225話 情報共有 その7
マローネの姿を解き、いつもの姿に戻ったエリィが小さく首を傾ける。
その動きに、パトリシアが頷いた。
「……は、はい……間違いないです。ですが、こんなに美しい物は初めて見ました」
今は無きエルフの里で育てていた結晶草も、確かにガラスの様な硬質感を持っていたらしいが、ここまで透明ではなかったんだそうで、パトリシアも言葉を失くしている。
「あたしが生まれた時にはもうエルフの里も何もなくなっていましたけど、結晶草の葉って言うのは、摘んでからも劣化したりしないみたいで、母が手持ちの物を見せてくれたことがあるんです。
必要に迫られて薬を作っていた時でしたけど。
それはもっと白っぽくくすんだ色をしていました」
「そう……じゃあ、コレだと使えない?」
「まさか! 反対にこんな上質なものを使って良いのか聞きたいくらいで…」
ブンブンと音が鳴りそうな程、勢い良く首を横に振るパトリシアに、だったらとエリィがその手に押し付ける。
「じゃあこれは渡しておくわね」
「え? ええぇぇぇぇ!?」
押し付けられて受け取る事も出来ず狼狽するパトリシアを余所に、意識が戻ったソアンが上ずった声で口を開いた。
「ま、待ってくれ……今更だが、エリィ嬢……君の事が心底恐ろしいと感じるよ。
………結晶草など私は見た事がない。それどころか知識としても持っていなかった。実際こうして目の当たりにしてなお信じられないでいる。
君は一体何者なんだ……」
流石のソアンも若干支離滅裂になっているようだ。
「何者って……私は私。それ以上でもそれ以下でもないけど。それじゃ答えとして不満?」
「………ぃゃ、その、そうではなく…」
ソアンも次の言葉に困ったのか、自身の額を手で覆った。
「……精霊から仰がれ、見た事もないような魔獣を使役し、最早絶えて久しい魔法を容易く行使する。その上、見た事も聞いた事もないような代物を、事も無げに出して見せる……。
ッハ…いや、我ら人がどうこう出来る者ではないと頭では分かっていたつもりだったが、身に染みたよ」
そういうと、ソアンはすっと一歩前に出たかと思うと、そのまま片膝をついて深く頭を下げた。
「「「ソアン!?」」」
「閣下!!??」
「ソアン様…」
周囲が息を呑む中、当のソアンは酷く清々し気に、だがとても敬虔に言葉を紡ぐ。
「神にも等しき御方だ。こうして首を垂れることをお許し願いたい」
困惑する周囲も、ソアンに倣って膝をつこうとする様子に、エリィは頭を抱えた。
――『そう言うのは良いから』と立たせ、さっさと話しを進める。
むぅと唸って渋るソアンに、王族とか言う生き物は頭を下げたりしないんじゃないかと、苛立たしく聞けば、自分は後妻の子だし、何なら頭を下げてきたら生き延びられたと、けらりと笑って飛ばされた。
しかしソアンの醸す特殊な空気に流されていては、進む話も進まないので、放置を決める。
「それで、どうすれば血縁とか分かるの?」
未だ狼狽の様子が隠せないパトリシアに話を向ければ、あわあわと慌てて何故か床に正座してしまった。
まぁもう一々言うのも疲れたので、そのまま返答を待つ。
「ふ、ふへぁ! そ、そのですね! えっと……この葉を持って貰えれば、鑑定というか鑑別するだけならそれだけで……体内魔力が描かれるので…」
つっかえながらも出されたパトリシアの言葉に、一番に反応したのは当事者であるトタイス・コッタム本人だ。
「体内魔力? いや、私は魔力ナシなんだ。だから…」
困ったように言うトタイスに、パトリシアがフードを深くしたパトリシアが向き直る。
「へ? いや、魔力ナシって、普通魔力あるでしょ?」
「いや……そうか…エルフと言う種族には無縁なのかもしれないが、人族には魔力がない者が生まれるんだ」
どこか諦観を秘めた低い声音で、トタイスが首を横に振りながら答える。それにオリアーナも少し落ち着いたのか、同調した。
「私も魔力ナシだ。自分で態々再度調べたりはした事がなかったが、父から聞いた話では、鑑定人が一切の魔力を感じられないと言っていたと聞いた事があった」
床から何とか椅子へと移動させたソアンも、肩を竦めて言葉を繋ぐ。
「残念ながら魔素の減少に伴って、魔力を持たずに生まれる者が増えたのは事実なんだよ。
他の種族ではわからないが、少なくとも人族については、その傾向で間違いない」
それでもなお首を捻っているパトリシアに、ソアンが苦笑交じりに続けた。
「元々魔力持ちは貴族に多く、平民にはほぼ居なかった。血の混ざりあいもないとは言えないが、影響は小さなものだろう。何しろ王族は平民どころか、低位貴族の血でさえ入れる事を拒んできた。
蔑まれているとは言え、我が母ですら侯爵家の者だ。だから……」
その後の言葉を遮るように、パトリシアが口を開く。
「ふ~ん、そっか~、ほんと無知って罪なんだねぇ~」
その様子にヒースが再び眉を顰めたが、ソアンが先んじて制し、問いかける。
「それは、どういう事だい?」
「いや~、あたしらには常識と言うか、知らない者がいないんだけどぉ~、人族って閉鎖的なのぉ~? あぁ、他種族を虐げ人間種とも認めないような輩なんだから、閉鎖的なのが普通なのねぇ~……って、またエリィ様に怒られるわ……」
自分の態度に気付いたパトリシアが、慌てて軌道修正した。
「えっとさぁ、魔力って生物なら何だって持ってるのよぉ……それこそその辺の雑草とかでも。大きいか小さいかってだけでぇ~」
どういうのが良いか悩んでいるのか、フード越しに後頭部をポンと軽く叩く。
「それも知らないかなぁ~……ん~~~~~~、そうだ。この中にその魔力持ちっていう奴で、親戚だよ~っての、いるぅ~?」
パトリシアが広く問いかけてきた言葉に、ヒースが答えた。
「私と、そこのマローネは親族と言える」
ヒースのその言葉に頷くと、パトリシアはエリィに顔を向けた。
「エリィ様、結晶草の葉、もう少しお持ちだったりしませんか?」
「どのくらい?」
「ん~…数枚……あぁっと、6枚くらいあったらいけそうかなぁ?」
「そのくらいなら、はい」
さくっと小袋から取り出す振りをして、余分に一枚付けた7枚を手渡した。それでも在庫は3桁のままで、全く減った気がしない。
『余ったら返す』と言う言葉に頷くでもなく先を促すと、パトリシアがその内2枚を抜き出し、自分の額に、フード越しではあるが軽く押しあてた後、ヒースとマローネに、それぞれ1枚ずつ手渡した。
渡された方は怪訝な顔をしながらも、ソアンが頷くのを見てとり、大人しく受け取った。
結構な時間、持ったままでいると薄ぼんやりとだが、葉が発光している。
そして線の様な物が徐々に、幾つも浮かび上がってきた。どう例えれば伝わるだろうか、間隔の広いバーコード……いや、それよりも電気泳動パターンの方がわかりやすいだろうか。よく警察ドラマなどで見かけるアレ――電荷をもった物質に電圧をかけ、その大きさで分離する手法の事だ。
葉を持たされているヒースとマローネは勿論、人族は全員呆けたように硬直している。
発光が収まれば、葉に浮かんだ縞模様は更に見やすくなった。
ヒースとマローネ、両者の模様のパターンは結構似ている。所々違いはあるものの、8割がたは同じと言っても良いだろう。
呆けたままの2人から、パトリシアが葉を取り上げ、手をかざせば、さっきまでお馴染みの泳動パターンのように単色だったものが、ふわりと色付いた。
「まぁしっかり親戚って言えるわねぇ~、模様は当然、色も似てる。それにここ、ここが同じでしょ?」
そう言って二人が持っていたその部分を並べて掲げた。
「ここって血縁があると、ほんっと似るのよぉ~。それじゃ次、さっきの2人と血縁があって、魔力ナシって言われてる人はいるぅ~?」
問われて人族組は互いに顔を見合わせるが、戸惑いがちに手を上げたのはオリアーナだった。
「マティクル家なら、確か数代前に嫁いできた方がいたはずだ」
「あぁ、曾祖父の妹君が確か…」
記憶を辿っていたのか、少々掠れ気味な声になったヒースが、オリアーナの言葉に補足する。
「じゃあ、次はあんたが持ってみて」
パトリシアはさっきと同じ手順を繰り返す。
そしてやはり結構な時間の後、現れたパターンは、ヒースとマローネの物に比べれば違う部分も多いが、同じパターンの所もあり、何より持ち手部分と、その色合いがとても似ていた。
「正直魔力を帯びていない物を探す方が難しいんだけど、これなら誰もが魔力はないって断言できるかなぁ~」
そう言って取り出したのは砕けた何かの結晶だ。
「これ、魔石が砕けた成れの果てってやつぅ~。内包する魔素魔力を使い切っちゃうと砕けちゃうのよねぇ~。といっても瘴気獣の奴のだけど」
その破片に結晶草の葉を近づけて放置しても何の反応も示さない。
「わかったぁ~? 魔力を魔法として出せない、出さないだけでぇ~、魔力が完全にない生物っていないのぉ~。もし居たなら、それはあたしらとは全く別の存在、想像もできない何かなんだと思うのよねぇ~」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)