222話 情報共有 その4
パトリシアとエリィの内緒話の後、エリィが念話に勤しんでしまったので、室内は静寂に包まれていた。
自国のやらかし、ナジャデールの事実の片鱗を知ったヒースらも、苦しげな表情のまま黙り込んでいたからだが、その静寂を破ったのはまたしてもソアンだった。
「……それではその結晶草とやらが見つかれば、行えるという事だろうか?」
真っすぐに顔も見えないパトリシアを見つめるソアンに、パトリシアもやはりフードは下ろしたまま顔を向ける。
「実行は可能ね、もし見つかれば、だけど。でも、エルフがあんた達の依頼を受けるかどうかは、また別問題よ」
「!」
「当然でしょう? あたしの母は村を焼き払われ、奴隷として拘束された。運良く逃げ出す事はできたけど、村を焼き払われたときに父親は殺されたそうよ。
ねぇ、それなのにあっさり尻尾振るなんて、まさか思ってないでしょうねぇ~?」
「っ……」
眉間に皺をよせ、苦り切った顔を俯けるソアンに、ふぅと一つ息を吐いてからパトリシアがさも渋々と言った体で肩を竦めた。
「ま、実行云々は兎も角、全部結晶草が見つかってからの話よねぇ~ くふっ」
少し見下す様な笑いを最後に漏らしたパトリシアに、控えていたヒースが身体を震わせる。
「下郎が……閣下に何たる態度、許し難い……お前如き…」
誰に聞かせるでなく、低く小さく呟くと、懐に忍ばせたナイフを取り出そうと掴んだ瞬間、室内に風が渦を巻いてヒースの身体を床に押さえ込んだ。
「ッ!!」
「……いい加減にしろよな。俺ら相手にあんたら何が出来んの?
いやまぁ、その女も大概だがなー、エリィ様にも刃向けるってんなら容赦しねぇぞ」
セレスが魔法で間髪入れずにヒースを押さえつけたようだ。
その結末にソアン達人族サイドは顔色を亡くし、エリィとアレクは頭を抱えたくなった。流石にこれでは話も何もあったもんじゃない。
色々とあったようだから、パトリシアがつい感情的になっているのもわからないではないし、王国側(と今は一絡げにしても良いだろう)も沸点低過ぎと思わなくもないが、この世界の人族は身分制度がありきで暮らしている以上、あぁ言う態度に出るのは普通なのかもしれない。まぁ、エリィには馴染みがなさ過ぎて、未だに理解は出来ないが。
なんにせよ、どちらにも言い分があるだろうが、今は建設的な話をしたいのだ。
あまり口を挟まず、まずは聞き役に徹してからと思っていたが、そうはいかないという事か…。
「はい、どちらも一旦引いてもらえません?」
顔色悪く言葉を失くしていたソアンやヴェルザンが、やっと現実に戻ったかのように視線を彷徨わせる。
「互いに言い分もあるだろうけど、今重要なのは情報共有なのではないのですか?
正直私は依頼品を運んだし、お望み通りセレスも同行しました。
まさかこれだけの事を目にして、今更セレスが精霊じゃないとかなんだとか騒いだりはしないでしょう? だけど、これ以上の面倒が起こると言うなら、とっとと出ていきたいと思ってるのも本当です」
「そう、ですね。そこの方の態度にヒースが激怒するのも、私はわからないではないですが、彼女が言っている事も嘘ではないと知っていますので……まずは少し落ち着いてからに、仕切り直しますか?」
「仕切り直しとかまだるっこしい事になるなら、私はここで失礼したいですね。別に私の持ってる情報を伝えなきゃいけない義理もないですから」
この場で一番、姿だけとは言え子供にそう言われて、全員言葉を失くす。
「実験施設の話はしました。精霊セレスも同行しました。
後は……そうですね。さっき出たナジャデールとか言う国の事を少しお伝えします。そこの彼女…」
セレスに魔法を解除するよう促した後、一瞬だけパトリシアの方へ顔を向け、再び正面に向き直り話を続ける。
「彼女からの話を信じるなら、一部が暴走してるだけなんでしょうけど、ここへ来る道中で悪気騒ぎを起こそうとしていました」
「な!?」
「悪気だと!」
続いたエリィの言葉に、ソアンとローグバインが真っ青になって声を漏らす。
「あぁ、もう終息しているので心配には及びません。しかし、そのナジャデールについては、そこの彼女からもう少し情報を貰った方が良いかもしれませんね」
王国サイド全員の視線がパトリシアに集まる。
少し居心地悪そうに、片頬を指でポリポリと掻きながら、パトリシアが口を開いた。
「その……煽る形になったのはゴメン……だけど、あんたらのやった事は、それはそれとしてきちんと知ってほしかった。
人族の…違う、貴族以外の人間種にどれほどの事をしてきたのか、その結果どうなったのか……。こう言っちゃ何だけど、あんたらの揉め事なんて権力争いとかそんなんばっかだよね? 与えられた領地が気に入らないとか、もっと金が欲しいとか……だけど、その陰であんた達は有色人族やエルフ族、獣人族や他もずっと踏みつけて搾取してきたって事は、忘れないで欲しい」
訥々と語られるパトリシアの言葉に、ソアンが口を開く。
「そうだな。いや、勿論それだけではないが、権力を求める一部の愚か者のせいと言うのは、その通りだ」
「あんた達なりの苦労があるってのは、わかってるんだよ。国同士の話し合いとか、面倒な事やってくれてるってのはね。
だからって何でも好きにして良いって言うのは違う。
人も、人だけじゃない…魔物だって何だって、生き物には皆命があるんだ。命があって感情があって、考えだってあるんだ。
そういう誰でも知ってる事を、もっかい考えて欲しいって思う」
パトリシアの言葉に激高していたヒースも沈痛な表情になり、先程までとは打って変わって大人しい。
「貴女の言う通りだな。
奴隷、人身売買、接収……枚挙に暇がないが、厳格に処せば貴族家はほぼ壊滅しただろう。そう言った判断で甘くなり、結果今になってつけが回ってきたという事だな。
指摘された通り王家が甘かったのは事実だ。
そのせいで貴女方にも辛い思いをさせた事だろう、本当に申し訳なかった」
座ったままとは言え、頭を下げるソアンの様子に、今一度ヒースが息を呑むが、それをローグバインが押しとどめる。
「あたしに謝って貰ってもどうしようもないよ…………でも、そうだね…あんたならこれ、渡しちゃっても良いか…」
そう言いながらパトリシアがポケットを探って、羊皮紙様の物をくるくると巻いたものを取り出した。
「あたしは……どうしよっかな、名も顔もやっぱり伏せたままで居させてもらうわね。王弟さんや表の煌びやかな人らは、知らない方が良い相手なのは間違いないんだもん。と言ってもこっちは求められたときに情報なりを売るだけの関係だけど。
まぁその辺りは察してくれると有難いわぁ~。
いずれそっちのマティクル…石頭の怒りんぼさんとは、また仕事する事もあるかもしれないから、気になるならその時にでも~
それで、これは王弟さんに渡しとくわねぇ~」
渡された羊皮紙様の物をソアンが開く。
それは先だってナジャデール王国の商会からを装った、彼の国の第2王子からの手紙だった。
「これは……」
「あっちはあっちで苦労してんのよぉ~。だけど、それ読んだら分かると思うし、こっちでも調査中だけど、元々接触したのはゴルドラーデン側からっていうのは確か見たいだからねぇ~。その点は考慮してくれると嬉しいなぁ~」
「いや。これを託してくれたことを感謝する。
ナジャデールの者について、入り込んだ者だけとは言え、目も耳も塞いでくれると言うのは外交的にも有難い。
しかし、これを私に渡して良かったのか?」
「どうだろねぇ~。あぁ、それ、一応写しの方だから♪ 王弟さんは兎も角、あんたの周囲まで信じられるかどうかは別問題だし、こっちはこっちで保身も考えないといけないからねぇ~。
だけどこれが切っ掛けで、過去を見直して互いにいい関係になれるなら、ウチとしてもその方がいいしぃ~。国同士がギスギスしてると、行き来も面倒なのよぉ~。
だからぁ~接点を持つのが難しいと思ってたゴルドラーデン王家と、折角こうして対面出来たんだから、そのくらいはねぇ~。
あ、だけどぉ、それ、あくまで非公式だからねぇ~? 別に外交とかあたしの与り知らぬ事だけど、上手くやってよねぇ~」
「やれやれ、難しい事をさらりと言ってくれる。
だが、そうだな…善処はしよう。直ぐにどうにかなるモノでもないが」
「やっぱお貴族様って糞よねぇ~」
パトリシアの言葉にヒースが再び眉を顰めるが、当のソアンはけらりと笑った。
「まぁそう言うな。大きな船になればなるほど、舵を切ったとしても直ぐに進路の変更は難しい。そういう事だ」
やれやれと肩を竦めたパトリシアが、話は終わったと言わんばかりに一歩下がると、ソアンはエリィに向き直る。
「色々と情報提供感謝する。
その上で頼み……いや、依頼したいのだが」
急に矛先が向いたエリィが、微かに首を傾けた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期投稿になるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)