネが心配そうに寄り添う。
「……一応、行儀見習いと言う予定だと聞いたんだがな……ここだけだぞ?」
渋々と言った体で、オリアーナの方が折れた。
その途端、瞳は潤んだままだったが、テレッサの顔がパッと華やかな笑顔に縁どられる。
「お姉様、嬉しいです!」
「全く……王女殿下が感情を見せてどうする、しかも涙など…」
「むぅ~ここは公の場じゃないからいいんです!」
泣いたり笑ったり拗ねたりと、とても忙しい王女だ。
「あの頃はまだ小さかったのにな…」
「もう5年でしたかしら…私だって成長します!」
しみじみと呟くオリアーナに、何故かふんすと鼻を鳴らすかのように、テレッサが胸を張っている。
エリィ以外には馴染みのある空気なのだろう。とても和やかに会話が弾み時間は流れるが、それならば尚更先に夜会の話をしておいた方が良いのではないかと、エリィが口を開いた。
「積もる話があるのはわかりますが、それは後程たっぷりして頂くとして、先に話し合いというか、調整の話の方を進めませんか?」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)