218話 騒動の終息
痛む腹を庇うように背を丸めて地面に横たわって暴れていた警護騎士の隊長は、何時の間にかなくなった痛みに、恐る恐ると言った風情で半身をゆっくりと起こした。
未だ信じられないと言う表情のままの隊長を確認してから、エリィは身動きできなくなっている眼前の人間種達をぐるりと一瞥する。
「そっちの思い切り貴族な騎士様と、武器……暗器かしら、それに手をかけている数名さんは納得して貰えたのかしら?
まだだったらついでだし、お相手するけど」
あんなに小柄な女の子が話す言葉と声音ではないそれを、自分に向けられていると気付いたローグバインとヒース、そしてマローネは息を一瞬詰めてからゆっくりと吐き出した。
ヒースとマローネを振り見てから、ローグバインがエリィの方は姿勢を正してから顔を向ける。
「いえ、必要ございません。貴女の実力はよくわかりましたので」
「そう? まぁ今回はあの子らの暴走が原因だし、こちらこそが本当にごめんなさい」
謝罪にしっかりと頭を垂れたエリィを見て、精霊ズが血相を変えた。
「「「エリィ様!?」」」
フロルが首をゆるゆると横に振りながら、その瞳を潤ませる。
「お、おやめください……私達が悪かっただけですのに、エリィ様がそんな事……ごめんなさい」
フロルの嗚咽が小さく響く中、その場の空気が動から静へ変わって行く。そんな中頭を下げ続けるエリィに声を掛けたのはソアンだ。
「いや、精霊殿らがそうしてしまう程、我ら人間種はどうしようもない存在なのだろう。
どうか貴女も頭を上げて欲しい。
それに精霊殿らに人間種の身分差など、知った事ではないだろうしな……恐らく精霊殿が先手を打たなければ、間違いなく下に見た態度をしていた事だろう」
ソアンは一歩前に出てから後ろに控えたままの者達を見回し、再びエリィに向き直る。
「どうやら貴女御自身も我らの範疇にはない様だ。
一切の不敬など不問だ。普段通りにしてくれればよい。皆もよいな?」
最後の言葉は後ろで控えていた面々への、ソアンからの言葉だ。
「いや、反対にこちらが遜らねばならないだろうか」
付け加えられたソアンの苦笑交じりの言葉に、頭を上げたエリィが肩を竦める。
「御免被る。面倒なのは嫌いなのですよ」
「なるほどな。ではこれ以上は反対に失礼になるというもの。ヒース、彼女らを部屋へ案内を」
懐に忍ばせていた暗器から手を放し、恭しく頭を下げる侍従風のヒースと呼ばれた男性が、進み出てエリィに礼を取りながら訊ねてくる。
「そちらの滞在人数を確認させて頂けますでしょうか?」
「滞在?」
この大きな、王家所有とか言ってたこの邸に泊まると言うのは、エリィには想定外だ。証拠品をいつ受け渡すのかわからないが、合流をすればすぐにも王都へ向かうのだと思っていた。
「それについては私から」
別の男性が進み出てきた。
「第2騎士団副団長を務めさせて頂いております。ローグバイン・ビレントスと申します。以降お見知りおきを。
そして申し訳ないのですが、貴方様の事はどうお呼びすれば良いでしょうか?」
「あぁ、自己紹介もしていませんでしたね。私の事はエリィと呼んで下さい。あちらのやらかし3名の内、ピンクブロンドの長い髪の少女の方がフロル。短い髪の少年の方がアンセ。緑……エメラルドグリーンの子がセレス」
紹介された精霊3名は、それぞれ少々バツが悪そうにしている。
「承知しました。後程また詳しく自己紹介はして頂くかもしれませんが、その際にはご協力いただけましたら有り難いです。
それで、今日はここに滞在いただくのには、当然ながら理由があります。
詳しくはお部屋に案内をした後、落ち着いてから改めてと考えてるのですが、それだと問題がありますか?」
「わかりました。人数は……特に考えず1部屋貸与して貰えれば十分です」
「いえ、しかしエリィ様、そして精霊様方3名。他に従魔もいると聞いているのですが…」
「従魔……ねぇ、そっちも1部屋で問題ないです」
エリィの言葉にローグバイン、ヒース、そしてマローネまでもが眉根を寄せて顔を見合わせた。
「食事に外へ勝手に出たりもするので、私と同室の方が助かるんですが、ダメでしょうか?」
「いえ、そういう事でしたら、そのように手配します」
ローグバインが了承して、後ろの2人も頷き、動き出そうとしたところで聞きなれない声が飛び込んできた。
「ま、待って、あたしも! あたしも…いいですか?」
忘れていた…精霊達の力が膨れ上がるのに気づき、慌てて塀を飛び越えて侵入した為、一緒に歩いていたパトリシアを置き去りにしてしまっていたのだ。
やっと追いついたという事だろうか……1戦どころか2戦ほど終わって落ち着いた後に追いつくとは、どれだけ広いのだと改めて思う。
急に現れた、こちらもフードを目深に被り顔の判別もつかない人物の出現に、人間種サイドにやや緊張が走る。
するとその人物は目深に被ったフードはそのままに、襲撃者装束というどうにも相応しくない装いにも拘らず、両膝を地面に着き、右手を胸に手を当てると言う、見慣れない礼式を取った。表向きとは言え、信仰に携わる者の礼の仕方なのだろうか…。
「あたしはこちらのエリィ様と一緒にやってきた者です。ここがゴルドラーデン王家所有の邸である事、そちらにいらっしゃいますのが王弟殿下であることを分かった上でお願い申し上げます」
ローグバインが困惑したようにエリィとソアンを交互に見つめた。
「ふむ、エリィ殿、その女性は貴女の知り合いに相違ないのだな?」
「………」
問われてエリィは、後ろで立ち尽くすパトリシアに近づく。
「(理由を聞いても? 確かにそちらの話を聞くのにも落ち着いてからとは思ったから、移動を優先したけれど……貴女達にとって王家はあまり近づきたい存在ではないでしょう?)」
「(そうなんですけどね、先だってエリィ様から聞いたナジャデール絡みもあって、話してみたいと思いまして…まぁ確かに聖英信団としては、貴族なんて関わりたい相手ではないんですけどね)」
エリィはやれやれと言わんばかりに肩をひょいと竦めて見せてから、小さく溜息を吐いた。
「まぁ、そうですね……つい先刻顔見知りになったばかりの……最初は襲撃者でしたけど。しっかりとわからせはしたので、今は危険はないと思いますよ」
さらりと濁す事無く話すエリィに、精霊3名を除く全員がぎょっとした。
「そういう関係性ですので。彼女の人となりについては、何とも言えません。ですがそちらに危害を加える気はないようです。まぁ、危険だと判断したら、私が排除に動いても良いですし。
最終的な判断は、そちらに委ねましょう」
「エ…エリィ様ぁ、あんまりですよぉ~……」
静まり返る空気の中、くっくっくと小さな笑いで静寂を切り裂く者がいた。
「いやぁ、面白いね。これはやはり無理にでも来た甲斐があったよ。
こんな面白い場面に出くわすなど、王宮ではないだろうからね」
「「「………」」」
ソアンの様子に諦観の表情のヒースが、恭しく訪ねる。
「では彼女の部屋も用意という事で宜しゅうございますか?」
「あぁ、是非そうしてやってくれ」
精霊達の殴り込みに始まり、パトリシアの飛び入りと言う、思いがけない展開を見せた一連の騒動は、こうして終息した。
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修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ他等、至らな過ぎて泣けてきます><(そろそろ設定も手の平クル~しそうで、ガクブルの紫であります;;)




