220話 情報共有 その2
「ハレマス調屯地がこの辺りなら……この辺ですね。
ですが死体はあっても1体だけ、残っているのは血痕だけでした。資料などもほぼ残ってはいませんでしたが、屑魔石や血塗れの寝台などは残っていました」
オリアーナが戸惑ったようにエリィに話しかける。
「エリィ……そんな話は初耳なんだが…」
「偶々通りかかっただけなんですよ。轍を見つけて、それでつい辿ったら、そんな場所に行きついただけです」
「何故話してくれなかったんだ。話してくれていたら今頃その施設に…」
「何故? 下手にそんな話をすれば疑われるのはわかっているのに?」
「………」
エリィの言葉に下がって行く視線が、オリアーナの心情を露呈している。
「こんな身体ですから、疑われたとしても被害者としてだったかもしれませんが、それでも尋問だのには掛けられたでしょう。身元の怪しい…しかも見た目は子供ですからね。そうなるのが目に見えているのに、わざわざ自分から言って面倒を増やす気はありませんでした。
それに仮に話したとして誰が信用します? 話した相手がその組織の一員だったら? あんな実験施設を持てるくらいに財力のある相手だと言うのは、誰にでもわかる事です。だったら下手に目をつけられたらと、面倒を避けるのは珍しくない事だと思うのですが?
最もそうやって面倒を回避したにもかかわらず、従魔が目をつけられて、結局別の面倒には巻き込まれましたが」
オリアーナが苦虫を噛み潰したような顔になって俯いた。
「そう、だな……確かに初めにそんな話を聞いていれば、私はエリィを疑ってかかっただろうな……それに私の方も信用を得られていないのに、そんな話するわけがないか……すまない」
「当然の反応ですし、お互い様ですから謝罪は不要です」
そこへソアンが口を開いた。
「しかし、どうして実験の内容が推測できたんだ? こちらで手を尽くしても得られた情報は多くなかった」
「生き残りが居たんですよ」
「「「「「!!」」」」」
再び室内の空気が固まる。
「あぁ、もし今後余裕が出来ればで良いのですが、その生き残りの兄弟を手助けしてやって下さい。まぁ本人たちが望むかどうかわかりませんが、彼らは生き残った事を知られないよう、人目を避けるつもりのようでした。
そのドラゴン騒動とやらで廃村になった場所を探せば見つかるかもしれません。彼らの故郷の村もその辺りの……確かマロカ村とか? そんな名前だったと思います」
「わかった。必ず忘れないようにする」
「お願いします。
元々は町や村で魔力持ちが狙われたようです。彼の弟がそれで狙われて攫われ、その弟を救おうと兄の方が接近したようです。兄の方は魔力がなかったんですが、スキル持ちで、それが重宝されたようです。
そんな攫われた人達の運搬なんかをしていたようで、思う所があったんでしょう」
「なるほどな……確かに明言はされずとも、日々接している中で気づく事はあるか」
「魔力持ちが集められた先にあったのは血濡れた魔石と寝台。そしてこの国は魔力至上主義だとも聞きました。なら想像するのは簡単でしょう?」
眉を顰め、険しい表情のヴェルザンが苦し気に口を開く。
「エリィ様の証言と、証拠品の中にある人間種の売買記録。禁制品の薬物等々に加え、生存者が居たとなれば、ホスグエナ伯爵の方は問題なく取り押さえられるでしょう。嫡男殺害も未遂とは言え、当の嫡男はコッタム子爵の機転によって生存しています。そこからも証言が得られるでしょう。
更にホスグエナ伯爵とワッケラン公爵、タッシラ第1王子との間にある資金の流れも精査中ですので、そこから一気に捕縛できませんか?」
緩くうっそりと首を横に振ったのはソアンだ。
「どうだろうな……ホスグエナを取り押さえる事くらいはできるが、どこまで責を問えるか……他は兎も角嫡男殺害は立証が難しい。死亡届は正式に受理されているし、使用人どもが揃って口裏を合わせれば、生き残った子供がホスグエナの嫡男だと証明する事ができないだろう」
ソアンが続きは話せと言いたげに、後ろに控えるヒースに視線を向ける。その視線に気づいたヒースが、一瞬難しい表情をするが、仕方ないと言う素振りで口を開いた。
「魔素の薄くなった現在、血縁の鑑定が行えるものが居ません。血縁鑑定は聞いた話だと、体内魔力を見て行うんですが、ホスグエナの嫡男もコッタム子爵も魔力ナシなのです」
ここで何故『コッタム子爵』の名が出るのか、数名首を捻ると、沈黙を保っていたトタイス本人が口を開く。
「……私はコッタム家の養子です。実子として届けは出されていますが、現当主ヘバヤ・ホスグエナの実弟にあたります。
魔力ナシと判明し、殺されかけましたが、祖母がコッタム家へ逃がしてくれたのです。父母…実際には養父母ではありますが、その話によると祖父母の代の時に水害による借金で追い詰められていたところを、タナーオン子爵家の厚意によって救われたと言っていました。しかし借金を返そうにもタナーオン子爵家はもうなく、踏み倒すような形になってしまった事が、ずっと心に蟠っていたと話していました。そんな折、私を育ててくれないかと祖母から話が来て、恩が返せると養祖父母、養父母も喜んだとか……。
そんな事情で私はホスグエナから逃げ延びる事ができました。ですので私はコッタム家の人間となってはいますが、その血はホスグエナのものなのです」
なるほど、つまり書類上他は赤の他人だが、殺されかけたホスグエナの嫡男と、トタイス・コッタムの血はとても近いという事だ。
確かにそういうことならば、トタイスと殺されかけた子供、ヘネト・ホスグエナとの間に血縁を確認できれば、間違いなくホスグエナ家との血縁確認でも勝てるだろう。
「全く方法がない訳ではないのですが、生憎その方法へ至ることが出来ずに難儀しておりますが」
ヒースの言葉にオリアーナが独り言のように反応した。
「血縁鑑定が別の方法で出来るなど、聞いた事ないのだが……」
「私も眉唾じゃないかと思っていますが、神樹とか…まぁ、藁にも縋ると言うか……。聞いたのは私の祖父から、しかも一度だけ」
エリィの後ろに立っているフードの女性、パトリシアが身じろぎする気配がエリィには伝わり、意識をパトリシアに向けるとそれに気づいたのか、身を屈めて小声で訊ねてきた。
「(すみません。本当はナジャデールのことがあってここに留まらせてもらったんですけど、ちょっとこの件にも口を挟んで良いですか?)」
「(私に問うような事でもないでしょう? でも態々そう言ってくるという事は、私は沈黙を守っていれば良いって事よね?)」
「(はい)」
エリィがほんの微かに頷き、再び意識をテーブル前に並ぶソアン達に戻す。
「あんた…『祖父』って言ってたわよねぇ~? もしかしなくてもマティクルの旦那の孫って奴ぅ~?」
エリィに対する物言いとは違う、どちらが素なのかわからないが、もしかするとお仕事モードな話し方なのかもしれない。
急に言葉を挟んできた、エリィが危険はないとは言ったものの、相変わらず怪しげな女性に、室内に緊張が走る。
「マティクルの旦那…とは?」
「あっれぇ? あんたのお爺ちゃんじゃないのぉ~? 言われれば似てるとも思ったんだけどぉ……そっかぁ、違うってんなら良いのよぉ~。話の腰を折って悪かったわねぇ~」
「待て……そのマティクルの旦那とやらの名は?」
パトリシアの周囲の空気が一瞬冷えた気がする。
「やっぱお貴族様って嫌いだわぁ~。自分から情報は出さずに、得ようとばっかりすんのよねぇ」
「……………」
「……………………」
根負けしたのはヒースの方だ。軽く両手を降参の形に上げる。
「タドリー。祖父の名はタドリー・マティクルだ」
「最初っから素直に言やぁいいのにぃ~。ほ~ら、やっぱりマティクルの旦那なんじゃん~」
「……君は結局何者なんだ? こちらが太刀打ちできないエリィ殿から、危険はないと言われた為何も言わなかったが、本来なら我が主に近づけるなどあり得ない」
ヒースが冷ややかに、その双眸を眇めた。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)